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チェシャネコの葬儀屋 ~大切なものをなくした方へ~

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チェシャネコの葬儀屋 ~大切なものをなくした方へ~

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第二章 葬儀屋

 こぢんまりとした外装と異なり、葬儀屋の中はがらんと空間が広がっていた。特に、不規則な間隔で至る所に黒いドアが設置されているので、ぼーっとしていれば迷子になってしまいそうだ。
「こっちだよ」
 くるくると何度も振り返りつつ進む兄妹に連れられながら、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)ははーっと嘆息をもらした。
「こんなにいっぱい、何の部屋があるの?」
「外からじゃ、こんなに広いとは思わなかったよ。一体街中のどこに敷地があったんだろう」
 まさか全部が式場ではあるまいし。美羽がコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)と顔を見合わせて首をかしげると、双子の一人(どちらがとちらなのかはまだよくわからない)が振り返って答えてくれた。
「ここは葬儀屋。どこへでも繋がっているし、またどこにも繋がっていない」
 そう言って開け見せたドアの先は、ただの壁になっていた。
「?」
 ますます訝しげな表情を浮かべる一同に、髪で顔が見えないのでそれも定かではないが……少し説明に困った様子で双子はこう付け加えた。
「誰もが失う可能性を持っているし、もしかしたら失わないかもしれない。この場所はそのことを体現してる」
「多くのドアは、どこかで誰かが失ったその時に開く。失われたモノが必要とし、失ったモノに意志さえあれば」
 冗談なのか本気なのか、それとも何かの比喩なのか。
 抽象的な説明ではあったが、それはこの奇妙な場所と兄妹にしっくりと似合っていた。
「なんていうか……、四次元空間みたいだね」
 美羽の言葉に賛同を得られたと受け取ったのか、二人の葬儀屋はこっくりと笑った。
「その他は儀式に使う道具の保管庫や、関係する場所につながっているよ。ここは花畑、こっちは調理関係」
「少しでも多くの人が想いを込めて流せるように、そのための用意」
「でも、どちらかというと場所に繋がっていることの方が多いから、ドアはむやみに開けないでね」
 ぐるりと一人ずつ顔を覗き込むようにして念を押すと、双子は口で笑顔を作り、案内を再開した。
「ここは楽器庫」
「楽器庫もあるの?! ねえ、ひょっとしてヴァイオリンもあったりする?」
 五月葉 終夏(さつきば・おりが)は目を輝かせた。音楽を愛する彼女は、双子の指差すドアの先に興味津々だ。
「葬送の音楽を奏でるのに使うんだ。だいたいの楽器はそろえてるし、儀式の間なら演奏家に貸し出しもしてるけど……見る?」
「うんっ!」
 終夏は満面の笑みを浮かべた。


