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古の白龍と鉄の黒龍 第5話『それが理だと言うのなら、私は』

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古の白龍と鉄の黒龍 第5話『それが理だと言うのなら、私は』

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 『天秤宮』とイルミンスールとを繋げ、イルミンスール存続のための力を送る。……その案は天秤宮で目を覚ました遠野 歌菜(とおの・かな)の耳にも届いていた。
「……歌菜。もしミーナの言う通りになったとして、歌菜はどう考える?」
 そして、多分自身の考えを口にしたいであろうと思った月崎 羽純(つきざき・はすみ)の言葉をきっかけにして、歌菜は自分の考えを口にする。
「私は、ミーナの案に賛成。今のやり方は……『天秤世界』のやり方は、絶対に納得出来ない」
 歌菜の視線が、遠くの神殿のような構造物へと向く。そこから声を発してきた『天秤宮』へ言い聞かせるように、言葉を続けた。
「皆、それぞれにそれぞれの意志があって、守りたいもの、生きる理由も、好きなものも嫌いなものもバラバラです。
 だから意見が合わず、衝突する……それは、避けられない事です。どんなに仲良しでも、些細な事で喧嘩するみたいに」
 見上げてくる歌菜に羽純が微笑を浮かべてやり、笑った歌菜が再び『天秤宮』へ言葉をぶつける。
「けど、だからと言ってあなたが言うように『争いは避けられないもの』とは私は思いません。現に、皆のお陰で龍族と鉄族の争いは止められました」
 『天秤宮』によって見せられた光景で、龍族と鉄族は一時的にせよ共闘する意思を見せた。争いはどちらかが滅びるまで続くものではない、避けられるものである、歌菜はそう思っていた。
「意見や立場が違い、対立することはある。……けど、話し合って分かり合う事も、出来る。
 誰だって、幸せになる権利はあります! 勝者と敗者を決めなきゃいけないなんて、皆、本心では嫌な筈です!

 ……だから、今回、この世界で私達がそうしたように、これからも私達は、世界樹の力を浪費する可能性のある争いを、争う事をせずに止めていきます。
 あなたの代わりを、私達が務めていきます」

 宣言した歌菜の胸中には、この世界で刃を交え、また言葉を交わした少女の姿があった。
 ルピナス、他の聖少女と戦い、種族に繁栄をもたらすという、聖少女の役目。それも、勝者と敗者を生み出すこの理を崩す事で変えられるなら。
 ――あの子のような、悲しい運命の子の未来を変えられるなら――。

『――――』

 瞬間、景色が変わる。そして見えた世界は一言で言うなら、“全ての命が止まっていた”。
 草木は残らず枯れ、大地は抉り取られ、川は干上がり空は曇り、動くものは一切見当たらない。
「これは……」
 呟く羽純も、そして歌菜も何となく勘付いた。この景色は、争いが最後まで行われた結果なのだと。

『勝者と敗者。どちらかがその立場を選ぶ事なく争いが続いた結果がこれだ。
 お前たちはこの可能性を残しておくというのか?』

 『天秤宮』の声に、今度は羽純が一歩を踏み出し、反論する。
「この結果は確かに、あなたが言うように『勝者と敗者、どちらかがその立場を選ぶ事なく争いが続いた結果』なのかもしれない。
 だからって、いつもこうなるとは限らない。そしてあなたのやり方のように、勝者と敗者に分かれたから平和に事が運んだ、そうなるとも限らないだろう」
 羽純の胸の内にも、ルピナスの事があった。勝者と敗者を決める天秤世界のやり方は、勝者も敗者も共に傷付ける。……その想いはルピナスの事を知った羽純の中でより深まっていた。
 ――彼女は勝者であるにも関わらず、少しも幸せそうじゃない――。
「誰かの生きる権利を奪い、自分が生き残る。そんなやり方しかないとは、俺も思わない。
 確かに、道は険しいだろう。今回の龍族と鉄族の争いを止められたように、全てが上手く行く保証なんてない。
 ……けれど、変えられる方法があるならば変えるべきだ。変えた後のその先は、皆で考えればいい。俺達には頼もしい仲間が居る」
 羽純が歌菜を見つめ、歌菜は頬を染めつつうん、と頷く。景色が元のものに変わり、それ以降『天秤宮』は言葉を発することは無かった。
「歌菜、これからどうする?」
「契約者の拠点を探そう。確か天秤宮と一緒になってるんだよね? そこに行って、ミーナのお手伝いをしよう」
 問われた歌菜は方針を決め、もう一度神殿の方を向き、ビシッ、と指を差して宣言する。
「ルピナスさん、それと天秤宮さん!
 見せてあげましょう、イルミンスールの、私達の団結力を!」
「お世辞にも団結力があるとは言い難いがな」
「羽純くん、ツッコミ入れない! ……コホン、兎に角、世界を変えてみせます!」
 言い放ち、小突かれた箇所を押さえる羽純の手を取って駆け出す。
(私と羽純くんは、どこまでもイルミンスールと校長先生達に付いて行きますから!
 思いっ切り行っちゃいましょう!)


