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長期休暇廃止の危機

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長期休暇廃止の危機

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四章『学生の本分』

 変な言い方だが、試験の華と言えばやはり学力、筆記試験になるだろう。
 そのため、学園内にある図書室は大賑わいだった。
「咲夜、分からないことがあれば遠慮なく言ってくれ」
「健闘くんも、分からないところがあったら何でも聞いてくださいね」
 教科書を突き合わせ、質問形式で勉強する健闘 勇刃(けんとう・ゆうじん)天鐘 咲夜(あまがね・さきや)。かっこよさと美少女ぶりが相俟って、二人が勉学に励む姿は絵になっている。
「『rain cats and dogs』ってどういう意味?」
「それは『雨が土砂降りに降る』ってことだ。次の問題。『一六〇〇年に関ヶ原の戦いが起きた場所は現在の何県?』」
「岐阜県です! 次は『沸点が二八一〇℃の金属は?』」
「『金』だ。それじゃ、『バルト三国』と呼ばれる国のうち、リトアニアの首都は?」
「えっと……ヴィリニュスです!」
「凄いな、上出来だ」
「そんなことありませんよ! 健闘くんこそ、とても凄いです!」
「いやいや、これくらい大した事ないさ」
 はたから見ても仲睦まじい。それもそのはず、二人は恋人同士で休み中にはデートの予定を立てている。休暇が無くなれば計画はご破算。そのため互いに協力し合っているのだが、勇刃はそれ以外にもクリスマスとお正月がなくなること自体を嫌がっている様子。
「さあ、この調子で行きましょう! 休みを手に入れるために!」
 多少気持ちに差異あれど、目指す方向は一緒。どんどんと問題を出し合う二人。
 そこから少し離れた場所で、湯上 凶司(ゆがみ・きょうじ)が助けを求めていた。
「恥を忍んでお願いします。勉強教えてください!」
 その言葉を受けたのは佐野 和輝(さの・かずき)。眠そうな顔で渋る。
「俺としては他人の勉強を見るより、家族の勉強を見ていたいのだが……」
「常軌を逸したアホが約一名いまして、何とかお願いできませんか?」内気な少年の体でさらに頼む。「さすがに生徒会役員のパートナーが試験にひっかかるのはまずいと思うんです……」
「ああ、分かった分かった! 引き受けるから、そんな顔をするんじゃない!」
 面倒がりながらも承知する。腹の内はしてやったりな凶司の目つきが少し悪くなる。
「だ、誰が『常軌を逸したアホ』だーっ!?」
 その会話を聞き咎めて叫んだ元凶、エクス・ネフィリム(えくす・ねふぃりむ)のノートには、『2×1が2! 2×2が2! 2×3が2!――』とギャグ漫画の世界が展開されていた。
「これは現実だよな?」
「スイマセン、僕には無理でした……」
「だって2の段なんだから、2にならなきゃおかしいでしょ!?」
 言動、外見から子供っぽいのは良く伝わるのだが、頭の中までもらしい。
「今、教師役を佐野さんに頼んだ。しっかり教えてもらえよ」
「ほえ?」
「公式を覚えていれば、それらを応用することで大半の問題は大丈夫なんだが……それ以前の問題か」
 頭に手を当て悩む和輝。安請負してしまったと綺麗な髪が後悔に揺れる。
「やれるだけやってみるか」
「よ、よろしくお願いします」
 おずおずと頭を下げるエクス。
「むーっ! 勉強嫌いだけど、和輝と一緒に居られる時間が増えるから頑張ろうと思ったのに!」
 予定を狂わされて拗ねるアニス・パラス(あにす・ぱらす)を宥めるのは、小柄なアニスよりもさらに小さい禁書 『ダンタリオンの書』(きしょ・だんたりおんのしょ)。人見知りプラス繊細なアニスは目立つのを嫌い、他の人を教えることになってしまった和輝へと聞きに行くことがはばかられる。
