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リアクション
第四十章:漆黒色の攻防
目的の人工衛星は、六角形の円柱のような形をしていた。
前面にパラボラアンテナが二つついているのと、太陽光を拾いエネルギーにするために大きなパネルが羽のように両側に開いているのは、一般的にイメージされる人工衛星とあまり変わらない。
Mサイズのイコンが5機ほど中に入って活動できそうなほどの大きさだが、造りは華奢で脆そうだった。外壁も薄く内部からの衝撃でも破壊されそうで、慎重な作業が要されるであろう事は想像に難くない。爆破したら簡単にバラバラになるだろう。
「?」
人工衛星に近づいた契約者たちは、すぐに異様な雰囲気を感じ取っていた。
グゴゴゴゴゴゴ……!
ようやくたどり着いた人工衛星には悪魔が宿っていた。なんと先客がいたのだ。
まず最初に、異変に気がついたのは、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)だった。
彼女は、パートナーのセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)とともに教導団本部で憲兵隊の手によって強制的に“志願”させられた後、他の契約者たちと合流し一緒に作戦行動に参加していた。
強制的に連れてこられたとはいえ、セレンフィリティはやる気に満ち溢れていた。任されたからには最善を尽くす。
イコンを持ち込んでおらず、宇宙空間を航行する術を持っていなかったセレンフィリティは、目的地から離れたところに停泊している母艦からカタパルトで発射され人工衛星に取り付いた。
「これでも理系女子なんだから」
さっそく高度な計算能力を発揮したセレンフィリティは、得意顔で作業に取り掛かる。
彼女らは、宇宙服を着ており必要な装備も全て持ってきている。その重量で、カタパルト発射の際の初速計算とレーダーから測定されたデータを元に方角を割り当て、人工衛星までの滞空時間を算出し、的確に目的の場所にたどり着いた理系頭脳は伊達ではないのだ。うん、話の展開上そういうことにしておこう。
「手法は体育会系だけどね」
なんと強引な、とセレアナはほっと一息ついた。少しでも計算が狂っていれば、遮るもののない宇宙空間で慣性に任せて永遠に漂流するところであった。
イコン部隊は、ちょっとしたトラブルがあったり護衛衛星を潰したりしているためもう少し後に来るだろう。その間に、出来ることをやってしまおう。
「ん?」
人工衛星の表面に足場を固定したセレンフィリティは、頭上に邪悪な気配を感じて視線を移動させた。
毒々しいオーラをまとった何かが、いる……?
「どうしてこんなところにダンボール箱があるの?」
セレンフィリティは、外壁にくっついている不審な箱を見つけて近寄っていった。
(ぐごごごごごご…… )
それは、教導団員でありながら時折リア充を爆発させる凶悪なフリーテロリスト、葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)だった。【歴戦のダンボール術】で、誰かが来るのを待っていたのだ。
憎いリア充たちを滅ぼすために無謀にもイコンの【リニアカタパルト】で地上から発射された吹雪たちは、目的の人工衛星にまでは届くことは出来なかった。当たり前だ。航法計算もしていないし、そんなに甘くない。だが、上昇中のロケットに偶然取り付くことが出来たのだ。
吹雪たちが空中でぶつかったロケットは、セレンフィリティたちより先に出発した志願者たちを作戦行動のため宇宙へ送り届ける役割で、種子島から打ち上げられた物だった。
描写では、ウィスタリアとガーディアンヴァルキリーが中心になっているが、他にも志願者たちは種子島から別のロケットで宇宙へ向かっていたのだ。何とか内部に侵入した吹雪とイングラハムは、ダンボール術でこっそりと迫り、契約者たちを不意打ちで捕らえてロケットを乗っ取った。そのまま、この人工衛星まで飛んできたのだった。元の乗組員たちは、全員リア充だったのでロケットごと爆破して廃棄してきた。特に問題はない。
ただ、人工衛星の内部には入れなかったのだ。
吹雪は、この人工衛星に搭載されている核のような効果を持つ機晶石を手に入れるためにここへ来た。だが、強引に内部に突入して機晶石が使い物にならなくなってしまっては元も子もない。リア充たちを滅ぼす前に自分が爆散しては本末転倒だ。内部にはトラップもあるし探索するのも手間がかかる。
