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第二章 熱意

 午前中から玉ねぎ男爵の畑に到着した生徒達。
「ここは植物学者兼農家のこの私に任せなさい!」
 多比良 幽那(たひら・ゆうな)がみんなの前に立って堂々と宣言する。
「作業においてもっとも大切なのは彼らへの『愛』です!」
 幽那は熱をもって植物への愛を語り始めた。
 ――演説が始まって30分ほどが経った。
「さぁ、それでは最後に皆さんの心が一つになるように円陣を組みましょう」
 初心者用の簡単な演説を済ませた幽那は、ほどほどうんざりし始めた生徒達を集めて円陣を組む。
 生徒達は各々で身体を伸ばすなどしながら、隣の者達と肩を組んだ。

 「皆さん、愛情を持って今日は一緒に頑張りましょう!!」

 生徒達の声が広々した玉ねぎ男爵の畑に響く。
 幽那は玉ねぎ男爵と相談したうえで、生徒達にテキパキと作業の指示を出していった。

「さて、あなた達もちゃんと働くのよ」
 幽那はアルラウネ達に苗植えの指示をだす。
 五人のアルラウネ達が幽那を手伝う。
 ヴィスカシアは「高貴な私が汚れるなんて納得できません」とサボり、リリシウムは手伝っていたが、たまに上から指示をだす幽那に頭突きをかましていた。
ラディアータは物静かに黙々と作業をし、ディルフィナはぽやぽやと途中で立ちながら眠りそうになりながら手伝っれいる。
ナルキススは余所見しながらぼんやり手伝い、たまにどこかに消えていた。
 
 畑に苗を植え始めた生徒達。
 苗植えを行うのは全体の畑の三分の二だった。残りの畑は他の野菜を作るりたいという玉ねぎ男爵から所望で、笹野 桜(ささの・さくら)に身体を貸した笹野 朔夜(ささの・さくや)を中心に、野菜に合わせた畝作りが生徒達によって開始された。
「冬ちゃん、ここ今から畝つくるけど、手元が狂ってしまうかもしれないので、轢かれないように避けてくださいね♪」
「は!? ちょっと待て!!」
 耕耘機を手に笑う桜に対して笹野 冬月(ささの・ふゆつき)は慌てて反応する。
「何で手元が狂うことが前提なんだよ」
「あら、その方が楽しくないですか?」
「そんなドッキリハプニングはいらないから! いいから真面目に仕事をしてくれ」
 焦る冬月に桜は「ふふっ」と笑って耕耘機で畝をつくり始めた。
「やれやれ……重いジョークだな」
 冬月は額に手を当てて首を振ると、落としてしまったメジャーを拾い上げた。
 冬月は畑の向こう側でメジャーの端を持つアンネリーゼ・イェーガー(あんねりーぜ・いぇーがー)に声を張り上げた。
「おーい、アンネリーゼ。作業を再開するぞ!」
「あ、はいですわ」
 蟻の行進をじっと屈みこんで眺めていたアンネリーゼが立ち上がる。
「じゃあ、目印をつけてきてくれ!」
「わかりましたの!」
 冬月とアンネリーゼは畑の長さを図り、石などを使って畝を作る場所に目印を立てていく。
「よいっしょっと……」
 両手を真っ直ぐ左右に広げながら、アンネリーゼは目印を立てるために畑を歩いていく。
「きゃっ――!?」
「危ない!」
 バランスを崩して倒れそうになったアンネリーゼを横から天照 大神(あまてらす・おおみかみ)が支えた。
「怪我はないだろう――ん?」
「天気のいい日に干したお布団みたい暖かくていい匂いですの……」
「ッ!?」
「あ、ごめんなさいですの」
 気持ちよさそうにくっ付いていたアンネリーゼは、顔を真っ赤にする大神から離れた。
 アンネリーゼが場を取り繕うと尋ねる。
「あ、あの苗植えは手伝わないのですの?」
「ああ……私が参加すると苗を燃やしかねないだろう」
 大神は深呼吸してから冷静に答えた。
 すると、アンネリーゼは暫く考えた後、両手を合わせ笑いながら提案した。
「だったら、私達と一緒に畝を作るといいですの!」
「はぁ?」
「だってサンちゃんが手伝ってくれたら、後ろの人達も手伝ってくれると思いますの」
「後ろって? うわっ!?」
 後ろを振り返った大神は目を丸くした。
 背後には≪ルブタ・ジベ村≫の村人達が膝をついて大神に拝んでいた。
「な、なんだこいつら!?」
「サンちゃんモテモテですの」
 太陽神の分霊である大神は、野菜の姿をした≪ルブタ・ジベ村≫の村人にとって、崇めるに値する存在だった。
 大神はすがりついてくる村人を迷惑そうにしていた。
 そんな大神は前後を村人と期待に満ちた目を向けるアンネリーゼに完全に塞がれる。
「畝作りのお手伝いお願しますの」
 大神が助けを求めて視線を幽那に向ける。
 すると、その様子に気づいた幽那が、ビシッと親指を立てていた。
「……わかった。いいだろう」
 大神は諦めて了承することにしたのだった。

