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【蒼空に架ける橋】最終話 蒼空に架ける橋

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【蒼空に架ける橋】最終話 蒼空に架ける橋

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■第40章


 オオワタツミの出現は伍ノ島太守の館からも見えていた。
 地上人たちとの会見の最中、肆ノ島上空付近に突然巨大な龍が現れたのが見えるとの報告を受けた次代の伍ノ島太守キ・サカと壱ノ島太守夫人セ・ヤは、半信半疑でベランダに出て、その光景に息を飲んだ。
 肆と伍は、ほかの島と比較すれば距離は近いがそれでも相当の距離が開いている。なのに、それでも「龍」とはっきり視認できるとは。一体どれほど巨大であるのか。
「あれ……! あれは何……!?」
 潜在意識に刻み込まれた畏怖。キ・サカは恐怖のあまりパニックを起こしてそう口走ったが、その正体が何かは、浮遊島群の民であるなら子どもでも分かる。
「オオワタツミ……!」
 あごを引き、ぎりりと奥歯を噛み締めてセ・ヤがつぶやく。
 キ・サカは血の気が引いて蝋人形のようになった面で振り返ると、そこにいる遠野 歌菜(とおの・かな)を突然面罵した。
「これもあんたたちの仕業なの!? よりにもよってオオワタツミなんかを呼び込むなんて! あたしやおばさまがあんたたちに気をとられている隙にクク・ノ・チおじさまのいる肆ノ島を攻撃させるつもりだったのね! おじさまは寛大にも、あんたたちに猶予を与えてあげたっていうのに! この恩知らず!!」
「そんな……っ、違――」
「黙りなさい! このうそつきっ!!」
 耳を貸さず、引っぱたこうとヒステリックに振り上げた手を掴み、制したのはセ・ヤだった。
「やめなさい、キ・サカ。そんな証拠はどこにもないでしょう。あなたはまず、その豊かすぎる自らの感情を制御する方法を学びなさい」
「でもおばさま! 決まってるわ、こいつらが何かしたのよ! この人殺しの盗人たちは、あたしたちを皆殺しにする――」
 パン! と鋭い破裂音がして、キ・サカの顔が大きく横に向いた。セ・ヤは彼女のほおを張ったままの姿勢で、さらに厳しい声と表情で言う。
「今は妄想をたくましくしているときではありません。オオワタツミが現れたのですよ! この島の次期太守として、あなたは自分の感情に溺れるよりまず自島民を守るための手を打つべきでしょう!
 わたしもただちに壱ノ島へ帰ります。ですがその前に、通信装置をお借りします」
 太守代理として、島に残っている秘書官たちを通じて島民たちに宣言を出さなくてはいけない。避難命令を出さなくては。ああ、けれど、オオワタツミを相手にどこへ逃げろというのか。
 これからするべきことに意識のほとんどを奪われたまま、セ・ヤはそこにいる全員に対して別れのあいさつのように頭を下げると、身をひるがえして早足で室内へ戻って行った。
「歌菜、大丈夫か」
 キ・サカの剣幕に圧倒されたのか、固まってしまったようにぴくりとも動かないでいる歌菜に、月崎 羽純(つきざき・はすみ)が気遣いの手を肩へと乗せる。けれど、歌菜が動かないのは羽純が心配したようなことではなかった。ちょうどこのとき、歌菜は肆ノ島にいる高柳 陣(たかやなぎ・じん)からテレパシーを受けていたのだ。
「……なんてこと」
 手早く状況説明を受けた歌菜は小さくつぶやき、一度目を閉じると唇を噛み締める。
「……そう。うん……うん……。それで回収は……うん。分かった。じゃあ私たちもすぐそっちへ向かうから」
「歌菜?」
 はたから見れば、歌菜はぶつぶつ独り言をつぶやいているようにしか見えないだろう。意味が掴めずに眉をひそめてしまった羽純に、歌菜は「あとで説明するから。みんなにも」とささやいてほかの者たちにも視線を巡らせてうなずくくと、キ・サカへと一歩踏み出した。
 キ・サカはセ・ヤからほおに平手を受け、叱責されたことがよほどショックだったのか、まだぼうっとしている。
「キ・サカさん!」
「な、なによ?」
