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【両国の絆】第一話「誘拐」

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【両国の絆】第一話「誘拐」

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【冷たい監獄の中で 2】



 一方その頃、同監獄内では、中庭でアンデッドの群れをひきつけながら別れた後のかつみ達が、そのままキリアナたちと分かれて監獄を走り回っていた。
 とは言え、むやみに動き回っているのではない。ランドゥスから受け取った見取り図を参考に、こちらはこちらで貴賓室へと向かっていた。
「そこ、曲がってください、二つ先の角にアンデッドがいます!」
 ディメンションサイトで周囲を注意していた千返 ナオ(ちがえ・なお)が声を上げるのに、エドゥアルト・ヒルデブラント(えどぅあると・ひるでぶらんと)とかつみはアンデッドに気付かれるより前にその数体を屠って、そのまま通路を駆け抜けた。一体や二体であれば良いが、囲まれれば流石に多勢に無勢だ。確実に倒すよりは少しでも仲間たち一行へアンデッドが向かうのを分散させる方がいい。
 背後を、フードの中にちょこんと収まるノーン・ノート(のーん・のーと)に警戒してもらいながら、そうやって走っている最中、かつみたちは道中で倒れている人がいないかどうかも探していたのだが、しん、と足元から凍えてくるような冷たさと静寂に満ちる監獄に、自分たち以外の生命の気配は感じられなかった。
「だれも……いませんね」
「……こんなにでかい監獄なのに、本当にだれもいないのか……」
 ナオがぽつりと漏らしたのに頷きながら、かつみは言いようのない不安が背中を上がってくるのを感じながら眉を寄せた。そんなかつみの横顔にエドゥアルトは意識を逸らすように「そういえば」と口を開いた。
「シャンバラ人がヴァジラに誘拐された……という話だけど、身代金なんかの話は出てきているのかな」
 その問いには「出てきていないな」とノーンが難しい声で応じた。
「エリュシオン側からの情報では、ヴァジラが留学生を人質に監獄に立てこもっている、ということだけだ」
「留学生の安全についての話も上がってないね……貴賓室いる、ってことしか、わかっていないんだっけ」
 確認するようなエドゥアルトの言葉に、かつみとノーンは頷く。
「本当のところはまだ、わからないけど……みんなはヴァジラが犯人じゃないって考えてるみたいだったぜ」
 勿論、確認を取るまでは正解かどうかはわからないが、確かにヴァジラが誘拐事件を起こしたと仮定した場合、矛盾点の方が多いように感じられるのも事実だ。そう考えれば、今回の件はヴァジラのほうが被害者なのであり、犯人に祭り上げられた、と考えるのが妥当だろうか。
「だが、これがヴァジラを陥れる罠だとして、その目的は何だ?」
 そんなかつみとエドゥアルトの言葉に、ノーンは訝しげに首を傾げた。
「ジェルジンスク監獄に入れられるのにわざわざ事を起こしたのは、排除するためではない筈だ。かといって手に入れるだけなら、もっと別の方法もあるだろうに……」
 それをわざわざ追い込んで帝国とシャンバラの「敵対者」とすることで、自分たちにつかざるを得ない立場へ追い込みたいのか。あるいは――彼を抹消し、その上で彼の“存在”を使おうとしているのか。
 嫌な感覚が襲うのに首を振って、かつみは視線を前へと戻した。

