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春を知らせる鐘の音

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春を知らせる鐘の音

リアクション

 日本風のエリアからオランダ風のエリアへ移動したジェイダスは、騒動の元となる放送を聞いても事実確認をせず、ラドゥと共に持て成しを受けていた。
 仮にトラブルがあっても優秀な生徒が出席していることは確認しているし、どこぞの教師が企み顔を見せたことも記憶している。ならば報告が入るまで素知らぬ顔で過ごしても大きな問題は無いだろう。
 超感覚で白アンゴラうさぎに扮したエメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)はいつもの白い服もタキシードに替え白イースターバニーに。対してリュミエール・ミエル(りゅみえーる・みえる)は黒タキシードに黒うさぎ耳、尻尾で黒イースターバニーに扮して場を盛り上げた。
「ハッピーイースターそしてジェイダス様、少々先取りですが誕生日おめでとうございます」
「先取りとは言え、まだ5月にもなっていないだろう! べ、別に私が1番に祝いたかったわけではないが……」
 手作りのパスハを用意していたエメに招かれたのはイースターの会食だと思っていたが、まさか誕生日まで祝われるとは。不機嫌になるラドゥに苦笑しつつ、ジェイダスはエメの綺麗な髪に指を絡ませた。
「どうやらここには悪戯ウサギも迷い込んだようだが、私の目に映るウサギはプレゼントを運んでくれるのかな?」
「はい。パスハが甘めに仕上がっていますから、甘さを控えたものも」
 エメの合図と共にリュミエールが運んだのは、赤い薔薇が一面に飾られた生クリームケーキ。近くで見れば薔薇も手作りであることが確認出来、ホワイトチョコにラズベリーを練り込んだものだとエメは言う。
「校長誕生日おめでとう。所でいくつになるの? 判らないからとりあえず蝋燭は適当に持ってきたんだけど」
 大小様々な蝋燭を手に、リュミエールは問う。見た目から20代後半だろうということは察しがつくものの、ジェイダスの実年齢は誰も知らないのだ。
「……おまえが必要だと思う数を乗せるといい」
 そうは言っても、1つでも多く乗せてしまえば失礼だし、少なすぎては吹き消すときの願い事も叶うのかどうか。暫し悩んだ末、リュミエールは薔薇の飾りを崩さないためにも少し長めの蝋燭を2本立て、20代としてお祝いすることにした。
 和やかにイースター兼誕生日会が開かれているとは露知らず。近くでは師王 アスカ(しおう・あすか)が草の根を分けるように必死で自分のイースターエッグを探しており、蒼灯 鴉(そうひ・からす)は何度目かのため息とともに声をかける。
「だから、そんなに大事なら手伝ってやるって言ってるだろ?」
「だめなの〜あれだけは、絶対……うぅー」
「勝手に中身なんて見ねぇから。1人で探してたって、埒があかねーって」
 いくら諭されても、あれだけは人の手に渡って欲しくない。そう思うのは、赤いガラスに細工を施したため中身がうっすら見えてしまうのではないかという恐怖感もあった。自分の宝箱として使うため、大切なものを入れた。けれどそれは、余りにも器に対して拙すぎた。
「あ? あっちでパーティしてるのってジェイダスじゃね」
「えっ、えぇええええっ!! ないよね、この辺りに赤い卵なんてないよねっ!?」
 うっかりと口を滑らせたアスカの、この焦りよう。自分にも見せないように大事に作った卵は彼絡みの物なのかと思うと忌ま忌ましささえ感じる。怒りを込めてジェイダスを見れば、リュミエールが持って来たバスケットから何か取り出すのが見えた。
