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【新入生歓迎】特盛り? 愛の詰まった校外学習

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【新入生歓迎】特盛り? 愛の詰まった校外学習

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 一方、洞穴では狭く薄暗い場所が逆に興味を惹くのか、アーヴィン・ヘイルブロナー(あーう゛ぃん・へいるぶろなー)が目を輝かせて歩いていた。新入生の彼をサポートしようと後に続く久我内 椋(くがうち・りょう)は、あまりに嬉しそうな顔をするアーヴィンへ問いかけた。
「アーヴィン殿は、このような場所での戦いは自信がおありですか?」
「いや、力仕事に関することは苦手なのだが、やはり食事には肉がなくてはな!」
 草原にも育ち盛りの生徒たちが多数集まっていることだろう。これだけの人数がいれば、かなりの大物と出くわしても仕留めることは出来るはず。椋はパートナー越しに後ろを振り返ると、この洞穴に向かったメンバーは見知った者が多いことに安堵した。
 きゃあきゃあと傍目から見れば女子トークを繰り広げているシーラ・カンス(しーら・かんす)奈月 真尋(なつき・まひろ)は、薄気味悪い洞穴の中に咲く花そのもの。ホイト・バロウズ(ほいと・ばろうず)も子供っぽいニゲル・ヘレボルス(にげる・へれぼるす)の面倒を見たりあまつさえ野郎の面倒を見るくらいであればお嬢さんの面倒を見ているほうがいいと無意識に歩くペースが彼女たちに合わせたものになっていた。
 しかし、会話の内容はお嬢さんと呼ぶには実に首を傾げたくなるものばかりで、志位 大地(しい・だいち)は自分の悩みと相まって疲れ切った表情で立ち止まった。
(まったく、シーラさんのこれは今に始まったことじゃないけど……反響して聞こえてくるとダメージが2倍になった気がしますね)
 それもこれも、洞穴なんかに来るからだ。ぐるりと辺りを見回したとき、大地の目にあるものが映った。冷静に眼鏡を取って拭き直し、もう1度同じ方向を見る。近くに寄らないと人の顔も判別できないような中で、薄ぼんやりと輝くそれ。
「きゃあああああっ!?」
 その叫び声は、洞穴の入り口まで響き渡った。洞穴に数名入っていくのが見えたクリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)は、新入生が勇気と無謀の違いが分かると信じ、何かあるまでここで待機するつもりだった。話し相手にと選んだウェルチ・ダムデュラック(うぇるち・だむでゅらっく)もまた同時に顔を上げて耳を澄ませるが、入った人数に対して叫び声は1つだけ。中にはゲイルフェンリルも控えていることを考えれば、急いで駆けつけることも無いだろうと暫く様子を伺うことにした。心配そうに未だ中を窺うクリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)は、2人が再び歓談し始めても落ち尽きなく暗い空間を見つめていた。
「霧に囲まれたタシガンじゃわかりにくいが、夏は目前なんだよな。ウェルチくんは泳ぎに行ったりするのか?」
「別に。ランディが行くなら行くだろうし、そうでもなければ魔鎧の素材でも探すよ」
「そう? 最近は可愛い水着も多いのに残念だ……いいよな、女の子は色んな種類があって」
 睨み付けるウェルチの表情を見ても、クリストファーは顔色1つ変えない。クリスティーがフォローしようと間に入ってきても、確信しているように言葉を続けた。
「薔薇の学舎は男子校……でも俺は、意外と女の子も隠れてると睨んでる。クリスティーの男装を手伝うようになってからは特にな」
「何言ってるんだよクリストファーっ! ボクはそんな、男装、とか……!」
 憧れていた薔薇の学舎へ入学して、悲願だったイエニチェリにもなれて。クリストファーの裏切りとも取れる言葉に、クリスティーは言葉を詰まらせた。
「同じ秘密を抱える者同士、気の合う部分もあると思うんだ。個人的に仲良くしてやってくれると嬉しいかな」
「……そういう結束は大事なのかもしれないね。だけど、ボクはそんなにもわかりやすいかな」
 周りに気をつけろと言っておいて、自分がバレていては元も子もない。同じ秘密を抱える者は、少しずつウェルチの周りに集まってきているようだ。

 洞穴では叫び声を皮切りに、先を歩いていたメンバーが臨戦態勢を取る。しかし、その声の主は大地では無い。
「誰が襲われたのっ?」
