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【蒼空に架ける橋】最終話 蒼空に架ける橋

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【蒼空に架ける橋】最終話 蒼空に架ける橋

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 ソークー1はオオワタツミのみを標的と定め、まっすぐ空を上っていく。しかしすぐに彼に気づいた雲海の魔物たちが集まってきた。
「むっ?」
 彼を取り囲むように近づいてくる魔物たちにソークー1も気づいて飛行を中断する。
「やはり素直に通してはもらえないようだな。ならば相手になってやろう!」
 ソークー1は驚天の闘気を吹き上がらせた。
「うおりゃぁああっ!!」
 彼を頭から飲み込もうと体に見合わぬ巨大な口を開けて迫ってきた魔物に、天をも揺るがす闘気をまとったこぶしをたたき込む。
 それを皮切りに次々と襲いかかってくる魔物を相手に、しばらくの間ソークー1はそうやって戦っていたが、倒しても倒しても新たにこちらへ泳いでくる魔物の姿を見て彼はついに苦々しい声でつぶやいた。
「くそっ! このままではらちがあかない」
 視線を巡らせ、この包囲網を突破するための穴を探っていたとき。
 突然真上から下に向かって細い小レーザーの光が2本走り、ソークー1を資死角から襲撃しようとしていた魔物が苦鳴の声を発しながら落ちて行った。
 そのあとを追うように戦闘機がほぼ垂直下降をしてソークー1の横を抜け、大きくUターンをすると今度は加速上昇しながらソークー1を囲う魔物たちにレーザーを浴びせる。光の筋に肉体を貫かれた魔物たちは悲鳴を上げ、悶え、のたうちながら落下するか、新たに現れた鋼鉄の翼を持つ鳥――タケミカヅチにおびえて逃げ出す。
 減速し、ホバリングするタケミカヅチのコクピットに乗っていたのはセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)だった。
 後部席のセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が前部席シートとキャノピーの間から顔の一部を覗かせて訊く。
「大丈夫? けがは?」
「いや、平気だ。ありがとう」
 ソークー1の返礼に、セレンフィリティは「これくらいなんてことないわ」と言うようにウィンクで応えた。
「――っと、セレアナ、後部から中型1体と小型2体が接近中よ」
「了解」
 セレアナは機体を傾け、ソークー1から距離を十分取ってから加速する。そしてレーダーが捉えた3体の魔物のうち、中型に的を絞って前砲門から雷撃を発射した。青白い稲妻が空を裂きながら走り、魔物を焼き焦がす。そして続けざまにレーザーを撃ってとどめをさすと、落下していく魔物の影から姿を現した小型の2体に、こちらを攻撃する間を与えずレーザーを浴びせた。
「さすがセレアナ、百発百中ね!」
 のどと心臓を貫かれ、絶命して落下していく魔物の姿を目視して、セレンフィリティがきゃらきゃらと笑う。
 ソークー1は角度の問題から気づけなかったようだが、彼女は今、戦闘機のコクピットにつくにはおよそ不似合の、メタリックブルーのトライアングルビキニ姿だった。……まあ、彼女にしてみればいつもの格好なのだが。
 半壊した屋敷の瓦礫の上に這い上がったとき、セレンフィリティはまだ変装用の浮遊島群の普段着を着ていた。しかしこのまま戦闘に突入すると知ったとき、彼女はそれを脱ぎ捨てた。「こんなこともあろうかと!」と、その下にこのトライアングルビキニを着用していたのだ。べつに、タケミカヅチに乗るのだから脱ぐ必要はないだろうと思うのだが、セレンフィリティいわく、「これが最高の美女に許された最高の戦闘服」ということらしい。しかし通信を受けて肆ノ島に配備されてあったタケミカヅチを運んできたキンシは、セレンフィリティとセレアナの格好を見て驚き、とまどっていた。
(ああいう反応されたのって久々だわ)
 そのときのことを思い出し、セレアナはしみじみ考える。
(あれが普通の感覚なのよね。もうすっかり教導団でもだれも驚かなくなったから、そういうのって薄れがちになってたけど)
「セレアナ? 大丈夫?」
 セレアナがふっと息をつく小さな音を聞いて、セレンフィリティが訊いた。
「え? ええ、大丈夫よ。ちょっとぼんやりしちゃっただけ」
「もう! しっかりしてよね。言ったでしょ? こんな戦闘さっさと終わらせて、今夜もベッドで思い切り愛し合うんだからって」
 直後、短くも濃厚なキスをされたことまで思い出して、セレアナはほおを赤らめた。
「んん? どうかした? セレアナ」
「まったく……ばかね」
 訊きながら、実はちゃんと分かっているというふうのセレンフィリティにセレアナはそう返すと、こらえきれずにぷっと吹き出した。
「ほんと、相変わらずなんだから」
 そのことにほっと安堵しつつ、セレアナは機体を旋回させる。
「いいから集中して。今は戦闘中よ」
「はーい」
 と返答をしてからは、セレンフィリティも真面目にセレアナのサポートに意識を集中させた。


