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【真相に至る深層】第三話 過去からの絶望

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【真相に至る深層】第三話 過去からの絶望

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1:幕間に、思うこと


 時を隔てて、一万年と数百年の後。
 遺跡となった海中都市ポセイドン。 

 ディミトリアス・ディオン(でぃみとりあす・でぃおん)の身体へと、ポセイダヌスが顕現した、直後のことだ。
 歌い手達が一旦の休憩を取っている、そんな合間に、源 鉄心(みなもと・てっしん)はポセイダヌスの言葉を反芻していた。
 かつて薄倖のトリアイナが封じた筈の邪龍が、都市の再現に合わせて復活しつつあるという。都市の崩壊、ひいては古代龍ポセイダヌス……この地域の龍脈そのものであるその体を崩壊から防ぐには、邪龍を倒すほか無い、というのは今更疑うべくも無いことだ。
 そして、ポセイダヌス自身は、彼の愛する女性そのものである封印を、自ら破ってしまうことは出来ないが、、邪龍はそれを頓着しない相手である、と言うのが問題だった。既に全盛期を過ぎたポセイダヌスに、自身の内側にある邪龍が、自身を乗っ取ることを防ぐ術は無く、いずれポセイダヌスを内側から食い破って表へ出てくると同時に、封印を破って都市を滅ぼすだろうこともまた、間違いは無さそうだ。
(ポセイダヌスが言うように、彼自身の体が残れば龍脈が維持されるのなら……氏無大尉じゃないが、正直、ポセイダヌスごと邪龍を倒してしまった方が、とも思うが……)
 心中で呟きながら、鉄心が危惧していたのは、邪龍の思惑と、ポセイダヌスの態度の差だ。
 ポセイダヌスは、邪龍を倒す唯一の方法として「自分自身ごと倒してしまうこと」を挙げたが、ポセイダヌスが自らに対して執着が無いことを、狡猾な邪龍が見抜いていないとも思えない。例えば、ポセイダヌスごと葬ろうとしても、その瞬間に彼を食い破って出て来ようとする……その程度の力は既にあり、龍や自分達を欺こうとしているのでは、等と、考えるほど不安が尽きないのだ。
 それをそのまま口にしれみれば、氏無も否定はしなかった。
「可能性は寧ろ高いだろうねぇ……あくまでボクの「見た」記憶だけど……あの蛇は狡猾さだけじゃない。その瘴気が心を喰って狂わせる性質があるようだから……ポセイダヌスだって、影響下に無いとも言い切れないんだし」
 その言葉に、鉄心は更に難しい顔で眉を寄せた。やはり、手っ取り早い手段に走るより、一か八かででも龍の助けを借りれる手段――封印を解除し、龍と邪龍を分離させた上で、邪龍だけを倒す――……という、聞くだけなら理想的と思える方法が、結局の所一番の手なのかもしれない。だが、肝心のその手段はまだ、はっきりしていないのだ。こればかりは思いつきで動くわけにも行かないため、必要なのは、時間だ。
「……出来るだけ、現状維持できるのが理想的だが……」
「そうは言っても、余り時間はかけれないよ」
 そう言って、心配げにクローディス・ルレンシア(くろーでぃす・るれんしあ)へ視線を向けたのは清泉 北都(いずみ・ほくと)だ。その視線の先では、今の所ディミトリアスとポセイダヌスはお互いの意思疎通が適った事もあってか安定しているようではあるが、クローディスの方は、アジエスタの意識が表に出てきてから此方、まだ意識が戻らないのか、声のひとつもまだ確認できていない。彼女の調査団“ソフィアの瞳”のサブリーダーでありパートナーであるツライッツ・ディクス(つらいっつ・でぃくす)は、表面上は普段どおりに団員達に指示を出し、通信を行ったりと忙しなく振舞っているが、強い焦燥がその硬く握られた掌から滲んでいる。
「今は、まだショックが抜けていないだけかもしれないけど……この封印状態に入ってからも結構時間が経ってるし。体力的に、これ以上負担をかけるのは不味いと思う」
「特に、クローディスさんにしてみれば、これからが……ですからね」
 その横顔を痛ましげに見るのに、鉄心も頷いた。 
「ディミトリアスさんの性格上、クローディスさんの保護は何とかするでしょうが……力を貸せばその分だけ邪龍の影響力を抑え込めず……というところが、悩ましいな」
「ポセイダヌスとリヴァイアサタンが同化に近い状態にあるなら、ディミトリアスさんの負担も、やっぱり大きいはずだからね……そこは、僕らが出来るだけサポートするしかないかな」
 そこまで口にして、ふと、自分自身の記憶から蘇って来た光景に、北都は思わず「何となく、アニューリスさんと超獣の時を彷彿とさせるね」と言葉を漏らした。
「全く同じわけではないけれど、分離させるという点では同じかも」
「そうだな」
 鉄心も、同じ記憶を辿って頷くと、ほんの少し表情を緩めた。
「あの時も……ハッピーエンドに辿り着けたんだ。今回も、そう……できる筈だ」
「その為の努力を、してくるとしようかな」
 頷いた北都は、先ずはその一歩をね、とくるりと踵を返した。どうやら紅の塔へと向かうらしい。神殿、そして蒼の塔の権限者が揃っているならば、残る要素は紅の塔だ。今まで判っている情報では、遠隔でも操作は可能と言うことではあるが、それはあくまで正常に起動している場合だ。実際のところ、現在正常に機能しているかどうか確認できない以上、直接この目で確認し、その手で動かすのが最も確実だからだ。
 そうして北都が駆けて行く背中を見送って、鉄心は息をついた。半魚人の襲撃が始まっているというが、そちらは仲間たちが応戦しているらしいので、都市に向かう危険は少ないだろう。そんなことを考えながら、引かない頭の痛みに、鉄心はこめかみをさすった。
(しかし、この夢見の悪さ……何か禄でもないこと仕出かしたのが接触してきてるんじゃないか?)
 どんどん強くなる過去の記憶は、既に夢の範疇を超えつつあるのだが、自分に接触している魂は結局何をしたい……させたいのか、まだはっきりと見えてこない。自分に何が望まれ、何を望んでいるのかは判らないが、一万年も時を隔てて残るような思いなら、出来るならば叶えてやりたいが、と、イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)の方を見やった。
 心配げに鉄心を見上げるその表情は異なるが、体格のせいなのか、その姿が記憶の中にある姿と重なる。思わずその頭を軽く撫でて、鉄心は息を吐き出した。

