天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

合同お見合い会!?

リアクション公開中!

合同お見合い会!?

リアクション

 合コン会場の和室は、大騒ぎだった。
 突如、畳の下から噴出した大量のコショウと小麦粉で、あたり一面真っ白に染まっていたのである。
 煙の中からは、たくさんの人々の咳き込む声と、くしゃみの声が聞こえてきている。
「はじめから料亭にトラップを仕掛けてあるとは……禁猟区の裏を突かれた! クソ!」
 ぬらしたハンカチで口元を覆い、それでもぼろぼろ涙をこぼしながら、御剣 カズマ(みつるぎ・かずま)が悪態をついた。
「窓際の人たち! 窓全部あけて! それと、永嶋!」
 魔法の明かりで逃げる人たちを先導していた永嶋 幸(ながしま・こう)が、ふっとカズマのほうを見た。
「敵が見つかっても、火球は絶対に使わないでくれ! 粉塵爆発で料亭ごとなくなってしまう!」
「けど、じゃあこの煙の中で襲われたらどうするつもりだよ! 俺のほかにもウィザードはいるんだぜ!」
「桜月さんに言って【白百合団】を呼び出してもらう! それまで耐えてくれ!」
 カズマはぱちっとケータイを開いた。だが、カズマが電話をかけるより早く、着信音が鳴り始める。表示名は『クラーク 波音』。
『大変大変大変! カズマ君! 今綾乃ちゃんから連絡があって、料亭の前にものすごい数の襲撃者が押し寄せてるって!』
 クラーク波音(くらーく・はのん)は、電話口で叫ぶように言った。
「まさか……料亭内の騒ぎはフェイクか!」
『あたしは今から箒で上がって、現状を詳しく把握してみるから、カズマ君はなるべく人を集めて、綾乃ちゃんのとこ行ってあげて!』
「ああ、ああ、わかった! 【白百合団】も連れて行く!」
 ぱちんとケータイを閉じて、カズマは再び幸に向かって叫んだ。
「永嶋! 外に敵襲! 援護に向かう!」
「いちいち叫ばないでよ! 踏むよ!」

 ※

 真っ白な煙にまみれた和室の中。もっとも煙の濃い床の間の上に、三つの人影があった。
 三人とも、頭をすっぽり覆うガスマスクをつけているため、顔はうかがえない。
「コショウ爆弾作戦、驚くほどうまく行ったね。さすがゆーちん、パラ実きってのテロリスト!」
 超ミニスカートに改造された蒼空学園制服に、健康的な体な包んだ小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が、弾んだ声で言った。
「そうでもありません。結局、渡り廊下にいたナイトとヴァルキリーには逃げられましたし」
 百合園女学院の制服に身を包んで変装した、ゆーちんこと藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)が、低く冷静な声で答える。
「でもでも、こっからは私がやるからね。あくまで主役は私、ゆーちんは裏方!」
「はい。私はそれでいいですよ」
「このお見合いをぶっ壊して瀬蓮ちゃんを助けるのは、私なんだから。ほかの誰にも目立たせないっ! てなわけで、ビーチェ、行くよ!」
 言うなり、美羽は小型飛空艇に飛び乗った。
 ビーチェと呼ばれたベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)は、こくりと頷き、純白のドレスを翻してそれに続く。
 二つの小型飛空艇が飛び去ったあと、優梨子はマスクの奥でつぶやく。
「いってらっしゃーい。私はお見合いがどうなろうとキョーミないですけど、ね」
 ふっと、優梨子の冷徹な口元がほころぶ。
「だって、どう転んだってお見合いじゃあ、誰も死なないし誰も殺せませんもん」

