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四季の彩り・ぷち~海と砂とカナヅチと~

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四季の彩り・ぷち~海と砂とカナヅチと~
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リアクション

 
 第5章 好きなタイプは?

「全くもう! いきなり飛び込んで見えなくなるからびっくりしたわよ。ちょっと、立てる?」
 ローザマリアからバトンタッチという形でアクアを任されたブリジットは、浜に辿り着いて一息ついていた。
「大丈夫です、ただ……」
 そこに、先に救助されていたファーシー達が近付いてきた。
「アクアさん、大丈夫?」
「ファーシーこそ……大丈夫なんですか? 一体どこまで流されていくのかと……」
「え? う、うん。浮輪もあったし……」
 ブイに引っ掛かれば、流れもそこで止まっていただろう。致命的な損傷には至らなかったはずだ。多分。
「フリッツが……助けてくれたし……」
 砂の上に座ったファーシーは、アクアと合わせていた視線をフリードリヒに向けた。赤みがかった頬に尖らせた唇。何とも素直じゃない反応である。どんぶらこと流されていったファーシーを、アクアとほぼ同時に助けに行ったのは彼だった。いつも憎まれ口ばかり言っているだけに、こういう時にどういう顔をしていいのか分からない。それに……
 助けにきた時のフリードリヒの必死な表情を思い出すと、どきりとしてしまう。
「どんどん流されていくんだもんよ。マジで焦ったぜー? 浮輪なんか、ちょっとしたことで穴開いちまうんだからな!」
「う、うん……、ごめん……って、あれ?」
 そもそも、海には自分から入ったわけではなかったような……
「ファーシーさんが謝ることはないですよ。あれは、ブリジットが悪いです」
「う……い、いきなり背中を押したのは悪かったわよ」
 舞が笑いかけ、ブリジットはばつが悪そうにファーシーに言う。
「今度はもう少し安全な場所で練習しましょ。プールとか」
「ですから、ブリジット、機晶姫は水に浮かないんじゃ……」
 先程から思っていたことを、舞はここぞと口にする。ファーシーとアクアは、初耳だというように顔を見合わせた。
「そうなの?」
「いえ……知りませんが……」
「やっふぅ〜! 海でありますか! 遊びで来るのは初めてでありますからスカサハわくわくであります! あっ、ファーシー様とアクア様でありますよ!」
 スカサハ・オイフェウス(すかさは・おいふぇうす)の明るい声が聞こえてきたのは、そんな時だった。

              ◇◇◇◇◇◇

「うっわー、すごい広いね! プールの何倍あるんだろー?」
「でかい屍龍にでかいぬいぐるみ……まあ、この程度なら平和な方か」
 平和は平和だが、感覚が麻痺していると言えなくもない。
 パラミタ内海を訪れた第一声として、ケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)の軍用バイクに乗って来たピノとラスはそう言った。ピノは麦わら帽子を被り、ピンクのワンピース型水着に半袖パーカー、ビニールの花飾りがついたビーチサンダルを履いていた。ラスの方は、白いTシャツに膝丈の水着という極シンプルな格好だ。バイクに座っていただけの筈だが、なんだか既に疲れている。
「暑い……」
 その一言に尽きるらしい。
「海の家、美味しそうなものいっぱい売ってるね。あれ、みんな食べたいなあ……」
 ケイラは海の家の方に恋しげな視線を向けていた。こちらはホットパンツに、上はTシャツを縛ってヘソを出し、麦わら帽子を被っていた。
 活気のある海の家から漂う食欲のそそる匂いに、ケイラはラスを振り返った。
「ラスさん達も並ぶの手伝ってくれると嬉しいな。たまには買って食べるのも美味しいかなって。今日は何も作ってきてないし」
「別に……いいけど」
 そんな会話をしている2人の下で、ピノは自分の財布を覗き込んでいた。小銭と呼べるものはあまり入ってなく、何となく、わざとらしい。
「おにいちゃん、あたしもいろいろ食べたいなー……」
「心配しなくても買ってやるって」
「本当!?」
 ピノは、ぱあっ、と嬉しそうな顔になった。彼女とケイラ2人を見てラスは言う。
「お前ら……ここに何しに来たんだ」
「え? 食べにだよ」「食べにだよ!」
 主旨が変わっている。

