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なし

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蒼空学園へ

【学校紹介】少年は空京を目指す

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【学校紹介】少年は空京を目指す

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「よう、お嬢ちゃん。俺と一緒にお茶でもいかが?」
 使い古された台詞を用いて、聡は目の前の女性に声を掛けた。
 場所は、天御柱学院の音楽室。前面のモニターに向かうように椅子が並べられ、一席ごとにヘッドフォンの用意されたこの部屋は、映画館といった方が正しいかもしれない。
 そこに座っていたポニーテールの女性を目ざとく見つけた聡は、一行を室外に残し、単独で挑みかかったのだった。しかし緩やかに聡を見上げる女性のこめかみは、怒りにぴくぴくと引き攣っている。
「……お」
「お?」
「俺は男だ〜!」
「ぐほっ!」
 振り上げられた御剣 紫音(みつるぎ・しおん)の拳が見事に聡の顎を捉え、聡は呻き声を上げて仰け反った。
「んだよ、男かよ……」
 赤くなった顎を見せ付けるように擦りながら、聡は不満げに呟く。
「間違えた君が悪いんだろ。それより、ナンパか? なら俺も連れてけよ」
「女連れと間違われたらどうすんだよ」
 美少女めいた顔立ちをした紫音の申し出に、聡はしぶる。
「そう言うなよ、俺だってたまにはパートナー以外とも遊びたいんだ」
「おまえも苦労してんのか?」
 紫音の言葉に、聡がぴくりと反応を返す。
「おまえも……ってことは、おまえもか?」
 そのまま、二人はじっと顔を見合わせた。しばらくして、どちらともなく手を差し出す。
「さあナンパに繰り出そうぜ、相棒」
「そうだな、相棒」
 がっしりと固く掌を握り合い、不思議な結託の生まれた二人は連れ立って音楽室を出た。すると、当然のごとく一行からどよめきが上がる。
「おいおい、抜け駆けかよ」
 からかうようなウォーレンの言葉に続けて、一行がそれぞれに不満を投げ掛ける。
 やべ、と隣を見た聡は、案の定紫音が何かを堪えるように肩を震わせているのを見ると、一歩彼から離れた。

「俺は男だ!!」

 こうしてナンパ一行は新たなメンバーを加え、空京目指して進んでいくのであった。


 ◆◆◆


 そんな彼らが通り過ぎた食堂の中では、即席の食事会が行われていた。

 広い空間に整然と机が並び、頭よりも高い位置に備え付けられたモニターには様々なメニューが映し出されている。
 白い壁にはパイプや空調設備があえて見えるように配置され、機械的な印象を与えていた。
 窓の外には蒼い海、青い空が広がり、翼を広げて舞う海鳥や行き交う船舶の姿が見える。

 そんな広い食堂の一角に着席し、矢野 佑一(やの・ゆういち)は料理に手を付けていた。
「ああ、これは当たりだよ。天御柱学院風パスハ」
 満足そうに言う佑一の隣で、パートナーのミシェル・シェーンバーグ(みしぇる・しぇーんばーぐ)はぷっくりと不満げに頬を膨らませている。
「オススメって書いてあったのになぁ」
 『天御柱学院風ゆるアイス』と書かれた容器を手にしたミシェルは、肩を落としながらアイスをつついた。
 見かねた佑一が、苦笑交じりにパスハの皿をミシェルへ寄せる。
「ほら、少し交換してみようよ」
「ありがとう、佑一さん。……あ、美味しいっ」
 早速パスハを口に運んだミシェルは、一転して嬉しそうに表情を綻ばせた。
 微笑ましげに見守る佑一の視線の先で、ふと四人組の女性が食堂の扉をくぐるのが見える。
「初めまして、相席してもよろしいですかぁ?」
 のんびりとした足取りで歩み寄るメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)の申し出に、佑一は「喜んで」と笑顔で席を勧めた。
 長テーブルに並んで腰かけ、セシリア・ライト(せしりあ・らいと)は早速とばかりにメニューをチェックし始める。
「ふむふむ……ここの食堂は、ロシア料理が充実してるんだね」
 セシリアの言葉通り、メニューに並ぶ料理は、ロシア料理が特に充実していた。
 これは、天御柱学院がロシアのウラジオストクにある『極東新大陸研究所』と提携している所以である。
「僕はボルシチ、食べてみようかな。メイベルは何にする?」
「そうですねぇ、私は冷たいスイーツを試してみましょうか……」
 楽しそうにメニューを眺めるメイベルの言葉に、ミシェルは少し慌てた様子で首を振った。
「ゆるアイスは変わった味がするから、先に少し食べてみた方がいいよ」
 そう言いながら差し出されたアイスを、メイベルは驚いたように眺めてから、ふんわりとした笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。……あ、確かに変わった味がしますねぇ」
 スプーンで一口を掬い、メイベルはゆっくりと口に運んだ。
 舌の上で溶けだす白色のアイスからは、ミシェルの忠告通り何とも言えない風味が漂う。
「こちらの、パスハ……というのはどうでしょう?」
 彼女の隣で、ぼんやりとメニューを眺めていたヘリシャ・ヴォルテール(へりしゃ・う゛ぉるてーる)が問いかける。
 メイベルそっくりの背格好をした彼女に、佑一は一つ頷いて見せた。
「ああ、美味しいよ。食べてみるかい?」
 言いながら差し出されたパスハを一口貰い、ヘリシャは表情を綻ばせた。彼女の隣で紅茶のカップを傾けるフィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)も、興味を惹かれた様子でそれを見ている。
「折角だから、みんなで色々頼んでメニューを制覇してみよっか!」
 注文に立ち上がったセシリアの提案に、応えるように顔を上げる生徒達がいた。
「折角だから、キャロとお姉ちゃんも混ぜてもらえませんかぁ?」
 少し離れた席で休憩していたキャロライン・ランフォード(きゃろらいん・らんふぉーど)は、イングリッド・ランフォード(いんぐりっど・らんふぉーど)の腕を軽くひっぱりながら一同の席へ歩み寄る。
 その反対側からは、小型のパイであるピロジュキを咥えた大羽 薫(おおば・かおる)とパートナーのリディア・カンター(りでぃあ・かんたー)が、早くも席についていた。
「ここのビーフストロガノフは絶品だぜー。食ったことがないなら、食ってみろって」
「だって、食べてみようよー、お姉ちゃん」
 薫の勧めにキャロラインが食い付き、「そうだな」とイングリットも同意する。
 早速とばかり買いに向かうキャロラインに、「僕も行くよー」とセシリアが同行した。
「ボクも他のもの、挑戦してみよっと」
 ミシェルもその後に続き、三人はカウンターの前であれだこれだとメニューを選び始める。