「そう拗ねるでない。私は傍に居てやるから」
「リオンは傍にいてくれるの? うーっ、それなら大丈夫、かも……」
 ダンタリオンの書が残ってくれたおかげで勉強には支障をきたさない。何せ彼女は魔道書で勉強に明け暮れていた生い立ちを持つ。さらには知識を追求することを夢としているのである。
「お前はコツが掴めればスイスイと覚えていくからな。教える側としては面白いのだよ」
 元々、アニスに魔法を教えているので勝手知ったるなんとやら。物覚えも良いのでスポンジが水を吸収するがごとく、こなしていく。
「やはり飲み込みが早いな」
「今のところは和輝にもう教えてもらったもん」
 チラッと和輝に視線を移す。
 当の和輝はというと、エクスの指導に四苦八苦していた。
「こ、こんな感じでいいのかな?」
「……別のことに置き換えて考えてみるか」
「なんや、苦労してるみたいやな」
 そこに奏輝 優奈(かなて・ゆうな)が登場。
「試験が大変でデンジャラスって聞いたで。冬休みなしはかわいそうやもんな。理数なら結構得意やし、加勢するわ」
「私も優奈についてきました」
 子供っぽく八重歯を見せて笑う優奈とその影に隠れるように佇むウィア・エリルライト(うぃあ・えりるらいと)。関西弁が陽気さに拍車を掛け、引っ込み思案なウィアとの対比を強調している。
「そういえば、差し入れ持ってきたんや」
「あの、これですけど……」
 思い出したように言う優奈の後ろからウィアが小分けにされたチョコレートを配ろうとするのだが、
「ここは図書室でしたね……」
 飲食禁止なので、ここでは食べることができない。
「せやったら、これで教えたらええんとちゃう?」
 優奈はエクスの前にチョコを二個置き、和輝に目配せする。
「ありがたく使わせてもらおう」
 それに気付いた和輝は次いで凶司の前にも二個。
「チョコレートは全部で何個だ?」
「……四個?」
「チョコを二個もらった人が二人。これが『2×2』の意味で、答えは四個になるんだ」
「な、なるほど……」
 ノートに『2×2は4!』と書き込むエクス。
「ありがとうございます。一歩前進しました」
「まだまだこの程度では通用しないけどな」
 凶司と和輝の会話をよそに、エクスは置かれたチョコレートを手に取る。
「このチョコ、もらってもいい?」
「元々そのつもりですし、いいですよ」
「糖分は頭の回転をよくするからな」
 優しい目つきで了承するウィアとチョコレートを一つ口に入れる優奈。
「優奈、ここは図書室です」
「あ」
 お菓子好きな優奈は場所のことを忘れしまっていた。
「もう、物忘れが激しいのが優奈の弱点ですね」
「堪忍したってや。エクスさんは真似したらあかんで?」
 横で食べそうになっているエクスに釘をさす。
「なんつーか……男に群がるオンナノコの気持ちが分かった気がする……」
 突然まったく関係ない言葉が滝宮 沙織(たきのみや・さおり)の口から発せられ、その台詞に周囲の視線が集中する。
『理数が得意』という優奈の台詞に便乗したはずの沙織だが、いつの間にか教科書ではなく別の本を読んでいた。
「沙織さんは何の本を読んでおるん?」
 近くにいた優奈に尋ねられて我に返った沙織は、辺りを見渡すと状況に気付く。手にしていたのは秘蔵のBL本。
「はうっ! みんな、こっち見てる!?」
「何や、気持ちが分かった気がするって言うてたけど?」
「ぎゃあぎゃあぎゃあ!」
 思わず声に出してしまった内心を聞かれ、慌てふためく。少しの休憩のつもりが、とんだ醜態を晒すことになってしまった。
 そして、ズドンッと部屋に響く鈍い音。
「痛たたっ……」
 椅子に座りながら周章狼狽したせいで、椅子ごとひっくり返ってしまう。
 するとどうなるか、想像に難くない。
「もう、あたしのばかっ!」
 スカートを押さえつけ、真っ赤になって恥ずかしがる。傍に居た優奈とウィアが壁になり、男二人に見られていなかったのがせめてもの救いか。
「騒々しいな。図書室だ、静かに」