 東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)が銃を構え大地に声をかけるが、指差した先には何やらガサガサ動く物は確認出来るが、ビニール袋を被った七篠 類(ななしの・たぐい)とまではわからない。声の主はグェンドリス・リーメンバー(ぐぇんどりす・りーめんばー)だったのだが、分かれ道の先にある光景はここからではさらによくわからなかった。
「落ち武者のような鎧を着た骸骨がいきなり現れたんです。見間違いかと再確認したら、刀を振り上げて」
「大変じゃないですか。アーヴィン殿、まずは先程の声の主を助けましょう」
 駆け寄ってくる彼らを見て喜んでいるのは骨骨 骨右衛門(こつこつ・ほねえもん)。今まさに落ち武者を模した魔物だと勘違いされ敵意を向けられているにも関わらず、仲間を見つけて駆け寄ってきたのだと思っているようだ。当然、ここで待機しているように提案した榧守 志保(かやもり・しほ)は勘違いされていることに気付いてはいるが、骨右衛門の引っ込み思案を治すためだと何も言わなかった。
「さぽーとというのも申し出にくく光学迷彩で身を潜めていたでござるが、拙者にも役に立てることがあるのでござろうか」
 全身黒タイツに蛍光塗料を塗った骸骨を纏った骨右衛門。暗闇の中で光り輝き驚かせないため光学迷彩を使用したのは彼の良心だ。そして、熊や魔物に襲われないようしっかりと刀を準備して待っていただけ。……ただ、それだけだったのだが。
 分かれ道を抜けて少し開けた場所に出ると、ホイトが気合いを入れるように闘気を発して骨右衛門へ向けて手をかざす。そこで骨右衛門はようやく刀をしっかりと握り直した。
「榧守、拙者らの背後に敵がいるでござるか!? 拙者には見えぬ、見えない敵とはすなわち……」
「霊の類か何かを見つけたのかもしれないな」
 無論、志保がさしているのは骨右衛門のことなのだが、心霊現象が苦手な彼は刀を振り回すようにして背後の敵を倒そうとする。それを好戦的な魔物だと捕らえたシーラは、ホイトが放った闘気を交わす先を予測して愛用のパイルバンカーで撃ち抜こうとした。
「ふふ〜っ、お肉が無いのは残念ですけれど……おいたをする子は許しませんわ〜」
 にっこりと微笑む笑顔は、彼の近くにあったはずの岩を簡単に小石へと変えてしまった。一緒にいることで仲間だと思われた志保も、秋日子の銃やニゲルの矢をかわすのが精一杯で、隙間を縫うように近づいてきたマーカス・スタイネム(まーかす・すたいねむ)のダガーが首もとに近づくまで存在に気づけなかった。
「君にあとは無い。手荒な真似はしたくないんだ、魔物を操っているなら大人しくさせてよ」
「魔物じゃない、骨骨はゆる族だ」
 降参のポーズを取る志保が絞り出すように呟いた言葉に、マーカスは驚いて骨右衛門を見る。強い女性陣に囲まれ、犬のごとくお座りをさせられている姿を見ると、女性恐怖症にならないか心配なくらいだ。
「それより、骨骨を見て驚いたのか奥に隠れた変な奴がいるんだ。小さな女の子を連れていたみたいだが」
「おなごだばて!? こげん骨盤でん見にゃ判断付だべがいような人よりも、へちに興味がありますね。はよ助けにいこっせー 」
 三次元男子と共に行動する苦痛からか、女の子がいると聞いて元気になった真尋は先へと進もうとする。背後では魔鎧化するかどうかと話していた会話を聞き、アーヴィンが主従関係で妄想を始め、単語に反応したシーラが真尋も呼ぼうと手招きするがアーヴィンとは随分と間合いをとっている。
 平和になった空気を感じて、ひょっこりとグェンドリスが岩陰から顔を出した。無事を喜ぼうとした秋日子は、背後に類の姿を確認すると納めていた銃を再び構えた。けれど、秋日子から守るように両腕を懸命に広げているグェンドリスに大地は見覚えがあった。
「あの子、もしかしてここへ来る途中に会った――」
 しかし、その言葉は獣の呻き声によって掻き消されてしまった。先の骨右衛門との戦いで暴れたせいか、奥で眠っていた熊が起きてしまったらしく、見て分かるくらいの不機嫌さが伝わって来た。四足歩行で近づいてくるだけでも威圧感のある大きさなのに、鋭い爪を振り上げて二足歩行になれば、身の丈4、5mはあるだろうか。肉として持ち帰るには十分かもしれないが、それは無事に仕留めることが出来ればの話。
 本来、十分な人数を確認したら爆竹でも鳴らし新入生を警戒させ、かつ覚醒しきらないうちに痛手を負わせようと画策していたフェンリルとゲイルだが、自分たちが意図しないうちに熊は目覚め、新入生たちを襲い始めている。
「……まずいな。あのグループには他校生もいただろう」
