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リアクション
6.
「くっ、まだ二人しか集まってないなんて」
「探す場所が悪いだけじゃ?」
「いいえ、まだ時間はあるわ。後はやっぱり昇降口ね、時間的にも」
と、走り出すセレンフィリティ。
セレアナは胸がもやもやしていた。……何だかムカつく。
「ボクも協力するよ!」
と、ヤチェルへ声をかけたのはレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)だった。
「え、本当に?」
「血を集めてるんでしょ? それなら、ボクみたいに健康的な血の方が良いよ」
ヤチェルは驚いたものの、素直に喜んだ。
「ありがとう! 熱が出ちゃうけど、それでも良い?」
「熱じゃと?」
後から来たミア・マハ(みあ・まは)が声を荒げた。しかしレキは気にせずに言う。
「でも、もう承諾しちゃったから提供するよ。それにもし、熱が出ても看病してくれるでしょ?」
と、ミアを見る。
「……し、仕方がない。許そう。その熱とやらは、ずっと続くわけではないんじゃろ?」
怪しむミアへ、ヤチェルはにっこり笑った。
「ええ。きっとね」
遠くに女の子の姿を見つけたセレンフィリティは、一直線に彼女を目指した。
「ちょっと、そこのアナタ! 協力してほしいことが――」
言いかけて、彼女のそばにヤチェルが止まるのを見る。
「一足遅かった……!」
ショックを受けながらも、そちらへ向かうセレンフィリティ。
ヤチェルの頼みを聞いて、メルティナ・伊達(めるてぃな・だて)は頷いた。
「血を吸われるのには慣れてるから、協力するよ」
「本当に!? ありがとう!」
と、喜ぶヤチェル。
「少しとか言わないで、ばばーんと血を採っちゃってもいいよ」
――ボク一人が消えてなくなっても、誰も気にも留めないだろうし。この世界にとって、何の役にも立たないボクの汚い血が何かの役に立てるなら、それが良い。
メルティナの隣にいた屍枕椿姫(しまくら・つばき)はいかにも不機嫌そうに、その様子を見ていた。
芸術というのは、必ずしもその形を正確に表現しなければならないわけではない。
掠香が白いページに新たな下書き案を描いていると、また客が来た。
「三上掠香さんですか?」
「え、ああ、うん。そうだけど」
「絵とか、見せてもらえませんか? っていうか見せて下さい」
と、茅薙絢乃(かやなぎ・あやの)は手を繋いでいたウォレス・クーンツ(うぉれす・くーんつ)と共に中へ入って来る。
「別にいいけど、勝手に触るのはやめてね」
加夜のおかげでせっかく綺麗になったアトリエなのだから、下手に荒らさないでほしい。そう願いを込めての言葉だった。
「そういえば、血を使って絵を描くって聞いたんだけど」
「え?」
またか。
下書きの続きをやろうと思った掠香は、少し考えてスケッチブックを閉じた。
「どうして血で描かなきゃならないの?」
「ああ、それは……」
今日だけで何回説明したことだろう。これが最後になれば良いのだけれど。
「題材が闇龍ってことも知ってるんだろ? それを神聖な女の子の血で描くことに意味があるんだ」
ウォレスはアトリエ内を一人で勝手にふらふらし始めた。
「でも血って定着しにくいし、すぐに変色するよね?」
「変色して黒くなるのは狙いの一つだし、今回使うキャンバスは普通の紙だから大丈夫」
しかし絢乃はさらに言う。
「絵画ってリアルを描くんじゃなくて、本質を掴んで描くものだよね?」
「まあ、そうとも言う。けど、作家がやりたいようにやらないと、良い作品っていうのは作れないんだよ?」
実際、掠香は今までそうやって自分の思いを作品にぶつけてきた。掠香が目指すのは素晴らしい作品ではなく、今しか見えないものを今だからこそ描き、その今を後世に残すこと。
「そうなの? でも闇龍を描くなら、わざわざ血を使わなくても――」
掠香は苦笑いをした。きっと目の前にいる彼女こそ、今日の大ボスだ。納得して帰ってもらうまで、時間がかかりそうである。
「ごめんね、モモちゃん。30人、集められなくて」
と、ヤチェルは言った。すでに日が暮れかかり、周囲は薄暗くなっている。
「いえ、十七人もいらっしゃってくださったんです。落ち込まないでください、ヤチェルさん」
モモがそう言って笑いかければ、ヤチェルもすぐに笑顔になる。
「十七って、もしかしてあたしも入ってる?」
と、後ろの方でステファニアが呟く。
「どうやらそうみたいだね。ヤチェルさんを入れて十八人、かな」
「……それにしても、みんな熱出しちゃうのよね? この人たち、誰が連れ帰るのよ?」
