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12月の準備をしよう

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12月の準備をしよう

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 ■ 誰かのために編み棒を動かして ■



 12月も間近になると、気温もぐっと冷え込んでくる。
 子供は風の子、だなんて言われるけれど、生徒たちだって寒いものは寒い。
 冬の風吹き付ける屋外に出て行く前に、学食に寄ってちょっと一息。
 今日も学食には、そんな生徒たちが集まってきていた。



 学食の窓際に近い隅で編み物をしている白鞘 琴子(しらさや・ことこ)に気付くと、セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)は小さく、やった、と呟いていそいそとそちらへ向かった。
「あれ、セルファ。何か食べるんじゃなかったんですか?」
 注文カウンターとは違う方向に進み出したセルファに、御凪 真人(みなぎ・まこと)は怪訝な顔になる。
 お腹がすいたから帰る前に学食に寄りたいとセルファが言うから、それに付き合ってここまでやってきたのに。そう思いながらも真人がセルファの後について行こうとすると。
「こっちに来ないでよっ」
 威嚇する勢いで止められ、真人は面食らった。
「え?」
「べ、別に私は真人の為に何かしようとしてるっていうんじゃないんだからね! た、ただちょっと、琴子先生に聞きたいことがあるだけなんだから」
 セルファの言っていることは真人には意味不明だが、とにかく今は自分に来て欲しくないのだろう、ということだけは分かる。
「向こうにいればいいんですね? はいはい、分かりましたよ」
 素直に頷いて、真人はセルファから離れた。と、ちょうどそこにオタケさんが長い箱を持ってやってくる。
「持つの手伝いますよ」
「ああ、ありがとね」
 運びにくそうにしているオタケを手伝い、真人はそれを指示された場所まで運んでいった。
 薄く埃をかぶった箱には、クリスマスのイラストが描かれている。
「これはクリスマスツリーですか?」
「そうなんだよ。もうそろそろ飾らないとと思ったんだけど、あたしはこういうの、センスないから苦手なんだよねぇ」
 とりあえず飾り物をぶら下げればいいだろうと、オタケは箱を開いた。
 ツリーの本体と台座、オーナメントが少しと、雪用の綿が収められている。
「なんだか小道具が少ないですね。オタケさん、こういうのってちゃんと保管してました?」
「一応こういうものはまとめて倉庫にしまっておくんだけど、今年は学食の建て替えがあったからねぇ」
「モールとか、LEDのライトとか、あっても良さそうなものですけどね。ちょっと倉庫を探して来ましょうか」
 セルファの用事が終わるまでは特にやることも無くなってしまったから、と真人は学食に隣接している倉庫にツリーの小道具を探しに行った。

 一方セルファは、琴子に紙袋の中からグレーの毛糸を取りだして見せた。
「琴子先生! ちょっと教えてください! 間に合いそうもなくて困ってるんです」
 これ、と見せたのは編みかけのマフラーだが、まだほとんど進んでいない。
 編み始める前までは、少し長めのマフラーを編んで2人で……なんて夢も見ていたのだけれど、このままでは1人分も怪しい。マフラーどころか首輪になってしまいそうだ。
「編み方の本を見ながらやってるんだけど、絵や図解だとよく分からないんです。実際にやってるとこ見る方が分かり易いかなって。一緒にやってもいいですか?」
「ええ、構いませんわよ。クリスマスのプレゼントですの?」
「そ、それはまあ……別にプレゼントしたい訳じゃないけど……せっかくのクリスマスなんだからちょっとは出来るとこ、見せたいかな、とか……」
 しどろもどろになるセルファに、琴子はふふっと笑った。
「マフラーなら、こつさえ覚えれば今からでもきっと間に合いますわよ。まずはきちんと表編みと裏編みを手に覚え込ませることですわ」
 こうやって、と琴子はセルファに見えるように、編み棒をゆっくりと動かしてみせた。


