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ナラカの黒き太陽 第二回 委ねられた選択

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ナラカの黒き太陽 第二回 委ねられた選択

リアクション

6.幽鬼、襲来


「さて、後は叶少佐に報告か」
 トマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)は、きびきびとした足取りで研究所を歩いていた。さきほど、研究員に対する聞き取り調査を行ったものをまとめ、ルドルフに報告してきた帰りだ。
 調査内容は、主に先日の異変のことと、最近の変化についてがメインであり、それによって今後の対策を立てるためだった。
 叶 白竜(よう・ぱいろん)からは、内部に『闇の声』に耳を貸したものがいる可能性もあると言われている。その点にも留意しつつ、トマスは彼らに協力を求め、誠実に任務を終えていた。
 だが、そんなトマスの背後で、魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)はやや浮かない顔だ。
「トマス坊ちゃん……今では大尉さんですからね、言動には気をつけてください」
「? なにがだ?」
 トマスは足を止め、子敬へと怪訝そうに首を傾げる。
 実際、トマスの態度は礼儀正しいものだったし、おかしな点はなかったはずなのだ。しかし。
「まさか、本当に出かけたりしませんよね?」
「あ、ああ……薔薇園の話か?」
「そうですよ」
 子敬はそう言うと、ため息をついた。
 つい先ほどのことだ。
 最後に聞き取り調査をした研究員は、吸血鬼の一人だった。それは、タシガンでのことだ。別に珍しくもなんともない。だが、しかし。
「トマス君っていうんだ。僕は、アステラっていうんだ。よろしくね」
「よろしくお願いいたします。このたびは、ご協力いただき、感謝します」
 そう前置きをして、トマスはいくつか、アステラに質問を投げかけた。それに対し、アステラは考え考え、返答する。とはいえ、その内容は明確で、アステラのやや軽い印象に対して、実は優秀なのだろうと推し量れた。
「質問は以上です。ありがとうございました」
「あれ? それだけなの? ……他にも疑問はあるんじゃない?」
 アステラはメガネごしに、じっくりとトマスを見つめた。厳しい表情を作ってはいるが、トマスは涼しげな目元も凜々しい美形だ。アステラは若干好色な笑みを口元に浮かべ、ごく自然を装ってトマスの肩に腕を回した。
「大きな声ではいえないけど……僕にもね、秘密はあるよ」
 囁かれた『秘密』という単語に、トマスは目を見開き、ごく間近にあるアステラと目をあわせる。
「その秘密を、君にも教えてあげたいんだけどな」
「それは、是非。教えてください!」
「ここではダメだよ。そうだな……この件が落ち着いたら、薔薇の学舎の薔薇園で待ってるから、おいで?」
「薔薇園で……?」
 何故そこで機密事項を話す必要があるのだろう、と訝ってから、トマスはある言い回しを思い出した。
「薔薇の下……ということですか?」
「わかってくれて嬉しいよ」
 アステラは笑みを浮かべるが、この場合、単純にトマスは「アンダー・ザ・ローズ」……つまり秘密を意味しているのだと思っただけだ。
 アステラの場合、薔薇の下=地面であり、横たわって色々しよう、という意味になる。
「わかりました。伺います」
「待ってるね」
 アステラはそう言うと、トマスから離れ、自分の持ち場へと戻っていった。
 ……そのやりとりの間、子敬は口を挟まずにいたわけだが。
「いけませんよ、トマス坊ちゃん。危険です」
「危険なのは承知してる。なんたって、薔薇の下の話なんだから」
「そうなのですが、そういう意味ではないのですよ……」
 ある意味純粋、ある意味問題なトマスの態度に、子敬はため息しかでない。
「個人の自由というものも大切ですが、そういうところは、きちんと、貞操というか純潔というか、守らないといけないと思うのですよ、ちゃんとした「運命の人」に巡り合うまでは」
「……なんの話なんだ?」
 切々と訴える子敬に、ちんぷんかんぷんだと眉根を寄せるトマス。
 仕方なく、そのものずばりを子敬が口にしようとしたときだった。
 銅鑼の音が鳴り響く。
 それは、ゲートを封じている氷が破壊されたときに鳴るよう、以前クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)たちが設置したものだった。
「――行くぞ!」
 もはやお喋りをする時間はない。トマスは研究所の入り口へと、子敬とともに走って行った。


