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バレンタインに降った氷のパズル

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バレンタインに降った氷のパズル

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「ほ、本命なんかじゃないわよ。義理よ、義理なのよ!!」
 会場の一角で、セルファが、真人にチョコを投げつけた。
「そ、そうよ、これは、パズルを直してくれたお礼。そ、そうよ、それだけっ」
「パズルのお礼か……本当にセルファはみんなの事を考えて、そうだな……優しいな」
「ち、違うわよ、私は優しくなんて無いし、それに、別に気合いが入った美味しいチョコを作るために教室に参加してたわけなんかじゃないんだから!!」
「……気合いが入ったチョコを作るために?」
 包装を開けながら、真人が聞き返す。そして箱の中にならぶチョコを彼は一瞥した。
「どうせ私が作っても上手く作ませんよっ」
「誰もそんな事は言ってません――嬉しいな、有難うございます」
 真人の声に、言葉を失うようにセルファが真っ赤になった。酸素を求めるように、何度も唇を震わせている。


 響いていたセルファのかしましい声が止まるのを耳にしながら、素知らぬふりでミハエルは氷像を見上げていた。
 ――一騒動あったものだから、すっかり失念していたが、今日はバレンタイン・ディということだ。だが、男の方から言い出すのは無粋だから、こちらからは言い出さぬようにしようか。
 そんな心境のまま、彼が氷像を見据えていると、満夜が彼の袖を引いた。
「あのですね、私のチョコ……味は指導された甲斐はあるけども、形の方が……」
 前髪だけ切りそろえられている彼女の長い黒髪は、とても美しい。冬の風がそれをすくっては、なびかせる。
「これ、何に見えます? 猫型のつもりなんですけど……失敗です」
 満夜のその声に、ミハエルが薄く笑った。
「そのままオブジェにした方が良かったか?」
 彼は揶揄するようにそう言いながらも、一つ摘んで、口へと放る。
「まぁ失敗作らしいから、食べて証拠を消すくらいはしてやる。確かに、味は美味しいな。で? ――誰に渡すつもりだったんだ?」
 失敗だと笑われたのだと感じていた満夜は、ミハエルのその声と『美味しい』という言葉に、頬へ朱を指した。


「なんじゃこれは」
 一方、頬に朱など指しはせずに、さも当然とばかりにミアがチョコを受け取りながら首を傾げた。
「何って、ボクからのチョコだよ? いつものお礼。買ってあげるって言ったでしょ?」
 カフェで購入したチョコを手渡したレキは、日頃の感謝を込めて元々ミアにチョコをあげるつもりでいた為、購入したものを手渡したのである。
「手作りが良かったのぅ」
「絶対買った奴の方が美味しいよ。ここのカフェ、洋菓子が評判だし」
「そう言う問題ではないのじゃ」
「そうだね。チョコよりも、無事にメインオブジェを公開できた事が良かったよね。ボク、嬉しい」
 微笑んだ彼女に向かい、ミアは眼鏡をかけ直しながら嘆息した。
 目よりも、なにか別の意味で、見えない何かが疲れた気がする。
 ――もらえただけ僥倖だろうか。
 ある意味一目惚れしたパートナーに対して、物言わず視線を投げかけながらミアは受け取ったチョコの箱を握り直した。色っぽい体躯のレキに対し、色々と嫉妬しながらもミアは嘆息する。いつか「おおきくなる」薬や魔法を手に入れて見せるのだと再決意しながら、ミアはチョコを一つ口へと放り込んだ。


 その頃、ミアのようにパズルをはめた事に起因する頭脳労働からの精神的疲労ではなく、肉体的に、現実的に、皐月は疲れていた。――なんだコレは、コレはいったい何なんだ。そんな心境のまま、再度動き始めたチョコレートアンデッドを見据える。何とか封印しなければ、そんな思いでいっぱいだった。
「さあ、無事に動き出した事ですし、私のチョコを食べてもらいましょう」
 七日のその言葉に、全力で皐月が首を振る。
「待て、待って、ちょっ、待ってくれ。確かに今日はバレンタインだ。うん、嗚呼、バレンタイン・ディだよ、だ、だけどな」
「チョコを食べないと言うのなら、アボミネーションと奈落の鉄鎖で動きを封じて無理矢理食べさせてしまいましょう」
「バレンタインってそういう日!? 違うだろ」
 正直モテた事がない生い立ちとはいえ、これは、これでは、何かが変である。皐月は全力でチョコレートアンデッドの攻撃を回避しながら、首を振った。
「チョコを渡す日に代わりはありません」
「いやいやいやいや、さっきも言ったけど、痛いのとか苦しいのとか、誰だって御免だろ? 大体、オレにチョコのせいで何かあったら――」
「貴方は貴方が思う程、価値のある人間では有りませんよ」
「いやだからちょっと待――……っ!!」


