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リアクション
時は少しに遡る。それは古代戦艦ルミナスヴァルキリーがまだシャンバラの空を飛んでいた時のことである。
「訊きたいことがあるのですが」
蒼空学園校長室。壁に張り付いているモニターに向かってファトラ・シャクティモーネ(ふぁとら・しゃくてぃもーね)は問いかけた。
「あの『マルドゥーク』という方は、どのような方なのです? 信用できるのでしょうか」
画面の中でゆっくりと、百合園女学院のラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)は笑みかけた。
「どうしてそう思うのでしょう?」
「一人で各校を回ったという点は評価します」
「えぇ、彼の真摯な想いは、わたくしにも伝わりました」
「ですが、シャンバラの東西分裂を知っていながら、その両方と接触するなんて」
それだけ緊迫した状況という事なのだろう。しかしファトラには彼の政治的手腕を信用できなかった。
「それに彼は、カナンの『英雄』の一人として讃えられているようですよ」
「……しかし」
「もう少し見守るとしましょう。カナンの動向も彼の手腕も」
今回、マルドゥークが動いたことでカナンの情勢は大きく変わることだろう。帝国エリュシオンとの関係を考える上でも、カナンの行く末は大きな意味を持つ。
ラズィーヤが言うように、ファトラはもう少しだけ、ドン・マルドゥークと各校の生徒たちの動きを見てみる事にした。
時を戻して、ところ変わって。古代戦艦ルミナスヴァルキリーの甲板上。
豊穣と戦の女神イナンナは、その小さな体を目一杯に乗り出して見つめみた。北東の空には世界樹セフィロトが微かに見えた。
「あれがこの国の世界樹なのですね〜」
同じほどにチビッ子な神代 明日香(かみしろ・あすか)が、彼女と同じように身を乗り出して言った。
「本当に大きな樹ですぅ」
カナンのどの場所からもその姿を見ることが出来ると言われている。訊けばイナンナは世界樹セフィロトと同化して国家神となったのだという。
「イナンナちゃん、もう一つだけ訊いてもいい?」
世界樹には守護者がいると聞く。世界樹セフィロトの守護者もネルガルに捕まってしまったのかどうかを彼女は訊いたが、イナンナはこれに静かに首を振った。
「ネルガルがキシュの神殿に入った後に、守護者たちも捕まった、と聞いている」
イナンナに代わってマルドゥークが答えた。
「守護者の力を持ってしても、封印を止めることも解くことも出来なかった……」
彼も世界樹へと目を向けた。遠い目をして、イナンナが封印された直後の出来事を思い返しているかのようだった。
「さて……どうかな、と」
五月葉 終夏(さつきば・おりが)は一度、ルミナスヴァルキリーを降りて世界樹セフィロトを見つめた。確かにその姿を見ることは出来たのだが……。
「ダメだ、やっぱり何か霞んでる」
甲板に上り見ても同じだった。遠くに見えるセフィロトは靄がかかったかのように揺れていて、どうもはっきりしないのだ。
「靄ではない、あれはイナゴだ」
「イナゴ?」
「ある日、大量のイナゴがセフィロトを覆ったのだ。イナゴに取り憑かれたセフィロトは徐々にその力を失ってゆき、そして……」
「セフィロトが弱まれば私の力も弱まる。そうしてネルガルは私を封印したの」
拳を奮わせ握るイナンナにルクリア・フィレンツァ(るくりあ・ふぃれんつぁ)が「そのイナゴはどこから?」と訊いたが、彼女は首を小さく振って応えた。ネルガルの仕業とすれば説明はつくが、確証はないという。
ルクリアは、そっと彼女の背に手を添えた。
「世界樹セフィロトは『光りの世界樹』だって聞いたことがあるわ」
光り輝くその姿は人々に勇気と希望を与え、その力は大地に恵みを与えるという。
「その姿を見るためにも、一緒にがんばりましょう」
光りを失った世界樹に瞳を向けて。イナンナの大きな瞳に、涙が滲んだ。
「あ〜、そのためにも……なんだ……」
バツが悪そうに緋桜 ケイ(ひおう・けい)が言った。「話を蒸し返すようで何なんだが。その『イナゴ』は特殊なやつなのか? それとも普通の……地上にもいるようなやつなのか?」
涙を拭ってイナンナは答えた。
「普通のイナゴだと思うけど……これくらいかな」
イナンナの手のひらと同じ位。日本で見るよりも少し大きいといったところだろうか。
「って事は、やっぱり数か」
この距離でも靄がかかっているように見えるということは……考えただけで鳥肌が立つ。
「ネルガルの狙いが見えんな」
悠久ノ カナタ(とわの・かなた)が腕を組んで呟いた。「国を手に入れてからもイナゴを排除しないのはなぜじゃ。セフィロトが弱ったままでは国も荒廃する一方のはず」