「来たわね!」
 飛び出したのは、トマスたちだけではなかった。研究所の外部で巡回警備にあたっていたセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)もまた、すぐさま駆けつける。
「セレン。もう見えているかもしれないけど、研究所正面のゲートからモンスターが現れたわ」
 研究所の内部に設置した警備室から、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が銃型HC弐式でセレンフィリティに告げる。
「そのようね」
「数はまだわからないけど、なるべく外で食い止めて。私は、監視を続けるから」
 セレアナの本心としては、恋人として、戦うセレンフィリティの傍にいたい気持ちもある。だが、正面突破と見せかけて、裏から入り込もうとする部隊がいないとも限らない。
 その可能性も考えると、セレアナはここを動くわけにはいかなかった。
「もしそっちでなにかあったら、すぐに連絡してよ。『ゴッドスピード』でかけつけるから」
 セレンフィリティはそう答え、武器の再確認を手早く済ませる。
「気をつけてよ、セレン」
「まかせておいて。……できれば何事もなく無事に済ませたかったけど、やっぱりそうもいかないみたいね」
 セレンフィリティのぼやきまじりな言葉に、セレアナは苦笑して「そうね」と返した。
 二人は、やはり白竜の下で、先日の異変以来、研究所の警備に協力していた。
 出入りする関係者のチェックは、IDだけでなく、『神の目』も併用して念入りに行う。また、かつてのIDカードなどは、前回の襲撃時に装置そのものが破壊されていたこともあり、新たな登録と生体認証機能も導入した。
 これで、あきらかなモンスターを除いては、不審者の排除はある程度対応できる。
 とはいえ、それだけでは足りないと、研究所のカルマの眠る地下へのルートには常時監視カメラを設置し、地下でルドルフが使用しているモニタールームと、警備室でチェックを可能としていた。
 内部へのトラップの導入も検討はしたものの、研究員たちはあくまで一般人であり、誤作動の可能性を考えると現実的ではないとして、それにおいては却下していた。
「まぁ、そもそも外部からそこまで入りこませたくはないけどね」
「もちろんよ」
 セレアナも、それについてはまったくの同意見だった。
 以上の準備を終えた後、セレンフィリティは研究所周辺の哨戒任務に、セレアナは警備室での任務についていたのである。

 銅鑼の音は、ゲートの一つが内側から破られたのだとすぐにわかった。
 なぜならそこから溢れ出す黒い瘴気が、すぐに確認できたからだ。
 叶 白竜(よう・ぱいろん)は、セレンフィリティやトマスに迎撃の指示をする。同時に、これが陽動の可能性もあると考え、内部のルドルフにすぐに報告をした。
「セレン、判ってるけど、自重してよね」
 せっかく復旧しつつある研究所を背後にしているのだ。入り口の認証システムも、そんなわけで最新式を設置したばかりなのだし、壊し屋セレンの異名は、今日のところは封印して欲しい。
「もちろん、わかってるわよ」
 ツインテールの髪の先を揺らし、ぱちんとセレンフィリティはウインクを寄越した。
 実体のない相手は若干苦手だが、「火炎消毒してあげる!」と機晶爆弾をセレンフィリティは懐から手にした。投げる方向だけは間違えないで欲しいが、むちゃくちゃをやるようでいて、それなりにしっかりしているセレンフィリティだ。素早い動きで、突進してくる幽鬼たちの先陣を機晶爆弾の炎で焼き尽くす。
 トマスは光術をメインにしながら、一定距離より近くに幽鬼たちが近づけないように防戦し続けていた。