 なごやかな一行の中で、浮かない表情をしているのは矢野 佑一(やの・ゆういち)だった。パートナーのミシェル・シェーンバーグ(みしぇる・しぇーんばーぐ)はいち早く様子を察して声をかけた。
「佑一さん?」
「あ、ごめん。ちょっと考え事してて」
 今気づいた様子の彼を、ミシェルが心配げに覗き込む。
「……ここに来てもやっぱり思い出せないの?」
「大丈夫だよ」
「佑一さん……」
「……どうでもいいことはしっかり覚えてるんだけどなぁ。大事なものを失ったかもしれないのに、こんなんじゃいけないな」
 心配をかけまいと取り繕っているのは一目瞭然だった。ミシェルは黙って口をきっと結ぶと、たたっと早足に葬儀屋の元へと駆け寄った。一瞬どちらにどちらの名で呼びかけていいものか迷ってから二人に声をかける。
「チェシャネさん、コさん」
「「どうしたの?」」
「あの……。チラシが見えたのに、失った大切なものがなんなのかわからないっていうことは、あり得ることなのかな?」
「ミシェル」
 どうやら彼が自分のために聞きに行ってくれたらしいと気づいて佑一も顔をだす。
 彼は、チラシを見てここに来た。けれど、その理由を持たなかったのだった。
 双子は二人の顔を見比べるようにしてから、こくりとうなずいた。
「あるよ。不思議だけれど、大切なものをなくしているのに気づかないということは大いにありうる」
 やっぱりなと思う反面、面と向かってきっぱりと言い切られ、佑一は言葉を詰まらせた。
「その場合の多くが記憶に関係してる。つまり、忘れさせられているか、わざと忘れているか、あるいは本当に失ったことを知らないか……」
「……。……なんにせよ、俺の記憶には何か大切なものが抜けてるんですね」
「葬儀屋さんは、なくしたものを取り戻したりすることはできないの?」
 ミシェルがすがるような目で言うと、チェシャネはふるふると首を振った。
「僕たちは基本的に、誰にも何もしてあげられない」
「そんな……」
「けど、失ったモノが戻ることがあるとしたら、それは、その対象をずっと大切に抱え続けた人にだと僕は思う。君が無くしたものによって、ここに呼ばれたように。……例え、失ったモノがわからなくたってね。君には支えてくれる人もいるみたいだし」
 それだけ言うと、くるりと背を向けてチェシャネは離れていった。申し訳なさそうに、コは一礼してから片割れを追いかけた。
「力になれなくて、ごめんね。私たち、何もできないから。……チェシャネ、あれでも励ましているつもりなの。何もしてあげられないけれど、記憶が戻るよう精霊船にに願いを込めるよ。よかったら一緒に流していって」
 小さく届いた謝罪にもう一度会釈して、佑一はすっかり力の抜けた手をそれでも握ってくれているミシェルを見る。自分をまっすぐに見つめる心配顔。こんなときだというのに、何だか気持ちが和らぐのを感じて佑一は相棒に微笑みかけた。
「悪いね、いつも心配かけちゃってさ」
 ミシェルは答えず、ただつないだ手を離さないようにいっそうぎゅっと握りしめた。


「なぁ、あれ……なんだ?」
 御剣 紫音(みつるぎ・しおん)が指差す先に、人間の子供大の白い塊が浮いていた。
 綾小路 風花(あやのこうじ・ふうか)アルス・ノトリア(あるす・のとりあ)もじーっと目を薄めるようにして確認する。
「なんじゃろうなぁ」
「奇妙な葬儀屋はんどすことやし、魔法道具の類なんとちゃいますやろか」
と、三人が言い合っていた矢先、
 ぐりん。
「!!」
 人で言うところの頭部が変形し、勢いよく三人の方に牙をむいた。下半身からは長い尾が伸び、その風貌はハ虫類にも似ている。
「なんだこいつ!?」
「モンスター?!こんなところで?」
 紫音は反射的に銃を構え、引き金を引いた。正確かつ速やかに狙いを定め、見事に対象の中心を捉える。
「やっ……た?」
「何をしておるのじゃ、はずれておるではないか!」
 モンスターは何事もなかったようにこちらを伺っている。紫音は戸惑った。
「確かに当たったと思ったんだが……」
「あれは死霊(しにだま)だねぇ……」
 鼻歌交じりにチェシャネが呟く。コに至っては完全に楽しそうに歌っている。
「葬儀屋!」
「シニダマって……お化けの類どすか?」
「彷徨ってる悪意の魂がモンスター化したもの。お盆で帰ってきたんだね」
 ピンとくる節があって、紫音は葬儀屋に向き直った。
「じゃぁもしかして通常の攻撃は当たらな」
「ツァンダーキィィイィック!!!」
 どげしっ!!
 敵が現れたと聞きつけて颯爽と駆けつけた正義の味方ツァンダーソーク1こと風森 巽(かぜもり・たつみ)の放った蹴りが、死霊の頭部(?)に炸裂した。
「あたった……?」
 そのまま壁に激突し、消えていく死霊。
「タツミお見事!」
 ハイタッチするティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)と巽をしり目に、アルスは苦笑した。
「やっぱり外していたのじゃなかろぅか……?」
「…………あれぇ?」
 紫音は腑に落ちないまま肩をすくめた。その脇ではまだ双子が鼻歌まじりに様子を伺っていた。