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空のみやこに火花咲く

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空のみやこに火花咲く

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第3章 宴の前


 空京は新シャンバラ国の首都となる予定の人工都市だ。
 現在は開発ラッシュで、建設中の巨大ビルが何棟も並んでいる。その中には、三百階建てのシャンバラ宮殿も含まれる。
 街は全体が結界におおわれ、その中の環境はパラミタであると同時に地球でもある状態だ。この結界のために、パートナー契約を結んでいない地球人でも空京を訪れることができるのだ。

 小型飛空艇がゆっくりと空京開拓大路を離れ、建設中のビル群の方へ飛んでいく。
 運転するのは蒼空学園のソルジャー、ヨアト・レンハイム(よあと・れんはいむ)だ。後ろにパートナーの魔女ルアーナ・シュルツ(るあーな・しゅるつ)を乗せている。
 二人は新しい小型飛空艇の性能チェックも兼ねて空京に遊びに来たのだ。パレード開始前に開拓大路に行き、見物客でこむ前に屋台でホットドッグや焼きモロコシなどの二人分の食べ物を買い込んできた。その昼食を終えると、ルアーナは楽しそうに宣言する。
「さあ、本日のメイン、小型飛空艇の試験飛行よ! 死なない、壊さない程度に性能の限界に挑むのよ!」
(逆らってもロクなことはないからなあ)
 ヨアトは彼女を下ろし、建設中のビルの間を飛び始める。そこで飛空艇の速度や運動性能を確かめようというのだ。


 ローグのワタルこと武来弥(たけらい・わたる)もまた、小型飛空挺で街を走っていた。
 彼は数日前から空京を訪れ、特にダウンタウン方面の巡回警備に当たっている。テロリストが潜伏する隠れ家があるなら、その辺りだろうと考えたからだ。
 おかげで周辺の地図は、頭に入っている。
 オフィスや飲食店が入る雑居ビルが並ぶ道を走っていた時、ワタルは視界のスミに見慣れない物を見つけた。小型飛空挺をUターンさせ、異変を感じた路地の入口まで戻る。
「なんだ? ブルーシート?」
 ビルの間の細い路地に、青いビニールシートが広げられている。その下には何か、ある。
「……まあ、確認するだけ確認しておくか」
 嫌な予感に、自分に言い聞かせるよう一人ごちながらワタルは飛空挺を降り、路地に入った。隣のビルの非常階段があるせいで、路地はさらに狭く感じる。
 ワタルは身をかがめ、慎重にビニールシートをめくった。ローグの習慣で、小型飛空挺の運転用手袋をはめたままシートをつかむ。
「うっ……!」
 学生にはショッキングなモノを目にして、ワタルは思わずシートを戻す。青いシートに隠されていたのは、ビジネスマンらしき壮年男性の射殺遺体だった。
 遺体は、聖が駅で見つけた不審な会話をしていた男だ。だが聖がその事をあえて誰にも連絡しなかったので、パートナーを通じて警備関係の連絡をかかさなかったワタルにも、それが何者であるか分からなかった。