誰かが解除してから目的の物を横取りするために、後からやってくる強力な契約者を待っていたのだった。吹雪は、リア充への憎しみを蓄えながらも、それくらいの平静さも保っていたのだ。
「……なんだ、ただのダンボール箱か」
セレンフィリティはすぐに興味を失った。彼女ほどの経験を積んだ契約者なら普通見抜けただろうが、吹雪のダンボール箱は年季が違った。所有者と共に幾多の試練を乗り越えた歴戦のダンボールには魂が宿り所有者を助けるほどの妖しい魔力を帯びていたのだ。
(大事の前の小事。爆弾を手に入れることが最優先であります。 )
目の前にリア充がいるのに爆破させることが出来ない。吹雪は、自我を抑えて目的を優先させた。この怒りは存分に溜め込んでおき後で発揮するのだ。
「作業を急ぎましょう」
セレアナもダンボール箱のことなどすっかり忘れて先を促す。
「そうね。さて、この人工衛星、どうやって脱がしてあげようか……」
セレンフィリティは、ここに来るまでの間母艦の中で、借りてきた設計図や見取り図を穴が開くほど見てきた。構造を分析し仕組みも想定してある。
「一番安全な入り口はこっちよ」
セレンフィリティは人工衛星の側面に回った。
他の契約者たちは、どうやって内部に突入するつもりなのだろうか。まさか、強引にこじ開けようとしているわけではあるまい。この人工衛星は本体に網目状にケーブルが張り巡らされており、損傷すると自爆する可能性があった。
セレンフィリティは、工具を使って慎重に外装をを外した。剥き出しになった機器からプラグを外し劣悪環境仕様にカスタマイズしてある端末を繋げる。ここから【機晶脳化】で内部のシステムにアクセスできるはずだった。
そこへ、ようやくイコン部隊が到着する。
「突入!」
ルカルカが号令した。
「待った! ……ちょっと待って。強引にこじ開けたら自爆するわよ」
セレンフィリティは、宇宙服の無線越しに制止する。彼女にこれまでのような軽さはなかった。使命を帯びた熟練工兵の目になっている。
「私が先に入るわよ。いいわよね?」
この人工衛星の起動システムは想像している以上に複雑だ、とセレンフィリティは皆に伝えた。まず内部のシステムを無効化しトラップを解除する必要があった。
<私がサポートします。手伝ってください>
イコン、バイヴ・カハでは、ヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)が柊 真司(ひいらぎ・しんじ)にテレパシーで伝えていた。
もちろん、真司も人工衛星の現場にいる。到着するなりバイヴ・カハのサイコソードで外壁を溶断しようとしているのをヴァレリアに止められた。
<繊細な構造になっていますので、乱暴はやめましょう>
【ディメンションサイト】で人工衛星内部を探っていたヴァレリアは、機械が全般にわたって脆い造りになっていることを伝える。
<まあ、おまえがそう言うならそうなんだろうな。任せるぜ>
真司ははやる気持ちを抑えてヴァレリアに従うことにした。
「……ここですね」
イコンもついていったほうがいいと考えたヴァレリアは、セレンフィリティに同行することにした。外壁の安全な部分を拡大させて、侵入口を広げる。
<みなさん、時間はまだたっぷりありますのでゆっくり行きましょう>
「オッケー」
セレンフィリティは親指を立てて合図してから、そろりと内部に入っていった。セレアナも機材を持ってその後に続く。
「はいはい、今回私たちはしんがりね。いいわよ。後方は守ってあげるから安心して先にいきなさい」
ルカルカ・ルー(るかるか・るー)とパートナーのカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)は【エクソスケルトン】を装備した姿で、一緒に中に入っていく。
内部は、SFチックな造りになっていた。無機質な壁に電子機器が備え付けられている。
改めて【機晶脳化】でシステムにアクセスしたセレンフィリティは、何がしかのトラップの類が働いていないかチェックする。例え、ねじが一定数外されると起動するようなアナログな仕掛けでも見逃さない。
セレアナが傍らで構造図を手にチェック項目をマークしていく。
「私たちは、裏側から探してみるわね」
ルカルカとカルキノスは別行動になった。
「これだけの機械を壊してしまうのはもったいないですね」