 そんな三人の横で、同じく料理を選ぶ二人組の姿があった。
「さすが学食というべきか、良心的な値段をしていますね。イハさんは何か食べたいもの、ありました?」
 やや高い位置にあるメニューを背伸びするようにして眺めているのは、高等部に所属する蓬生 結(よもぎ・ゆい)だ。その隣では、イハ・サジャラニルヴァータ(いは・さじゃらにるう゛ぁーた)がパートナーとメニューを交互に見ている。
「私は、あまり……温かいミルクがあれば充分ですわ。結こそ、色々食べてみてはいかがでしょうか?」
 無頓着にさっさと自分の素うどんを注文してしまう結に、イハは心配そうに微笑みながら問い掛けた。
「俺は空腹を満たせれば何でもいいです。これからは学食で食べることも多くなるでしょうから、イハさんの食べられる物が見付かるといいんですが……」
「そう言うことなら、僕たちと一緒に色々試してみない?」
 それを聞き付けたセシリアは、小首を傾げつつ提案を持ちかける。突然の提案に驚いたように三人を見比べた結は、意見を窺うようにイハを見た。
「他の方々と一緒だと、お食事はきっともっと美味しく感じられるはずですわ。ご一緒させて頂きましょう、結」
 イハのその言葉に結も頷き、五人はそれぞれ料理を注文すると、連れ立って席へと戻った。

 たくさんの料理を乗せた盆を手に戻ってくる彼らに、一同の視線が一斉に向く。
「そんなに食べられるんでしょうかねぇ」
 困ったような言葉とは裏腹にのほほんとした笑みを浮かべたまま、メイベルが首を傾げる。
「こんだけいるんだ、イケるって! あ、これも美味いな」
 早速とばかりに料理の一つをつつきながら、薫は前向きな言葉を紡いだ。
「わたくしも、デザートを頂こうかしら」
 フィリッパも微笑みを浮かべてスプーンを伸ばし、彼女が満足げに表情を緩めるのを見て、ミシェルもそれを口へ運んだ。
「うん、美味しい! 佑一さんも食べてみなよ」
「これもなかなか美味しいね。イングリットちゃんも、どうかな?」
「……ああ、美味しいな」
「お姉ちゃん、キャロもほしいですぅ」
「あ、オレもオレも!」
「かおるん、よく食べるねー。キャロちゃんも強化人間なんだよね? リディアもなんだ、仲良くしようよ」
「はあい、よろしくです、リディアさん」
「ほら結、もっと美味しそうに食べて下さいまし。周りの皆さんもとても楽しそう……」
「ええ、しかし、この『ゆるアイス』というのは……」
「あ、それはちょっと微妙だよねー。ボクもあんまり好きじゃないかな」
 ……などなど、わいわいと言葉を交わしながら、一同は次々に料理へ手を付けていく。
 テーブルの上の料理がなくなった頃には、すっかり膨れたお腹を抱えながら、楽しげに談笑する一同の姿が残されていた。