「腕はたちそうでしたが、新入生を庇いながらとなると戦況は読めませんな」
 幸か不幸か、熊の住処を探索用の洞穴と案内しただけで仕掛けた罠はほとんど取り払われている。ここは彼らに任せるべきだろうと見守っていると、洞穴の内部が一気に明るくなった。レヴィシュタール・グランマイア(れびしゅたーる・ぐらんまいあ)が火術で照らし、響き渡る音を聞きつけロア・ドゥーエ(ろあ・どぅーえ)がやってきたのだ。既にアーヴィンたちが洞穴に入っていたため障害物も特になく、軽快な足取りで進んできたロアにとってやっと見つけた面白い物。しかもそれが、肉を狩るチャンスとあれば気紛れな彼も口元に笑みを浮かべる。
「ガァアアアッ!」
 目が眩み、一心不乱に爪を振り回す熊から秋日子らも十分な間合いを取る。元々遠距離攻撃を主体に考えていたとは言え、下手に動きまわっては岩壁に背を取られかねない。その上、体勢を整えて共に戦おうとする人など気にもせず火術を放つレヴィシュタールがいるとなると一時の油断も出来ない。火に怯え動きが鈍った隙にロアは弓を引き絞る。目と足を狙い続けざまに放った矢は熊に刺さり、視覚に隠れていたマーカスのほうへ倒れ込む。
 二足では状態を支えられなくなった熊は、1本を引きずるようにしながらも前進しようとするので、類は飛び上がり音速をも超える勢いで拳を振り下ろした。
 悲鳴をあげる間もなく大きな図体を地面へと鎮めた熊は、それからピクリとも動かなかった。アーヴィンとロアがどのように持ち帰るか相談するのを、マーカスは珍しい光景を見るように眺めていると、ニゲルが服の裾を引っ張った。
「お花ちゃん、大丈夫?」
「うん、大丈夫。みんなが協力したおかげだよね」
「……やっぱり間違いないんだけどな」
 話が噛み合わず小首を傾げるマーカスをじっと見つめても、何かを思い出す気配はない。なんでもないと笑う彼女に、少しくすぐったい気持ちが込み上げるのだった。

 激しい応戦の音が聞こえ、念のため中の様子を見てこようと立ち上がったクリスティーたちは、予想以上の収穫をしてきたメンバーの笑い声に武器を納めた。暗闇の中で骨右衛門とビニール袋を被った志保が出会い、互いに魔物が出たと慌ててしまったこと。グェンドリスの悲鳴に一時退却をしたものの、武器を構えた姿を大地らに誤解され、その戦闘が熊を起こしたのではないか。過程がどうあれ、大きな怪我もなく肉が入手出来たのは喜ばしいとアーヴィンは笑い、そんな彼らに洞穴攻略は無理だと辛辣な言葉を投げかけてしまった類は、なぜ袋を被って後をついて来たのかは素直に言えずじまいだが、グェンドリスが必死に誤解を解こうと説明しながらクッキーを配り。
 和やかに材料の1つを抱えてきたメンバーを出迎えた嵯峨 奏音(さがの・かのん)は、応急処置も済ませてある様子を見て生徒の出来の良さに嬉しくなる反面、自分の出番は無いのかもしれないなと苦笑する。
「にいさま? どうしたの、嬉しそうな顔して」
「いや、私も今日はのんびり出来るかと思っただけだ」
 薬の匂いが染みついた部屋で引きこもっているより、外の空気を吸うほうが気分もスッキリする。それは隣で不思議そうな顔をする嵯峨 詩音(さがの・しおん)だって同じことだ。
 先輩らと手を組み、応急手当が間に合っているのであれば詩音にかかり切りになれるので、無理をさせない程度に遊ばせることも出来るのだが……元気の溢れる新入生たちはそうはさせてくれないようだ。
 ルキア・ルイーザ(るきあ・るいーざ)に手を引かれるようにしてやってきたロレンツォ・ルイーザ(ろれんつぉ・るいーざ)は、仲が良いとは言え兄弟で手を繋ぐというのを少し恥ずかしがっているようだが、真っ直ぐに白衣をきた奏音を目指すルキアはロレンツォが手当を受けるまで離さないつもりらしい。
「患者さんかな。えぇっと……頬のかすり傷に、手の切り傷かな。他は?」
「僕はこれくらい大丈夫だって言ったんだけれど、ルキアが心配性で」
 診察の傍ら薬を用意する詩音は、優しくロレンツォの手を取って少しだけ眉を寄せる。
「小さいからって油断しちゃダメですよ。外の怪我は化膿するかもしれないんだから」
「ほら、ナースもこう言ってるんです。元々体も弱かったんですから、変なところで無理をしないでください」
「ナース、ね。こう見えても詩音は、おまえたちと同じ薔薇の学舎の生徒だが」
 困ったように笑う詩音に何度も頭を下げるルキアは、お詫びにと救護活動でこの場を離れられないであろう彼に湖で起きた出来事を話し出す。自分が体験出来ないようなことを教えてくれるルキアと談笑する姿に、奏音とロレンツォは静かに見守っているのだった。