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古の白龍と鉄の黒龍 最終話『終わり逝く世界の中で』

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古の白龍と鉄の黒龍 最終話『終わり逝く世界の中で』

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『想いを、引き継ぐ』

「天秤世界は、やっぱり無くなってしまうんですよね……。
 はわわ、これからどーしますかなんて、さっぱり考えてなかったですよー。いつもこんな感じがしてますけど、こーなるなら事前に言っておいてほしーですぅ」
 突然投げかけられた問題に、土方 伊織(ひじかた・いおり)が頭を抱えてじたばたとするのを、セリシア・ウインドリィ(せりしあ・ういんどりぃ)が微笑でもって見守る。
「うふふ、そうですね。でも、これがイルミンスール流なんだな、って今では思うようになりました」
「暢気なものじゃのう、我が妹は。
 しかし、実際問題何をどうしたら良いものか。指針が決まらぬことにはいつまでたっても伊織はあわあわあたふたしっぱなしになってしまうぞ。見ている分には楽しいが」
「そうでございますね。……では僭越ながらこの私めが一つ、お嬢様に助言を。
 思い出してくださいお嬢様、サティナ様を救おうとした時の事を。セリシア様とのこれまでを。お嬢様が本気で想われたからこそ、今のこの関係があるのです」
 サー ベディヴィエール(さー・べでぃう゛ぃえーる)の言葉に、落ち着きなくあたふたとしていた伊織がやっと落ち着きを見せる。
「此度の事で天秤世界は終わる、けれど世界は終わらせない。具体的な内容については皆様と今後話し合うとして、まずはその覚悟を抱くこと。
 お嬢様であれば出来ます、私はそう信じています」
「ふむ、それが良い。というわけで伊織、男を見せよ。我はそれに協力してやるのだの」
「サティナさんのそれって、他力本願って言いませんかー。
 うぅ、そーいうものなんでしょーか。言われるとそーいう気がしてきましたです」
 いつもの調子なサティナ・ウインドリィ(さてぃな・ういんどりぃ)にツッコミを入れる伊織は、まだどうするべきか示せずにはいたものの、慌てることも無くなっていた。
「これからどうするか、という問題はすぐには決められないと思います。
 ですが、契約者に課せられたのは『天秤世界が行ってきた役目を私達なりに引き継いで、これからは他の世界の紛争を決定的な争いに発展する前に解決していく』。
 ……ほら、簡単でしょ? もちろん、言葉にすれば、ですけれど」
 話の輪にノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)が加わり、契約者の今後の役割を簡潔に示す。
「それをしていくために、僕たちはこうしますよー、って世界樹に示さなくちゃですよね」
「はい、そうです。そのために大切なお客さんをお招きしました。そろそろメティスさんがお二方を連れて来られると思います」
 ノアの発言に皆が誰だろう? と首を傾げていると。
「失礼致します。龍族の長ダイオーティ様、ならびに鉄族の長灼陽様をお連れいたしました」
 扉が開かれ、入ってきたメティス・ボルト(めてぃす・ぼると)がそう口にすると、続いて入ってくる者達へ頭を垂れた――。

 ダイオーティと“灼陽”、二人が契約者の元を訪れる事になった背後には、レン・オズワルド(れん・おずわるど)アメイア・アマイアザミエル・カスパール(さみえる・かすぱーる)ゴルドン・シャインの働きがあった。
「パラミタ政府に報告するにあたり、両種族の代表とイルミンスールの代表がちゃんと話し合った上で今後の対応を決めたことにする必要があります。
 現場レベルでの話し合いやその場の流れでパラミタへの移住などを受け入れる訳にはいかないのです」
 パラミタで破損した身体の修理を受けていたメティスは、その間に天秤世界の争いが収束に向かいつつあるのを悟ると、経緯をパラミタ政府へ報告するための準備を始めた。それらはまずレンに伝えられ、レンからアメイアやノア達に伝えられる。やがて『天秤宮』との争いに変わった争いを契約者側の勝利として収束させ、エリザベートとアーデルハイトが揃って天秤世界を訪れたタイミングで龍族と鉄族の長を招くように手配し、争いが収束に至った経緯を説明出来る材料を作る場を設けた。