「なにもイースターは、卵を使って遊ぶだけではない。こういう細工に優れたものは飾ることで――」
 赤い卵を手に嬉々として語るジェイダスへ取り返しに行きたくとも草だらけのアスカは動けない。今にも泣きそうな目で見つめているから、鴉は舌打ちをしてジェイダスの元へ向かう。が、1歩遅く手のひらで転がしたことで蓋が外れジェイダスに中身を見られてしまった。アスカが小さな頃に描いたジェイダスの絵……破られるのが怖くて、アスカは両手で目を覆う。
「返せよっ! おまえのじゃないだろっ!」
 校長相手になんて口の利き方をするんだろう。エメたちが鴉の勢いに圧倒されていると、ジェイダスは小さく笑って卵を元に戻した。
「……では、ナイトに伝言を頼もうか。君らしい色合いを見失わないようにと伝えてくれ」
 ひったくるようにジェイダスから卵を取り返すと、心配そうに待つアスカへ伝言と共に投げ渡す。けれど、余裕たっぷりにナイトだなんて呼ばれたことが気に入らなくて、鴉はしっかりとアスカの肩を抱き寄せてその場を去った。
「うわぁあっ!? ジェイダス様、一体何を……」
「いつまで呆けているんだ。私の誕生日を祝ってくれるのだろう?」
 リュミエールと違い、自分の体の一部となっている尻尾を突然撫でられたエメは、奇声と共に逃げ腰になる。隣に座るラドゥが睨みをきかせているので、薄ら笑いを浮かべるしか出来ない。けれども、平和である今を楽しんでもらえるように2匹のウサギは奮闘するのだった。
 温かみのある色合いの煉瓦で組まれたオランダ特有の建物の中では、渋井 誠治(しぶい・せいじ)が彼女の手を引いて歩いている。ドレスの展示やチャペルを見学しつつ、シャーロット・マウザー(しゃーろっと・まうざー)をエスコートする姿は、春が良く似合う学生カップルだ。
 式場というちょっと背伸びをした場所でのデートだからか、ほんのりと恥ずかしそうに笑いあうたびに初々しさが漂い、俗に言う浜辺で「待て待てー♪」などと周囲を気にせず己の世界に浸るようなバカップルには見えない。そんな2人だからこそ、ゆっくりと式場を見てまわることを優先し、その先々で卵も探してみるという方法をとっていた。
「ここのチャペルには素敵なオルガンがありましたね。誠治はガーデン挙式とならどちらがいいですか?」
「1回だけの物だし悩むよな。とくにガーデンなんて季節によって全然違うんだろうし……」
 にこやかに話す2人の向かいからは、卵をたくさん持ったフランカ・マキャフリー(ふらんか・まきゃふりー)がフラフラしながらやってくる。ミーナ・リンドバーグ(みーな・りんどばーぐ)が自分の卵を探していたので、これだけ持っていけば偉いねと褒めてくれるかもしれないと思ったからだ。
「うっと……えっと…………ふわわわっ!」
 抱えすぎた卵はポロポロと腕から落ち、いくつか壊れてしまった。タイミングが良いのか悪いのか、誠治たちは強く窓を打ち付けた風に驚いて、勢いよく回っている風車を見ているので、この失態に気付いた者はいない。なんとかしなくては、と廊下にある置物の影へ卵を隠していると、ミーナが上の階から降りてきた。
「見つけたです! フランカってばこんなところで何してるの?」
「あう……あ、あのね! ふらんかね、ちょっとだけね、むずかしいじもよめるようになったの!」
 卵を壊したと言えば、怒られるかもしれない。フランカは咄嗟に卵から飛び出ていた紙を掴み、満面の笑みを見せる。しかし、手にした紙束にはびっしりと漢字が書かれており、絵本よりも数段多い文字に困惑する。けれどもミーナは期待するようにニコニコと微笑んでいるから、フランカはたどたどしく読み上げた。
「はなの、あや……んと、ようせいか、てんし、が、まいおりて……つばさに、おもり、が?」
「わあっ、ステキなお話みたいです〜っ! なになに?」

