天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

【2019修学旅行】斑鳩の地で寺院巡り

リアクション公開中!

【2019修学旅行】斑鳩の地で寺院巡り

リアクション



●ささやかな宴

「皆さん、ご迷惑をおかけしました。おかげでウマヤドを見つけることができました」
 場所を法隆寺の大講堂に移して、ここまでガイドをしてきた生徒たちへ、トヨミがぺこりと頭を下げる。
「ほら、ウマヤドも皆さんに謝りなさいっ」
「……どうして俺が謝らなければいけないんですか、おば上」
 ウマヤドが、まさに不機嫌とばかりに抗議の声をあげる。
「もー、ホント素直じゃないんだから! それに『おば上』って呼ぶの止めなさいって言ったでしょー! 『トヨミ』と何度言ったら分かるんですか!」
「嫌です。大体トヨミってなんですか、『豊御』から取ったにしても勝手に漢字を変えないでください。それになぜ『炊屋姫(かしきやひめ)』にしないんですか」
「両方とも可愛くないからですー!」
 なんともな理由である。

「皆さんには、ささやかですが宴の席を用意しました。ゆっくりしていってくださいね。ウマヤドに聞きたいこととかありましたらどうぞどうぞー」
 並べられたお団子や葛焼き、抹茶の清々しい香りが生徒たちの食欲を刺激する。
「……面倒だ」
「何か言いましたか?」
 ムスッとした顔のウマヤドだが、にっこりと微笑むトヨミを一瞥して、仕方ないといった雰囲気でお菓子に手を伸ばした。
「捕らえられるなんて、災難だったな。にしても、何故に法起寺にいたんだ?」
 抹茶の味を楽しみながら、本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)がウマヤドに尋ねる。
「あそこは雰囲気がいい。雑務に疲れた時など、俺の心を落ち着けてくれるところだ。なかなかいい場所に建てさせたと思っている」
「うん、なんだか分かるかも。トヨミさんが『子供の隠れ家』って言ってたのも、間違ってないかもね」
 ウマヤドの言葉に、クレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)が頷く。
「はぁ、今回も法起寺でしたかー。たまには違うところに隠れたかと思ったんですけどねー」
「最近はどこも人が多くてな、五月蝿くて落ち着けん。……今も随分と賑わっているようだがな」
 ウマヤドが、周囲の人だかりを見渡して、ため息をつく。
「うるさいのは嫌いか?」
「あっ、ごめんなさい。易々と話しかけてしまって」
「いや、いい。……たまには悪くないだろう、こういうのも」
「ウマヤドはいつもこういう物言いなんです。本当は結構楽しんでるんですよ」
 トヨミに指摘をされて、ウマヤドが無言のまま抹茶に手を伸ばす。
「ねーねー、トヨミちゃんは魔法少女やってるけど、ウマヤドさんももしかして魔法少女とかやってるの?」
 秋月 葵(あきづき・あおい)の問いに、ウマヤドが抹茶を喉に詰まらせる。
「葵ちゃん、ウマヤドさんがびっくりしちゃいましたよ」
「あはは、どうしても気になっちゃってー」
 エレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)に笑って応える葵、あくまで平然を装いながら、ウマヤドが問いに答える。
「……俺はおば上の補佐をしている。今で言うなら秘書、参謀、執事……どれが適切かは知らんが、そんなところだ」
「へー、そうなんだー。あ! ねえねえトヨミちゃん、サインちょうだい! ここに『葵ちゃんへ』ってのも入れてね♪」
「もう、葵ったら。すみません、勝手なことを言ってしまって」
「いいですよー。……うーん、何て書けばいいんでしょう……ウマヤド、何かありますか?」
「名を書けばいいのではありませんか? なんなら俺が書いておきますが」
「えへへー、お願いしまーす」
 色紙とペンを渡されたウマヤドが、流石とばかりに流麗な字でもって書き終え、トヨミに返す。受け取った葵が大切そうにそれを抱えながら離れていくのと代わりに、ヴェッセル・ハーミットフィールド(う゛ぇっせる・はーみっとふぃーるど)ファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)がやってきた。
「日本の偉人に会えるなんて感激だぜ。聞いたんだが太子は、魔法少女ならぬ魔法少年として今まで活躍してきたって本当か?」
 ヴェッセルの問いに、ウマヤドが今度は葛焼きを詰まらせる。
「……どうして誰も彼も、俺を魔法少女とやらにしたがる。そんな真似、おば上だけで十分だ」
「あれ? 違うのか。おいファタ、デマ教えんなよな」
「なんじゃ、真に受けておったのか。これだからおぬしはからかいがいがあるというものよ」
「なんだとこの――」
「ま、まあまあ、落ち着いてください」
 今にも掴みかかりそうなヴェッセルを宥めるトヨミの手を、ファタがはしっ、と握る。
「ふむ、やはりおぬしはわしの好みじゃ。どうじゃ、わしと一緒に来ぬか? きっと毎日が楽しいことばかりになろうぞ」
「え、えっと……遠慮しておきます。後ろですごく怖い雰囲気を出している人がいるのでー」
 トヨミの言う通り、不機嫌を通り越して無表情のまま、ファタを見つめるウマヤドの姿があった。