 ※

 料亭の入り口は、紅蓮の炎に包まれていた。
「生垣燃やしてどうすんだよ! これじゃあ料亭まで火事になるだろ!」
 怒鳴るレイディスを、シャローンは軽くいなす。
「こうすれば、連中もおいそれと突撃してこられないでしょう?」
「だからって……」
 ヴォウン! 唸りを上げて、一台のバイクが炎を突っ切り飛び込んできた。
 不意を突かれたレイディスが、びくりと硬直し、
「危ねェ!」
 飛び込んできたジュン・アサヅキ(じゅん・あさづき)の、光条兵器の一閃が、バイクごと襲撃者を弾き飛ばした。
「平気かよ、レイディス!」
「アサヅキ!? なんでここに!?」
 へっと笑って、ジュンは背中からカルスナウトを抜き放った。光条兵器との二刀流である。
「周辺の警備を引き受けてたんだがな、重要な場所は、徒党を組んでる連中がわりかし守ってるだろう? だから俺は、あえて守りの薄そうなとこにいたってわけさ」
 ゆらりっ、生垣の炎が揺らいだ。吹きすさぶ夜風が、炎を散らしだしている。
「レイディス、ここからが正念場だぞ!」
 ジュンとレイディスが剣を構え、シャローンが手のひらに炎を生み出し、綾乃がぎゅっと、刃を仕込んだ竹箒を握り締める。
『アアララララァーーーーイイ!!』
 雄たけびとともに生垣を突き破り、百のバイクが突っ込んでくる。受けて立つ守り手はたったの四人。
「白百合乙女騎士団!」
 では、なかった。
 朗々とした声が、無数の鋼を打ち鳴らす音が、綾乃たちの背後から響いてくる。
 ふっと振り返った綾乃の目の前に、純白の甲冑に身を包んだ、五十を超える乙女ばかりの一団が勢ぞろいしていた。
 その先鋒を務めるのは、身の丈の倍はあろうランスを構えた、三十名の乙女騎士団。
 銀の刃を掲げた、白百合団副団長、神楽崎 優子が、黒髪を翻して、吼える。
「総員、音速突撃!」
 ブーストダッシュで飛び出した騎士たちが、三十の砲弾となって、【マケドニアンズ】の先鋒隊を根こそぎ蹴散らしていく。
「すごい……」
 綾乃が震える声で言って、
「まだよ。今のは先発隊。相手の突撃を止めて、戦力をそぐのが役割。これから出る剣士団が、本格的にぶつかるのよ」
 すたんっ、と、身も軽く綾乃の隣に降り立った桜月 舞香(さくらづき・まいか)が言った。
「舞香ちゃん!」
「遅くなってごめんね、綾乃。怖かったでしょう? もう平気だからね」
「うう……舞香ちゃんー!」
 どすっ、と、ほとんど覆いかぶさるようにして、綾乃が舞香に抱きついた。小柄な舞香はふらりとしたが、決して重いとは言わなかった。
「剣士隊、前へ!」
 がしゃっ、と鋼を打ち鳴らし、白百合団の剣士たちが、綾乃たちの前に壁を造るように並んだ。純白の背中、その向こうからは、まだ荒々しいエンジン音が響いてきている。
「綾乃、下がっていて!」
 たたっ、と走りこんできた桜月 綾乃(さくらづき・あやの)が、志方 綾乃に肩を貸して玄関へ引き戻す。
 去り際に、
「やっちゃえ、まいちゃん!」
 と、舞香を鼓舞して。
 その声に応えるように、舞香はぎゅっと光条兵器を握り締めた。がしゃ、っと鎧のきしむ音がして、その隣に優子が並ぶ。
「桜月舞香。連絡の任、ご苦労だった。おかげですばやく隊を編成できたよ。さあ、君も危ないから下がりなさい」
「……足手まといにはなりません。お姉さま方と共に戦わせてください」
 真摯に優子を見据えて、舞香が言った。
 ううむ、と、優子が腕を組む。
「俺も、戦わせてください」
 ずい、と、舞香の隣に歩み出たのは、幸だ。
「……しかし、仮にも君たちのような一般の女子生徒をだね……」
「俺は男です! 副団長さんといえど踏みますよ?」
 幸の、美少女にしか見えない端正な顔にきっと睨みつけられ、優子は目を丸くした。
「副団長さんがなんと言おうと、俺たちは戦いますよ。志方さんがあんなにがんばったんだ、俺たちが引くわけには行かないでしょう」
 幸の隣に、カズマも並ぶ。
「【白き盾】は、力を合わせてこの出会いの場を守り抜きます!」
 舞香が叫ぶように言った。
 ふっと、優子の頬がほころぶ。
「……好きにしろ。志あるものは前へ! 共に戦おう! 白百合乙女剣士団、総員抜刀!」
 じゃりぃんっ。ガラスを打ち合わせたような澄んだ抜刀音が、夜の空気に木霊した。