「……ん……」
「あら、やっとお目覚めなのね。重いからさっさと退いてくださらない?」

 目を覚ましたレイナ・ミルトリア(れいな・みるとりあ)の耳に届いたのは、そんな声だった。
「あっ……す、すみません……!」
 半ば反射的に声に従い身を起こして、さて今のは誰の声だったのかと後ろを振り返れば。
「ふふふ。まさかあなたに、膝枕をしてあげられる日が来るなんてね。
 寝心地はどうだったかしら?」
 そう口にする目の前の少女に、レイナは既視感を覚え、同時に心の中の一部が抜け落ちているような感覚を覚える。
「……あなたは……」
「ええ、あなたは多分気付いているはず。私はもう一人のあなた。ノワール、って名乗ってるわ」
「……ノワール、さん……」
 自分のことを『もう一人のあなた』と言う少女の名を、レイナは口にする。不思議と彼女の言う事はスッ、と胸の内に落ちてきた。多分、自分が『眠っていた』時は彼女が代わりに動いていたのだろうな、と思い至る。
「どうしてか分からないけど、ここではあなたと私、それぞれ独立して居られるみたいね。
 ふふ、いっそこのままだといいのに。そろそろあなたの子守もうんざりしてきたのよね」
 自分の身体があるという事を喜ぶように、ノワールがくるりと身を翻す。その表情や仕草はとても生き生きとしているように見えた。
「……その……ごめんなさい。
 私……あなたに窮屈な思いをさせてましたよね……?」
「ええそうね。あなたの勝手な都合で生み出されて、自由にさせてもらえない私がどれだけ鬱屈した思いを抱えていたか、知っていて?」
 容赦無いノワールの言葉がレイナに突き刺さる。ふらつくような感覚に、しかしレイナは耐えた。
「……ま、後半は嘘よ。別にあなたを恨んでるとか、そんなのは無いから。
 むしろあなたが居なければ私も居ないわけだし。感謝くらい、してあげるわ」
 険しい表情をしたかと思えば、今度は笑って言うノワールに、レイナは羨望のようなものを感じ、そして即座に納得する。
(……あぁ。彼女は私が遠ざけたものだけじゃなくて、私が得たかったものも持っているんだ)

「……う……」
 レイナとノワールが出会っていた頃、ウルフィオナ・ガルム(うるふぃおな・がるむ)も目を覚ます。辺りを振り返り、レイナの姿がないのを認めて反射的に動き出そうとして、待て、と自分の身体にブレーキをかける。
(このまま行ってはいけない気がする。……何だ? 何であたしはそう思ってる?)
 動物的なカンのような、そんな感覚に従いウルフィオナは普段決して活用しているとは言いがたい頭を回転させて考える。
(……えっと、何からすりゃいいんだ? あぁもう、歯がゆいぜ。
 …………何で、ノワールはこっち来てからよく出てくるようになったんだ?)
 湧き水のようにもたらされた一つの疑問を、徹底的に掘り下げていく。この世界に来る前は何かしらの要因があって入れ替わっていたように思うのが、この世界に来てからは無くなっている。それはどうしてだろう。
(……天秤世界……天秤ってのはこう、物が載ってて、どっちかに傾くもんだよな。
 …………レイナの中で、気持ちがノワールが出やすくなる方に傾いてる、ってことなのか?)
 自分なりの表現で現状をそのようにまとめたウルフィオナは、じゃあこのまま天秤が傾ききってしまったらどうなってしまうのか、を考える。
(天秤世界は、勝者が富を得て敗者は滅ぶ決まりらしい。
 ……天秤が傾ききったら、レイナかノワール、どっちかが消えちまう)
 今の傾き具合を見るに、消えてしまうとするならレイナの方だろう。
(…………嫌だぜ、そんなの。
 レイナだってノワールだってどっちも『レイナ』なんだ。『レイナ』はあたしにとって大切な家族で、パートナーだ。
 あたしは、『レイナ』を失いたくないし、失わせたくない。どっちかが本物でどっちかが偽物? ふざけんな、どっちも本物だ、あたしにとってはな)
 キッ、と顔を上げ、前を見る。きっと自分はそう遠くない内に、天秤を目にすることになるだろう。それがこの世界の仕組みかどうかは分からないが、何となくそんな気がした。
「……あいつらを、探しに行かないとな」
 決意表明の如く口にして、ウルフィオナは駆け出す。
 天秤を見つけに、そして自分の判断を下すために――。