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第六章 薬候補探し

「ふんふんふ〜ん、ふんふん」
「ふんふんふん」
 鼻歌ではない。
 清泉 北都(いずみ・ほくと)とパートナーの白銀 昶(しろがね・あきら)が超感覚で匂いを頼りにニオの実を探していた。
 二人から生えている耳としっぽがひくひく揺れる。
「やっぱりそうだ。こっちから、すっごくいい香りがするねぇ」
「これがニオの実の匂いってやつか」
「ふ〜ん、甘くって、酸っぱくって、ちょっぴりほろ苦くて、いい匂〜い」
「……薬にする前に、食べないように気を付けなきゃな」
 匂いを辿っていくと、あっけなくニオの木は見つかった。
 山の中、ふと開けた場所に一本生える大きな木。
 この季節にも拘らず、緑の葉がたくさん生えている。
 あとは、この中から実を探すだけ。
 ……だけ。
「この葉っぱ、やたらとんがってるねぇ」
「場所は分かるんだ。場所はな……」
 鋭い葉と葉の間から、小さなオレンジの実が覗いている。
 それを守るように、鋭い葉がぎらり、と光ったように二人には見えた。

「もふもふも〜ふ、もふもふ」
「もふもふもふ」
 こちらは洞窟の中、ショク草を探して進むもふもふスキー一行。
 暗闇対策にとラピスが用意した洞窟探査機「コウモリくん」にマントを被せ、そのままの状態でずるずる進むるる達。
 レキとカムイもその後に続く。
「もふっ!?」
 レキの顔に、もふもふとした感触。
「レキさん、見つかったのですか?」
「んん、これは、植物とは違う。けど、これも……もふん」
 ダークビジョンを発動させたレキが見たモノは。
「……あるぱか?」
「もふもふ……これはアルパカじゃないよ、アルパカの着ぐるみだよ」
 そういえば道中、るるについて歩くアルパカを見たような……
「この着ぐるみは、セクハラ対策なの。ほら、こうやって着るの、ね」
 アルパカの下に潜り込もうとするるる。
「もふ?」
 屈みこんだるるの鼻先に、ふわりとした感触。
 触れれば砕けそうな脆さと、全てを受け止めてくれそうな弾力とが混在するそれは……
「もふもふー!」
「もふもふー!」
 しばし、根っこを取ることも忘れてもふもふを堪能する二人がいた。


「くぉらー、待てー!」
「アッシュ……」
「ちくしょー、待てって言ってんだろー!」
「なあ、アッシュ。いくら何でも闇雲に追いかけて捕まえられるわけないだろ」
 キック鳥を発見したアレイ・エルンストら一行。
 見つけた途端、鳥を追いかけて走り出したアッシュ・グロックをアレイがたしなめる。
「ぜぇ、ぜぇ……そ、そうだな」
「見ろよ、ほら」
 アレイが指差した先には、同じくキック鳥を捕まえるために集まった仲間たち。
 木賊 イリア(とくさ・いりあ)ファニー・メンデルスゾーン(ふぁにー・めんでるすぞーん)はキーボードやヴァイオリンを取り出しメンテナンス中。
 リリィのパートナーのカセイノは使い魔を呼び出している最中。
 陽と同行してきた装飾用魔鎧 セリカ(そうしょくようまがい・せりか)は、小さな声で歌い始めている。
「キック鳥が好きな音楽は他の奴らに任せろ。オレたちは、鳥が音楽に引き寄せられてやってきたところを一気に捕まえようぜ」
「あぁ、分かった」
 アレイの言葉に素直に頷くアッシュ。
 静かになった山の中に、セリカの歌声が響き始める。
 キィ……キィ……
 鳥たちが鳴く声に合わせて、羽ばたく音に合わせて。
「……鳥さん、あなたと、共有してみたい。歌を……感動を」
 静かに静かに、セリカは歌を紡ぎだす。

「ファニー、こうしちゃいられないわ! これはファニーの腕の見せ所でしょ」
「俺がキーボードを弾くのはいいんだがなぁ」
 セリカの歌声を聞き、慌ててファニーに演奏を促すイリア。
 しかしファニーはイリアの声に焦ることなく、悠然と準備を続けている。
「タダ見は感心しないなぁ。エビも参加すること」
「エビ言うな!」
 イリアの頭頂には、二本のアホ毛がエビのように揺れている。
「じゃあ、イカ」
「それも駄目!」
「ワガママな奴だなぁ。じゃあ、イリア、いくぞ」
「おっけー! ってうぅ、いつの間にかOKさせられちゃった……」
「じゃあ即興で、『今後ともよろしく』そして『エビ、初お披露目』」
「結局エビじゃん!」
 ファニーの指がキーボードを叩く。
 どんなに軽口を叩いていても、ファニーが紡ぐ音楽はあくまでも優雅。
 それ合わせ、イリアもヴァイオリンを構える。

