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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第3回/全3回)

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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第3回/全3回)

リアクション


【鏡の国の戦争・千代田基地1】



 千代田基地に隣接するように存在する遺跡は、非常事態の非難場所になるよう以前から少しずつ手が加えられていた。
 最も、その非常事態がいつ訪れるか、といった点に関しては不透明であり、また契約者という存在はある種の楽観を彼らに与えていた事は否定できない。
 結果、遺跡の改造作業に行われる人員は別の部分に振り分けられていった。遺跡の一部である道の拡張や、新たに導入されたイコンの整備などである。
「水と食料の備蓄は十分ですわね」
 沙 鈴(しゃ・りん)は幸いにも、遺跡内部にあった見取り図や記録を発見する事ができた。
「水と食料はありがいたけど、今必要なものじゃないねぇ」
 まだ比較的新しい缶詰を元の棚に戻しつつ、秦 良玉(しん・りょうぎょく)はそう零す。既に千代田基地は急襲してきた敵部隊と戦闘中だ。懐にもぐりこまれている状態であり、見取り図を見る限り、ちょっと深いものの迷宮というにはこの遺跡は狭い。ダンジョンの奥に潜む魔物のようにはいかないだろう。
「外で何とか押し留めて……というのは少し希望が大きすぎますね。とはいえ、相手を誘い込むにも心もとない」
 机に広げた見取り図を指でなぞりながら、鈴は方法を模索する。
 アナザー・アイシャや非戦闘員の避難は素早くできた。もともと、千代田基地に詰めている人の数が多く無いのが幸いしたが、同時に保有している戦力もそれなりという事でもある。
 外での戦闘も、組織だったものとは言いがたく、場当たり的な抵抗活動だ。それでも何とか持っているのは、アナザー・コリマの兵化人間部隊の優秀さ故だろう。装備も更新されていたらしく、敵の猛攻をなんとか凌いでいる。
 だが、放っておけば彼らの全滅は避けられない。できれば、敵の戦力の予想ができるぐらいの情報が欲しいが、偵察を出す隙間も余裕も無い。
「目隠しされてるみたいですわね」
「何、目隠しとかおっぱい先生からエロワードとか、ちょー興奮するんすけど」
 ぬっと顔を出したのは南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)だった。
「んでんで、どんな話? あ、俺様沙鈴先生にどんな性癖あっても引いたりしないっすよ。むしろ何でもウェルカムっす」
 鈴は無言で光一郎から視線を外し、一緒に静かにやってきた綺羅 瑠璃(きら・るー)に視線を向けた。
「調査結果は?」
「外の音で断言するのは難しいけど、以前の調査結果が大間違いって事は無いと思うわ」
 瑠璃は担いでいた機材を降ろす。音響試験に用いたものだ。
「秦、ここの小部屋に繋がる通路に電気を点けてきてもらえる? 彼らの夜目のよさは未知数な部分があるけど、地下で光を見れば人が居ると思ってくれると思いますわ」
「あいよ、って事はここにある埃被った発電機もってけってわけじゃな」
 ここの照明は一本の電線に電球がぶらさがってるものが現役で、特定の場所だけ明るくするには、そこに電源を用意しつつ、電線の繋がりを絶っておく必要があるのだ。
「ええ、それも出来る限り急いで。あと、国連軍の部隊をここに配置して」
 机の横に積んである小石を見取り図に置いていく。大変アナログな方法だ。
「遺跡のままの部分でどれだけ時間を稼げるかが課題ですわね。防空壕として手を加えられたところまで入り込まれたら、長時間の抗戦は難しいですわ。あとは……」
「この半壊してる脱出口を、使えるようにしなきゃいけないってわけね」
 瑠璃の言葉に頷く。これは道の拡張工事の時に潰された通路に繋がっていたものだ。人の手でもなんとか開通させる事はできるだろう、問題はこの地点に敵が回りこんでくるかどうかで、その場合はむしろ埋め立ててしまわないといけない。
「通信はこの備え付けの無線機を使って、多少ノイズは走るけど、お互い地下ならなんとか会話できます。外との交信は、別の手段ですわね」
 瑠璃と良玉は、それぞれの任務の為に行動を開始する。そして、部屋には鈴と光一郎が残された。
「二人っきりだな」
 声のトーンを落として、光一郎は鈴の瞳を見つめた。
 鈴は無言で積んであった小石の山から一つ取ると、正面に向かって投げた。カンカンと撥ねた小石がいい音を鳴らす。
「……はい?」
「あなたの配置ですわ。まず外に出て、千代田基地の戦力の損耗具合を確認、戦場の動きを確認しながら、段階的に部隊を遺跡に送ってください。次いで、敵戦力の総数とその動きを確認、報告は十分毎に、これが無かった場合は死亡したと判断するわ」
「それって、味方全部こっちに来て、俺様外に一人だけって事だよな?」
「ええ、それが何か?」
「死ねって言ってますよね、というか、殺そうとしてますよね、俺様の事」
「ええ、それが何か?」
「……すんません、生言いました、簡便してください」
「仕方ありませんわね。では、先ほど頂いた作戦案を考慮して―――」
 先ほど、とは遺跡調査に出る前に光一郎が提案したものの事だ。
 新しい石を一個置き、それを横にずらしていく。
「この地点をこの方向に開通させてもらえますか?」
「たぶんできるけどよ、何で?」
「この先にあるのは、遺跡の一部ですわ。拡張工事の際に封鎖された部分でどこにも繋がってはいません。ただ、そこそこの広さがあるため兵を配置するには申し分なく、うまく誘導できれば」
「敵を一網打尽ってわけか、おーけーおーけー、俺様に任せろ」
 了承した光一郎は駆け足で数歩進んで、途中でぴたりと止まり、振り返った。
「穴攻めとアナザーって似てンよなァ?!」
 鈴は静かに積んである石を一つ取ろうと手を伸ばした。
「南臣 光一郎、行ってきます」
 それが基地外へ投げ捨てられる前に、光一郎はその場から逃げ出した。