 海の家の屋台では、エリスのたこやき屋が一番人を集めていた。先程のパフォーマンスやライブが効を奏したということもあるし、せっかくなら赤いビキニにエプロンの女子から食べ物を受け取りたいというものだ。やはりというかなんというか、客としては男が多い。
 海の家の桟には『たこやき』『タコ入り焼きそば』『タコ入りシーフードお好み焼き』『焼きタコ串』などのメニューを書いた紙が貼られている。
「何か、タコのメニューが多いね。材料がいっぱい手に入ったのかな?」
 その通りである。
「あー……そうだ」
 並んでいる最中、ラスは思い出したようにケイラに言った。
「良い機会だし、金返しとくな」
「お金? ……あ! もしかして、あの時の?」
 コンビニで携帯電話の充電器を買った時のことだ。あの時、ピノに電子マネーを持ち逃げされて一文無しであった彼に、ケイラはお金を貸していた。だが流石に、海の家には現金を持って来ていたようだ。
「少し遅くなっちまったけど」
「うん……」
 ケイラは、その時の会話を思い出す。
「やっぱり、返してくれたね」
「…………」
 笑いかけると、ラスはむず痒さを覚えたような顔になって前を向いた。

 巨大タコに壊されたテーブルは片付けられ、屋内に設置されていたものが外に運ばれて一見何もなかったように見える屋外で、ケイラ達は並んで買った戦利品を所狭しと広げ、積み上げていた。多分、これで全商品である。しかし商品を受け取る時、海の家のオーナーらしき男に『くっ……1軍め……!』と言われたのはどういう意味だったのだろう。
「そういえば、シーラさんや大地さんも来てると思うんだけど、どこにいるんだろう?」
「あいつらも来てるのか?」
「うん、ピノさんと遊ぶの、楽しみにしてたんだよ。……あ、そうだ、お花見の時はごめんね。大地さん達と一緒に弄りすぎちゃったかも」
「…………」
 謝られ、ラスは花見の時のことを思い出した。あの時はさんざんに大地と比較されたのだ。主に、兄の資質について。
「……やっぱり、お前もわざとだったんだな……!」
 しかし、ナチュラルに的を得ていて何気にグサグサ来たわけだが……
「ま、まあまあ! ほら、これジャンクフードな感じだと思ってたけど、結構美味しいね」
「ほかほかで美味しいよ! タコもぷりぷりしてるしね!」
 取り成すように言うケイラと、純粋に味の感想を言うピノに溜息を吐き、ラスはたこやきの最後の1個を口に放り込む。浜を歩く水着美女を見るともなしに見ていると。
「…………」
 やけに目立つ筋肉に、つい目が止まった。