 会場付近の一角で人知れず戦闘が行われている脇の道を、司と加夜と祐子、沙幸とたまき達を初めとした面々は、帰路についていた。
「渡せるようになって、本当に良かったのだよ」
 ラッピングまですませたチョコを大切そうにしまいながら司が言う。
「本当に、アクリト学長に喜んで頂けると良いですね」
 グレッグのその声に、司が顔を赤くする。
「私も涼司くんに、これから届けられると良いです」
 横で同様に頬を染めている加夜もまた、大切そうにチョコを見つめた。
「二人はあげたい人がいるんだね」
 祐子がそういった時、沙幸が自分が作った複数のチョコへ視線を向けた。
「私も普段仲良くしてる、ねーさま達――お友達にあげるんだ」
 頭の横で束ねた綺麗な緑色の髪を揺らしながら、楽しげに沙幸が口にする。
「女の子は良いよな、女の子ってだけであげる口実になるし」
 たまきが、特性のルージュチョコが入った箱を見おろしながら言うと、一同の視線が向いた。
「今は、友チョコや逆チョコだって文化になってます。大丈夫ですよ」
「おねーさんもそう思うよ」
 励ました加夜と祐子の声に、たまきがおずおずと頷いた。
「それに随分と凝ったチョコを作っておったのだから大丈夫であろう」
「確かに、すごかったよね」
 司と沙幸もそう励ますと、たまきは照れくさそうに頷いた。それでもやはり彼自身は、程々の物を作ったつもりでいたのだけれど。


 その頃会場のテラスでは、テスラの唄を耳にしながら、呼び出された鴉が眉を顰めていた。
「べ、別に練習しに教室に沢山通って作った訳じゃないんだからっ」
 薄闇の最中、トゥーナのそんな声が響く。
「あの……ワ、ワタシも、その……チョコを作ってみたので……だから、もらって下さい」
 暫し照れくさそうに口ごもった後、意を決したように、凪もチョコレートを手渡す。
「有難う」
 鴉のその声に、凪は嬉しそうな調子で勢いよく、俯いていた顔を上げる。
「ワタシも作ったんです」
 次いで、顔を赤らめたアグリもチョコを手渡した。
 受け取った鴉はといえば、呼び出されたトゥーナ達からチョコを手渡され嬉しかったものの、トゥーナの、特にトゥーナの日頃の料理の腕前を思い出し、思わず唾を嚥下したのだった。照れるように縮こまっている凪と、日頃から料理作りを手伝ってもらっているアグリのチョコは兎も角……そう考えながら鴉は、おずおずとまずはトゥーナのチョコを開封した。
 やはりまずいものは、美味しいものより先に食べるべきである、それが口直しというものだ。いや、まずいとは限らない、そのはずだ――そう念じながら、きつく双眸を伏せつつ、鴉はトゥーナのチョコを口へと運んだ。
「……」
「どう?」
 パートナーのその声に、静かに鴉が目を開く。
「美味しい……美味しい!? なんだよこれ、一体どうしたんだ!!」
 驚きのあまり鴉が声を上げると、眉を顰めたトゥーナが、彼の黒い髪を静かに叩く。
「痛っ――いや、でも、驚くほど美味い。何があったんだ?」
 何度も何度も瞬いている鴉に対して、トゥーナが今度は逆に息をのんだ。
 ――美味しい。
 確かにそう聞こえた感想を理解した瞬間、彼女は頬が熱くなってくるのを自覚する。日頃は材料を消し炭にするのがトゥーナだった。だからこそ鴉も、美味なチョコの味に意外性を覚えたのだし、褒められたトゥーナ自身も、どうして良いのかわからなくなる。
「ワタシのは、どうですか?」
 尋ねられ、次にアグリのチョコを口にし、鴉は大きく頷いた。
「うん、美味しい」
 トゥーナとは異なり、食べる前から一定の信頼を置いていたチョコだったが、そのビターな口溶けに、思わず鴉の頬がゆるむ。続いて彼は、凪のチョコレートを口へと運んだ。
「凪のは、ナッツ入りか。これも好きだな」
 そんな鴉の感想に、凪は嬉しそうに頬を染めたのだった。