「天秤世界の役目は俺達が引き受ける。それが先の戦いで俺達が出した答えだった。
 ……しかし、この答えは戦いに加わっていない人間からすれば安易な選択に映ったかもしれないだろう。おそらく政府はもっと安価な解決方法を求めていただろうし、半永久的に他の世界の問題解決を行い続ける事は望んでいなかっただろうからな」
 レンはアメイアと第五龍騎士団の面々と、天秤世界からの撤収準備を進める傍ら自身の今回の会談の意図を口にする。政府は基本口を挟まないが、報告した内容があまりに度を越していれば当然反発はある。ましてや今回の結論は、一つの学校、勢力を半永久的にパラミタ外の出来事に拘束させる可能性を大いに含んでいる。それでパラミタの安寧が保たれるなら良いかもしれないが、今の段階では何とも言えない。
「俺はこの戦いに参加した人間の一人として、俺達の答えが正しかったことを証明し続けなければならない。
 政府にも、そして未来の子供達にも」
 レンが決意を語る、結局イルミンスールは世界に対して自らの行動と態度でもって示し続ける責務を負った。一言言っておしまい、の次元ではなく恒久的に解決に向けて模索を続け、適切な行動を下す。行動に過ちがあればそれを自ら是正し、天秤世界がそうであったように凝り固まってしまわぬよう、常に変化をしながら目的を達成し続ける。
「その道は、決して平坦な道ではない。
 今回のように紛争を解決出来れば良いが、いつもそうなるとは限らない。場合によっては解決に行ったことで異世界との紛争を引き起こしかねない危険性も孕んでいる。
 例えばもし、俺達の世界に俺達のような存在が突如現れ、パラミタの紛争を解決しに来ましたと知った顔する彼らをパラミタの人間はすんなり受け入れるか。答えは否、だろう。
 またその力が自分達よりも優れていた場合はどうなるだろうか? 中には異世界を、直ぐ近くにある脅威と捉える者も出てきてしまうかもしれない。
 信用は金では買えない。また急に得られるものでもない。まさに恒久的に、そして今まで以上に困難な道のりになるだろう」
 そこまで口にして、レンは話を黙って聞いていたアメイアへ振り向く。
「……。今回の戦いではアメイア達第5龍騎士団は俺の管轄内にあったが、この戦いが終わればそれも解消される。その前にアメイアとゆっくり話す時間を作っておきたかった。
 ……アメイア。君は、この戦いが終わった後、どうするつもりでいる?」
 言外に『君たちはまたイナテミスの守護を続けるのか、それとも俺達と共に戦い続けてくれるのか』という言葉を残し、レンはアメイアの返答を待った。
「そうだな。……もし今後何もなく、平和に時が流れるのであれば、イナテミスで余生を過ごすのもいいだろう。
 だが話を聞く限りでは、そうはなるまい。我々の力が必要とされる事もある、その時は――」
 空を見上げていたアメイアの視線が、レンの目を真っ直ぐ捉える。
「私は、レン、お前と共に戦うよ。
 あぁもちろん、龍騎士団の皆も付いてくるだろうがな」
「……ありがとう。今の話を聞いてなお、そう言ってくれるアメイア、君をとても頼りにしているし、愛しく思っている」
「な――」
 途端にアメイアの顔が、ボッ、と紅く染まった。
「い、愛しく思う、などとそのような戯言を――」
「戯言などではない、これは俺の心からの言葉だ」
「あ、ぐ……は、恥ずかしいだろう、馬鹿……」
 普段の堂々とした立ち振る舞いが嘘のように、アメイアは縮こまってしまった。

「おおっと、レンの攻勢にアメイアはすっかりタジタジだーっ!
 レンは現在フリー。一方のアメイアはこの手の話を一切聞かないんだが、その辺はどうなんでしょう? 解説のゴルドンさん」
「えぇ? 私に振りますか……。
 確かに仰る通り、アメイア様に特定の相手がいらっしゃった事は私が知る限りではありませんね。アメイア様は自身の生まれを気にしていらっしゃるようですが、それよりもアメイア様に釣り合う殿方がいらっしゃらなかったからでしょう」
 周りを見て、他に話を振れる相手が居ないのを悟り、ゴルドンは解説者の如く語った。
「ははは、戯れに付き合ってくれてありがとさん。じゃああの二人の今後に期待、ってところかい?」
「そうですね。是非お二方にはデートなど……いやしかし、彼らにいわゆる普通のデートが成立するでしょうか」
「こればかりは実際に見てみなければ分からないな。よし、是非とも目の当たりにしようじゃないか」
「また私を巻き込むんですか? 困りましたなぁ……」
 言葉ではそう言いつつも、ゴルドンも興味津々なのを表情に隠せずにいた。

