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【蒼空に架ける橋】後日譚 明日へとつながる希望

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【蒼空に架ける橋】後日譚 明日へとつながる希望
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 七刀 切(しちとう・きり)ルーン・サークリット(るーん・さーくりっと)と連れ立って、大通りを歩いていた。
 まあ「連れ立って」というのは少々語弊があるかもしれない。終始ルーンが前を歩き、切がその後ろをついて歩くという姿は、ルーンのまとう雰囲気もあって、まるでお嬢さまとそのおつきの従者、良くて護衛といった感じだ。
 切がちょっと周囲の店の露天に並べられた商品や呼び込みの景気のいい声に反応して、そちらを見ようと歩速を緩めようものなら
「切ちゃん、ぐずぐずしないの。目的の通りはこの先よ」
 とすぐさま諌めてくる。そして切も、そうやって気をとられたものの特に何が目当てというわけでもないので、肩を竦めてそれに従っていた。
 ただ、ほしい物がまったくないのかといえば、そうでもない。
 思えば2カ月前、観光目的でこの浮遊島群へ上がってきたのにこちらへ来てすぐ浮遊島群とオオワタツミの争いに巻き込まれ、なんだかんだした挙げ句、結局ろくにどこも見ないでシャンバラへ帰国する結果に終わってしまった。
 今回はお祭りに招待された身分だし、オオワタツミの脅威がなくなった今の浮遊島群で何か事件が起きるとも思えないから、本当に、純粋に観光できると思ったら、やっぱり土産物の1つや2つ買いたい。まだこれというのは思いついてないけど。
(バァルにも何か買っていってやるかねぇ。あいつ、贈り物っつーか貢物にはことかかないだろうけど、そんな形ばかりで意味ない高級品もらって喜ぶようなやつでもないからねぇ。
 あいつのことだから、健康祈願とか病気平穏が無難……いや、バァルの巻き込まれ具合を考えるに悪霊退散の方がいいのか?)
 そういう意味のこもった物をと、いかにもといった占いグッズの店のショーウィンドーを覗き込み、そこに飾られた商品横に添えられたカードの説明文を読んでいると、またもやルーンからしかりの言葉が飛んできた。
「切ちゃん!」
 思わずびくっとしてそちらを振り返る。ルーンは両手を腰にあてて、不機嫌そうだ。
「こんな所で立ち止まってたのね。おかげで戻って来なくちゃならなかったじゃない」
「先行っててもええんよ? すぐ追いつくから」
「何寝ぼけたことを言ってるのよ。お財布なしだと何も買えないでしょ」
 一応弁解を試みた切に、ルーンはこんなことも分からないの、と鼻を鳴らす。
「え? それって」
「ほら早く。もうオープンテーブルを確保して、串焼き10本にヤキソバ10皿にヒレカツ10皿注文してあるんだから」
 ちなみに、料理の正式名称は違うが見た目にも味的にもそう違いはないので、切がした想像は間違っていない。
「あ、あの……ルーンさん? ワイら2人なんですけど……」
 その量は一体。
 いやもちろん、ルーンが顔や体に見合わず大食ら――食が太いのは知っていたが、にしてもその量は。
「心配しなくても、切ちゃんの分は注文してないわ。あなたはあなたで好きな物を注文しなさい。公園広場で屋台村みたいな感じになってるとこだから」
「いや、そうじゃなくて。あのですね」
「なぁに?」
 踵を返そうとしたルーンは呼び止められたことに少しイラついた様子で前にきた髪を肩向こうへ払う仕草をする。
「ルーンさん……、ときにお財布は?」
 おそるおそる口にした切に、直後、ルーンは「あなたってほんと、救いようのないおばかね」という視線を投げた。
 言葉にしなくとも相手に十分通じ、なおかつ本当にそんな気分にさせるのがルーンは得意だ。
「このドレスのどこにポケットなんてダサいものがあるように見える?」
 ついでに言うならクラッチバッグも持ってない。
 切は目をぐるんと回し、空を見た。
 さらば、ワイの財布。
「さあ行くわよ。料理が冷めちゃうわ」そこでルーンは、切が両手で持っている物を見た。「心配しなくても、それを買うお金くらいは残るわよ」
 本当は1円も残さず使い切ってやろうと考えていたのだが、切が買おうとしている品を目にした瞬間、気が変わった。
 それは、どう見ても魔除けというよりそれ自体が魔物、芸術家きどりの無才な芸術家のはき違えられた芸術観念によって製作されたとしか思えない、いびつな、名状しがたい置物としか思えなかったからだ。