 しかしオオワタツミとの直接戦闘を望む彼らのうち、だれもそれを果たすことができずにいた。
 原因は、あきらかに戦力差にあった。味方勢力に対して圧倒的に雲海の魔物の数が多い。しかもどんどん集まってきている。
「何か有効な手立てはないものでしょうか」
 魔剣孤狐丸で近づく魔物たちを薙ぎ払い、けん制しつつ、赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)がため息をつく。
 彼は剣士だ。居合、抜刀術を得意とする。剣士にとって重要な踏み込みが空中ではその威力を発揮できず、とったと思った瞬間ですらも実際には逃してしまっている場面が多かったせいで、早くもストレスがいら立ちとなって彼の集中力の邪魔をし始めていた。
 愛娘赤嶺 深優(あかみね・みゆ)の空飛ぶ魔法↑↑でここまで上がってきたが、その効力がいつまで続くかも気になるところだ。
 考えあぐねていると、十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)がやってきた。
「おいおまえら、手が空いてるなら手伝え」
 最初、ソークー1も霜月も意味が分からなかった。彼らに、宵一は手短に説明をする。
「これからオオワタツミを雲海の方へ誘い出す。肆ノ島の真上でいつまでも戦っていたら、魔物の死骸で下の都市が壊滅してしまう」
 あんなふうに、と宵一が足下を指さした。それを追って下を見た面々は「あ」と声をもらす。
 ヘヅノカガミが肆ノ島を守っているとはいえ、それは「魔物の侵入を阻む」ためのものだ。物理的なもの、魔物の死骸などは防ぐことができずにカガミの結界を素通りしてしまう。
「このままだと死骸で山ができるぞ」
 宵一の重ねての言葉に、2人とも同意を示した。
「これはまずいな」
「そうですね」
「で、どうするんだ?」
「オオワタツミを雲海の方へ誘導する。親玉が移動すれば子分たちもついてくるだろう。
 だがあの巨体だ、俺だけでは無理だ。手伝ってほしい」
 2人がうなずくのを見て、宵一は「感謝する」と短く言うと、目線を上に上げ、できるだけ魔物の密度の少ない遠距離からオオワタツミの頭部のある高度を目指して上昇を開始した。
 黒雲を抜けた先はマガツヒたちの勢力範囲だった。マガツヒに混じって雲海の魔物もいるが、黒雲の下に比べると比較的少なく見える。宵一は注意深くそのどちらからも視線をはずさないようにして威嚇は受けても攻撃されない距離を保ち、水平に移動する。そして、ここという場所へ移動して、同じように距離をとっているソークー1たちに視線で合図を送るとプロボークを発動させた。
 オオワタツミの巨体に対し、宵一はあまりに小さい。おそらく牙1本分にも満たないに違いない。そんな体がただ挑発的に飛び回ったところでまとわりつく羽虫程度にも認識されなかっただろうが、プロボークがいくらかオオワタツミの精神に作用したようだった。胴を揺らしてみじろぎをする。が、案の定、移動を始めるほどではない。興味は引かれているようだが、なぜそんなふうに思うのか、自身も疑問に思っているようだ。
 そこでソークー1が全身全霊で驚天の闘気を燃やした。魔物であるなら、人間よりも気の流れに敏感であるはずだ。全身を包み膨れ上がる激しい気の高まりはソークー1を肉体以上に膨らませ、強い気の流れでオオワタツミの意識を引こうとする。そして霜月と母クコ・赤嶺(くこ・あかみね)に挟まれるようにして守られた深優が、クコの背中から我は射す光の閃刃を飛ばした。
「おかーさん、あのりゅーさん、悪い? うーんとひどい人? だから、やっちゃっていいんだよね?」
「ええそうよ。だから思い切り食らわせてあげなさい」
「はーい」
 えーーーいっ、と深優はさらにホワイトアウトも発動させ、吹き荒れる氷雪でこちらへ向かってくるマガツヒたちを散り散りに引き裂く。そして今度は連射で光の閃刃をオオワタツミに向かって投げた。光の閃刃はオオワタツミの表皮に吸い込まれるように消える。何の効果もなかったのだろうか、と彼らが訝しみだしたころ。

『うるさい……小バエどもだ……』

 脳内に直接送り込まれてくる、空気の波紋のような重い声がした。
 頭をわし掴みにされ、下へ押さえつけられているような声だ。
「気づいた!」
 彼らはわざと顔面をよぎって右へ流れるように移動する。オオワタツミの目が彼らを追っているのを見て、再び宵一がプロボークでオオワタツミをそそのかした。
 ――こっちだ。こっちへこい。おまえはこっちに来たがっているんだろう? 本当はこっちへ行きたいんだ。
 オオワタツミはそれを、自分がそうしたいと思ったからだととったかもしれない。そうしていることにも気づいておらず、無意識的にだったのかもしれない。
 やがて、風に流される雲のようにゆっくりとではあったが、オオワタツミは少しずつ西へとその巨体をずらしていった。