(何を望んでいるのかは知らないが……恨みやつらみで無ければいいがな)

 
 そんな中、酷く衝撃を受けたような顔で千返 かつみ(ちがえ・かつみ)が呆然と立ち尽くしていた。
 その様子に「やっぱり」とエドゥアルト・ヒルデブラント(えどぅあると・ひるでぶらんと)は小さく呟いく。思えば、この遺跡に来たときから様子が可笑しかった。夢を重ねるたびに、変化した挙動を見ていれば明らかだ。エドゥアルトは他に聞こえないようにそっと、かつみに声をかけた。
「かつみ……その巫女の少女が好きなんだね」
 その言葉に、かつみは何故動揺したのかも判らないで眉を寄せた。
「好き? そんな事ないだろ、むしろ見てていらいらする」
 言いながら、様子を思い出したのか、かつみは首をぶるりと振った。
 見出してもらえた、だなんてそんな些細なことを胸の灯火にして、振り向いてもらえないことも判っていて。報われることなんかこれっぽっちも考えずに、報いることばかりを考えていた。姫巫女のように特別な力も無いくせに、想いだけを力に、邪龍に向かおうとする儚い少女。
 意味はあったかもしれない。役に立ったと、幸福を感じていたことは、伝わってきた。そんな報われないものを幸福だと想う少女が、あまりに哀れで、もどかしかった。自分だったらどうしただろう、自分がそんな風に想われていたら? そう思うと、苛立ちと良く似て違う感情が、あふれ出してくるのだ。
「……そんなことより普通に生きて、普通に笑っていてくれれば、それで良かったのに!」
 そう声を荒げてから、かつみははた、と気付いて目を瞬かせた。
「………あれ? 俺……彼女と同じようなこと考えてる?」
 彼女が、想う相手にそう思ったように。自分もまた彼女へそう思っている。それに気付けば、感情へと結びつくのは速やかだ。様々な自覚が一気に来たためだろう。一瞬赤みをさしたその表情の複雑さに、エドゥはそっと肩を叩くのに、かつみは「判ってる」と頷いて、気を取り直すようにぱん、と頬を両手で叩いた。

「……うじうじして、られないよな。彼女がしようとしてたこと、俺が諦めるわけに、いかないもんな」