「……さあ?」
「……コンラッド、やっぱり付いてきて良かったみたいね」
と、ステファニアは溜め息をついた。
「えっと、では……アトリエへご案内します」
モモがそう言って立ちあがる。
「アトリエ?」
「はい。あの、三上掠香っていうんですけど」
モモが説明をすれば、ヨルが声を上げる。
「あ、知ってる! ボクの実家にも一枚、絵があるよ」
「そうなんですか? わぁ、ありがとうございます」
と、ヨルへ頭を下げるモモ。
「愛と情熱の可愛いものの味方、月光蝶仮面! ただいま参上!」
突然そんな声がして、どこからともなく現れる月光蝶仮面もとい鬼崎朔(きざき・さく)。
「女の子が足りなくて困っているなら、この私に任せなさい!」
「えっと、あの、どなたでしょう?」
戸惑うモモに月光蝶仮面は声を高らかに言う。
「私の実力行使……もとい、痺れ粉で痺れさせている内に吸血させてしまえば問題ない!」
目を丸くしたり、呆れたり、と様々な視線が月光蝶仮面へ突き刺さる。しかしセレンフィリティだけは「その手があったか!」と、悔しがっている。
「おっと、そんな目で見ないでくれ。ちゃんと記憶が残らないように、その身に蝕む妄執で悪夢だと上書きするからさ!」
ただでさえ問題大有りなのに、さらに悪質になってきた。
「ははははは!」
と、不気味な笑い声を上げる月光蝶仮面。
この人、どうしよう? と、ひそひそと会話がされる中、勇気ある者が口を開いた。
「申し訳ありませんが、それはただの犯罪です。それも悪質な」
常識のある執事見習い、翔である。
「何? 失礼な! 私は可愛いものの味方のダークヒーロー! これぐらいどうってこと――」
「それではみなさん、行きましょうか」
と、モモがアトリエへ向かって歩きはじめる。
「ちょ、ちょっと待ちなさい! ちょっ、あの、ごめんなさい。本当、ちゃんと協力するから、あ、ああ……」
さすがにやりすぎた月光蝶仮面。少しかわいそうではあるが、自業自得である。
「何でカナ君まで付いてくるのよ」
モモを口説くのに必死なセレンフィリティとソールを前に見ながら、ヤチェルは叶月へ言った。
「お前、熱出したら、一人で帰れないだろ」
と、叶月。いつもよりもいくらか素直だったものの、ヤチェルは構わずに言う。
「まぁ、それもそうね」
「血が取られるのに、本当に行くのか」
どこか苛々した様子で刀真が白花へ問う。
「困っている人がいるんだから放っておけません。それに、もう協力するって言っちゃいましたし」
「それは、そうかもしれないが……その、血を取られたら熱というより、貧血になるだろう?」
「そうでしょうか? でも貧血になっても高熱になっても、大丈夫です」
「で、でもっ」
必死に白花へ話しかける刀真を見て、月夜が口を挟む。
「何、刀真? そんなに血が取られるの嫌なの?」
「そういうわけじゃない!」
すぐに否定した刀真だが、月夜の口出しに苛立ちがさらに募ることとなる。
「じゃあ、何でそんなに必死なのよ?」
「それは、その……う、うるさいぞ! ちょっと黙ってろ!」
刀真の大声に一同の足が止まる。
「はぁ? 黙ってろって何よ!」
と、月夜。
何故か剣を構える刀真に、月夜も戦闘態勢をとる。
「月夜だって、血を取られるんだぞ!」
「だから何? 何を言いたいの、刀真は!?」
白花はどうしたものかと二人の様子を窺う。これは、喧嘩なのか?
そして刀真は力任せに乱撃ソニックブレードを放った。
「きゃあっ!」
「うわっ」
パートナーのいる者は互いに相手の身を守り、それ以外の者も自らの身を守ろうと避ける。
そして月夜が刀真へ向けてゴム弾を撃つ。
「言いたいことがあるなら、ちゃんと言って!」
刀真はそれを必死に避け、攻撃のタイミングを計る。
「だからっ、行くなって言ってるんだ!」
白花ははっとした。刀真は自分のことを、月夜のことを心配しているのだ。
「二人とも、やめなさい!!」
と、白花が刀真の頭をメイスで叩いた。はっとした月夜の頭にもメイスの一撃が放たれる。
「刀真さん、月夜さん、周りを見て下さい。みなさん、迷惑してるじゃないですか」
我に返った刀真はその空気を読むと、縮こまった。
白花はどこか嬉しそうにして二人へ言う。
「心配してくれるお二人の気持ちはありがたいですけど、ちゃんと場所を選んで喧嘩してくださいね」
「……ごめん、月夜」
と、刀真は月夜へ歩み寄ると、優しくその頭を撫でた。
「二人とも、ちゃんと看病してやるからな」
「そんなこと言って……でも、今回は許してあげる」
と、月夜は微笑んだ。
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