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なし

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ウツクシクナレール!?

リアクション公開中!

ウツクシクナレール!?

リアクション

「……やっぱり、ワタシが囮になる」
 不意に呟くや否や飛び出していくミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)の後姿を、シェイド・クレイン(しぇいど・くれいん)は呆然と目で追った。一拍置いて我に返ったシェイドは、やや遠ざかってしまった彼女の後を慌てて追いかける。
「ミレイユ!」
「おいおい、クレインさんが囮になるっつー話じゃあ……!」
 パートナーの瀬戸鳥 海已(せとちょう・かいい)と共に赤タコの血液を採取していた鈴倉 虚雲(すずくら・きょん)も焦ったようにシェイドの後に続き、早くも近付く白いタコに足を取られ転倒するミレイユへと駆け寄った。ぺたりと大地に座り込んだミレイユは、すぐにタコを引き剥がそうとするシェイドを制し、虚雲を見上げた。
「キョンお兄ちゃん、今のうちに……!」
 ぺたりと素肌に吸い付いた白タコの吸盤がチクリとした細い痛みをもたらし、そこから血を吸い上げられる悪寒がミレイユを襲う。眉を寄せ耐えるミレイユは苦しげに呼吸を荒げながらも向けられる言葉を受け、虚雲は素早く彼女に絡む白タコから血を奪い取った。別々の容器に収めたそれを確認した虚雲が頷くと同時、素早いシェイドの一撃がミレイユからタコを吹き飛ばす。
「俺の(義理の)妹に手を出すなッッ!」
 声を荒げた虚雲が次々にミレイユへ迫るタコを目の色を変えて殴り飛ばし、散った粘液が彼らの服を溶かすも、気にも留めずに二人はタコを払い続ける。
 やがて粗方周囲のタコを倒し終えた頃、おもむろにシェイドはミレイユを抱き上げた。蒼白な面持ちで呼吸を荒げるミレイユを心配そうに見下ろし、傍らの虚雲へ呼び掛ける。
「……済みません、虚雲さん。ミレイユが危険な状態なので……」
「ああ、ありがとな。おかげで助かったぜ、ミレイユ」
 ぽんぽん、と撫でるように頭に置かれた掌に、顔色の悪いままミレイユは笑みを返した。軽く一礼をして、シェイドは彼女を人気のない道外れへと運んでいく。
「あ……輸血パック……」
 懐に仕舞っていた筈の輸血パックが、その懐を覆っていた服諸共無くなっている事に気付き、ミレイユは困ったように声を漏らした。道端に膝をついたシェイドは、己の脚に乗せる体勢でゆっくりとミレイユを下ろす。
「私の血を吸って下さい、ミレイユ」
 襟元を寛げながら柔らかく呼び掛けるシェイドに、ミレイユは嫌々と首を振った。
「いやだよ、シェイドの方が心配だもん」
「今はミレイユの方が危険な状態です。さあ、ゆっくりと……」
 酷く心配そうに紡がれた言葉に、断り切れずミレイユは恐る恐る唇を寄せた。首元の滑らかな肌へ、突き立てることに慣れていない牙を滑らせる。促すように後頭部を撫でるシェイドに導かれるように、ミレイユは彼の肌へそっと牙を突き刺した。
「ん……ごめん、シェイド……」
 途端に溢れ出した鮮血に吸い付くようにして口に含むも、慣れない吸血行為に全てを吸い上げることが出来ない。飲み切れず唇を伝い落ちるシェイドの血液を目に留め、ミレイユは震える声で謝罪を紡いだ。
「構いません。焦る必要はありませんよ、少しずつ……そう、上手です」
 繰り返し頭を撫でながら穏やかに囁くシェイドに促されるまま、ミレイユは音を立てて初めての吸血を続けた。
 口内に広がる血液は、パックのものとは比べ物にならないほど、甘美な風味の余韻を残した。