 「それ、買うの?」とは訊かなかった。かわりに
「それ、だれにあげるの?」
 と尋ねた。
「ん? バァルにだよ。あいつが普段もらう物に比べたらこんなの全然、とるに足らないモンなんだろうけどねぇ。お守りだっつーて渡したら、きっとあいつ、困った顔しつつも部屋に置いておくんだろうなー」
 さすが長いつきあいだけあって、バァル・ハダド(ばぁる・はだど)のことをよく分かっている。
 あの、何もかもが最高級の品であふれた部屋に、こんな土産物の店で売られているような二束三文の置物なんか置いたら違和感しかないのに、バァルは気にしないだろう。魔除けの品、というのに苦笑はするだろうが。
 切にはその姿が容易に想像できて、自然と口元に笑みが浮かんだ。
「でも、買うのはやめないのね?」
「モチロン。
 すいませーん、これください」
 店主に頼んでプレゼント包装してもらったそれが入った紙袋の重さを確認するように軽く振ると、切は待ってくれていたルーンの元へ行った。
「待たせてごめんね、ルーンさん」
 ルーンは軽く受け流し、前に立って歩く。
 ブロックの角を曲がった先に大きめの広場があり、中心の噴水を囲むように配置された低木の花壇に沿って、円形にテーブル席がセッティングされている。休憩したり、屋台の料理を食べる人々であふれたそこの一角をルーンは指さした。
「あそこよ」
 そこには紺色のふっくらした衣装を着た少年が1人いて、テーブルに広げた料理を食べている。
 手ぶらのルーンが席取りをしていると言った意味が、これで分かった。
「スク・ナ」
 名を呼ばれ、スク・ナ(すく・な)は一口サイズのボール型をした菓子バチ・ディ・ダーマを口に放り込む手を止めて振り向き、彼らを見てにぱっと笑った。
「見つかった?」
 言わずもがなだ。そしてあらためて口のなかにぽいっと入れて、かみ砕く。ほのかにアーモンドの甘い香りが漂うのを嗅ぎ取りながら、切は「ごめんね」と謝ってとなりに腰を下ろした。
「料理はまだのようね」
「うん。今お昼だし、人がいっぱいだから、もうちょっとかかるんじゃないかな。
 あ、これ食べる?」
 手を突っ込んでいた紙袋を差し出してくる。なかに入っていたのは、さっきスク・ナが食べていたクッキー菓子だ。まだほんのりと湯気が立っている。
 礼儀として1つずつ取り、食べてみると、2つの楕円をくっつけたチョコレートの甘みが広がって、タマゴボーロのような食感と味がした。
「うまい」
「うん。オレ、これ大好き。あ、干しザクロのクロスタータもあるよ」
 脇にどけておいた袋から、90度にカットされたシンプルなパイを取り出してテーブルに置く。
 そういった物をつまんでいると、ルーンの頼んだ料理がやってきた。スピエディーニ――香辛料のよく効いた串焼きだ。ウェイトレスは切から代金とチップを受け取って、手を振って離れて行った。
 皿に盛られたそれに手を伸ばしながら、スク・ナに訊く。
「ところでスク・ナ、その格好」
「んっ? いーだろ? 母ちゃんがつくってくれたんだ」
 ぴょん、とイスから飛び出して、得意げに両脇を引っ張って見せる。単純な、丸っこい、ゆるくくの字を描いたライン、そして頭に同じ色の、パラソル型のかわいらしい帽子がちょこんと乗っている。単純に紺だと思ったが、こうして見ると濃紫色だ。いわゆるナス紺と呼ばれるもの。
「それって――」
 どう見てもアレだよね? と言おうとしたとき。

「フハハハ! 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクターハデス!」

 唐突に、そんな言葉が広場じゅうに響き渡った。
 切やルーンも思わず目を瞠ってそちらを振り返ったが、よく聞き慣れたその声の主がドクター・ハデス(どくたー・はです)であることに驚きはなかった。
 広場にいた全員が、何事かという目を噴水を背に立っている白衣の彼へと向けている。ハデスは彼らの注目を得られたことに満足そうにうなずくと、すぐさま言葉を継いだ。
「ククク、全島で仮面舞踏パーティーを開くとは、おろかな! 浮かれすぎだ、島民どもよ!
 前回は偵察のため、俺とデメテールのみだったが、これで我ら秘密結社オリュンポス軍団もあやしまれずに浮遊島群に侵入できるというもの!」
 視線を走らせた先には、オリュンポス特戦隊の面々がいた。
「フハハハ! この島は、我らオリュンポスが乗っ取らせてもらおう! まずは伍ノ島太守の館の占領だな! そして順にほかの島の太守どもの館も手中に収めてくれる!
