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ジャンクヤードの一日

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ジャンクヤードの一日
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■逃亡者1


「天音……我は頭痛がしてきたのだが」
 ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は割と本気でそう言った。
「後は名前だね。さて……どうしようか」
 黒崎 天音(くろさき・あまね)が機嫌良くペン先で紙の縁を叩いてリズムを取る。
「非常識だ……」
 ブルーズは頭を振りながら呻いた。



ジャンクヤードの一日 〜逃亡者〜



 ――ウル・ジ失踪前。

 ジャンクヤードの片隅には何台ものトレーラーが止まっていた。
 その中の一つに設けられたウル・ジのPV出演者控え室――

 エキストラたちが詰め込まれた大部屋だ。
 リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)は、何だかとても面白くなかった。
「リリ、暇をしているなら飲み物を取ってきてくれないか」
 片隅でストレッチを行っていたララ サーズデイ(らら・さーずでい)が言う。
「ふむ、わらわにも頼む」
 斜めに椅子に掛け、扇をだるそうに扇ぎながら煙管をふかしているロゼ・『薔薇の封印書』断章(ろぜ・ばらのふういんしょだんしょう)が便乗する。
「ワタシは何かつまむ物が頂ければ……」
 テーブルの端で蜂蜜入り紅茶を飲んでいたユリ・アンジートレイニー(ゆり・あんじーとれいにー)が、そろりと手を上げる。
「…………」
 リリは、憮然とした表情のまま部屋を出た。

「むう……せっかくの仕事だが、今ひとつ面白くないのだ」
 パートナーたちから仰せつかった物を求めて、トレーラーの間を抜けていく。
「そもそも、バックダンサーやらバックコーラスやらは探偵事務所の仕事ではないのだよ」
 SW探偵事務所所長としては、そこんところをハッキリさせておきたい。
 ちなみにリリには子役の仕事の話があったがキッパリと断った。
 断ったら雑用の仕事しか残っていなかった。
 ともかく。
 なんか違うのだ、と思うリリだった。
 と――
「それ、何?」
 誰かに向けられたウル・ジの声を聞く。
 立ち止まり、トレーラーの影から声の方を伺う。
 ウルの視線の先には、髪をかんざしで結い上げた女性が立っていた。
(あれは確か……)
 空京テレビの人間だ。役員の秘書だとかなんとか。
 このPV撮影には見学で来たという話だった。
 彼女がスタッフに自己紹介している際に聞こえた名前は、フジ・ミネコ。
「興味ある?」
 ミネコが微笑んで、ウルの方へ手に持っている物を見せる。
「……これって、オルゴールの盤だ。本体は無いのね」
「あら?」
 ミネコは少し意外そうな声を上げた。
「知っているの? かなり古い物だと聞いていたのだけれど」
「まあ、ね……知り合いの婆さんが持ってたから」
「本体を探しているの。今度、紹介して欲しいわ」
「今の時期なら……タルヴァ」
 ウルが何処か懐かしそうな様子で言う。
 と、ウルは軽く首を振った。
「ごめん、紹介は無理。もう、あの人たちとは関わらないって決めたの」
 口早に言うと彼女はパタパタと駆けて行ってしまった。
「……タルヴァ、か」
 ミネコがそう呟く。
 リリもまた、その場から離れながら頭の中でその街の名前を繰り返した。
(タルヴァ……ツァンダの東、シャンバラ大荒野の西の端にある街なのだ。放浪の民やキャラバンの集う街――そして、この時期に決まってタルヴァに寄りつくといえば……ヨマの民?)
 と、そこまで考えてから、リリは軽く固めた拳でコツコツと自分の額を打った。
「今日の仕事は探る仕事ではないのだ」
 はふ、とため息を吐く。


