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第1章 若葉分校を訪れて

 キマクの外れ、サルヴィン側の傍にある若葉分校は、とある経緯でC級四天王となった神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)の下に集まった、パラ実生を中心とする若者達のたまり場だ。
 ただ、単なるたまり場とは違い、彼らを指導する教師がおり、優子のパートナーであるゼスタ・レイラン(ぜすた・れいらん)も時折訪れては、彼らと一緒に過ごしている。
 つまりパラ実生の分校の中では、本来の学校の分校に近いたまり場だ。
 今日、7月1日は、総長である神楽崎優子の二十歳の誕生日――。

「色々持ってきたよー。好きなの使ってねー」
 リン・リーファ(りん・りーふぁ)は、喫茶店のテーブルの上に、色紙と色ペン、色鉛筆、野菜柄のスタンプなどを広げていく。
「ブラヌちん、ブラヌちーん」
「ん?」
 リンは不機嫌そうなブラヌ・ラスダーの服を引っ張って、テーブルの方へと引っ張ってきた。
「贈り物の件、言いだしぺは君だよね? だからこの寄せ書き集めるのも君がやるのよ」
 集めるのは一緒にやるけれど、贈り物とセットでブラヌ主導で行うのだと、リンは彼に説明していく。
「おー……」
 ブラヌは元気がなかった。
 それもそのはず、贈り物が奪われたこともだけれど。
 長い付き合いの友人が理不尽なやり方で、ひどい怪我を負わされたから。
「悔しい気持ちはわかるけど」
 鳥丘 ヨル(とりおか・よる)が近づいて、ブラヌに声をかける。
「相手の息の根を止める確実な作戦がないなら我慢してた方がいいと思う」
「我慢かー……くそっ」
「下手に突付いて若葉分校でデカイ顔されるのは嫌だよ」
「うー……」
 ブラヌは眉を寄せて、呻いている。
「小物っぽいから絶対隙ができるよ。その時に踏み潰してやろう」
 ヨルはそう語りかけて、ちょっとだけ笑みを浮かべる。
 ブラヌはふうと大きく息をついた。
「まあ、無茶するなよ」
 ヨルのパートナーのカティ・レイ(かてぃ・れい)がブラヌにジュースを差し出す。
「あんたには分校生をまとめてほしいんだ。庶務ってけっこうな重役なんだろ? よくわからんけど」
「勿論だ」
 ブラヌはそう答えるが。
 実際はパシりとも言う。
 でも最近は、パシらされていることはあまりないようだ。
「重役が短気起こしちゃダメだろ。もうただの不良じゃないんだし。あんたも、あたしも」
 最後は小さな声で、カティは言った。
 ブラヌは再び、大きくため息をついた。
「気持ち、治まりそーもねーから。バカなことしそうになったら、止めてくれよ」
 そして、ヨルとカティにわずかな笑みを見せる。
「わかった!」
 彼の言葉に、ヨルは強く頷いた。
 カティも軽く笑みを浮かべて頷く。
「元気がないのは仕方のないことですけれど」
 関谷 未憂(せきや・みゆう)も、分校の仲間達を案じて、少し悲しげに話し出す。
「恐竜騎士団員のことは、他の仲間に任せてくださいね。奪われた贈り物に関しては、そのものより、選んでくれた時間や行動がいちばん嬉しいと思うんですよね」
 だからもし、元から準備していたものが、今日渡せなかったとしても。
 気持ちや日頃から思っていることを、色々と――寄せ書きにできたらいいなと、未憂は思う。
「そういうのも、『持つ者に勇気と力を与えてくれる』と思うんですよ」
 そして、未憂は微笑みを浮かべた。
「んー……」
 ブラヌはペンをとって弄びながら、何やら考えている。
「それから、たとえばですけど、若葉分校生の誰か一人でも、万が一命を落とすような事があったら、神楽崎先輩はすごく悲しむと思うんです」
「そうかぁ?」
 未憂は強く首を縦に振って、言葉を続ける。
「好きな人とか、尊敬する人、憧れてる人を大事に思うように、自分自身の事も大事にしてくださいね」
「俺らのことなんて、どーなってもいいと、思ってんじゃないかなー……」
 そんなことを言いながらも、ブラヌは色紙を手に取った。
「ついでに、ビデオメッセージとかどうかなー」
 リンがそう言うと、プリム・フラアリー(ぷりむ・ふらありー)が、未憂が持ってきたデジタルビデオカメラの電源を入れて持ってくる。
「歌う……?」
「あー、地球の誕生日の歌でも歌うか?」
 ブラヌが分校生達に目を向ける。
「よぉし、まずはオレがソロで……」
「!!」
 歌と聞いて、自信満々近づいてきた番長の吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)を見て、プリムはビデオカメラを急ぎテーブルに置いて。
「あとで……」
 言いながら、両手で竜司を押していく。
「遠慮するな、優子もオレの歌が聞きたいだろうからなァ!」
「お前はプレゼント別送しただろう」
 カウンター席でカレーを食べながら、ゼスタ・レイラン(ぜすた・れいらん)が言う。
「そ、それならなおさら、吉永番長は別撮りで」
「うんうん、後で撮ろうね。……ええっと、専用のマイクとか衣装とか必要でしょ」
「そう、あとで……」
 未憂、リン、プリムが連携して竜司の行く手を阻む。止める。押し返す。
「そうか、準備が必要だもんなァ、ぐへへへへ」
 衣装を探しに休憩室に竜司は下がっていった……。
「ふう……っと」
 一難去ってほっと息をついた後、リンはにこにこゼスタへと近づいた。
「はい、ぜすたんも一筆よろしくー」
「ん? まあ、今更だけどな」
 リンから色紙を受け取ったゼスタは、さらさらペンを走らせていく……。
「今日、あの子も来るんだってね……?」
「ん?」
「総長のもう一人のパートナーさん」
「ああ、そうみたいだな」
「ね、百合園に持っていったお花。あのお花は結局、あの子には渡さなかったの?」
 つむつむ、つっつきながら、リンはゼスタに尋ねた。
「チャンスがなかったからなー。なになに、リンチャン」
 にやりとゼスタは笑みを浮かべる。
「妬いてんの? リンチャンも花欲しかった?」
「うん、そうだよー」
 笑顔で、リンはそう答える。
 だって気になるんだもんっと、続けた彼女に。
 ゼスタは手を伸ばして頭を撫でる。
「可愛いなー、リンチャンは」
「お返しー」
 リンも手を伸ばしてゼスタの頭を撫でて、笑い合う――。
 ぽろん。
 ぽろん……。
 喫茶店の中には、眠りの竪琴でプリムが奏でる演奏と、分校生達の合唱が響いていく。

