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リアクション
収穫祭が行われている一角からさらに奥へ入って行くと、古びた校舎が立ち並ぶ荒れた校庭へ出ることができる。そこには大勢のパラ実生達が思い思いにたむろしていた。
祭りやイベントを楽しんでいる者たちはごく一部で、大半の分校生はいつも通りすさんだ生活を送っているのだ。
校舎はボロボロに朽ち果て、地面はでこぼこのままだ。窓ガラスも割れており、壁にはあちらこちらに落書されている。
往来をモヒカンたちが練り歩き、時折乱暴を働いたりする。どうしようもない不良のたまり場となっていた。
だが、何かが違う。物足りない。
これじゃ、ただの偏差値低いヤンキー校だ。この程度の荒れ方なら、ぶっちゃけ日本の底辺高校でも見られる、至って普通の光景に過ぎない。
本来のパラ実は、そんな次元を越えた無法なのだ。そもそもいくつもの校舎が原形をとどめていることがおかしかった。彼らに建物など必要ないのだから。
「なるほど。確かに噂どおり大人しいわね。せいぜいガンつけてくるくらいだもの」
休み時間。
義賊のリネン・エルフト(りねん・えるふと)は、校内を見て回っていた。
かつて、分校動乱の折には校内秩序の安定に一役買ったこともあり、伝説の教師と呼ばれている彼女たちにとって、内部まで入り込むことは困難ではなかった。
時々様子を覗きに着ていたので、見知った顔も何人か居る。
今日のリネンは、分校内の違和感と怪しい特命教師の噂を聞きつけて調査に乗り出してきたのだ。
「さっそくいいものを手に入れてきたわよ」
パートナーのヘリワード・ザ・ウェイク(へりわーど・ざうぇいく)が荷物を持って帰ってきた。校内を動きやすいようにいくつか手配していたのだ。
「次の授業の予約が三人分取れたから、行きましょ」
「はい?」
リネンは首をかしげた。授業なんて受けるつもりはないし、第一他校生だ。それに対して、ヘリワードが意味ありげな笑みを浮かべた。
「例の、特命教師、真王寺 写楽斎(しんのうじ しゃらくさい)の講義よ。一度その目で見ておいたほうがいいでしょう?」
「一応、ちゃんと授業やってたんだ」
リネンはちょっと驚いた様子で言う。
「私たち、臨時教師だけど別に他の科目の授業くらい受けたっていいでしょ。かなりの人気で予約制になっているみたいよ」
「科目は何なの?」
「社会システム工学・戦争経済論。これが教科書とレジュメ、そして、授業で用いるタブレットね」
ヘリワードは必要教材を取り出してきた。
「オレの分まであるのか。あまり乗り気じゃないんだが」
聞き込みするとばかり思っていたフェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)が、難色を示した。授業など受けていないで、直接聞いたほうが早いだろうと彼女は言う。
「授業って、教師の人となりが出るでしょう。特命教師の性格や物の考え方も分かるし、もしかしたら生徒たちが変になったのは、授業に仕掛けがあるのかも」
そうヘリワードに言われては仕方がない。三人は、講義の行われる教室へと向かった。
「君たちは?」
教室の前には、スーツ姿の若い男が待ち構えていて、リネンたちを確認する。どうやら教師の一人らしい。名札には『布施』と書かれている。
出席は、ID認証になっており、ワッペンか生徒手帳に埋め込まれているICチップをリーダーに読み込ませる方式だ。彼女らはワッペンを持っていないので、予約券を若い教師に手渡した。予約番号を押すと、教室の扉が開いた。
「授業は、すぐに始まる。席について待つように」
「はい」
リネンは素直に従った。ここで騒いでも仕方が無い。
扉をくぐると、内部は扇形状の大きな階段教室になっていた。正面には教壇があり、巨大なスクリーンとホワイトボードが備え付けてある。各机には最新の端末が設置されており、講義内容が把握しやすいよう工夫されている。
「……」
リネンたち三人は、予約番号に従って一番後ろの席に着いた。なるほど、いい席だ。ここなら教室が一目で見渡せる。最前列よりも彼女らには適していた。
他の生徒たちは、すでに着席している。モヒカンやリーゼント、茶髪女子などばかりが一同に真面目にしている光景は異様だった。