「おお!? 妬いてんのか!? 太子も意外と――」
 それ以上の言葉は紡がれることなく、ウマヤドの実力行使によって黙らされたヴェッセルが、床に伸びる。
「トヨミさん、ウマヤドさん、私是非とも、『親しまれる喋り方』というのを教わりたいのですが、何かコツなどありますかな?」
 ミヒャエル・ゲルデラー博士(みひゃえる・げるでらー)の問いに、トヨミが考えた言葉を口にする。
「喋り方と言われても、参考にはならないと思いますよー。私はこんなですし、ウマヤドは無愛想ですし」
「……無愛想で悪かったですね」
 不機嫌になるウマヤドをまあまあと宥めて、トヨミが続ける。
「小さいところでは相手のことから、大きなところでは国のことまで、よーく考えてますよー、よくしようと思ってますよー、って思いながら話せば、耳を傾けてくれるんじゃないでしょうか。……でも、話の内容が伴っていないとそっぽ向かれちゃいますので、私はウマヤドに原稿を頼んでます。いいこと考えてくれるんですよ、ね、ウマヤド?」
「おば上に話させたら、ろくなことになりませんから」
「ちょっと、それどういう意味ですかー!?」
 トヨミの答えに、ミヒャエルがほうほうと頷く。
「諸君、聞きましたか? この話を教訓に、是非教導団でも――」
「……今、撮影中ですので」
「南無三宝。早くパラミタでも可愛い彼女ができますように」
 しかし、アマーリエ・ホーエンハイム(あまーりえ・ほーえんはいむ)は写真撮影にかかりっきりであり、ロドリーゴ・ボルジア(ろどりーご・ぼるじあ)はナンパが悉く失敗したのを懲りもせず、観音像に恋愛成就を祈願していた。
「まったく、諸君ときたらどうしてこう……」
 頭を抱えたミヒャエルが、クドクドと説教を始める。
「新しく建て替えられたりした法隆寺を見て、どう思いましたか?」
 はるかぜ らいむ(はるかぜ・らいむ)の問いに、今度はウマヤドが答える。
「ここまで人々に護られている、気にかけられているというのは素晴らしいことだ。……ただやはり、建てられた当時のまま、というわけではないからな、雰囲気が違う。どれだけ再現しようとも、あの時できたものはあの時にしかできんものなのだろうな。……この世に不変のものなどありはしない、と気付いてはいても、それでも懐かしんでしまうのは、人の性か」
 仏教の興隆に努めた者の発言としてはどうであろうか。それに、彼らは既に人ではない。
「ウマヤドさんは確か馬小屋でお生まれになったと聞きましたが、馬小屋で生まれた方には不思議な力でも宿るのでしょうか?」
 ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)の問いに、ウマヤドが頭を抱える。
「だからウマヤドと呼ばれたくはなかったのだ……」
「そうですか? いい名前だと思いますよ。……私たちが生まれた頃はもちろん、病院なんてありませんでしたからねー。でも、今想像する馬小屋と、私たちが生きていた頃の馬小屋は違いますからねー。今の馬小屋は……その……ちょっと……」
「……あんな汚くて臭いところで、俺が生まれたわけがないだろう」
「へぇ、そうなのか。新しい発見だな、早速メモしておくぜ」
 話を聞いていた多岐田 順平(たきた・じゅんぺい)が、嬉々としてメモを取っていた。
「あ、じゃあ、もう一つ教えてあげますね。……実は、ウマヤド、摂政になってからもおねしょの癖が直らなかったんですよ?」
「……嘘を吹き込まないでください。漏らしの癖があったのはおば上、あなたです。天皇になってからもたびたび漏らして、その度に俺に泣きついていたのを、お忘れになったのですか?」
「げ、下品な話は控えなさい、ウマヤド! ……あっ、皆さん、せっかくですから写真を撮りましょうー」
 あからさまに話を逸らして、トヨミが生徒たちの方へ駆けていく。やれやれと息を吐くウマヤドへ、あーる華野 筐子(あーるはなの・こばこ)が話しかける。
「ウマヤドさん、十人の話を同時に聞き分けられるって本当かな?」
「それについては色々逸話が残っているようだが、俺とて流石に十人も同時に話されたら聞き取れん。一人ずつ話を聞いて、話の内容を覚えることなら、三十人くらいはできる」
「す、凄いねー! じゃあ、ここにいた人の話、全部覚えてる!? 教えてくれないかな」
「このページを最初から読み直せ」
「……いきなり信憑性なくなったよ!? じゃ、じゃあ、新政権の波動山内閣は、日本を復興出来ると思う?」
「そんなものに頼るな。自分の力で何とかしろ」
「……自分の存在全否定!?」

 何だかんだとありつつ、楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
「はい、では皆さん笑顔で……ポーズ!」
 写真撮影を知り合いに託し、真ん中にトヨミとウマヤド、そしてその周囲を生徒たちが埋めた状況下で、トヨミの声に合わせて皆が思い思いのポーズを取る。
 誰が言い出したか『あなたが思い浮かべたヒーロー、もしくは魔法少女の決めポーズを取りましょう』に、トヨミが「いいですね。では皆さんでやりましょう! ……ウマヤドもですよ♪」と言い出した結果であった。
「くっ……屈辱だ……何故俺がこんなことを……」
「拗ねない拗ねない、笑顔ですよー」
 顔を震わせるウマヤドに声をかけて、トヨミの満面の笑みが咲く――。