 そんなセルファたちのすぐ横では、椎堂 朔(しどう・さく)が真剣な表情で毛糸の色合わせをしている。
 この色もいい、あの色もいいと買い集めた毛糸は暖色が多い。それを合わせては首を傾げ、気に入る組み合わせを選び出す。
 組み合わせが決まると、朔は一心にそれを編んでいった。
 編んでいるのは、大切な人たちへのクリスマスプレゼントにする為のマフラーだ。
 デザインは皆ほぼお揃いで、縦に縞模様を編み込んだものだが、贈る人のイメージで選んだ色の組み合わせはすべて違う。
 編む本数は1本、2本ではない。二桁以上の人に配る為に、マフラーの本数もそれと同じに多い。
 それでも、多く編むからと手を抜いたりはせず、少し編んでみては、気に入らない箇所があるとすぐに解き、また編み直す。
 編み物は得意な方ではないけれど、だからこそ、丁寧に編まなければ。
 それに……と朔はそっとお腹に手を当てた。
 産まれてくる子にも、編んであげたいものがある。
 ベビー用の柔らかな毛糸で、小さな小さな手袋を。
 朔がそうしてお腹と対話するように微笑んでいると。
「予定日はいつなのかな?」
 ソラン・ジーバルス(そらん・じーばるす)がひょいと顔を覗かせた。
「あ……」
「あ、ごめん。いきなり聞いたら驚くよね。私、4月に出産予定なもんだから、つい気になって」
 そう言って笑うソランに、追いかけてきたハイコド・ジーバルス(はいこど・じーばるす)が椅子を引いて促す。
「ソラ、座っていた方がいいよ」
「ありがとハコ」
 ソランはハイコドが引いてくれた椅子に腰掛け、編みかけのマフラーをとりだした。白色で狼の簡単なマークが片端に1つあるデザインだ。ほとんど編めていて、あとは端を処理すれば出来上がる。
「前から作っていたところは何度か見てたけど、なんとか12月に間に合いそうだね」
 ハイコドに言われ、ソランはちょっと笑う。
 実はこのマフラーは、元はセーターだった。妊娠が分かってから、いつのようには運動が出来なくなり、その鬱憤を晴らすためにソランが編み始めたものだ。
 けれど途中で、ハイコド1人のセーターを作るのも他のパートナーに悪いような気がしてきて、ソランはセーターを編むのを断念してマフラー6本に変更したのだ。
 今編んでいるのが、最後の1本でハイコドのもの。これまで5本を仕上げただけあって、これが一番上手に出来ているけれど、それはナイショ。
 端をきちんと処理し終えると、ソランはマフラーの出来を確かめ、そして。
「ハコには先にあげるね」
 と、出来上がったばかりのマフラーをハイコドの首にかけた。
「ありがとう、ソラ」
 ついこの間、お腹の子が男の子と女の子の双子だと判り、のんびりする暇もなくあと1ヶ月でソランは管理入院することになっている。はじめての出産に、不安が無いと言えば嘘になる。
 けれどハイコドはいつもと同じように笑って、ソランの手を握った。
「あと5ヶ月位、一緒にがんばろソラ」
「うん、みんな頑張ってるんだもんね」
 ソランは大きく頷くと、朔の母親らしい体つきを見やるのだった。