いやほんと、なんだこれ? 彼女は教室を見渡す。室内の綺麗さや設備の良さなど、蒼学と変わらない。パラ実の教室とは思えなかった。
程なく、授業が始まった。特命教師が、入り口にいた若い教師、布施と共に入ってくる。
(あれが、真王寺写楽斎ね)
リネンは、教壇上の白衣を着たスキンヘッドの男を見つめた。彼は、丸眼鏡を指で押し上げながら、冷酷そうな唇の端を歪めて挨拶してくる。
「諸君、ごきげんいかがかな。では、いつもの通り授業を始めましょう」
「……」
リネンは、黙って講義を聞きながら、写楽斎の人となりを観察する。
マイクとディスプレイを用いての授業だ。生徒たちがおかしくなったのは洗脳電波でも流されているからか、と警戒していたがそんな様子は無かった。
喋り方にも際立った特徴は無かった。見下したような丁寧語が少々癇に障るところがあるが、生徒たちを扇動するような話も無ければ、独裁者のトークじみた大げさなアクションも見受けられない。スーツの教員も助手のような働きしかしていない。大人しいものだ。
講義は、ディスカッションを交えての興味深い内容で、分かりやすく熱意もこもっている。教員としては、なかなか優秀なようだ。
(表立っては、怪しいそぶりは見せないということね)
予備知識無しで彼の授業を受けたら、きっと熱心で博識な頼りになる教師と誰もが思うだろう、とリネンは判断した。この講義を受けに来た生徒たちが、ほぼ全て彼の信奉者だろうし、他の教師たちも悪く言わないだろう。聞き込みでは、特命教師たちの尻尾を捕まえるのは難しいかもしれない。
やはり本人に直接聞くしかない。
「先生、質問があるんですけど。お時間よろしいですか? 場所を変えてお話したいのですが」
授業が終わるなり、リネンは写楽斎を捕まえた。なるほど、探す手間が省けて大変結構だ。
「おや、あなたがたは? どうしましたか? 構いませんよ。行きましょう」
写楽斎は三人を見て、なんでもどうぞと気さくな素振りを見せた。
「ちょうどいい喫茶店がありましてね。お茶でも飲みながら、お話を伺いましょう」
彼は、教室を出ると、もう一人の若い教師、布施と一緒に場所を移すことにした。廊下を歩き出すのをリネンたちも追う。
「先生、大変巣晴らしい講義で参考になりました。私たち、臨時教師もやっておりまして、色々と教えていただきたいことがあるのですよ」
リネンが歩きながらお世辞も交えて言うと、ヘリワードとフェイミィも笑顔で頷く。
「参りましたね。大したことないですよ」
写楽斎はそう答えるが、本心かどうか読みづらかった。
「今の分校の制度は真王寺先生が作ったんですよね? まだ来てそう経ってないのに、どうやってこうも早く校内を見事にまとめ上げたのですか?」
リネンはずばりと聞いてみた。遠まわしの探りあいは無意味だと思ったからだ。
「決闘システムのことですか? それでしたら、僕が赴任してくる前からありましたよ。何でも、2年ほど前の混乱が収まった時に、当時の臨時教師たちが決めたと聞いています」
「そうでしたっけ?」
リネンは記憶を探った。彼女ら以外の臨時教師たちが作った制度だったとは。
「ワッペンの色分けも、決闘が面白くなるようにと、競争が好きな生徒たちが馴染みやすいように、と生徒たちの間で次第に形成されたらしいですね」
「階級を作り信賞必罰、組織への服従を訓練というのは、基本ではあるけど、そうも急にできるものかしら? 何かしらの大きな力添えがあったんじゃないの?」
ヘリワードが聞く。
写楽斎は、その質問には答えず、収穫祭が行われている校舎の教室の前で立ち止まった。
「ああ、ここですよ。招待状を頂いたので覗きに来てみました」
そこは、あの『食い逃げ冥土(メイド)喫茶・鋼苦須苦龍(コークスクリュー)』だった。彼と若い教師の二人は、その看板にも臆することなく中に入って行く。
「いらっしゃいませ。5名さまですか?」
メイドウェイトレス姿のエンヘドゥが、写楽斎とリネンたちを見て言った。
「ああ、彼らはオレが対応するからいい」
厨房の奥からジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)が出てくる。
「まさか、本当に来るとは思わなかったぜ」
「サービス券を贈ってくれたのは、そちらでしょう? ご馳走させてもらいますよ」
(なるほど。この男が写楽斎か。外見は学者風だが)