 ※

 壁のように白く、白く、そびえていた煙が、揺らいだ。
 ぶわっと、風が舞い、クリアになっていく視界。ガスマスクの奥で、優梨子が薄く笑う。
「ハウスキープ完了! きれいになりました!」
 端々にフリルやレースをあしらった、蒼空学園制服をはためかせ、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)がびしりと竹箒を構えた。
 対する優子の手に、武器は短剣一本しかない……けれど、その腕には、小さな少女がぎゅっと捕らえられていた。
「瀬蓮ちゃん!?」
 やきとりの串を口にくわえたまま、小麦粉コショウ爆弾で顔を真っ白にした瀬蓮は、きょとんとして、首元に刃を突きつけられている。
 微笑む優梨子。詩穂はじりっと後ずさって、
「くふふ。はいはーい、注目注目!」
 楽しげな声でそういうなり、瀬蓮は優梨子の腕から、短剣を簡単にもぎ取った。
「瀬蓮ちゃんが、ヤキトリの串なんかくわえてるわけないでしょッ!」
 百合女の上着をばさっと脱ぎ捨て、蒼空学園の制服に戻り、大崎 織龍(おおざき・しりゅう)は短剣を構える。
「まんまと騙されたってわけですね」
 優梨子はお団子にまとめた頭から、ヘアピンを引き抜いた。ばさっと黒髪が解け、手のひらサイズのデリンジャーがこぼれ出る。
「わひゃっ!」
 発射されたペイント弾が視界の先ではじけ、織龍が思わずすくむ。
「ふふふふふ、さようなら!」
 短剣を抜き放ち、楽しげに笑った優梨子を、
「させんっ!」
 割って入ったニーズ・ペンドラゴン(にーず・ぺんどらごん)のドラゴンアーツが弾き飛ばした。
 引いた優梨子を追わず、ニーズは織龍を抱きかかえて後ろへ下がる。
「へへへ……しくじっちゃった」
「馬鹿。無茶はするなとあれほど言っているだろう、フォローするほうの身にもなれ!」
 傷跡のある顔をしかめて怒鳴ってから、ニーズはハンカチで、織龍の顔についたペイントを丁寧にぬぐい始めた。

「人質取るなんて許せない……刃物なんか突きつけて、怪我させたらどうする気よ」
 緑の瞳に怒りの炎を燃やして、詩穂は優梨子を睨んだ。握った竹箒の持ち手を、ぐりっとねじる。
 銀髪を舞わせ、セルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)も、その隣で刃を抜いた。
「怪我なんか、させる気ないですよ」
 優梨子は、くすっと笑った。
「だって、殺す気でしたもん」
 詩穂は駆け出した。ブーストダッシュで突っ込んだセルフィーナが、詩穂に先んじて、優梨子の手からデリンジャーを叩き落とす。
「セルフィーナちゃん! 詩穂にやらせて!」
 こくりと頷き、セルフィーナが一歩脇に避けた。抜き放たれた詩穂の仕込み刃が、優梨子を捕らえる。
 すぱっ、と、刃が切り落としたのは、しかしガスマスクだった。近くにいた詩穂にだけ、優梨子の素顔がさらされる。
「剣を抜くと、途端に素敵になるんですね、あなた」
 優梨子は詩穂の耳元に口を寄せた。
「私は藤原優梨子よ。……次はもう少し、血なまぐさい場所で会いたいですね」
 ぽん、と優梨子の放った卵形の手榴弾から、かっと光があふれ出た。
 詩穂たちがとっさに目を覆った瞬間に、優梨子の姿は跡形もなく消えてなくなっていた。