 畑作業を行う生徒達の中にイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)の姿があった。
 イコナは玉ねぎ男爵の屋敷に来る前に下調べをして気合十分だったが、体力不足のため苦戦していた。
「わ、わたくし……わたくしは……」
「『おやおや、そこの、お嬢さん。君はなぜなに、そんな泣いている?』」
 うまくいかなくて膝に両手をついて泣き始めたイコナに、キャロル著 不思議の国のアリス(きゃろるちょ・ふしぎのくにのありす)がクルクル回りながら陽気な声で話しかけてきた。
 イコナは涙をふき取りながら、気丈に振る舞おうとする。
「……な、泣いていません。ただ今日は気分が優れなくて……」
「『あはは、貴方はなぜ嘘をつくのぉ? 私にはそれがわらんなぁ〜い』」
「……」
 馬鹿にしたように笑う不思議の国のアリス。イコナはカチンと来たが、怒りを飲み込み、冷静を保とうとする。
 全身が疲労で限界だと訴え、イコナは仕方なく休憩に入ろうとした。
 今日はこれ以上動けない。動きたくない。
「『君はここで諦めてしまうのか?』」
 不思議の国のアリスがイコナを追いかけながら話しかけてくる。
「だから、今日は調子が――」
「『本当にそれでいいだろうか? いやいや、それはまちが――』」
「皆さんお昼にしますよ〜」
 ティー・ティー(てぃー・てぃー)の爽やかな声が畑に響き渡る。
「……」
「『……』」
 饒舌に語っていた不思議の国のアリスは、振り上げた手をゆっくりと降ろしながらだまった。
 遠くからおいしそうな昼食の匂いが漂ってくる。
「わたくし、行きますわ」
「『……人はいつの時代も間違いを犯す』」
 逃げるようにティーの元へと向かおうとしたイコナの背中に、不思議の国のアリスが帽子に手をやりながら語りかけた。
「『後悔とは常に後からしかわからない。だから、せめて悔やむことなく生きていきたいと僕は思う』」
「……わたくしは」
 イコナは自分の身体に問いかける。本当にもう限界だったのだろうか。早々に諦めすぎたのではないか。もっと頑張れたのではないのか。
 本当にこれでよかったのか。
 すると不思議の国のアリスは――
「『アリスもご飯食っべるぅぅぅ!!』」
 ――無邪気な子供のように昼食が用意されたテーブルへ走って行ってしまった。
 思わずズルリと転んでしまうイコナ。
「ちょとなんなのですの!?!?」
 残されたイコナも一端作業を中断して、不思議の国のアリスの後を追いかけた。
 イコナはティーが用意してくれたとれたの美味しいナスの揚げ物を頂きながら、午後の作業をどうするうか考える。

 午前中の作業が終わり、生徒達は暫しの休息に入った。