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【蒼空に架ける橋】第3話 忘れられない約束

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【蒼空に架ける橋】第3話 忘れられない約束

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■第28章


『わたしの言ったことは本当だよ。マフツノカガミを彼に渡してはいけない。
 もちろん、信じるかどうかはきみたち次第だけどねぇ』


「JJさん、待ってください」
 伍ノ島太守の館を退出後、フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)は前を行くJJをためらいがちに呼び止めた。
「……なに?」
「JJさんは、どうなさるご所存なのでしょうか……」
 JJは無表情でまっすぐに相手の目を見つめる。何の感情も映さない紫の瞳に少しどぎまぎしつつも目をそらさず、フレンディスはじっと返答を待つ。と、JJは少し眉間にしわを寄せた。視線が下を向く。
「ど、どうかなされたのですか?」
「……いえ。相変わらず『兄』がうるさいの」
 とんとん、とこめかみのあたりを指で軽くたたいて、JJは言った。
 JJの言う『兄』とは、彼女の頭中にいるもう1人の『J』――ジャンという男性人格のことである。『JJ』とはもともとジャネットとジャンの2人のアルファベットを並べた、賞金稼ぎとしての通称だった。互いが互いの存在を認識していたり、会話ができたりすることから、通常定義される二重人格とは違っているようだが……。
「お兄さんは、何とおっしゃっておられるのです?」
「……ヨモツヒラサカへ行ってみよう、と。でも……彼は、ただ面白がっているだけだから……」
 相変わらず起伏のない淡々とした声で、表情もなくて。しかしずっとJJのそばにいて、JJを見続けてきたフレンディスは、微妙に落ちたトーン、しぐさ、そういったものからJJの感情の揺れを読み取ることができた。
 そう口にしながらも、JJ自身、その考えを一蹴できないでいるのだ。
「あの……JJさん、バルジさん。
 この島全体で不穏な何が起きているようですが、私にはキ・サカさんと先の殿方(ヒノ・コ)……2人とも嘘をついているように見受けられませぬ」
「……そうね。
 あなた、行きたいの? ヨモツヒラサカへ」
「最終判断はお二方に委ねますが……。ツク・ヨ・ミさんを追うには情報収集に時間がかかります。ならば、この島滞在中に一度あの殿方が申された場所へ赴き、その、ええと、ナントカノカガミの所在真偽を確かめてみてはいかがでしょうか?」
「姐さん」
 ずっと黙って従ってきた赤い刀身を持つ狼型ギフトのパルジファルが、ここでようやく口を開いた。
「姐さんが何をためらってるのか、あっしには分かりやす。姐さんは常々『依頼』でしか動きたくない、自分の考えで動いてはきっとあのときのようにまた間違えると、そう考えてらっしゃる」
「……パルジ」
「姐さんはおつらい経験をされ、そう決意されるに至られた。そのお気持ちは痛いほど分かりやす。しかし、こう考えてはいかがですか? あの男からカガミを持ち帰る依頼を受けたと。そしてこちらのお嬢さんからも」
 ちら、とパルジファルの視線がフレンディスへと流れる。
「あっ、そっ、そうです! それが必要であるならば、私、JJさんに依頼したく思う所存です! どうか私たちと一緒にそのナントカサカを下りて、力を貸してくださいませ!」
 話の筋はさっぱりだったが、パルジファルが自分を援護してJJを説得してくれているのは分かった。緊張からぴしっと背を正して、息をひそめてJJからの返答を待つ。
「姐さん。少女を連れ戻すのは急を要する案件ではないですし、それにどうもあのキ・サカという少女……というより、そのそばにいたクク・ノ・チという男、あっしにはうさんくさく思えてならんのです。あちらの案件は、少し保留として様子見をした方がよくはないですか?」
「…………それが無難、のようね」
 JJはふーっと息を吐き出し、フレンディスに「あなたと一緒に行くわ」と告げた。
「ありがとうございます!
 あっ、あの、でも少々お待ちくださいませ。マスターとポチにもご相談致したく――」
 JJが応じてくれたことに舞い上がり、輝く笑顔で頭を下げて、ついて来ているはずの2人がいる後方を振り返る。
 はたしてそこではベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)が2人ともにフレンディスたちには背中を向けて固まって、ぼそぼそと何やら会話をしていた。
「だからあれでは全然足りないと言ったではないですか! どうして本当のことを僕に隠すんですかっ。知ってたらもっとやりようがあったでしょうに!」
「っせーな。俺だって何するかは聞いてなかったんだよ」
「なぜ聞かないんです! ヘタしたら僕たちも共犯者扱いで捕まってましたよ! ああ、これだからエロ吸血鬼は……」
 パソコン操作に集中し、続きはもごもごと口を動かすだけで声には出さなかった。どうせ「頭が足りない」とか「バカすぎる」とか、その手の悪口だろう。
「はいはい、悪かったな。
 ――で? うまくいったのかよ?」
「今やってるとこです! ……隠れ身を使ってますからカメラの方はいいでしょう。あとは門の電流さえカットオフすれば……」
「電流? そんなんあったのか?」
「ありましたよ。侵入のときは守衛がカットしていたようです。運がよかったですね。何の策もなく触れたら衝撃で失神してましたよ」
 パチパチ。キーボードを打ったポチの助は今度は首輪型HC犬式のスイッチを押して、向こうにいる高柳 陣(たかやなぎ・じん)に向けてしゃべった。
「用意できました。今から5秒だけ電流を切ります。その間に出てください」
 カチャリと音がして、門が人1人分抜けられるだけの幅で開く。
 そこから現れた陣は少しだけ罰の悪そうな表情をして、「すまなかった。あと、ありがとうな」と短く礼を言った。