「……みなさん、それぞれ自前で音楽を奏でているのに、使い魔任せ……」
「何だよ、悪いか」
 ディーバードを呼び出し、指示しているカセイノにリリィはぽそりと呟く。
「いえ、あなたのことを言ったつもりはないですわよ」
「俺は歌わねーよ。歌や演奏で滑るよりか、動物を操り損ねるほうがマシな結果で済みそうだからな」
「どうして失敗を前提にしてるのですか」
「そうゆうつもりはないんだがな……」
 小さく口を尖らせると、カセイノはディーバードたちに向き直る。
「いいか、お前らはさえずってキック鳥をおびき寄せろ。そんで、羽だけでもちぎり取って来いやっ!」
 カセイノの声に、ディーバードは一斉に飛び立った。

「流れる時に人は 抗い 身を任せ そして最後には何を願うのだろう?
 閉ざされた世界の中で 鋭い剣は 動き続ける
 共に生きたものたち同士の争いは大地を蝕む
 私の中の時は止まり 動くことは決してない
 それでも私は 定められた運命への時間を 見守り続ける
 光の満ち渡る 未来を信じて
 いつの日か 分かり合えると信じて…」

 セリカの歌声が朗朗と周囲に響き渡る。
 ファニーとイリアの奏でる音色がそれに色を添える。
 ディーバードはその周囲を鳴きながら飛びまわる。
 初め怯えていたキック鳥たちは、奏でられる美しい調べに、一羽また一羽と呼び寄せられ、セリカ達の頭上を飛び回る。
(私の歌が……鳥さんの心を少しでも動かしたなら、嬉しいです……)
 セリカの瞳が揺れる。
 そこに。
「えいっ!」
 陽が二本の矢を放つ。
 サイドワンダー!
 矢はキック鳥たちを掠め、数羽の鳥がパタパタと落ちる。
「さあ、今のうちに羽を」
「ええ〜!?」×全員
 優しく大人しそうな陽の大胆な行動に、全員の音楽が止まった。
「ごめんね。終わったらヒールしてあげるからね」
「いや、そういう問題でも……」
 リリィの言葉に、陽は不思議そうに首を傾げた。

「……ミー」
 ミー豹の前には、山のように積まれたお菓子。
 周囲を警戒しつつ、そろりそろりとお菓子に近づくミー豹。
 そこに。
「熱血戦隊(一人だけど)バーニングレンジャー! バーニングレッド参上!」
 バーニングレッドことソル・レオンフィールド(そる・れおんふぃーるど)が飛び出した。
「ミー!」
 いきり立つミー豹。
「愛するサニーの為に、覚悟しやがれっ!」
 木刀を構え、ミー豹に向かって走り出そうとするソル。
「待ちなさい!」
 そんなソルに、鋭い声がかけられた。
 奥山 沙夢(おくやま・さゆめ)だ。
「邪魔は止めろ」
「あなたこそ、乱暴は止めなさい。動物なら私に任せて」
「サニーのために、奴のヒゲが必要なんだ!」
「だからといって、攻撃する必要はないでしょ。動物にも心はあるの。誰だって剣を向けられたら警戒するでしょう?」
 沙夢は腰の袋から、手作りのクッキーを取り出した。
 それをすっと、ミー豹に差し出す。
「……ミー!」
 先程のソルと対峙した興奮が冷めないのか、鼻息荒く唸り声を上げるミー豹。
「ほら、怖くない。誰もあなたに怪我なんかさせないわ。おいで」
 ゆっくりと、ミー豹に向かって歩き出す沙夢。
「ミー……」
 差し出したクッキーに鼻をひくつかせ、やがてぺろりと舐めるミー豹。
 沙夢の手が、ミー豹の頭を撫でる。
「……み、ミー……」
 びくりと怯えたようにミー豹が震える。
「ほら、こうやって安心させてあげればいいの」
「お、おう……」
「ヒゲ、少しだけいただくわね。痛くしないから、大丈夫よ」
 慣れた手つきでミー豹のヒゲを数本切る沙夢。
 ソルの目には、大人しく沙夢のされるがままになっているミー豹は、安心しているというよりもどちらかというと怯えているようにも見えた。
 しかしソルはそれを口に出さなかった。
 おそらく、ミー豹と同じような理由で。