ヴァレリアは、機雷や機器類の位置を特定し、収集・分析した結果を【テレパシー】で真司と他の契約者たちに伝える役割だ。セレンフィリティと協力し合い、内部の解析を続けていく。
「……どうしてこんなところに段ボール箱があるのでしょうか?」
ヴァレリアは、通路に置かれている箱を見つけた。
「……」
葛城吹雪は、彼女らの後をつけてきていた。機晶石を発見したら誰よりも先に確保しようと、じりじり動きながら息を潜めている。
「ただの段ボール箱だろ。行こうぜ」
真司は、全くそちらに注意を払っていなかった。
吹雪の段ボール術は悪魔的効果を発揮している。機械的な罠や仕掛けなら察知することが出来るセレンフィリティも、また段ボール箱か、などと一人で頷きそのまま放置することにした。
「……」
○
「みんな、ちょっと来てくれ。乗り捨てられたロケットが漂流しているぞ」
人工衛星の外では、酒杜 陽一(さかもり・よういち)が異物を発見していた。
【漆黒の翼】で活動していた陽一は、あの生駒のトラブルの後始末をしてから作戦に戻るつもりだった。辺りを最終確認していると、破損したロケットが救援信号を発信しているのに気づいたのだ。
「乗組員たちは全員重体で衰弱しきっている。何があったんだ……?」
大きく破損したロケットの内部には、瀕死状態の契約者たちが放り散らかされていた。まるで、怪物に襲われて全滅したパーティみたいな有様だ。
このままでは全員死んでしまう。過酷な宇宙空間で生命維持装置だけが辛うじて動いていた。
それは、吹雪がここに来るまでに占拠して乗り捨てていたロケットだった。乗組員のリア充たちは爆破してあったので、誰も生き残っていなかった。
「この辺りに俺たち以外に何かいるのか? 契約者を襲う敵が潜んでいるのか?」
整備を担当していた柚木 桂輔(ゆずき・けいすけ)が、母艦から離れて破損したロケットを調べにきていた。
「恋人同士のカップルもパーティの中にいるな。デートのつもりで宇宙へ来てもらっては困るんだよ」
手をつないだまま倒れている契約者のカップルを見つけて、夏侯 淵(かこう・えん)が冷たく言った。被害者たちは、レベルはさほど高くないが事件解決に一役買おうと志願したようだった。その志は立派だが、他のチームの手を煩わせることになるようではあまり感心できない。
「モヒカンなら放置しておくが、そうも言ってられないな」
淵は、何気に本音が出た。
まあ、無謀なモヒカンたちだったら見捨ててもあまり問題はなさそうだが、この被害者は普通の契約者なのだ。蒼学生もいれば、百合園の姉妹も倒れている。名前すらないモブNPCとはいえ、見殺しにするわけにはいかなかった。むしろ、弱い部類の契約者なので、ルカルカたちが守るべきだろう。
「大急ぎで連れて帰って治癒させよう」
ここでは処理を施せないと判断した陽一は、母艦から救護艇を呼び寄せていた。
ウィスタリアからもガーディアンヴァルキリーからも、念のためと乗り込んでいた医療班が駆けつけてきた。他の作業員たちも総出で救出が開始される。
これだけいればひとまず安心だ。要救護人は手当てされるだろう。
陽一も救助を手伝うことにした。解体作業とは違うが、これもまた重要な仕事だ。
桂輔 は搬出しやすいように剣を使いロケットの壁面の穴を大きくして進路を広げた。彼も一緒に中に入って行き倒れている契約者たちを運び出す。
「俺は別の仕事があるからな」
淵も救助を手伝おうと思ったが、ルカルカから別の任務を頼まれていたのだった。
ルカルカたちは手持ちの【小型飛空艇アラウダ】二隻で人工衛星ごと彼方へと運び去る計画をしていた。そのために、人工衛星の両側に飛空挺を固定してそのまま移動させればいいのだ。
「なんか、すでに何組か事情を知らないパーティーが中に入っていってしまったんだが」
計画が破綻したような気がしたが、淵は構わず人工衛星の両側に飛空挺を固定する。少々手違いがあっても何とかなるだろう。
淵が黙々と作業を続けていると、離れたところで惨状を調べていた陽一がテレパシー越しに言う。
「しかし、気になるよな。モブの契約者たちを襲ったのは誰だ?」
「そういえば、リア充ばかり爆発させるフリーテロリストがいたな」
淵は何気なく答えた。被害者の乗組員はリア充ばかりだった。
「各所で破壊活動を行っていながら、教導団憲兵隊にも補足されていない強運の持ち主だ。あいつらが志願したという話は聞いていなかったが」
淵もその存在は知っていた。現場に居合わせたこともある。
それから、はっとして作業の手を休める。急いで皆に知らせないと。
「気をつけろ。葛城吹雪が近くにいるぞ!」