 ――そして、ウル・ジが失踪する。


「ウルが失踪……?」
 その言葉を聞いたリリの目に輝きが戻る。
「よし、バイトは中止なのだ。本業に戻るのだよ」
「折角わらわも気持ちが乗って来たところであったが……主役がおらぬのでは仕方あるまい」
 とつ、と扇を閉じたロゼが立ち上がり、ララが思案するように目を細めた。
「しかし――あの黒服どもにランドウという男、どうも胡散臭いな」
「ウルさんは……ワタシたち一人一人に挨拶に来てくれたのですよ。『一緒に頑張ろうね』って」
 ユリは組んだ両手を胸前に置きながら、リリに訴えるように言った。
「そんな人が失踪するなんて……何か理由があるのではないでしょうか?」
 リリがララとユリとを見やり、何かを思い出すようにしながら顎にこつりと、軽く握った拳を当て、こぼす。
「うむ……何やら裏がありそうなのだよ」




「え、え〜〜」
 アルミナ・シンフォーニル(あるみな・しんふぉーにる)が、スタッフの言葉にひとしきり声をあげてから、ぱくぱくと声なく口を動かして、そして、ようやく言った。
「ウルちゃん居なくなっちゃったの!?」
「そうなんですよぉ……それで、困っちゃって、もぉ。あー……でで、刹那さんたちには『護衛のお仕事』って話だったとこ悪いんですが、ウルを探してもらえないかと……」
「ふむ……別料金じゃな」
 辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)は、おもむろに懐からソロバンを取り出した。
 小気味良い音を並べた後、それをスタッフへ見せる。
「これだけもらおうか」
 スタッフがソロバンの玉を、ひぃふぅみぃ、と数えてから、
「……少し高いかなぁ、なんて」
「まからんぞ」
「…………」
 スタッフが腕を組み組み考え込むようにする。
 そして、彼はしばしの間を置いてから、「お願いします」と頭を垂れた。




「やっぱりランドウはクロね」
 トレーラーの影。
 側面に背を置きながら宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は言った。
「嘘をついてた?」
 那須 朱美(なす・あけみ)の問い掛けに、祥子はうなずいた。
 彼女は、先ほどウル捜索についてランドウと話をしていた。
 その際、彼がついた幾つかの嘘から、分かったことは――
「少なくとも、彼らは単純な護衛じゃない。それに、おそらくウルと以前の亡霊艇事件の関係を知っている」
 祥子は腕を組み、目の前のゴミの山を見据えながら続けた。
「前の騒動の時に撮影した動画からは、亡霊艇とウルを結ぶ場面は全て削除しておいたの。あの時のウルの様子から考えれば、彼女が誰かにあのことを話したとも思えないわ――現に、こうして逃げているしね」
 唇を親指の腹で撫で、
「ランドウたちは、どこでウルと亡霊艇事件の関係を知ったのかしら……とにかく、ウルを彼らより先に保護した方が良いのは確かよ」




「ランドウさん」
 呼ばれて、ランドウが振り返る。
「あ、空京テレビの?」
「ミネコです。監督から聞いたわ、ウルさんが居なくなってしまったようね」
「ええ、まァ。そんなわけで今日の撮影はもう無理ですよ。わざわざこんなゴミ箱くんだりまで足を運んでもらって悪いですがね」
「女が皆、仕事に対する情熱と自覚が足りたいと言われるのは心外だわ」
「そんな事まで聞いたんですか。いや、お恥ずかしい。ついつい感情に任せて思ってもないことを口走ってしまうのは悪い癖でして……」
 そんなことなど欠片も思っていないような白々しい口調で言ってくる。
 心中で呆れながら、毛皮縁のショールの襟を直し、結い髪を留めているかんざしに触れながら微笑んでやる。
「自覚してらっしゃるなら改めるべきだわ」
「素直に正直に生きていきたいものです」
「先日の遺跡事故、彼女の本当の仕事が何だったのか――」
 その言葉に、ランドウの目端がピクリと動いたのが見えたのと同時に。
 黒崎は、かんざしを髪から引き抜きながら、ランドウの懐へと滑り込んでいた。
「君なら詳しく知ってるかな?」
「……男かよ。媚び売って損したぜ」
 かんざしの先を喉元へ突き付けられたランドウが低く吐く。
「あれで媚びを売っているつもりだったのなら、もう少し女性との対話の仕方を勉強したほうが良いね」
「そりゃどうも」
「僕の質問に答えてもらおうかな」
「一応、プロのプライドってのが、あることになってんだが……」
 ランドウが、こちらがどの程度の事まで知っているのかを探るように、見てくる。
「でも、君の雇い主は案外面白がってくれるんじゃない?」
 黒崎の言葉に、ランドウが嘆息し、軽く舌打ちを鳴らして。
「あの日、ウルは試されたんだよ。なにせボスは半分与太話だと思ってたし、あの女もプロフィールにある出身がデタラメだったからな」
「それでテストの結果は合格。本格的に手回しをして自分たちの手元に置いたわけだ。――それにしても、そんな気軽に大勢の人間の命を危険にさらさないで欲しいね」
「何が起こるかは誰も知らなかった。ってのは言い訳にならねぇか。まあ、する気もねぇが……さて、時間切れだ。逃げるなら、さっさと逃げた方がいいぜ? オカマ野郎」
 ランドウの言葉通り、誰かが近づいてくる気配がしていた。
 おそらく彼の部下の黒服だろう。
「鼻の下を伸ばした君の顔は忘れないよ」
 黒崎はクスリと笑って、ランドウから体を離した。
 瞬間、ランドウが懐からナイフを抜きざまに黒崎へと放つ。
 黒崎はスカートの下、腿に潜ませていた剣を抜き放ってナイフを弾いた。
 そのままトレーラーの影へと走り込んで行く。
 後方ではランドウが黒服たちへ黒崎追跡を命じるのが聞こえていた。