 歌菜の呼びかけにハッとなり、身構えて振り返ったキ・サカは、歌菜が先までにはなかった、強い決意をみなぎらせているのを見て不思議そうに目をぱちぱちさせる。
「キ・サカさん、お詫びにはまたあらためて伺います! あなたがご立腹されるのは無理ないと思っています。だれかを責めたいという、そのつらいお心も分かりますし、その若さで重責を負う身とならねばならなくなったことには同情もします。ですが、お父さまを殺害したのは私たちではありません。いろいろと誤解される動きをとってしまい、あなたに対して配慮が行き届いていなかったことについてはお詫びしますが、してもいないことで他人の責までかぶるつもりはありません。そのことをあなたに理解していただけるまで、何度でも私は説明に参りたいと思います。
 オオワタツミは、きっと私たちで止めてきますから、キ・サカさんは万一に備えて、島民の方々の避難をお願いします。私たちのこと、信じられないと思いますが、でも今島民をまとめられるのはあなたしかいません。
 ……まさか、セ・ヤさんにあそこまで言われて、できないわけ、ないですよね?」
「あ、あたりまえでしょ!」
 最後の挑発にカッとなって叫ぶキ・サカに、先までの強気な調子が戻ってきたのを見て、歌菜はにこりと笑う。そして肆ノ島へ向かう手段としてタケミカヅチの借用を提案したが、こちらは残念ながら断られてしまった。
「しかたない、あれはこの島では数少ない戦闘機だ。移動用には貸してはもらえないだろう。……こちらの重要性を理解してもらえなかったのは残念だが」
 港への移動中、歌菜から説明を受けたスカーの背に乗ったグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)が、キ・サカの判断に一定の理解を示すつぶやきをする。
「そうだね。でも理解してもらえるだけの説明をしてる時間はなかったし……高速武装艇を借りられただけでもよしとしなくちゃ」
 前向きな発言をして、港に着いた歌菜はさっそく「えーと、どの船だろ?」と停泊している船を見渡す。
 混乱を抑制するためか、港は一時封鎖されて、一般人は入れないようになっていた。
「主、あそこではありませぬか?」
 事務所のある建物の影で人待ち風に立っている2人の人物を見つけたアウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)がグラキエスに教える。グラキエスは真上からの強い日差しに目を眇めてそちらを見た。
「そのようだ」
 行こう、とほかを探している者たちに手で合図を送って、そちらへ向かう。彼のあとについてそちらへ向かおうとしたそのとき、歌菜と羽純の籠手型HC弐式・Nと銃型HC弐式・Nが同時に何かを着信した。
 それぞれのモニターへ目を走らせた2人は、それがスク・ナと再会を果たしたナオからの一斉配信だと同時に悟って互いを見る。
「これで必要な情報はそろったな」
「うん! がんばって、絶対成功させよう!」
 これまで以上に意気込んで、歌菜は合流した案内人とグラキエスたちが待つ場所へ向かい、あらためて走り出す。
 2人の様子を見て。
「託、向こうみたいよ」
 アイリス・レイ(あいりす・れい)南條 託(なんじょう・たく)に声をかけた。しかし託から返答がないことを訝しんで、託のいる方を振り返る。
「託?」
 託が別方向を見て、こちらを向いてもいないことに、アイリスは小首を傾げた。何がそんなに託の注意をひいているのだろう? とその視線の先を追えば、港の敷地の端にある、特に目立った外見をしていない建物だった。少々重厚な壁とシャッターをしているが、ただの倉庫か資材置き場のように見える。
「あそこがどうかしたの?」
「んー……」
 考えに意識をとられ、生返事を返す託の目は、シャッターの脇についている勝手口のようなドアを出入りしている女性たちへと向けられていた。あきらかに武装している彼女たちはキンシだ。
「とすると、あれはたぶん……」
 つぶやきながらそちらへ歩き出す。
「どうしたのだ?」
 無銘 ナナシ(むめい・ななし)の問いかけに、アイリスはさっぱり分からないと言うように肩をすくめて見せると、託のあとを追ったのだった。