それどころか奴が積極的に国を荒廃させているようにも見える。
「枯れた土地を手に入れて何の徳がある」
「奴は『この国を護れるのはイナンナではなく自分だ』と言っていた。『その為に国を手に入れる』と」
手中に収めるための破壊というわけか。征服王とはよく言ったものだ。
「そもそも奴に『イナゴ』を操ることは可能なのか? どれほどの力を持っている」
「ネルガルは『ドルイド』だ、多くのモンスターを操る力を持っている。先の襲撃の際に襲ってきたワイバーンとヘルハウンドは奴に操られていたと考えて間違いない」
奴の号令で一斉に動き出した事を考えれば納得がいく。身を投げ出して奴の盾になったヘルハウンドが居たことを思い出しながら―――
「ん〜〜〜じゃあさ〜〜」
ミネッティ・パーウェイス(みねってぃ・ぱーうぇいす)が間の抜けた声をあげた。「あのワイバーンも、ネルガルのかな?」
見上げた空の先に3体のワイバーンが見えた。それはグングン近づいてきて、ドンドン加速しているようにも見えた。
「…ほら、ミネット。行くよ!」
「えっ…あたしっ?!」
アーミア・アルメインス(あーみあ・あるめいんす)がミネッティを船のへりに引っ張りあげた。
「敵はたったの3体よ」
「3体って……2人じゃ足りないよっ!」
「安心して下さい」
赤羽 美央(あかばね・みお)がミネッティに並んで言った。「私たちもいます。必ず護ります」
ミネッティも戦艦も護る。彼女はそう決心して空を見上げた。
速度を落とすことなく加速して、ワイバーンは最後に大きく羽ばたいた。
翼を畳んで矢のように。どうやら戦艦に飛び込むつもりのようだ。
「させないよっ」
アーミアは一足で飛び出した。飛び来るワイバーンを上部から『ランス』を思い切り突き下ろした。
「つっ!」
弾丸と化したワイバーンの表皮に弾かれた。それでも軌道はズラしたし、勢いも殺いだ。
「ミネット!!」
「やあぁぁぁあぁあ!!!」
勢い良くミネッティは飛び出した。アーミアがやったみたいに―――そう思ったのが間違いだった。
「打ち落としちゃダメっ!!」
「えっ! えっ? えっ?!!」
戸惑っているうちにワイバーンはミネッティのすぐ下を過ぎていった。そのまま打ち落としていればワイバーンは戦艦に墜落する。自ら船を壊してどうするか。
「あぁ〜!! 待って〜〜!!」
過ぎていったワイバーンに叫んだ。そのまま突っ込んでも船は壊れる。自分のせいで船に巨大な穴が空いてしまう。
「私たちもいる、と言ったでしょう」
美央はしっかりと踏ん張って『飛竜の槍』を構えた。
突きを放つ最善のタイミング、蹴り出す初速に全てを乗せた突進を。
『ランスバレスト』で突き出した。鋼を打ちつけたような音が弾けて、ワイバーンは力なく崩れ落ちた。頭皮を貫くことは出来なかったが、失神させることには成功したようだ。
さすがはパートナーといったところか。魔鎧 『サイレントスノー』(まがい・さいれんとすのー)も美央と同じく、初速に全てを乗せる突きを選択した。
ただし彼は『ランスバレスト』を使えない、代わりに『アルティマ・トゥーレ』で弾丸の勢いを殺して突いた。
これもまた頭皮を貫くには至らなかったが、彼らにとっては最良の結果だった。むやみに命を奪うことは彼らの信条に反するのだ。
もう一体を墜としてのはマルドゥークだった。彼は剣の柄尻で殴りつけて失神させていた。
その怪力に『サイレントスノー』が驚いた顔をしていると、それを見たマルドゥークが逆に驚いた顔を見せた。彼の顔が骸骨だったからである。
「おっと、私としたことが挨拶が遅れました。小さな王国ではありますが、雪だるま王国にて判官をしている『サイレントスノー』と申します。以後お見知りおきを」
「お、おぅ」
差し出された手をマルドゥークは握った。その手もまた骨だった。
「パートナーである美央ともども、微力ながらカナン復興に力を添えさせていただきます」
「それは、頼もしい限りだ」
――シャンバラには面白い者がたくさん居る。そして、みなが素晴らしい。
「マルドゥーク卿?」
騒ぎを聞きつけて集まった生徒たちがワイバーンの撃退を褒め称える中、マルドゥークは一人、横たわるワイバーンの前で立ち尽くしていた。
歩み寄ろうとして、美央は止めた。唇を噛み、拳を震わせている。彼の背にかける言葉が見つからなかった。
操られたモンスターも、この国の住人である、仲間であり家族である。そんな家族を、殴り、斬り、抉らなければならない。
巨悪を討つための犠牲。そう割り切るしかないのだろうが。
――あなたの覚悟、しかと受け取りました。
彼の静かな怒りと覚悟を感じた。美央は少しだけ、マルドゥークという人物に近づけたような、そんな気がしたのだった。
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