 ジークリンデと話していたドラゴニュートエスペディア龍姫(えすぺでぃあ・りゅうき)の携帯電話が鳴る。
(え? まだ定時連絡の時間じゃないのに……?)
 龍姫は不安げに、パートナーのワタルからの電話に出た。ワタルが言う。
「ごめん、午後から合流するの、遅くなりそうだ」
 ワタルは手短に遺体を見つけた事を伝える。
 その後、彼は警察に通報したのだが、一通り警察の調査が終わるまで、第一発見者であるワタルもその場を離れられないという。
 また現時点では、これが何者による犯行なのか、なども判明していない。
「そう……。気をつけてね、ワタル」
 心配そうな声を出す龍姫に、ワタルはつとめて明るい声で言う。
「大丈夫だって! ただお巡りさんと話すだけなんだから。じゃ、後でな」
 ワタルは電話を切った。遺体を見た刑事たちが、何事か話しているのが聞こえてくる。どうやら今さっき現場についた警部に、状況説明しているようだ。
「後藤田警部、お疲れ様です。周辺店舗の店員に聞き込みましたが、誰も銃声を聞いてないようです。サイレンサーでも使って暗殺でしょうか」
「……これ、被害者? おっ、こいつは……!」
「警部、知ってる人ですか?」
「おまえねー。要注意人物の顔ぐらい覚えとけよ。パラ実の連中に危ないクスリ売っぱらってボロもうけしてた奴だ。こりゃー、商売仇に消されたか、ふっかけられたパラ実生がキレたかだな。はい、終了ー」
「け、警部、この段階でそんな結論はマズイんじゃ……」
「裏社会の殺った殺られたでイチイチ捜査してたら、キリがねえっつーの」
 刑事たちの会話が嫌でも聞こえてきて、ワタルは
(空京警察……大丈夫かな?)
 と疑問を感じてしまう。


 パラミタ出現十周年記念祭で華やぐ空京市だが、オフィス地区は企業が休みであるため、人影もまばらで閑散としていた。
 とあるビルの地下駐車場に、二台の黒塗りの高級車が入っていく。自動で分厚いシャッターが開き、車が中に入る。
 中には、やはり数台の高級車が停められていた。
 入ってきた車が停まり、まず黒服のSP数人が降りる。そのSPがドアを開け、後部座席からエリート風のビジネスマンが降りてくる。
 彼らは、アフリカやアジアの発展途上国で開発事業を手がける企業の社員だ。
 企業のトップはアメリカ合衆国の大物政治家であり、経営を支える役員にはヨーロッパの上流階級出身者が多い。
 高級車の一団は、ある裏取引のために、今日その駐車場を訪れた。
 警護を行うSPは、シャンバラ教導団団長金鋭峰の設立した民間軍事会社「紅生軍事公司」から、腕利きの傭兵を雇っている。
 さらに取引に使うビルは、彼らの子会社が所有する建物だ。
 最新の防犯施設を備え、ビル全体を二十四時間、監視網が見張っている。監視カメラは言うに及ばず、人が通る予定の無い場所には赤外線が張り巡らされ、これ横切る物体があれば、防犯ベルが鳴り響いて、建物の全出入口と窓がロックされるシステムだ。
 しかも、この取引の一週間前から、ビルは部外者をいっさい入れていない。
 取引相手が何事か仕かけてきても対応できるよう、万全の構えだ。それだけ、人から恨まれている企業なのだ。
 開発権を得るために、紛争を起こさせたり、暴虐な独裁政権を支援してきている。
 もっとも、この企業の敵は、そうした国々の民ではなく同業者だ。まれに騒ぎ立てるジャーナリストや市民団体があるが、そうした人々は不幸な事故に見舞われることになっている。
 現在、空京には、そうした開発企業や子会社、ダミー会社が進出し、互いに覇権を争っていた。
「なんだ?!」
 SPの傭兵が声をあげ、足元を見た。
 駐車場に停まる車の下から、いくつもの円形の物体が彼らを囲むように出てきた。部屋を掃除するロボットのような物体だ。
 傭兵は銃を構えつつ、足でロボットらしき物を踏み止めようとする。
 すべてのロボットが爆発した。さらに停車していた車に隠された爆弾が誘発して、大爆発となった。
 紅生軍事公司の傭兵と開発企業社員は、文字通り粉々に吹っ飛んだ。