 ホテルに戻り、一室に集まってあらためて話し込む。そこにはちょうど観光から戻ってきて、ロビーでばったり出くわしたグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)たちも合流していた。
 伍ノ島太守の部屋であったいきさつを聞いたグラキエスも、ヨモツヒラサカを下りると言う彼らに反対しなかった。また、アウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)エルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)がグラキエスの決定に異論を挟むことはあり得ず、下りることは全員一致で決まった。
「ただなぁ」陣がしぶった表情でうーんと考え込む。「マフツノカガミをどうして取りに行かなきゃなんねーのか、そこが分かんないんだよな。あ、あとヨモツヒラサカっていうのがどこにあるのかも」
「ヨモツヒラサカの場所なら知っている。俺たちが今日ツアーで行って来たばかりだ」
「そうか。じゃああとはマフツノカガミについてだが」
「それなら任せとけ。うちのワン公がやってくれる」
「また僕ですかっ!」
 ベルクの安請け合いに、ガーッとポチの助が反応する。しかし。
「ポチはとても優秀ですから、マスターも頼っておられるのです。私からもお願いします。やってくれますね?」
 ものは言いようである。
 フレンディスに頭を撫でられて、とたんコロリとポチの助は上機嫌になった。
 きゃんきゃんわふわふ。シッポを振りながらノートパソコン−POCHI−をカタカタ鳴らして情報収集を行う。
 結局のところ、情報収集はポチの助の一番得意とすることだったし、シャンバラと違う伍ノ島のシステムはポチの助にとってまだ新鮮で興味深いものだった。
「マフツノカガミ、か。八咫鏡の別称だったか」
 グラキエスが独り言のようにつぶやいたのを、フレンディスが耳に入れる。
「何か知っているのですか?」
「ん? いや、日本の古事に同じ名を見たことがあって……。 たしか八咫鏡の別名が真経津鏡(まふつのかがみ)だった。表裏で機能が違う。身はヨモツ(黄泉)、心は天に、映す鏡は表で人の身を写し、裏で心を映す。魔に憑かれた者からその血を取り除き人に戻すことができるらしい」
「それはすごいですね。グラキエスは物知りなのです」
 感心しているフレンディスに、グラキエスは少し気恥ずかしくなって視線をそらす。
「あくまで伝承だ。それとこちらのマフツノカガミが同じ物とは限らない」
 そのとき、ポチの助がノートパソコン−POCHI−から顔を上げて振り向いた。
「マフツノカガミというのは秋津洲の国家神アマテラスの持っていた神器で、伍ノ島太守の証として代々太守に受け継がれてきたアイテムですね。国家神アマテラスはこれを用いて、肉体を滅ぼしたあとのオオワタツミの荒魂を風の神殿イフヤの地下に封じたそうです。でもヒノ・コが封印を解いてしまい、オオワタツミは復活してしまいました。で、その後5つの神器は各島の太守がそれぞれ持つことになったわけです」
「それがなんで地下にあるんだ?」
「さあ? それは僕にも分かりません。さっきからクローリングさせてるんですが、引っかかりませんし」
 ふうーむ、と唸ったのは木曽 義仲(きそ・よしなか)だった。陣の掛けたソファの背に座り、腕組みをして何か考え込んでいる。
「壱ノ島で殺された伍ノ島太守の体にはその神器とやらが残されていなかったとニュースでやっていたな。犯人は神器をねらって太守を殺したのではないか、と。
 つまり、だれもそのマフツノカガミの本当のありかは知らなかったということだ。それをなぜ、そのヒノ・コは知っていたのだ?」
 言外に、うさんくさい、との意を伝えてくる義仲に、陣は肩をすくめて見せた。
「なんだったら明日訊いてみりゃいい。連れて行くから」
「なんと! まさかまたあの館に忍び込む気か?」
「ええっ、お兄ちゃん!?」
 ずっと黙ってみんなの話を聞いていたティエン・シア(てぃえん・しあ)も驚きに声を上げて陣を見つめる。
「ああ。だが今度はおまえらは来なくていい。俺とポチだけで十分だ。
 なあポチ」
 あ、これ前渡し分の『ほねっぽん』な。
「ふふふふ。いいでしょう。たしかにこの超優秀なハイテク忍犬の僕がいれば、ほかのサポート役など不要ですからね!」
 『ほねっぽん』を口端からはみ出させ、もぐもぐしながらポチの助はキリッとした表情で胸を張る。
「ということだ」
 それからも話し合いは続き、決行は明日の夜ということになった。昼間はツアーが施行されているためだ。それまでにできるだけ仲間を募っておくことで話し合いは終わった。