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聖夜は戦いの果てに

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 第2章 千年ぶりのキス(1)


「まったく、正義の馬鹿は年が明けても治りそうにないわね」
「そこがいーんじゃん? あいつから馬鹿を取ったら抜け殻だよ」
 呆れたように言う宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が軽快に笑う。
「ルカルカさん、なにげにひどいこと言ってますわよ」
「そお? 褒めたつもりなんだけどなー」
 神倶鎚 エレン(かぐづち・えれん)の言葉に、ルカルカは頭を掻いた。
「ああ、立派に褒めてるよ。だいじょーぶだいじょーぶ」
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)がシチューを一気にかきこみながら言う。それを見て、パートナーのクマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)はげんなりした表情で肩から脱力する。
「よくバトル前に飯なんか食えるなあ。それもホワイトシチュー。出るぞ出るぞ、絶対に出るぞ」
「やめてください。想像してうつりますから」
 言葉の割に、ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)の顔は平静そのものだ。手に持っているのはシャンメリーで、他のメンバーもあまり食事はしていない。
「まあ、腹が減っては戦は出来ぬともいうし、食うのも1つの戦略だろう」
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が言い、強盗 ヘル(ごうとう・へる)が頷く。
「だな。それが実際の戦場で生まれた言葉かは知らんけど」
「あれ、違うのか? 俺はてっきり……」
「俺は知らねーぞ。中国じゃなくて日本のことわざじゃねーの?」
 カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)の視線に、夏侯 淵(かこう・えん)が答える。
「はいはい、そこまでにしようよ」
 明野 亜紀(あけの・あき)が割って入り、両手をぱんぱんと叩いた。
「早く団長を探しに行こう? ボク達、随分遅れをとってるよ」
「あっ、そうだね! ヒーローショーが面白くてつい長居しちゃったよ! サミュエル達はもう見つけたかなあ?」
「とにかく、さっさとプレゼント交換をしてしまいましょう。手順は分かっていますね」
「もっちろん! じゃあ、いっくよー! じゃーんけーん……」
『ぽん!』
 2組に分かれた4人が一気に声を上げ、監視カメラ用じゃんけん大会が始まった。その様子を横から見ていたエレンは祥子に向き直り、持っていた大きな箱をそっと渡す。
「……では、私もプレゼントです」
「えっ!?」
 嬉しさと驚きがない交ぜになった顔で祥子はエレンを見返す。
「だって、私達、対戦相手じゃないわよね?」
「良いんです。私は祥子さんのために用意したのですから。――今、渡したいんですよ」
「で、でも、罰ゲームは……?」
 戸惑う祥子に、エレンはやわらかい笑みを浮かべる。
「梅琳さんには頬か手にしてもらいますから大丈夫ですよ。それより、ほら開けてみてください。ずっと欲しがっていたでしょう? 今日の戦いでもきっと役に立ちますよ」
 珍しく覚束ない手つきで、祥子は箱を開ける。中に入っていたのは有名メーカーのバイクヘルメットだった。
「ありがとう! 被ってみてもいい?」
 早速被り、恥ずかしそうにする祥子にエレンは微笑む。
「あ、えっと……私も、プレゼント……」
 祥子はスカートのポケットに手を入れたが、それをエレンは押し留めた。
「私は良いんですよ。祥子さんが私にプレゼントを用意してくれているのは分かっています。でも、そのわくわく感は……」
 押さえた手を握って、彼女は言う。
「ディナーの時間まで、とっておきたいんです」
 笑いあう2人の脇で、カルキノスが独りごちる。
「しっかし、ルカルカ達の要望が通るとはな。謎の主催者も俺たちと戦いたかったのかもしれねえけど」
 テーブル周りでわきあいあいとする【ロード・オブ・ナイト】の面々は、全部で――9人。
「9人も来るとは思ってなかっただろうなあ……」

 実習施設廊下にて。
「関羽さま!」
女の子に呼び止められ、関羽は振り返った。走って追いかけてきたのは、夏野 夢見(なつの・ゆめみ)だった。青く長い髪をポニーテールにした可愛らしい少女だ。身体の線が細く、抱きしめたら壊れてしまいそうだった。
「関羽さま!」
嬉しそうに瞳を輝かせて、夢見は関羽の名前を繰り返す。そして、関羽が返事をする間もなく――
「ディープキスしてください!!」
「何と!?」
 目を丸くして、関羽は慄く。一瞬、耳を疑ったが、はっきりと発音されたその言葉、聴き間違いの筈もない。自分のディープキスは、あくまでも罰ゲームである。いや、罰ゲームとしてキスを命じられた時は正直傷ついたが、やはり罰ゲームである。
「あたし、関羽さまとディープキッスしたくて今日参加したんです! 目的はそれだけです!」
 完全に言葉を失って、関羽は固まった。夢見の目は真剣そのものだ。
「あたしちゃんと、自分のプレゼントを持ってます! 対戦はしてないわ! ほら!」
 小さな袋を掲げ、もう片方の手ではカジュアルなフリルのスカートをばさばさと振る。他に持ち物はないということを示すためだろう。
「わ、分かった! 貴殿の要望に応えよう!」
 目の遣り場に困り、関羽は左手で顔を覆った。
「本当ですか!?」
「う、うむ。ディ、ディープで良いんだな?」
「ディーップっっ! でお願いします!!」
「で、では……目を閉じて……」
 夢見は言われたとおりにして、胸の前で両手を組む。関羽は、彼女の肩にそうっと手を置き――その腕を腰に回して細い身体を抱き上げた。実際に触れてみると、冗談抜きで壊してしまいそうで汗が出てくる。手袋をしていて良かった、と本気で思った。
 お姫様抱っこをしなおすと、関羽は少女に口を近づけた。一度だけ唾を飲みこみ、グロスで潤った唇に自分のそれを重ねる。
 押し付けられる。
「んっ……」
 緊張しているのか、夢見はこの段階で声を上げた。関羽の緊張も跳ね上がり、心臓が音をたてる。舌を出して、関羽は――――
「んーーーーーーーーぅうんっ」
 千数百年ぶりに、女性とキスをした。