 ――オレは1つ、神様に謝らなければいけないことがあるんだ。
   それはシャロという可愛い天使を、神様の元に返せなくなってしまったこと。
   誰よりも可愛くて、パラミタ中……いや宇宙のどこを探したって、こんなに可愛い子は見つからない。
   花の妖精か天使が舞い降りてきたに違いないって思ってる。だけど、翼はどこに隠しちゃったんだろうな?
   きっとオレなんかといるからもぎ取られてしまったか、罰として重りをつけられてしまっているんだと思う。
   もしそれで人が堕天使と呼ぶのなら、世界中が敵になってもオレが守って見せるから。
   だから涙は見せないで。その一滴でオレの心は…………

「わぁああああっ!! こっ、心わぁあああ〜♪」
「誠治どうしたの? 急に歌い出して」
「なな、何でもない。何かそう、いいフレーズが浮かんでっ! 歌詞が!」
 2人が廊下を歩き始めれば、当然ミーナたちの朗読会にぶちあたる。彼女へのラブレターを他人に読まれているなど知られたくなくて、誠治は必死にシャーロットを誤魔化し始めた。
 しかし、その甲斐虚しくフランカは次の紙を手にする。誠治が便せんに10枚近く綴った思いは、壮大なスケールのせいで絵本好きの2人には物語だと思われているらしい。夜中のラブレター効果とは末恐ろしいものである。
「これが続き? えーっと……王子様に迎えに来てもらったら、女の子はお姫様になれるかな? いつまでもあなたの隣で……」
「やっ……だめーっ! 誠治っ、聞いちゃだめですからねっ!」
 そう叫ぶなら誠治の耳を塞げばいいものを、シャーロットは気が動転しているのか自らの耳を塞いで座り込んでしまう。
 青年が天使を攫い、お姫様を迎えに行ったという妙なお話はミーナたちのお気に入りとなり、自分たちで絵本を作り出す……なんてことにならないことを祈るばかりだ。
 そんな騒ぎが聞こえてくるドレスの展示室では、スタッフが外の様子を気にしつつも七尾 正光(ななお・まさみつ)は周りを気にする様子はなかった。それは隣に立つアリア・シュクレール(ありあ・しゅくれーる)にしても同じことで、憧れの眼差しでドレスを眺めている。
 ただ、正光とアリアとでは決定的に違う点があった。アリアは童話や女の子の思い描く夢に出てくるようなドレスを前に幸せそうな顔で微笑むのに対し、正光はどこか現実的な物として眺めている。まだ17歳程度のであれば恋愛に夢中で夢物語のように結婚の話をすることはあれど、自分たちの将来の1つとして真っ直ぐと考える者は少ないだろう。
 焦りか、恐れか。決定的な何かを求める自分と彼女では温度差が違うように感じられて、折角のデートだというのに会話もはずまなかった。
「……おにーちゃん?」
「な、なに?」
「ずーっと同じドレス見て、お返事してくれないんだもん。このドレス、私に似合うかな?」
 試着出来ないけれど気分だけはお嫁さんなのか、水色のミニスカメイド服の裾を持ちくるりと回ってみせる。遅れるように白いエプロンが舞い、幸せそうに微笑んだ。
「おにーちゃん。今もこれからもずーっと、私は一緒だよ。おにーちゃんを嫌うことなんて絶対ないからね」
 結婚の約束をしたけれど、自分に自信がもてなかった。また失ってしまったら、嫌われてしまったら……それを恐れて気持ちが変わらぬうちにと結婚を急いでいるんじゃないか。そんな不安を全て、彼女が振り払ってくれる。
「アリアに助けられることもまだあるだろうけど、俺も気持ちは変わらない。いつ神様に誓ってもいいくらいね」
 沢山並ぶドレスの影に隠れて、優しいキスを贈る。不安だからじゃない、もっと幸せを分け合いたいから、正光は早く結婚しようねと約束の言葉を囁いて、幸せそうに見つめ合うのだった。