ジャジラッドは値踏みする。
席に着いた写楽斎はメニューを眺めながら続ける。
「そうそう、先ほどの質問ですが。巨額の資金が投入されていますね。例えば、金ワッペン保有者。彼らは校内で飲み食い自由、豪勢な宿舎もあてがわれますが、その代金はどこから出ているのか。それを考えればおのずと導き出せる結論かと」
ヘリワードの問いに、写楽斎は何も疚しいことが無い口調で普通に答えた。
「何の後ろ盾も無いと思っていたんだが、かなり大きなバックがあるってことか?」
フェイミィも少し驚いたようだった。
「でも何のために、そんな投資を? どこかの篤志家の寄付ってことは無いよな?」
「そこまでは、僕の口からはなんとも」
写楽斎は眼鏡を押し上げながら、冷ややかな笑みを浮かべる。全て分かっていて答えているといった様子だ。
「僕は、普通のコーヒーをもらおうかな。それだけでいい」
写楽斎はジャジラッドに注文する。一緒に席に着いた布施も同じ注文だ。
「ねえ、先生。競争しようよ。どちらが早くたくさん食べられるか。食べきったら、無料よ」
先ほどの女子生徒が、隣で囁く。
「ふふ、せっかくですが僕は今お腹がいっぱいでね。第一、儲けにならない勝負はしない主義なのですよ」
「くっくっく、真王寺写楽斎先生ともあろうお方が、女子生徒の挑戦から逃げるってか? それに、勝てばお代は無料だ。十分メリットがあるだろ」
ジャジラッドの台詞に、写楽斎はリネンたちの顔も見ながら残念そうに肩をすくめて薄ら笑いを浮かべる。
「やれやれ、どうやら皆さんは、僕を過大評価しているらしいですね。分校を支配するとんでもない大物と捉えていらっしゃるようです。しかし、僕はタダのしがないサラリーマンですよ。義賊団を率いるリネンたちや恐竜騎士団で大活躍しているジャジラッドとは比べるべくも無いほどの小物です。あしからず」
写楽斎は、しれっと言って出されたコーヒーを美味そうに飲み始めた。
「ほう、これはなかなか。招待して頂けるだけのことはありますね」
「名刺をもらえるか? サラリーマンなら、名刺は必須だよな。もちろん、“特命教師じゃない方の名刺”だ。せっかくお目にかかれたんだから、名刺交換しようぜ。おっと、オレの名刺はこれだ」
ジャジラッドは言いながら、『恐竜騎士団・ジャジラッド・ボゴル』と記された即席の名刺を取り出し、渡した。
「……これは失礼。あいにく名刺は切らしておりましてね」
一瞬沈黙してから写楽斎は答える。
「……ほう、いいところにお勤めではないか。教師はアルバイトか?」
ジャジラッドは、もう一人の若い教師の胸元から名刺入れを取り出し見つめた。布施は不意を打たれてしまった! という表情になる。
「確かに、サラリーマンだな。複合軍需産業『バビロン』の研究員の布施俊徳(ふせとしのり)さんか。一流企業だ……裏の社会ではな」
「ちょっと待ってよ、『バビロン』って」
リネンも思い当たって目を丸くする。
「そう、お前たちも使ったことあるんじゃないか? 弾薬や武装をいつでもどこでも調達してくれる武器商人たちの会社だ。金さえ払えば、誰にでも武器を売ってくれる。教導団にも海賊にも、そしてテロリストどもにもな」
なんてこった、とジャジラッドは内心舌打ちをしていた。
この分校は、すでに闇の軍需産業の資金でズブズブになってるんじゃないのか? 新しい施設、新しいシステム、生徒たちへの褒美や待遇のよさ。分校生たちは、カネで飼いならされているのだ。
軍需産業は戦争が起こらないと儲からない。テロリストたちの元気もあまり無く比較的落ち着きつつあるパラミタで、大規模な紛争を起こすためには、訓練され統率された集団が必要となる。それが……。
「……名刺、ありましたよ。お渡ししておきましょう」
写楽斎は、開き直った口調で名刺を取り出してきた。肩書きは複合軍需産業『バビロン』の研究主任らしい。
「軍の研究機関から転職しましてね。ご心配なく。あなた方の危惧するような事態は起こりませんよ。僕たちは、必要なデータさえ取り終えれば、いつでも去りますので」
「データ? この分校で何かの実験をするつもりなのね?」
それが、写楽斎の目的に違いない、とリネンは思った。
「君たちが知る必要は無いだろう?」
名刺を奪われて正体を知られてしまった布施は腹立たしげに言う。