「散歩しておいたかいがあったな」
 キュー・ディスティン(きゅー・でぃすてぃん)リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)に手を伸ばしながら声をかけた。
「治療はいいわ、これ返り血だもの」
 頬についた血を手の甲で拭いつつ、リカインは一度だけ後ろを振り返る。後続の気配は無い。
 遺跡の地形は、何度か散歩をしていたおかげで頭に入っている。身を隠すのに便利な窪みや、行き止まりに見えて通れる隙間など、規模はさしたるものではないが、その構造は何らかの意図を感じる事ができる。
 シャンバラの女王が封印されていた事から推測するに、たぶんは簡単な要塞か迷路か、ともかく彼女の身を守るためのものであるのは間違いない。
 だが現在は、様々な考えの下にこの遺跡には人の手が加えられている。道を拡張するだとか、非常時の防空壕にするとかだ。結果として遺跡としての機能はだいぶ死んでいる。あったら劇的にこの状況がなんとかなるものでもないので、純然たる事実以上の意味は特に無い。むしろ、わかってる一人が不意打ちに利用したりするには、相手にも味方にも注意がいってないので成功しやすく効果的だ。
「あー獣臭い、ちゃんとシャワー浴びてるのかしら?」
「あいつらにそんな―――」
 キューの言葉は、突然の振動と轟音にかき消された。危うく舌を噛みそうになる。
「なんだ、今のは、って、おい、そっちか、そっちなのか」
 リカインが走り出したので、その後姿を追う。
 爆発の音も振動も、近すぎて場所を特定するのは困難だった。リカインが走り出せたのは、風の動きを肌で感じ取ったからだ。流れていく空気に従って、リカインはすぐに崩れた壁と、そこにたむろする怪物の集団を発見した。
「―――ッ」
「しまっ」
 悲鳴をあげたのは、キューである。その悲鳴も最後まで続かず、リカインの咆哮に飲み込まれた。彼女の技を知ってるキューがこれである、やっと遺跡に乗り込んだ怪物達には防衛手段をとる間もなく直撃した。
「さっきの分、返しておくわ、あなた達のでしょう」
 咆哮でゴブリンは全滅、残っていた数えるほどのワーウルフに的を絞り、片方にアブソービンググラブを装着した手のひらを向けた。放出されたエネルギーがワーウルフを弾き飛ばし、平らとは言いがたい壁に叩きつける。
 うめき声を追い越して、残ったワーウルフに肉薄する。苦し紛れのフックを身を屈めて避けると、開いた手の平を握り、突き出た顎を真下から打ち上げた。
 打ち上げられたワーウルフは落ちてこない、首から上が天井に埋まってしまっている。
「返り血無し、と。やっぱりこうでないとね」
 体についた埃を叩き落としていると、足音がこちらに向かってくるのが聞こえ、すぐさまその持ち主が姿を現した。
「こっちだ……ん?」
 最初に姿を現したのは、甲斐 英虎(かい・ひでとら)で、それに続いて甲斐 ユキノ(かい・ゆきの)も姿を現す。
「こっちは片付いたわよ」
「そう、みたいだね……」
 英虎は視線を足元に落とす。そこには、倒れたキューの姿があった。
 怪物達はリカインが倒したとして、彼は何故ここで気を失っているのだろうか。それほど激しい戦闘があったにしては、彼の周囲には争ったあとがない。
「何があったのでしょうか?」
 ユキノがリカインに尋ねる。彼女の位置からでは、英虎の影になってキューの姿は見えない。
「あちらさんが壁に穴開けながらやってきてるみたいよ」
「横穴……でございますか。ただ、その場合、短時間で効果的に行うには、ある程度遺跡の正しい位置関係を知っている必要がある気がしますけれど、その情報を、敵は誰から手に入れたのでしょう?」
「そんな事、私が知るわけないじゃない」
「い、いえ、ただの独り言ですわ」
「そう。ただ、あまり効果的にやろうってつもりは無いんじゃない。ほら」
 倒したゴブリンの一体を指差す。
「こんな格好じゃ、ちょっとした事で大爆発じゃないか」
 ゴブリンは前進に爆薬らしき筒を巻きつけている。マントの下に大量のダイナマイトを隠すのをどこかで見た記憶があるが、そのマントを剥ぎ取ったあとのようだ。
「自爆上等の強行採掘ってわけか、地下に逃げたぐらいの判断でやってるっぽいなコレ」
「……生贄や儀式に使うのではなく、ただ排除すればいいのであれば、遺跡ごと壊すのも手段としてはおかしくない……のでしょうか」
「まぁ、みんなにはうまい事伝えておいてよ。私は向こうを見てくるからね」
 ゴブリン達が出てきた先はすぐに外ではなく、空洞に続いている。ただの洞窟か、遺跡跡かはわからない。
「火の用心、ね?」
 最後にそう言って、リカインは空洞の奥へ消えた。英虎もユキノに急かされ、預かっていたトランシーバーに報告をしつつ別の地点の様子を見に行った。壁が薄い地点はいくつか鈴がピックアップしていたはずだ。その情報を怪物達が所持しているかはわからないが、様子を見ておく必要がある。
 キューが目を覚ましたのはそれから数分後だった。
 当然周囲には人の姿はなかった。