「私達龍族は鉄族と長きに渡り、争いを続けていました。
 互いを滅ぼすまで終わることの出来ない、私達はずっとそう思っていました」
「だが、我々は異世界からの来訪者である契約者と関わる事で、龍族の滅び以外の勝利を得ることが出来た」
「私達は元の世界へ帰ります。ですが彼らへの恩は決して忘れるものではありません。
 ……よって今ここに私達は宣言します。ひとつ、龍族と鉄族の争いを終わらせる事を」
「ひとつ、我々は契約者の担う責務、彼らの持つ志を共に持ち、自らの世界において志に基づいた行動を為す事を」

 ダイオーティと“灼陽”の宣言がその場に居た者たちの胸に刻まれ、メティスによって記録される。
「はい、では最後に皆さんで手を合わせて……ふふ、これだとまるで親子みたいですね」
「ノア、なんてこと言うですかぁ! 私は子供じゃありませぇん!」
 エリザベートの文句に、しかし周りからはどっと笑いが湧いた。
「皆さん、笑顔でお願いします。エリザベート校長もはい、笑って」
 メティスも口元に笑みを浮かべつつ、三人が手を取り合う姿へビデオを向けた――。

「では、政府への報告の件は任せても良いのかの? 復帰したてですまんな」
「はい、お任せください。ご心配をお掛けしました」
 アーデルハイトに頭を下げ、メティスが部屋を出る。ノアも続いて部屋を出ようとして、まだ不安顔の伊織へ振り返る。
「これから色んな世界で私達は、色んな人達と出逢う。最初はいがみ合うこともあるけれど、きっと仲良くなれる。
 そしていつか、結んだ絆が大きな輪になって世界を救うサイクルが出来上がる。私はそうなると信じています。
 ……だから大丈夫。私達の選択は正しかったと、胸を張って言えますよ」
「は、はい……あの、ありがとうございます、です」
 ぺこりと頭を下げてノアを見送った伊織が、セリシアへ振り返る。
「セリシアさん、これから付き合ってほしい所があるです」
「お? なんじゃ伊織、こんな時に逢引かの? 節操無いの」
「サティナさん、茶化さないでくださいです」
「はい、大丈夫ですよ」
「こちらの動きに何かあれば、すぐにお伝えしますので。
 ではお嬢様、ごゆっくりと」
「ベディさんまで、何か勘違いしてないですかー?」
 二人の様子にはぁ、とため息を吐きつつ、伊織はセリシアを伴ってある場所へ向かう――。

「もう、ここには何も残っていないかもしれないですけど……。
 覚悟を見せる場所っていったら、ここしか思いつかなかったのです」
 セリシアと辿り着いた先は、『天秤宮』が墜落した跡地。各地の世界樹が力を供給していた『天秤宮』、しかし今は物言わぬ瓦礫と化したそれへ、伊織は息を吸って吐いて、ありったけの声を上げて覚悟を示す。

「天秤世界の代わりは、僕達がやってやるのですよー!
 セリシアさん達精霊さん達と一緒に、僕達の次の世代もその次も、未来永劫何時までも、この想いを受け継いで貰ってやってやるーですから、安心して後を任せちゃえですー!」


 声が段々と小さくなり、やがて消える。返ってくる声は予想していた通りに無く、しゅん、と伊織は肩を狭める。
「……大丈夫ですよ。ちゃんと、伊織さんの覚悟は届いています。
 私も伊織さんの覚悟を、この身を賭けてお手伝いします……他力本願かもしれませんけど、想いには必ず、お応えします」
 優しげな声と温もりを背中に受け、伊織はもう一度背を伸ばして宣言する。

「できれば、平穏な方が良いです。けど、誰かが傷ついちゃうよりは全然いーです。
 だから、世界樹さんの想いを僕達に引き継がせてください!」


 彼らの声に応える声は無く。
 しかし覚悟を抱いた者たちの顔は、どこかスッキリとして映った――。