「……兎に角、ヴァジラに何かある前に、急いでなんとかしないとだな」



 そうして、かつみ達がその戦力を分断しているおかげもあり、一行は多少の時間を食いつつも順調に監獄を進んでいた。
 その理由のひとつには、ランドゥスが配った監獄の見取り図のおかげもあったが、それを使わせて欲しいと頼んだ丈二自身が、落ち着かない様子で「しかし」と躊躇いがちに口を開いた。
「ジェルジンスク監獄は、エリュシオン最大、最重要の監獄の筈……本当に、頂いても構わないので?」
 今更ではあるが、芽生えた不安に丈二が問うと、ランドゥスは「ええ」と頷く。
「最速で解決するためには、こちらが情報の出し惜しみをする訳には参りません。今回の件が解決次第建て替えが決定していますから、開示ということにはならない、とノヴゴルドさまも仰られました」
「建て替えって、大事じゃない」
 情報を守るためにそこまでやるか、とヒルダの顔は言っていたが、ランドゥスは眉を寄せながら「そうでもありません」と苦い声で言った。
「壊して新しく建て替えるだけで良くなったので」
「え、でも」
 看守や囚人達の移送など、厄介は多いはずだ、と指摘しようとした声を「……まさか」と祥子・リーブラ(さちこ・りーぶら)の呟きが遮った。その意味を正しく理解してランドゥスは頷く。
「全員ではありません。収監されている何割かは、今のエリュシオンに不満を持つ方々ですから」
 では、残り何割かは、と一同の顔色の変わったのに、首を振ったのはキリアナだ。
 その態度に、やはり、と祥子は眉を寄せた。監獄にひしめいているアンデットは、ここにいた者達の末路なのだ。彼らにいくらかの統制が取れて、そして要所に配備されているのはそれも理由のひとつだろう。
「……ヒルダたちは、じゃあ」
 苦い声を漏らすヒルダに、キリアナは表情を変えずに「斟酌の必要はありしまへん」ときっぱり言った。
「彼らはもう、ただの屍どす。帝国に覚悟のない者はいませんよって、寧ろ早よう楽にして差し上げるんが、彼らの為や」
 その迷いも苦渋もない言葉に、背中を押されるようにして、佳奈子はぐっと拳を握り締めた。キリアナがそうして覚悟をきめているなら、自分もそうするまでだ、とそうしている間も接近してくるアンデッドの一団を睨む。貴賓室が近づいているためなのか、少し通路も広くなったことで、アンデッドの方も横並びに壁になるようにして距離を詰めてくる。
 連戦で疲労していながらも、青白磁やゆかりが一行の前へ、尚も立ちはだかる様にして前出る中、佳奈子のバニッシュがアンデットたちへ向けて炸裂した。その神聖な光にアンデッドがたたらを踏んでいる間に、ヒルダたちが飛び込んで前列を蹴散らし、手数を補うように、詩穂の降霊者のプレイング・カードが、遠隔のフラワシの力を借りてその軌道を変えると、青白磁の頭上から降り注いで、アンデッドたちに突き刺さって蹴散らす。
 そんな彼らの後ろで、エレノアがランドゥスの前へ出ると、盾を構えた。
「ここからは、先導はいらないわ。危ないから、もう少し下がってて」
 熟達した戦士が多いため、前線は安心して任せられる。なら、先ほどの事もあるしそれが自分の役目だ、とばかり、時折奇襲のごとく側面から襲ってくるアンデットの攻撃を受け止めたのだった。



 そうして、貴賓室まであと少し、というところで一同の足は僅かに鈍った。
 ヴァジラがこの部屋にいるらしい、ということは判っているが、室内がどういう状況なのかまでは判らないのだ。迂闊に飛び込むと危険だと判断して、一同は目配せして足を緩め扉から僅かに離れたところでその足を止めた。当然、追いかけてくるアンデッド達との距離は詰まってくるが、対策も練らずに飛び込めば、自分達だけでなく中に居る者へ、影響が出る可能性があるのだ。暫くなら踏みとどまれるだろう、と一同が身構えた、その時だ。
 唐突に、引き抜かれた剣を片手に、追ってくるアンデット達に向き直ってキリアナが前へ出た。
「陛下、皆様、ここはウチが引き受けますよって」
「キリアナ!?」
 キリアナの言葉に驚いたようにセルウスが声を上げ、契約者たちが一緒に前へ出ようとしたのを、その手が遮ると、視線をアンデッドに向けたまま、その剣先でひゅ、と空を切りながらキリアナは胸の前で剣を掲げる。
「……せめて帝国の剣で終わらして差し上げるんが、彼等への手向けや」
 一人剣を構え直したキリアナが、ぐっと柄を握る手に力を込めた、その時だ。ひゅう、と空を斬る音がしたかと思うと、迫り来る群れの前列数体が弾き飛ばされた。
「おいおい、こんな所で本気使ったら、ぶっ倒れた後どうすんだ?」
 目を瞬かせるキリアナの耳に、そんなの声がしたかと思うと、その体が影から溶け出すように現れた。紫月 唯斗(しづき・ゆいと)だ。此処までずっと、気配を消してついて来ていたのだ。ちなみに、先ほど青のリターニングダガーを投げたもの唯斗である。
「それとも、俺にお姫様抱っこを御所望かな」
 冗談めかす様子に、キリアナが目を瞬かせる中、唯斗はその隣へと自然な調子で並んで、構えを取った。
「助太刀するぜ。邪魔にはならないのは……良く知ってるだろ?」
「へぇ」
 その何時も通りの唯斗の調子に、キリアナは僅かに肩の力を緩めると、握りを正して迎撃の構えを取ると、三歩ほどの距離を一気に詰めながら、剣をただ横にひと振り払った、だけに見えた。が、次の瞬間にはすれ違ったアンデッドたちは粉々に切り刻まれ、剣の範囲外に居たアンデッドたちは唯斗の放ったダガーの餌食になっていた。そして、息をつく間もなく二撃、振りかぶられた剣の圧が飛んで、まだ動いていた肉塊を更に小さく分解する。
「ここは俺らに任せて、さっさとヴァジラとご対面と行ってくれや」

 そんな唯斗の言葉を背にしながら、キリアナ達が動く壁となっている間に、契約者たちは貴賓室への突入の準備を終えたのだった。