 丁度その時、視察に山葉が訪れた。
「山葉先輩、いらしたんですね」
 凶司は涼司を見ると協力を申し出た。
「僕たちの勉強を手伝ってくれませんか? 先輩は文武両道で求心力もありますし、コイツや問題児も真面目に勉強してくれると思うんです」
「誰が問題児だーっ!」
 講義するエクスを無視して尋ねる。
「どうですか?」
 それに対して涼司は先ほどの音楽室での一件を思い出す。
「ああ、わかった協力しよう」
 率先しなければと承諾する。
「ええいこの馬鹿者めが!」
 涼司から一時遅れ、叱責と共に図書室へやってきた妖しさ満点の美形、レヴィシュタール・グランマイア(れびしゅたーる・ぐらんまいあ)
「今までも勝手に狩りだの冒険だのに行って出席日数の件で散々しぼられた事をもう忘れたか!」
 その矛先は続いて入室したやる気のない主のロア・ドゥーエ(ろあ・どぅーえ)だった。どうやら「勉強? テスト? 知った事か。休み無くされても好きに出てくから関係ねぇし」というロアに腹を立てたらしい。
「お前のパートナーである私も一蓮托生なのだ。もし補習組みだの留年だのとレッテルを貼られては沽券に関る」
 そこで、と提案をするレビシュタール。
「お前の嫌いな分野を得意としているグラキエスに講師役を頼んだ。事情を聞いて快諾してくれた。しかも頑張り次第では褒美もくれるそうだ」「なにっ! グラキエスを呼んだ!? 勉強頑張ったらご褒美をくれるだって!? これはやるしかねぇ!」
 ロアは端正な顔を喜色に染め上げる。なんと欲望に忠実なことか。
「うう、あの匂い、感触、味! 考えただけでも涎が……」
「やめんか馬鹿者! はしたないぞ!」
「レヴィシュタールも色々と大変だな……」
 慌てて口元を拭うロアの後ろから噂の張本人、色香漂わせたグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)が現れる。それに付き従うエルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)は二人を一瞥したものの、何やらただならぬ視線でグラキエスを捕らえる。
「グラキエス様、充分警戒なさってください。貴方はロアに対して無防備過ぎる」
「わかっている」
「物理的に食べられては私が困ります」
 普段温和なエルデネストがピシャリと言い放つ。これはご褒美の内容を知られるわけにはいかないと思うグラキエスとレヴィシュタール。
「とりあえず、ロアは狩りの時、経験や感で獲物の体調から大体の体重を計算したり、必要になる罠の強度や薬の種類と量を調合するが、それを数学・物理学的な計算式に直したらどうだろう?」
「それだったら、何とかなるぜ!」
 グラキエスの進言でレポートを作成することになった。
「エルデネスト、頼めるか?」
「基本的なレイアウト作成は手伝いますが、その他はロア本人にやらせますよ」
「ああ、それでいい」
 エルデネストが得意の【コンピューター】でレイアウトを作成する。
「ロア、ここに記憶から計算して式を書き込むんだ」
「それで大丈夫なのか?」
「狩りで勉強していると認めてもらえるか、そこにいる山葉校長に交渉するさ。だから頑張るんだ」
「さすがグラキエスだぜ!」
「そうです、精々励みなさい」
 グラキエスとレヴィシュタールの激励を受けたロア。やる気が満ち満ちていく。
「ご褒美が! ご褒美が俺を待っている!」
 意気込み新たに拳を握る。それと同時、ロアのお腹も「ぐぅぅうー」と音を立てる。
「馬鹿者!」
「ご褒美、ですか? それはいったい何なのです?」
「落ち着け、エルデネスト」
 場の空気が一瞬で冷える。物腰こそ穏やかだが、目は鋭く尖り、その姿が恐怖心を増す。
「内容次第では……」
 主を背に庇い、別の意味で拳を握るエルデネスト。一触即発の状態。
 恥ずかしさのあまり、帰って不貞寝しようとしていた沙織は四人の関係を想像し、
「これもアリだよね!」
 一言呟いて去っていった。