「……くそっ、どうして、どうして見つからないんだ!」
 レインの拳が地面を殴る。
 日当たりのいい斜面。
 ここは一面の草原だった。
 ミルミル草があるとしたらここだと検討をつけたレイン達は、ここで手分けしてミルミル草を探していた。
「アリス殿、もう一度スケッチを見せてもらえないか?」
「おっけーヨ」
 アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)の言葉にパートナーのアリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)はこくりと頷くと、ここに来る前に図鑑を見てスケッチしたミルミル草の絵を見せる。
「うーん、これじゃあよく分からないんだよね……」
 そこに描かれていたのは、何の変哲もない草。
 ミルミル草は、一見して他の草花と見分けがつかない。
 ただ一点、一日に一度光という特徴を除いては。
「まあまあレイン、落ち着いて」
 レインの前に、コップが差し出された。
 湯気のたつそれを持っているのは、郁乃。
「光らなきゃ分からないなら、ゆっくりと光るのを待つしかないわ。お茶でも飲んで待ちましょう」
「だけど、こうしている間にも姉さんは……」
「いつ光るか分からないんだから、焦っちゃ駄目よ。体力を温存するためにも、腰を落ち着けて、ね」
「……くそぅ……すまない」
 肩を震わせながらも、郁乃が差し出したお茶を受け取るレイン。
「お弁当もあるわよ」

 日が暮れると、夜の山は闇の底に沈む。
 レインと郁乃、灌は手さぐりで草原を探索する。
 アキラとアリスは空飛ぶ箒に乗って、広範囲でミルミル草の発光を探す。
「アリス殿、寒くないか?」
「大丈夫ヨ。アキラは平気カ? もし寒いなら、炎のフラワシを降霊させるヨ」
「ありがとう。でも大丈夫。ほら」
 暗闇の中、アキラの胸元がもぞもぞと動く。
 懐の中から手のひらサイズのサラマンダーが顔を出した。
 一晩中、探索は続いた。
 山は底から明るさを取り戻していく。
 夜が明けるのだ。
「あぁ……」
 明るくなっていく草原を見て、レインは絶望の溜息を漏らす。
「おーい!」
 遠くから、声が聞こえる。
「ショク草を取ってきたよー!」
 レキとるる達が、走ってくる。
 レキの手には、風呂敷包み。
 中には、箱に入ったショク草。
 次々と、レインの協力者たちが集まってきた。
「オレ達も捕ってきたぜ!」
 アレイやアッシュたちが手に持っているのは、キック鳥の羽。
「くそぅ、ワイルドに倒したミー豹を持って帰る予定がこんなちょっぴりのヒゲとか……」
「何ですか?」
「い、いやいや!」
 沙夢の声にびくりと肩を竦ませるソル。
「ただいま。これ」
 最後にやって来た北都を見て、レインははっと驚く。
 北都と昶は手や顔や、全身に細かい切り傷ができていた。
「あ、これはねぇ、思ったよりもニオの木の葉っぱが鋭くってね……」
 あははと笑いながらニオの実を見せる北都を見て、そして集まって来た全員を見て、レインは申し訳なさそうに頭を垂れる。
「すまない……北都さん。そして皆、どうもありがとう」
「気にしないで」
「そして、頑張って取って来たばかりで申し訳ないけど、姉さんの容体が心配だ。悪いけど、皆は一刻も早く薬候補を持って帰ってくれないだろうか」
「そのつもりだけど、あなたは?」
 沙夢の質問にレインは顔を曇らせる。
「まだ、ミルミル草が見つかっていない。俺は一人残ってここで探す」
「レイン……」
 郁乃がレインに何か言いかけた時。
「あっ」
 空からミルミル草を探していたアキラが息を飲む声が聞こえた。
「あそこ、光ってる!」
 アキラが指差した先。
 明るくなりかけた周囲の中、分かりにくいがたしかに地面からうっすらとした光が漏れる。
 駆け寄るレイン達。
 その光の正体は、開きかけた小さな花、ミルミル草だった。
 箒から降りたアキラは、そっと露をたたえたミルミル草を根っこから掘り起し、持参の植木鉢に植え替えた。

「な……何だよぉ、もう全部薬は揃っちまったのか?」
 間の抜けた声が聞こえた。
 全員が、声のした方を見る。
 そこには、アスカ達に連れられたレインと同じ顔の青年。
「兄貴……?」
「あのね、薬探しで大変そうでなかなか言えなかったんだけど、マクフェイルさんから連絡があったの。クラウドさん、見つかったんだって」
「そうか……」
 アルエットの言葉に小さく頷くレイン。
 レイン達の視線に耐え切れなくなったのか、しどろもどろにクラウドが語り出す。
「……い、いやー久しぶり。元気だったか? その、せっかくここまで来たんだから薬の一つでも持って帰ろうと思ったんだけどな、なんかもう全部見つかったみたいだし、じゃ、さっさと帰ろうか、ほら!」
「……今思いついたんだが、俺と兄貴って同じ顔してるよな」
「あ、うん、まぁ」
 ふいにレインに問われ、気の抜けたような返事をするアスカ。
「俺が兄貴って事にして、姉さんに元気を出して貰うっていうのはどうだろう」
「……本人目の前にしてその提案はどうかと思うぜ!?」
「やかましいこの馬鹿兄貴! 今まで家族に心配かけといて何のんきな事言ってやがる!」
「ま、まぁまぁ兄弟喧嘩はそのくらいにして、早くおうちに帰らなきゃ、ね!」
 すっかり明るくなった空の下、喧騒が響いた。