「言っておくが、変な正義感や使命感とやらに囚われないことだ。早まった行動は、この分校の生徒たちも悲しい思いをさせることになる。どうせ君たちは、所詮パラ実と普段から軽んじているだろう? 今さら、彼らに肩入れする必要もあるまい。収穫祭を楽しんだら、さっさと去って楽しい日常を過ごすことだ。そうすれば、よき日々を送れるだろう」
分校の生徒たちは、人質だ。と布施はほのめかせた。
「布施君、口を慎みなさい。あなたの軽率さには、僕も少々がっかりしているところです」
「す、すいません」
写楽斎がたしなめると、威勢のいい布施は途端に大人しくなった。どうやら頭が上がらないらしい。
「あなた方も、ここで騒動を起こすほど愚かではないでしょう。お互いいいお付き合いができるといいと、僕は思っているのですよ」
写楽斎は笑みを浮かべたまま言うと、席から立ち上がった。
「ごちそうさま。いいお味でしたよ。もちろん、お代はお支払いいたします」
「そこまで話しておいて、簡単に帰れると思うか?」
ジャジラッドが立ちはだかる。
「ええ、思いますよ。あなたは、ここに居る全員を巻き込んでも構わないと考えてはいないでしょうから」
写楽斎は、離れた所で接客しているエンヘドゥにちらりと視線をやって冷酷な口調で言う。この教室丸ごと吹き飛ばすのに躊躇いは無さそうだった。ハッタリでないことは、立ち居振る舞いや充溢する魔力から明らかだった。それなりの高LV契約者らしい。
「他に何か質問がおありでしたら、いつでもいらっしゃい。また、お会いすることを楽しみにしていますよ」
写楽斎は、そう言うと喫茶店を後にしようとする。
「ちょっと待って。最後に一つ。真王寺は、この分校をどうしたいのよ?」
リネンは聞く。世間が警戒しているのは確かだが、自分たちは純粋に写楽斎のやり方に興味があるよという態度だ。
「確かに、色々と言いたい事はあるけど、今のところ校内秩序は守られてるわ。その功労者はあんただし、生徒たちも納得して参加してるんだもの。これから、何をするつもりなの? それを教えて」
「さあ……?」
写楽斎は眼鏡を押し上げながら、冷笑を浮かべる。
「僕は、モルモットの後始末までは興味ありませんから」
その言葉が終わるより先に、ジャジラッドが写楽斎の腕を掴んでいた。
「まあ、そう慌てずに。もっとゆっくりしていってくれよ、センセー」
懐からボイスレコーダを取り出して目の前に突きつける。
「このオレが何も仕込まずに話を聞いているだけだと思ったか? 今の会話、全部この中に入っているんだぜ。おまえがどこから来たのか、この分校をどうしようと思っているのか? 実験台のモルモットだったなんて知れたら、分校生たちも悲しむだろうな。校内放送で何度も聞かせてあげたいほど良く録音できてやがる」
「……」
「それとも、ここで暴れてみるかい? これまで分校内でそれなりにいい先生を気取ってたんだろ。全部台無しなんだぜ」
ジャジラッドは、特命教師たちが抵抗してもエンヘドゥたちに被害が及ばないよう、かばえる位置に立っている。
「なるほど。それなりに面白い生徒たちが居るようです。しかしまあ、今日のところはお付き合いはここまでにしましょう」
写楽斎は動じることなく、攻撃スキルを放っていた。それを予期していたジャジラッドが、エンヘドゥや客の間に割ってはいる。
写楽斎の攻撃は大きなものではなかったが、腕を振りほどきジャジラッドのボイスレコーダーを破壊するには十分だった。だが、それは大きな隙だ。
リネンたちも、同時に写楽斎に攻撃を仕掛けた。室内に被害を及ぼさずにしとめることができるだろう。
だが。
「【戦略的撤退】!」
不意に、背後でスキルが発動された。
「ふはははは。そこまでにしていただこう!」
客として様子を見ていたオリュンポスの幹部ドクター・ハデス(どくたー・はです)が、デラックスパフェを食べていたのを中断し、特命教師たちを連れて退却する。
【ノーマル戦闘員】、【ポムクル戦闘員さん】、【オリュンポス特戦隊】と人材は豊富な上に、逃げ足の速さは折り紙つきだ。戦闘員たちが暴れている間に、ハデスと特命教師たちは姿を消していた。
「……」
リネンたちは顔を見合わせる。
これは収穫があったといえるのだろうか。想像していたほどでもないような気もするし、もっと邪悪な気もする。
特命教師が分校の改革をしてまで実験しようとしている内容は何なのか?