「……このタコたちが、噂の材料ですか……」
 視界に広がる無数のタコの群れに、ぱちぱちと目を瞬かせた天夜見 ルナミネス(あまよみ・るなみねす)は無表情に呟いた。惚れ薬の噂を聞き付けてやって来た彼女は、何処からともなく岩巨人の腕を取り出し、その場に設置する。うねうねと這い寄るタコが腕へ集まった頃を見計らい武器を取り出した彼女が爆炎波を放つと、破壊され四散した岩巨人の腕の破片が次々にタコを吹き飛ばす。
 べちゃり。そのうちの一匹、まだ息のある赤いタコが彼女の腕へと貼り付いた。ずりずりと這っては服を溶かしていくそれを何の感慨も滲まない双眸で見下ろし、ルナミネスは血液を採取した後にようやく振り払う。
「ちょっと、服溶かされながら何やってんの!?」
 遅れて到着したリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)の驚きの声を受け、ルナミネスは緩やかに振り返った。彼女の声に呼応するかのようにルナミネスの剥き出しの肌が透け、空色の内部が露になる。
「あ、お姉様。服、ですか? 大丈夫、見られて恥ずかしい構造はしていない、です」
 淡々と述べるルナミネスの頬が脈打つように透け、覗く水色が波打つように晒された腕へと浸透し元の肌色へと戻っていく姿を眺め、リカインは深々と溜息を吐き出した。今まさに彼女へ迫っていたタコをドラゴンアーツの一撃で吹き飛ばしたリカインは、呆れたように声を上げる。
「そういう問題じゃないの。いつまでもそんな恰好してらんないし、さっさと帰るわよ!」
「おい、大丈夫か? これ使えよ」
 そこへ通りがかった七尾 蒼也(ななお・そうや)が、小脇に抱えたタオルをルナミネスへと差し出した。戸惑うような間の後に受け取るルナミネスへにっこり笑顔を向け、そのまま立ち去ろうとする蒼也を、リカインが呼び止める。
「何をしているの?」
「俺か? 俺は惚れ薬……じゃない! そ、そう、人助けをしてるんだ。じゃあな!」
 逃げるようにその場を駆け去りながら、蒼也は悶々と思考を巡らせた。惚れ薬があれば、想い人に想いを告げられるかもしれない。だが、そんな卑怯な真似は……葛藤しながらも駆ける蒼也は、意を決したように足を止めた。
「いや、俺は俺のままで勝負するんだ!」
 聞く者のいない宣言を元気良く発し、気合を入れ直した蒼也は本来の目的へ向けて周囲を見回し始める。早速群れからはぐれたらしい一組のタコを見付けると、蒼也はその眼前へ立ちはだかる。
「おまえら、食われたくなければ俺と一緒に来い! 新しい世界を見せてやるぞ!」
 きょとんとしたように見えるタコ二匹を口説きながら、蒼也は先程見かけた屋台から漂う香ばしい風味を思い浮かべていた。それが伝わったのだろうか、いやに大人しくなったタコたちは、身を寄せ合い恐る恐るといった風に蒼也を見上げている。
「お、タコみっけ」
 うんうんと頷きながらタコたちを漬物用の甕へ導こうとした蒼也の眼前で、まさにそのタコたちが、ひょい、とちりとりへ乗せられていく。呆然と眺める蒼也の視線の先、スレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)は背負った大きな水槽に意識を奪われ蒼也に気付かないまま満足げな声を上げた。ざぶん、音を立ててタコたちが水槽へ沈んでいく。
「あっ、待てよ、そいつら俺のタコだぞ」
 一拍遅れて我に返り慌てて声を上げる蒼也に目を留め、スレヴィは考え込むように短く唸った。
「うーん、とは言えもう入れちゃったしなあ……君はなんでタコを捕まえようとしてたの?」
「そりゃ惚れ薬……いやいや! 捕獲して繁殖して、調教しようと思ったんだ」
 言いかけた言葉を自ら否定する蒼也の様子を不思議そうに眺めた後に、スレヴィはにやりと笑った。
「なら丁度良い。俺はこのタコの生態を調べようと思ってるんだけど、手を貸してくれない?」
 怪訝と様子を窺う蒼也へ、言い聞かせるようにスレヴィは言葉を重ねる。
「このタコの飼育法、君も知りたいだろ?」
「ああ……そうだな、魔獣使いとしては知っておきたい」
「じゃあ、決まりだ。まずは食べ物だけど……」
 並んで歩き出した彼らの背中で、水槽にたゆたう二匹のタコは、恐ろしいものから互いを守ろうとするかのように脚を絡め身を寄せ合っていた。