 空京開拓大路に面したビルの屋上で、暖かい日差しをあびながらセイバー早水ポン太(はやみず・ぽんた)はうとうとしていた。
(ああ、このまま何事もなく一日が終わればいいのに……。
 ……まぁ、そうも言ってられないか)
 ポン太はハァとため息をついた。パレード開始の時刻まで、まだ少しある。それまでは緊張をほぐして横になっていたい。
 頭上に広がる青空は、昼寝日和の綺麗な空だ。と、ポン太の耳に、ずっと遠くの方でドンという音が届く。
「なんだ?!」
 ポン太は飛び起き、音のした方を見た。ビルの間から、一条の黒煙が上がっていく。
 眼下の道路にいる学生たちは、路上の喧騒で音がかき消されたためか、何も気づいていないようだ。
「あっちで爆発音と煙があがってるよ! 関係あるか分からないけど、僕がちょっと行って確認してくる!」
 警備をしている生徒に声をかけ、ポン太は脇に停めてあった小型飛空艇に飛び乗り、黒煙のあがる方角へ向かった。
 そこは、開発企業の社員と護衛が吹き飛ばされたビルだった。
 地下駐車場のシャッターが中からの圧力でひしゃげ、その隙間から真っ黒い煙があがっている。
 上階から降りてきた警備員たちが、動揺した様子で叫んでいる。
「なんだ、あのロボは?! いつ、あんな物があそこに?!」
「知るか! 監視カメラも赤外線も反応してないんだぞ?!」
 消防車やパトカーがけたたましいサイレンを鳴らして集まってくる。
 ポン太は、まだ詳しい状況は不明ながら、その場で分かることを携帯電話でパレード警備にあたる生徒たちに知らせた。
(これは、とんでもない一日になるかも……)
 そう不安に思わずにいられないポン太だった。

 なお、このビルの爆発事件は、その後のテレビやネットのニュースでは「漏電による火事で、車のガソリンに引火して爆発した」として扱われた。
 とはいえ、ポン太が念のためにと携帯で撮って仲間に送信した爆発現場の写真は、明らかに火事やガソリン引火以上の爆発規模を示していた。


 空京開拓大路は六車線からなる大通りだ。道の両側はブランドショップやレストラン、カフェなどが並びんでいる。
 パラミタ出現十周年記念祭のこの日は、車道を通行止めにして、シャンバラの各学校生徒や種族が記念パレードをすることになっていた。
 記念祭にあわせて露店も出され、祭りの華やいだ雰囲気を増している。
 ソルジャールース・メルヴィン(るーす・めるう゛ぃん)はゆっくりと開拓大路の歩道を歩きながら、行き交う観光客や道に面した店の内部に不審者がいないか目を光らせていた。彼はヒゲをたくわえた、いかにも渋い大人という容貌だ。
(む……あれは!)
 ルースの瞳が、ある人物に止まった。彼は足早に、だが慎重な態度でオープンカフェに入っていく。そして、ごく自然を意識しながら目標となる人物に近づき、さりげなく声をかけた。
「お嬢さん、シャンバラは初めてですか? よろしければ名所をご案内しますよ」
 ルースに声をかけられた美女は、嬉しそうに微笑んだ。
「まあ、本当? 頼もしい軍人さんね。じゃあ、お願いしようかしら」
 ルースはナンパに成功した。もはや本来の目的など忘れ、ルースは女性のエスコートに専念するのだった。