他の契約者たちが、判明させてくれるだろうか。
「あっ……!」
ようやく騒ぎに気づいたエンヘドゥが驚きの声を上げる。
「あの人たち、食い逃げ、ですわ……」
○
「大変だな、サラリーマンよ。だが、あの手の連中ならいちいち相手にせずとも、我が戦闘員たちが軽くあしらってやったものを」
真王寺写楽斎を連れ出したハデスは、溜息をついた。全く、世の中には話のわからない奴が多すぎて困る。
写楽斎の研究内容に興味をひかれたハデスは、協力して世界征服を行うべく、極西分校へとやってきていたのだ。
すでにハデスはこの特命教師とは接触済みで、よければ仲間に引き入れるだけなのだが、果たして彼は望みどおりの男なのだろうか。
「くくく……、まあ、それはさておき、だ! 真王寺写楽斎よ。お前の研究、気に入ったぞ! その気があるなら、我らオリュンポスが、その研究に全面的に協力しよう。広域に与える影響であれば、秘密結社の大幹部にして、ワールドメーカーでもあるこの俺も、それなりの知見を持っているつもりだぞ?」
「ああ、ハデス。有難いお言葉ですが、知っての通り僕は単なるしがないサラリーマンでしてね。複合軍需産業に勤める主任研究員で、新しい軍事コンピューターシステムを開発しようとしている技術者に過ぎません。あなたのご期待に添えるかどうかは、甚だ心もとないところです」
写楽斎は謙遜気味に言うが、その実ハデスを警戒しているようだった。あまり乗り気ではない口調で答える。
「ハデスも聞いたことはあるでしょう。複合軍需産業『バビロン』。お金さえ払えば、誰にでも兵器を売る戦争屋です。あなたほどの方が近寄ると、そのご高名に傷が付くのではありませんか? もっとも、兵器類のご用命なら承りますが」
「ふっ、寝返ればいいではないか」
ハデスは、笑みを浮かべながら言う。
「パラ実出身で就職先がなかったから、そのようなブラック企業に入社したのであろう? 世知辛い世の中だな。だが、安心するといいぞ。オリュンポスは出身校に関係なく、優秀な人材を採用する準備がある。転職せよ、真王寺写楽斎よ。我々なら、もっと充実した研究機関と更なる大きな力を提供できる。我々に力を貸し、共に世界を制するのだ」
「考えさせていただきたいですね」
その条件は魅力的に聞こえたのか、写楽斎はふっと笑った。だが、即答はせずに職員室へと戻っていく。
「急場を助けていただいたことには感謝しておりますが、今の会社をすぐに見切るつもりはありません。何より、居心地はいいですし好きなことができます」
彼は、言う。
「何より僕は、人々が争いあうのを遠くから見るのが趣味なんですよ。なるべく自分の手を汚さずにね。だから今そのためのシステムを開発しているんです」
「……」
ハデスも笑みを浮かべたままだった。だが、その表情に複雑なものが混じっている。写楽斎の思想は、オリュンポスとは違うものがある。あまり気持ちのいい男ではないかもしれない。
「だがまあ、約束は約束だ。お前を完全に見切るまで、しばし付き合ってやろう。まだオリュンポスの構成員にならぬと決まったわけではないしな」
ハデスは、戦闘員と特戦隊たちに指示をだし、写楽斎のまわりの警備をすることにした。
「さて、あとは我らの邪魔をしようとする契約者が来るであろうから、その相手をするとしようか。さあ、行くのだ、戦闘員たちよ!」
ハデスもまた、騒乱の嫌いではない男なのだった。
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