「こりゃ、研究対象かペットとして売れるかねぇ」
 ビラを片手に呟いた佐野 亮司(さの・りょうじ)は、早速とばかりに持ちだした機関銃でゴム弾をばら撒いた。怯んで足を止めたタコの群れへと歩み寄り、そのうちの一匹をひょい、と摘まみ上げる。
「あーあー……」
 持ち上げられた赤タコが怒ったように脚を振り回し、跳ねた粘液が亮司の服を溶かす。勿体無いとばかりに声を上げながらも然程気にした様子なく、亮司は運んできた水槽へタコを放り込んだ。一匹、二匹、ペアで水へ沈んでしまえば大人しくなるタコを次々と捕まえ、時に倒し、その血液を色別に保管しながら、亮司は着実にタコの数を減らしていく。
「たのもー! 悪いタコは木端みじん切りにするのだよ!」
 そんな時、元気よく声を上げながらハルセ・クリンシェ(はるせ・くりんしぇ)が弱ったタコへと斬り掛かった。跳ねる粘液も飛び散る鮮血も気にも留めずに次々タコを仕留めていく彼女の後ろでは、モディーラ・スウィーハルツ(もでぃーら・すうぃーはるつ)が見るからに高級そうな服を身に付けたまま呆れ返ったように呟く。
「な、何で私がこんなことを……でも一儲けの為に頑張れ私! ですわ!」
 自らを鼓舞する様に頬を叩いたモディーラは、そこではっと目を見開いた。ハルセに殆ど引き摺られる形でここまで来てしまった彼女は、タコを捕まえるような道具を何も持ち合わせていない。
「何か入れ物は無いかしら……」
 困ったように呟く彼女の言葉を聞き留め、亮司は商売の匂いに敏感に顔を上げた。早速とばかり予備として持ち込んでいたやや小ぶりの水槽を取り出し、丁寧な所作でモディーラへと歩み寄っていく。
「お嬢さん、水槽は要りようか?」
「買いますわ」
 殆ど迷う間もなく返された答えに僅かにたじろいだ亮司は、今代金を受け取ってタコに溶かされでもしたら困るとばかり、口座を記した連絡先を渡した。元より高い水槽でも無い、タコが無事に売れたなら仮に支払いがされなくとも充分お釣りは来るだろう。
「これでよし、ですわ。さあ、早くタコを……!」
 顔を上げたモディーラは、そこに映る光景にぎょっと目を剥いた。笑顔のハルセがタコを鷲掴み、垂れた粘液で胸元の衣服を溶かされている。露になった胸元から「あらら」と視線を逸らした亮司を余所に、モディーラは声を荒げる。
「バカー! そのタコ持ってさっさと戻ってきなさい!」
「今行くからそう急かさないでほしいんだよ」
 きょとんと首を傾げたハルセが駆け戻ると、モディーラは一刻も早く彼女の肌を隠そうと駆け寄っていく。
 しかしそこは余所行きの服装。タコに気を取られていたモディーラはハイヒールのヒールを引っ掛け、勢いよく前のめりにずっこけた。その上から、ハルセの投げたタコが降る。
「あ、水槽まで届かなかったんだよ」
「きゃー! 早く取りなさい!」
 背中側の衣服を溶かしたタコのぬめりを帯びた吸盤がぺとぺととモディーラの背筋を這い、ぎゃあぎゃあと喚くモディーラの背中からハルセはぐいぐいとタコを引き剥がす。髪を乱し息を荒げたモディーラの指示で今度こそそれを水槽に投げ込むと、それをハルセの前を隠すように抱えさせ、二人はその場を後にした。
「……さて、稼ぐか」
 静けさを取り戻した空間で、亮司はようやくタコの捕獲を再開した。