校長室
春を知らせる鐘の音
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傷の手当てを済ませた直とエリオは、自分たちの状況報告と参加者のイースターエッグの行方について問いただそうと、スタッフルームへ向かっていた。 次第に参加者の元へ卵は戻っていき、もうすぐお祭り自体が終わりを向かえる頃とあってかエリアのほとんどはまったりとした空気が流れており、直たちを追いかけるものはほとんどいない。 「あー、ウサさん、発見!」 今日何度目かになるその言葉に振り向けば、柚木 郁(ゆのき・いく)が瞳を潤ませてこちらを見ている。連れ添う柚木 貴瀬(ゆのき・たかせ)も褒めるように郁の頭を撫で、お話したいことがあるんだよね、と優しく背中を押す。 「……い、いくのえっぐさん、返してくださいっ」 「んー、えっぐさん、なぁ」 ちらり、とエリオを見るも先程の襲撃でダミーは全て失ってしまった。今にも泣き出しそうなこの子をあやす卵すらなくて、申し訳無さそうに貴瀬を見た。 「郁、兎さんはエッグさんを失くしてしまったみたいだよ。探すのお手伝いしてあげよう?」 「いくのえっぐさんだから、いくがいっしょうけんめい、さがすのお手伝いする!」 輝かんばかりの笑顔をみせて首をふると、ぴったりと直の腕に抱きついて、どこへ行くのかとわくわくした顔をする。きっと予想が正しければ、彼の卵がある場所は1つだけ。 「よっしゃ、今からラスボス倒しに行こか」 「らす、ぼす? そのひとが悪いの?」 くすくすと笑う貴瀬は郁がガラの悪い言葉を覚えないように優しく言い換えて、直たちに付いていくことに。そうして辿り着いたのは、スタッフルームの近くにあるティーサロンだった。 「これはまた、小さなお客人が来たものだ」 ぞろぞろと連れだって来たものの、ジェイダスの気を惹いたのは郁だったようで、貴瀬は得意げに挨拶をする。 「こんにちは。直接挨拶するのは初めてですね。柚木貴瀬です。以後お見知りおきを」 「はじめまして、柚木いくです」 良くできました、と貴瀬が褒めている傍ら、直は入り口である人物が来るのを待つ。ジェイダスには会釈だけで済まし、入り口に留まる理由はもちろんラスボスを捕まえるため。 ――コンコンコンコンッ 「失礼します、ただ今外部の――っと」 「遅いおかえりやなぁ……ヴィスタ」 威圧的な微笑みを見せる直にやれやれとヴィスタが取り出したのは、間違いなく貴瀬が作ったイースターエッグ。オレンジ色をベースに翼っぽい飾りをつけて天使に見立てたそれは、どこも痛むことなく綺麗なままだ。 「あー! いくのえっぐさんだっ」 駆け寄ってきた郁に手渡せばありがとうと微笑み、昼寝もせず探し回った疲れからかうとうとし始めるので貴瀬はおぶってサロンを去った。 「さぁて、メンツ揃えたら種明かしをしてもらおか?」 「一体どういうことなんだ!」 参加者が用意したイースターエッグが戻って来たという報告を聞き、安堵していたのも束の間。エリオはテーブルを叩きつけてヴィスタを睨んだ。しかし、校長には元より一般教師より権限があるイエニチェリにさえ相談せず事を始めたヴィスタが、彼の言葉に謝罪する素振りなど見せるわけもない。 「まあいいじゃねぇか。ちゃんとリストと卵は照らし合わせて持ち主が探してる付近へ置いてきたんだ。骨の折れる作業だったぜ」 「戻れば良いという話じゃない! 中には破損してしまった人も――」 「気持ちはわかるが落ち着くんだ、校長も見ていらっしゃる」 ルドルフがそう諭すも、怒りは収まらないのかエリオは出された珈琲を一気に飲み干した。しかし、ジェイダス眉を顰めるわけでもなくクスクスと笑い続け、その香りを楽しんでからゆっくりと口を開く。 「あれは、始まりの印。新しい命の象徴とも言われているだろう。おまえたちは、自らの殻を破ることは出来たのか?」 「まさか優秀な薔薇の学舎にいながら、ジェイダスの期待に応えられぬ無能っぷりをさらけ出していたのではないだろうな」 トゲトゲしく言い放つラドゥに物怖じせず、率先して立ち上がったのはフェンリル。昨年入学したばかりの彼にとって、このような面子とのお茶会は誉れ高いことなのか、凜とした表情のままジェイダスに報告する。 「確かに今回は騒動に巻き込まれるという形ではありましたが、俺は慌てることなく対応出来たと思います。今年からは上級生として恥ずべき事のないよう、新入生である俺を卒業出来た日だと」 「なるほど。下級生に言われ、他は言葉もないか?」 テーブルにつく面々に視線を投げるも、言い淀むように口を閉ざす者ばかり。常に精進していれば些細な成長は当たり前で、個人的なことほどジェイダスに告げるには憚られる。そんな思いからか、イエニチェリの2人は苦笑する。 「……進める者が立ち止まるのは贅沢だろうかと考える日でした」 「僕は――まだ厚くて、難しそうです」 ルドルフに続く直もハッキリしたことは告げず、面白みにかけるとヴィスタを見る。けれども目が合った瞬間、彼は大げさに肩を竦めて笑って見せた。 「まさか私にも殻があるとお思いですか? 彼らほど若くはないのです、もうそこまで純粋には戻れませんよ」 小さな笑いが起こる中、エリオだけが空になったカップをじっと見つめていた。自分は何か成長しているのだろうか、殻を破ることは出来たのだろうか。2度目の生を受けてから、ずっと一心に思ってきたこと。それに対して、何をしてきただろう。 「おまえはどうだ、エリオ」 名前を呼ばれ、ゆっくりと顔を上げる。まだ迷いの残る顔は、とても殻を破ったようには見えない。制服の裾を握りしめ、揺れる瞳を誤魔化すように1度目を閉じ、深く深呼吸をした。 「俺、は…………変わらなければならないと思います。過去に縛られず、未来を歩むために」 迷いのない真っ直ぐな瞳。貫くことで満足していた自分から脱却しなくては、ここから動けない。そう気付いただけでも彼の成長に繋がるだろう。 それを祝福するように鳴る大きな鐘の音は、この復活祭の終了を告げる音。同時にこれは始まりの音だ。 新年度、春、そして――新しい自分。あなたには、春を知らせるこの鐘の音が、どんな音色に聞こえましたか?
▼担当マスター
浅野 悠希
▼マスターコメント
初めまして、浅野悠希です。この度はご参加ありがとうございました! 中にはお久しぶりな方もいらっしゃって、キャラクターの成長具合を楽しませて頂きました。 久し振りのマスタリングのため、色々制限を設けさせて頂いたにも関わらず、遅延することになってしまい申し訳ありません。 1人1人じっくりと書きたいという気持ちと戦いつつ、出来るだけコンパクトにまとめてみたつもりです。 次回はドタバタ学園物なんかをやりたいな、と思いつつ。少しでもマスタリングになれるように努力したいです。 しばらくは人数制限など行うかもしれませんが、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。 これからもよろしくお願い致します!