「そこのビキニ美女ども! 俺とこのひと夏を過ごさないか!?」
 白肌のむきむき筋肉に紫のTバックビキニ水着のむきプリ君は、連れ立って歩く美女達や肌を焼いている美女をナンパしまくっていた。ちなみに、ホレグスリはショルダーバッグに入れて肩から下げている。裸で入れる所が無いので仕方がない。
 彼の頭には『美女をナンパする』ということしかなく、プリムからの呼び出しが海の家の手伝いであることなどはふっとんでいる。何の効果を期待してなのか、身体の前面にはオイルを塗っていてテカテカだ。……背面も自分で塗ろうとしたが手が届かなかったらしい。
「やだー、ちょっと、あの筋肉キモいんだけどー……」
「あの、ごめんなさい、近付かないで……」
「あたしカレシいるしー。筋肉とかお呼びじゃないしー」
「なんだとぉっ!? お前達、他の筋肉キャラに失礼だと思わないのかっ! みずみずしい筋肉の男は他にも……い、いや、決して変な意味ではなくてだな」
「何こいつ、何で赤くなってんの? 女誘っといて男好き?」
「てゆーかー、筋肉とかじゃなくてその暑苦しい感じがまじ勘弁なんだけどー」
「…………」
「ちょっとムッキー! 何やってるんだよ!」
 そこで、肩を落として背中を丸めかけていたむきプリ君に気付いてプリムが走ってくる。
「ナンパなんかしても悲しくなるだけなんだから、ほら、手伝って!」
「う、うむ……」
 むきプリ君が接客したら客が逃げそうな気がするが、そこには思い至らずにプリムは彼の手を引っ張った。
「む……?」
 だが、海の家に向かう途中でむきプリ君は足を止めた。屋外でヘソ出し撲殺女子――ケイラのこと――と一緒に屋台の食べ物をつついているラスとばっちり目が合う。空京で自分にとどめを刺そうとしていたイっちゃっていた目を忘れるわけもなく、その隣にはかつて自分が誘拐した少女、ピノもいて――
 だが、まあいい。昔のことは寛大な心で水に流してやってもいい。それより、ここで会ったが100年目と訊いておきたいことがある。これは、どうしても確認しなければいけないことだ。
 むきプリ君は大股で3人に近付いていった。
「おまえ……」
 まさか声を掛けられるとは思わず、何だ? と驚くラス。自然と、ピノを誘拐されないように身構えてしまうが、むきプリ君から発せられた言葉は全くもって予想外のものだった。
「女と一緒にいるが……、そいつは彼女なのか? だったら祝福してやるから正直に答えろ。いえ答えてください」
「彼女……?」
 目を丸くして反応出来なくなること数秒。わけのわからないまま、ラスは言う。
「いや……こいつ、男だし」
「! 男だと……!!!?」
 その答えに、むきプリ君は二重の意味で驚いた。ケイラが女子ではないという事実についてと、もう1つ――
「やはりおまえも男色家……、今も俺を見つめていた……、俺の事が好きなのか!!?」
「ちょっと待て……!! いきなり何……」
 とんでもないことを言われてラスは思わず立ち上がるが、むきプリ君は1人頭を抱えて聞いちゃいない。
「なぜだ……!! なぜ俺は女にモテないんだ! なぜ男にモテモテなんだ!」
「待て待て待て。本気で意味解んねーんだけど……」
「ああ……それね」
 そこで、同情するような顔で2人を見ていたプリムが解説を加えた。そろそろ、この半NPC劇場を読み飛ばさず読んでくださっている皆様にも解説しておかねばなるまい。
「春あたりからね、ラスさんの恋人としての好みがムッキーだって噂が流れてるんだよね。『好みのタイプはむきプリ』だって。多分、イルミンスール以外にも流れてると思うよ。まあ、2人を知らない人は気にしてないと思うけど……」
「『好みのタイプはむきプリ』……?」
 どこかで聞いたことのあるフレーズだ。あれは、確か……
「…………!!」
 そう、あれは花見の席。トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)がアクアとラスに言った言葉。

『で? おまえらどんな奴がタイプなんだ?』
『正直に答えなさい。答えない場合は好みのタイプ・むきプリ君ってまわりに広めるぞ〜』

 アクアは『むきプリ以外の男』と正直に答えたが、ラスは何だかんだ有耶無耶にして答えなかった。
「あいつ、本当に広めたのか……!?」
 広めたらしい。情報を流布したらしい。そしてそれは重要らしい。米印がつくほど重要らしい。
 そう思って周囲を見回すと、男同士の連れやそれっぽい男の視線が気になるような。
 ラスは深呼吸をして、むきプリ君にはっきりと言った。
「安心しろ。俺は男色家じゃない。あと、お前のことは男としても嫌いだ。男から見ても生理的にダメだ。だから安心しろ」
「…………!!!」
 振られて喜ぶべきなのだろうが、むきプリ君は何だか途轍もなく悲しそうな表情になった。とぼとぼと海の家へと向かっていく。
「プリム、何を手伝えばいい……?」
 そうして、異様な存在感を漂わせる海の家に、新たな異様な存在感が加わった。