 鴉達同様、普段懇意にしている間柄同士で、会場の別の一角では、あうら達がチョコの交換をしていた。
「よかった、用意したみんなの分を、ちゃんと食べてもらえるようになって」
 あうらのそんな朗らかな声に頷きながら、チョコを受け取ったヴェルが煙草をくわえる。
獣人である彼の耳は、静かに揺れていた。
「そうだな。ノートルドもよく頑張ってたんだぜ」
 煙を吐き出しながら、ヴェルが視線を向けると、ノートルドが慌てるように唇を震わせた。その正面で、?千代が皆にチョコを渡す。彼女のシャギーの髪は、美しく夕暮れの明かりの中で煌めいている。
「急遽用意したもので悪いな」
「わぁ、ありがとう」
 嬉々とした様子のあうらの声が辺りに谺する。パートナーのそんな表情に、ヴェルが喉で笑った時、ノートルドが意を決したように青い瞳を揺らした。彼の黒い髪を、冬の風が乱す。
「あ、あのね、あうら、僕――あうらの事が好――」



 ノートルドのその声が、響き終わる直前。
 テスラの冬の女王をモティーフにした唄が終わろうとしている頃。
 同様に展示会場にてパートナーへと、ルートヴィヒはチョコを手渡していた。
「これを、どうぞ」
 ――わたくしのチョコをフラガさんに食べて貰って、あわよくばフラガさんの手作りをわたくしが戴くのですよ。家事をしたことの無い彼女が初めて作ったものが、たとえどのような味になっていようとも、何処ぞの馬の骨に手渡らせるよりは……!
 そんな心境で自作のチョコを手渡したルートヴィヒは、ベリーショートの髪の下で煌めくフラガの青い瞳を見守っていた。
「有難う、ルーイ」
 知的な声音で礼を告げたフラガは、自身が作ったチョコを、パートナーへと手渡す。
それに感極まった様子で、ルートヴィヒが両頬を持ち上げた。早速包装を取り去り、チョコを口へと運びはじめる。一口一口、大切そうに舌で味を噛みしめている様子である。
「美味しいです、フラガさん」
「そう、それは良かった」
 相も変わらず冷静な様子で淡々としているフラガだったが、そんな彼女からチョコを手渡されただけでルートヴィヒは感極まっていたのだった。
 吸血鬼であるパートナーのそんな心境など知らぬまま、フラガは、終わろうとしている唄に耳を傾けていた。



 そんな中、まだチョコ作り教室の室内に残っていたイランダは、無理矢理北斗に固いチョコレートを食べさせようとしていた。
「無理です、無理、無理だ――っ!!」
 フリフリのエプロンを着けたまま、北斗が身もだえる。
「私が作ったチョコレートが食べられないって言うの?」
 童顔のかんばせに浮かぶ大きな緑色の瞳を瞬かせながら、イランダが詰め寄る。彼女が作ったチョコレートは、硬化させる粉末を投入したため、パズルが完成しても決して熔ける事はない。
「食べたいけど、無理です、無理、無理だから!!」
「だったら言いなさい。ここで何をしていたの?」
「それは――……大体、おまえ今日が何の日か分かってるのか? 今日チョコを誰かに渡す意味が」
「? いいえ」
 単に、固いチョコを渡したら、北斗はどんな反応を示すのだろうかと気になっていたイランダは、彼の言葉に首を傾げた。
「今日は、好きな相手にチョコを渡す日なんだよ」
 留学生であり、聖バレンタイン・ディの意味が、いまいち分かっていない様子のイランダに、北斗が疲れたように説明した。
「好きな相手に?」
 あからさまに首を傾げたイランダは、北斗の後ろにあるチョコレートケーキを見据え、唇を尖らせた。
「じゃあ、そのケーキも、好きな相手にあげる気だったの?」
 ――それは、私じゃなくて?
 どこかそんな苛立ちを滲ませるイランダの瞳には気づかない様子ながらも、腕を組んだ北斗が嘆息した。
「違う、コレは、明日――おまえの誕生日だろ? だから、作っていたんだ」
 そんな彼の声に、イランダが、可愛らしい緑の瞳を、数度瞬かせた。
「折角サプライズを用意しようと思っていたっていうのに、いきなりくるんだからな、おまえ」
 諦めるように呟いた北斗に対し、顔を逸らしたイランダは、再び固いチョコを手に取った。
「兎に角食べなさい!!」
「は!? む、無理です、無理だから――」
「良いから食べなさい」
「だから、今日チョコを渡すって言うのは――」
「だから、だからなの。食べなさい」
「は? それって……」
「良いから、食べて!!」
 無理矢理口へとチョコを押し込まれながらも、バレンタインにイランダからチョコを渡された事実に、少しだけ北斗はうれしさを覚えていた。