「当たるんですよ、私の勘は」
 両ノ面 悪路(りょうのめん・あくろ)は、想像していた通りにピースがはめ込まれる快感で、わずかに恍惚としていた。
 以前の事件以後、彼は亡霊艇事件に巻き込まれていたウル・ジのその後の状況に違和感を覚え、彼女の動向を追っていた。
 そして、ジャンクヤードでのPV撮影の話。
 何か得られるものがあるかもしれないと思い、見に来てみれば、この事態だ。
(確証の無い事だらけですが……彼女が何かしらの鍵であれば、“面白い”)
 クス、と零して悪路は、三道 六黒(みどう・むくろ)の方へと振り向いた。
 景色の向こうに佇む亡霊艇を見据えている彼へと言う。
「ウル・ジを確保しましょう。亡霊艇を我らが野望の城にすることに繋がるやもしれません」




 常闇の 外套(とこやみの・がいとう)(ヤミー)は問答無用で全裸だった。
 かろうじて年賀状一枚で大切なところを隠してはいるものの全裸だった。
 ぴう、と年賀状が風に飛ばされて彼方へと消える。
 レッサーワイバーンの上、ロイ・グラード(ろい・ぐらーど)と共に彼はウルを追っていた。
「――待機? とりあえず。あいあい、オーケーグラッチェ任せてちょんまげ」
 東園寺 雄軒(とうえんじ・ゆうけん)からの電話を切る。
「しっかし、オッサンが集まって何するかと思えば女をさらうだァ? ったく相変わらず、よくわかんねェオチンメン共だなァ」
 ヤミーはゲラゲラ笑いながら、前でレッサーワイバーンを操るロイの背をバシバシ叩いた。
「……股間を寄せるな」
 ロイがぼそりと感情無く言ったので、ヤミーはキュッとそれを押し付けるように前へ詰めた。
「ウルジペロペロリーナちゃんだったっけかァ? 妙ちくりんな力があるんだよなァ? あ、ないんだっけ? まあ、誘拐してヒャッハーするのはかわんねってことだな。オーケーオーケー俺様把握。キューティクルに把握。いつも通り相棒ちゃんはとっ捕まえる係りで、俺様は口説く係りね。口説いて3時間ご休憩でシッポリのコースね」
「……寄せた股間をグラインドするな」
「いやいやいやいや違うね。俺様は何もしなくていいんだよね。いいんだよ何もしなくて。働くのは相棒ちゃんの役目。俺様は魔鎧になったら何もやることねえし、全裸だし、仕方ないよな。あでも、シッポリコースになったら混ぜなさいよ、このオチンパン野郎め! ウヒャハハハハハハ」
「……アイロンがけ」
「…………」
 ヤミーは真顔になって、すっ、と静かにロイから股間を離した。
「うん……ごめん。ごめんなさいね。俺様が悪かったね」
 その後、しばらくは風の音だけを聞いていた。