 デメテールよ、手始めにこの広場にいる者たちに見るもの見せてやるのだ!」
「えー? めんどくさーい」
 ざわめく観客人たちのなかで、デメテール・テスモポリス(でめてーる・てすもぽりす)はぼそっとつぶやいた。手には屋台で買ったばかりの紙袋があり、口はチーズのタルトをくわえている。
「デメテール、どこだ! さっさとここに来て役割を果たせ!」
 いつの間にか彼女の姿が見えなくなっていることに気づいたハデスが少し焦り気味に呼んでいる。デメテールは少し考え込み、すぐ無視することに決めた。
 肩を竦め、そのままひょこひょこと空いた席に向かおうとする。そのとき。
「ハデスおにーちゃん?」
 スク・ナの声が聞こえた。最後が尻上がりになっているのは、確信が得られないためだ。ハデスは鼻眼鏡で仮装していた。島の現在の状況に溶け込むためにした、申し訳程度の仮面仮装である。だがそれ以外の部分がドクター・ハデスだった。
「おにーちゃん」
「スク・ナか」
 駆け寄ってくるスク・ナに、ハデスもそちらを向く。そしてスク・ナの格好に眉をしかめた。
「スク・ナよ、その格好は何だ」
「え? これ?」自分の服を見下ろして、やはり服を引っ張って広げて見せる。「ナスビだよ」
「やはりか」
 ヘタの帽子とナス紺の胴体。ナスに紺色のタイツの手足が生えているような姿に、ハデスはうなずいた。
「おにーちゃん、元気そうだね。よかった」
 最後に見たとき、ハデスは負傷し、苦痛に面をゆがめていた。でも今はどこも痛そうに見えないことに、スク・ナは笑顔で見上げる。
「うむ。おまえも息災そうで何よりだ」
 そこでふとあることを思いつき、考え込む表情でスク・ナをじっと見下ろした。
「……さすがにこの人数では浮遊島群全体の制圧は難しいか…。こうなれば現地調達を行うしかあるまい」
 ぼそりつぶやく。
「おにーちゃん?」
 さっぱり意味が分からない、と見つめるスク・ナの両肩をぽんとたたく。
「スク・ナよ! どうだ、我ら秘密結社オリュンポスに入会し、見習い戦闘員として、ともに世界征服を目指さぬか?!」
「は!?」
 目がテンになったのは、その様子を見守っていた切たちだ。
 ハデスはすらすらと立て板に水のごとく続ける。
「その格好もちょうどいい。うちの戦闘員は全身黒タイツが基本だからな!
 時給780円、食事付きで危険手当も支給されるぞ!
 さらに、季節ごとに社員旅行や花見をやったりと、社員イベントも充実しているぞ!
 ゆくゆくは、幹部怪人候補としてやってもよいぞ!」
「いや、それ地球の平均最低賃金じゃん」
 ハデスの微妙な勧誘に、思わずツッコミを入れずにいられなかった切だったが、しかし当のスク・ナは「仕事をくれる」というハデスの勧誘を真面目に検討しているようで、考え込んでいる。
 ハデスの注意が切の方に向いたところで、「スク・ナ、スク・ナ」とひそめた声で自分を呼ぶ声が聞こえて、スク・ナはきょろきょろと辺りを見回した。噴水の影に身を隠すようにして、ハデスに気づかれないよう隠形の術を使ってそこまで忍び寄ったデメテールが手招きをしている。
「あ、おねーちゃん」
 デメテールを見て、スク・ナは満面の笑顔になる。
「スク・ナ、ハデスの勧誘になんか乗っちゃだめ。
 ねえ、スク・ナ。浮遊島群の外の世界に興味ない?」
「外? って、地上のこと?」
「うん。
 もしよかったら、私と一緒に2人で世界をフラフラ旅してみない?」
「えっ? でもおねーちゃん、ハデスおにーちゃんはどうするの?」
「ハデスはハデス、私は私だよ」
 デメテールはオリュンポスを抜ける覚悟で言っていた。スク・ナと2人なら、それもいいと思ったのだ。
 オリュンポスは悪の組織、そこにいる限りスク・ナと一緒にはいられない。どちらかを選ぶしかないなら、スク・ナだ。
 決意でスク・ナの返答を待つデメテール。しかしスク・ナが出した結論は、思いもよらないものだった。
「おねーちゃん、ごめんね。
 オレ、ハデスおにーちゃんのとこで戦闘員? ってやつになる」
「……ええっ!?」
「だって、オレ、仕事が必要なんだもん。雲海なくなっちゃったから、母ちゃんや兄ちゃんたち大変なんだよ。オレには「気にすんな、なんとかする」って言ってるけど、でも食べていかなくちゃならないしさ」
「ちょっと待ってスク・ナ、あんた戦闘員の意味分かってんの!?」
「それに、そしたらおねーちゃんもハデスおにーちゃんと離れずにすむし、オレもいつでもハデスおにーちゃんと会えるでしょ?」
 あせるデメテールに、スク・ナはにぱっと笑って見せた。いつもの曇りのない、満点笑顔だ。
「あんたねえ……」
 デメテールは絶句し、スク・ナを見つめる。
 そこでようやくハデスがデメテールに気づいた。
「むっ? デメテールよ、そこで何をしている? まさかスク・ナによけいなことを吹き込んでいまいな?」
 目を眇め、とがめるように懸念を口にするハデス。デメテールはハデスを振り返ったが、しかし何も言葉を返せず、表情も微妙なままだ。
 ひょこっとスク・ナが横から顔を出す。
「あ、ハデスおにーちゃん、オレ決めたよ。ハデスおにーちゃんのとこで戦闘員になる! 今日からよろしくねっ!」
「ぬ!? そうか! よし! これで世界征服に一歩近づいたぞ!」
 ハデスは胸を張って高笑った。

 大体このあたりで、コントめいた彼らの会話を見聞きしていた人々は結論づけた。
 ああ、これは祭りの大道芸パフォーマンスの1つだったんだな、と。