 ローグ巫丞伊月(ふじょう・いつき)は上機嫌で祭りを楽しんでいた。
 屋台やテイクアウトが美味しそうなお店をチェックしつつ、パレードが盛り上がりそうな場所、つまり狙われる可能性が高い場所を確認しているのである。
「ぅんふふふ〜♪ お祭りお祭り〜♪」
 伊月は幸せそうにワタアメをナメながら歩いていると、脇の露店からナイトの大杜樹理(おおもり・じゅり)が声をかける。
「お嬢さん、警備の人かい? 良かったら食べてかない?」
「わあ〜、ここは何のお店?」
 メニューには『ミノビーフサンドと紅茶のセット』などが並んでいる。樹理は自信たっぷりの笑顔で言う。
「警備で元気がいる人には、これ! スペシャル・ハンバーガーセット! 食べれば元気1000%だよ!! それで、テロリストなんてぶっ飛ばしちゃえ!」
「ぅんふふふ〜♪ らっき☆ ……あ、これ美味し〜♪」
 笑顔でハンバーガーを食べる伊月の様子に、樹理も満足げだ。
 メイド無剣葵(むけん・あおい)がその露店の裏にやってくる。彼はガスボンベに目を留め、言う。
「樹理くん、ボンベは危険だから気をつけてね」
「あいよ。いざって時は、テロリストはランスでボコボコにしてやるから!」
 二人がそんな事を話している間も、伊月はバーガーに舌鼓を打っている。
 と、何かが足に触る。見ると、小さい女の子が取りついていた。
「あらあら〜。どうしたの?」
 女の子は「まま〜」とグズりはじめた。葵が言う。
「迷子みたいだね。放送センターに行って、お母さんを呼び出してもらおう。
 伊月くんは警備があるから、ボクが行ってくるね。
 おいで。お母さん、きっとすぐに来てくれるよ」
 葵は迷子と手をつないで、放送所に向かった。伊月は彼らに「いってらっしゃ〜い」と手を振ると、また他の露店、と警備箇所のチェックを開始する。

 プリースト相宮心蕗(あいみや・こころ)は何となく警備にあたっていた。
 人と接するのが苦手な彼女は、人の多い場所には近づかない。そのためパレードのある通りから、かなり離れて警備することとなった。
 心蕗が怪しい者はいないかと監視していると、地図を手にした観光客が彼女に道を聞いてくる。
 しかし心蕗は無表情に「知らないわ」の一言で済ましてしまった。
 その人通りが少ない近辺では、ウィザード滝川凪(たきかわ・なぎ)が露地に入りこんでタバコをふかしていた。
 凪は見かけこそ真面目そうだが、半ば強制的に警備の人員として駆り出されたため、やる気は無かった。
 面倒事に巻き込まれるのはゴメンなので、不審者を見かけたとしても無視を決めこむつもりだ。


 同じ頃。空京駅から程近いファストフード店。
 その若い男は、ついたてで区切られた狭い席につき、目の前のノートパソコンの画面をなんとはなしに見ていた。
 狭い机に、有線のUSBマウスが少々、邪魔そうだ。マウスの落下を防ぎたいのか、右手でマウスを握りしめている。
 その店舗の近所は、観光ホテルやビジネスホテルが多い。
 インターネットシステムを備えた事で、ノートパソコン持参のビジネスマンの姿も多数ある。彼も、夏用のスーツを着込み、まるで出張中の若いビジネスマンのようだ。
 彼のまわりの席では、ビジネスマンが株の話で盛り上がり、観光客が互いの携帯に保存した写真を見せあいながら、はしゃいでいる。
 席の間を走ってきた子供が、騒々しく家族を呼んだ。
 買物帰りらしい学生が、雑誌を開いてヒマそうに眺めている。
 視線をあげれば、そんなごく普通の日常が広がる。
 ありふれた光景。しかし彼にとっては、手に入らないもの。
 なにより、そんな「普通の日常」を破壊するのは彼自身だ。
 そう思った時、目に熱を感じ、視界がゆがむ。
 彼は急いで、モニタの見すぎで目が疲れたように装うが、すぐに店内の誰もそんな事を気にしていないのに気づく。
 気恥ずかしい思いで、買ったままだったカップのフタを外し、口に運ぶ。
「ッ!」
 名前ばかり豪華なコーヒーは、猫舌の彼にはまだ熱かった。
 しかたなく飲み物を放置し、ふたたびマウスを握る。彼が見ているのは目前のパソコン画面に映る資料ではない。ここではない場所の出来事だ。
 鏖殺寺院報道官ミスター・ラングレイは暗い瞳で、みずからの仕事に集中した。