※               ※               ※


 陣とナオの報告は、セルマの銃型HCを通じて旗艦ゴールデンレディ号内のミツ・ハも受け取っていた。それはそのまま、参ノ島から一緒に乗り込んでいた布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)エレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)にも伝わる。
「橋を架ける、ねえ」
 エレノアはその様子を想像してみようとしたが、それがどんなものか、まったく思い描くことができなかった。
 橋とは、川や谷などで分断された場所と場所をつなぐもので、そういう意味で言えば浮遊島群の島々もそうなのだろうが、スケールが違う。船を使って航行するような所に架かる橋とは、どんなものなのだろう?
 そんなことに思いを馳せていたエレノアは、佳奈子に話しかけられていることに最初気づけなかった。
「もう、エレノアってば!」
「あ、ごめん。なに?」
 佳奈子は少し口先をとがらせつつも、プリントアウトされたナオのメモをエレノアにも見せる。
「これ。カガミの回収には肆ノ島にいる陣くんたちが、各島への配置には歌菜さんたちが動いてるからあっちは手が足りてると思う。でも、柱を起動させるには機晶石が必要ってあるでしょ。
 これができるのって、私たちじゃない?」
「たしかに、そうね」
 機晶石がある弐ノ島に一番近い位置にいるのは佳奈子たちだ。佳奈子たちが取りに行くのが早いし手間がないだろう。
 それに、島民に最も注目される番組に出た今の彼女は『この浮遊島群で一番名前と顔の知れた地上人』で、その番組を見た各島のギルド長たちからは「彼らと会いたい」というオファーも続々と受けており、佳奈子とエレノアにはほかのだれにもない、島の有力者たちとのつながりができていた。
「私たちだけじゃ運びきれない量だし、1島1島回ってたら時間的にロスだから、輸送は彼らにお願いしようと思うんだ。こうして運ぶ先の場所も分かってるし。
 希少な機晶石を提供してもらうことになるから説得が必要かもしれないけど、島のためだもの。きっと分かってもらえると思う!」
「よく考えてるわね。いいわ、行きましょう。私も手伝うわ」
「うんっ!」
 エレノアに同意してもらえたことに、うれしそうに返事をしたあとで、佳奈子はちょっと照れくさそうな表情をした。
「どうかしたの?」
「んーー、んんっ。なんか不思議だなぁ、と思って。最初、ここへ来たのは島を往復する客船でのバイトをするためだったんだよね。機晶石採掘も。それがさあ、いつの間にか島のことに深くかかわるようになって、いろんな人といっぱいつながりができて……」
 自分はただの一般人、ただの学生、という意識がどんなときもあり、周囲がどう変わろうともブレない芯を持つ佳奈子にとって、佳奈子を介して島の有力者たちが手をつなぐことになるという今の状況は、本当に不思議なことに映っているのだろう。いつも佳奈子といるエレノアにはそれがとてもよく分かった。
「佳奈子は佳奈子よ」
 ぽん、とその肩をたたく。
「あなたはいつものように、しゃんと背筋を伸ばして、等身大の自分で、自分にできることをしていればいいの」
「……うん。私は私にできることを、だねっ」
「そうよ。私がそれをフォローするから。そして2人でどうにもならないことは、ほかの、できる人に回せばいいの。何もかもあなたがする必要はないわ」
 みんな、つながっているんだから。
「そして無事、橋を架けることができたら……一緒にそれを見ましょう」
「うん! 約束ね、エレノア!」