「でさっ、恐竜騎士団同士の内輪揉めにしたらどうかと思うんだ!」
 ブラヌ達が寄せ書きを書き進めている間に、分校生の桐生 円(きりゅう・まどか)がゼスタに提案を持ちかけていた。
 実は、彼女のパートナーのミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)はパラ実の風紀委員だ。
 円の案は、風紀委員のミネルバの舎弟が恐竜騎士団員にちょっかいを出されたので、ミネルバが舎弟と一緒にシメに行く……といった風紀委員同士のいざこざとしてしまおうという案だった。
「若葉分校生ってことは、もちろん隠すべきだと思うけどっ、更に恐竜騎士団の内輪揉めってことにしたら、無名の集団とかより、報復行動が伴う確率が減ると思うんだよね。あと、とりあえずはプレゼントを取り返せばいいから!」
「お前のパートナー、風紀委員なのか……というか、何か調子悪そうだな? 俺が嫌いか、円チャン?」
 ゼスタは気分悪そうに少し離れている円に手招きをする。
「別に嫌いじゃない。けど、ソレは嫌いだっ」
 びしっと円が指差したのは、ゼスタが食べてるカレー。
「子供も大人も大好きカレーライス! 円さんは、お嫌いなんですか? 美味しいですよ」
 カレーライスを配って回っている橘 美咲(たちばな・みさき)がくるりと振り向いた。
「皆さん、これから色々身体を動かすことになるようですし、ちゃんと栄養を摂らないと!」
 そのカレーは夏野菜が沢山入ったカレーだった。
 夏野菜……ピーマンもたっぷり入っていた。
 そんなわけで、ピーマンが大嫌いな円は、カレーを貪り食っているゼスタには近づけなかった。
「カレー、すっげぇ美味! 美咲チャン、分校生になってここで給仕やれば? 野菜の美味しい料理の仕方、知ってそうだし」
「褒めてもお代わりしか出ませんよー。どうぞ」
 美咲はゼスタの前にもう一皿カレーライスを置いた。
 そして、にこにこゼスタを見守る。
「何? 俺に見惚れてる?」
「いえいえ、目的の為に側にいるだけです」
「心配しなくても、カレーは残さずいただくぜ〜」
「その心配はしてませんー」
 美咲は、ゼスタを信用していない。
 大切な預かり品をきちんと受け取ることが出来るかどうかを見守るために、ついてきた。
「心配しなくても、てきとーにどーにかなるさ〜」
「はははははっ、取り戻すことの心配でもないんですけどねー」
 にこにこ微笑みながら、美咲は空になった皿を下げて、一旦厨房へと戻っていく。
「で、どうなの?」
 距離を置いたまま、円が再度尋ねると、ゼスタはスプーンを置いてちょっと考える。
「その案、乗っかる。別に分校の名を出す必要はないし…………フフ」
 伏見 明子(ふしみ・めいこ)は、彼女の体から湧きあがる炎が見えるほどに、熱いオーラを放っていた。
「俺も協力する。悪くない案だと思うけど」
 そう言ったのは大岡 永谷(おおおか・とと)
 今日は巫女服を纏っている。
「んー。良案だと思うが、それで分校生の気が治まるかどうかは別問題かもな」
 優子へのプレゼント作りと、美咲のカレーにより若干雰囲気は良くなっているが、代わりを用意できるプレゼントのことよりも、報復をしたいという声の方が多く上がっており、簡単には鎮めることはできなそうだった……が。
「やられたらやりかえす! それがパラ実流だ」
 番長の竜司がフロアーに戻ってきた。
「ってわけで、番長が代わりにシメてくるから、てめぇらは総長をお迎えする準備をしておけ」
 分校生達の真剣な視線が竜司に集まる。
「……お願いします」
 最初にそう言って頭を下げたのは、ブラヌだった。
「頼むぜ、番長。仇、討ってくれよな」
「ちっこいのも頼んだぜ、絞りたてのミルクぐらい用意しておくからよ!」
「……なんか腹立つ。でも、工房の恐竜騎士団員の方がもっと腹立つしね」
 ちっこいの呼ばわりされた円は、僅かにむくれるも……仲間と見られ、信用されていることに安堵感のようなものを覚える。
「それじゃ出発しようぜ。大切なブツをどっかに送られちまうまえになァ!」
 ビデオに映るために用意した服と、マスクを持って竜司は店から出ていく。
「期待してるぜ、番長! 円チャンは無理すんなよ。協力してくれるヤツはサンキューな。礼は後程神楽崎からもらってくれ!」
 そう笑みを浮かべながら、ゼスタは同行をせずに契約者を送り出した。