 スウェル・アルト(すうぇる・あると)ヴィオラ・コード(びおら・こーど)と毛糸を買いに来た帰り、ふと思い立って蒼空学園に寄ってみることにした。
 スウェルは今は葦原明倫館に所属しているが、以前は蒼空学園に通っていた。しばらくぶりの学園はやはり懐かしい。
 少し学園内を回ってから、休憩するために学食に行ってみると、新しく建て直されてとてもきれいになっていた。
 さて、どの席に座ろうか。
 見回したスウェルの目に、学食の窓際で編み物をしている人の姿が映る。
「ヴィオラ、ここで編ませて、もらう?」
「え、ここでか?」
 学食のメニューを眺めていたヴィオラは振り返り、スウェルが見ているものに気付いてああと頷いた。
「ここならあいつらに知られずに編めるな」
 他のパートナーたちに知られると絶対にからかわれるから、編めるまでは内緒にしておきたい。蒼空学園の学食ならば、パートナーたちに見つかることはまず無さそうだから丁度良い。
「この席、少しだけ借りても、良い?」
 窓際で空いている席に手をかけ、スウェルはすぐ横で編み物に取り組んでいる佐野 ルーシェリア(さの・るーしぇりあ)に声を掛けた。
「え? 何ですかぁ?」
 手元に集中していたルーシェリアは、何を聞かれたのか判らずきょとんとする。
 もう一度スウェルが繰り返すと、ルーシェリアはにこにこと笑った。
「もちろんいいですよぉ。何を編むですか?」
「マフラー、みんなの分、編むの」
「私もマフラー編んでるですよ。みんなの分ではないですけどねぇ」
 夫の為のマフラーなのだと、ルーシェリアは照れたように付け加えた。
「俺は毛糸の手袋にするつもりなんだけど……」
 ヴィオラが編む予定なのは指が5本のタイプの手袋を6人分。本で編み方は色々勉強したけれど、実際に編み物をするのはこれが初めてだから、編めるかどうか少し不安だ。
「私も編み物には慣れてないですが、手袋はもっと難しそうですねぇ。でも、編み物は手先を器用にするらしいですからねぇ。編んでいるうちに、出来るようになっていくですよ、きっと」
「そういうものかな。よし、とにかくやれるだけやってみることにするよ」
 ルーシェリアの言葉に力づけられて、ヴィオラは本や毛糸を取りだした。
 手袋を編む数が6人分なのは、プレゼントだけでなく自分の分も数に入っている為だ。
(皆で揃い……っていうの、いいよなぁとか色々見てて思ったんだよな。何か、こう……いいなぁって……ぐあっ!)
 顔から火が噴き出すような恥ずかしさに、ヴィオラはのたうつ。
「ヴィオラ?」
「い、いや、何でもない」
 スウェルの問うような視線に、ヴィオラは深呼吸して気持ちを落ち着けると編み物に取りかかった。
 パートナーたちの好きな色や似合いそうな色を見繕ってスウェルがマフラーを編むから、手袋の色もそれに合わせよう。
 スウェル用の手袋の色は何にしようか……とヴィオラは毛糸に目をやる。
(そうだな、やっぱりスウェルに似合うのは紫色。紫陽花の色の)
 毛糸に気を取られているヴィオラは気付かなかったけれど、その時、同時にスウェルも同じ紫の毛糸を見ていた。
(ヴィオラのマフラーは、紫色。紫陽花の色)
 出会った時に広がっていた紫陽花畑に咲いていた、あの花たちの紫のような。


「えーと、ここがこうなって、こっちがこう? で……」
 本の説明を見ながら、アルテミス・カリスト(あるてみす・かりすと)は編み棒と毛糸を覚束ない手つきで動かした。
 毛糸と編み針の位置が図解されているのだけれど、そのイラストと実際自分の手元にあるものが、まったく別物に見えるのはどうしてだろう。
 たぶんこうだろうと、自分の勘を信じて毛糸をすくい編んでみれば……。
「あっ……」
 針から落ちた目が、ぽろぽろと解けていってしまう。どうやら間違えてしまったようだ。
「うう、剣だったら、もっと繊細に動かせるのですが……この編み棒という武器は、必要な装備レベルがかなり高いんでしょうか……?」
 細い編み棒を動かすよりも、巨大剣を振り回すほうが余程簡単だと、アルテミスは凝らしすぎて痛くなってきた目をこすった。
 テーブルに広げた本の題名は、『どんなに不器用な貴女にもできる! 手作りマフラー超入門編』。なのに何故、こんなに難解なのだろう。
 一緒に来たはずのドクター・ハデス(どくたー・はです)は、とっくにどこかに行ってしまった。
 編み物に苦戦して折れそうになった心を、アルテミスは励ます。
「でも、何とかクリスマスまでに完成させないと……」
 プレゼントをあげるのに、クリスマスは良い機会だから。
 そこまで思って、アルテミスはふと首を傾げる。
「けど、なんでプレゼントしたいんでしょう……?」
 クリスマスだから。
 そう言ってしまえば簡単だけれど、だからといって知っている人皆にマフラーを編もうだなんて考えないのだから、これはきちんとした理由とはいえないのだろう。
 では何故……。
 そこでアルテミスははっと思い当たった。
「分かりました。きっと、あの恰好が寒そうだからに違いありません!」
 これですっきりした、とばかりにアルテミスはまたマフラーに取り組み始めた。
 彼女が自分の気持ちに気付くまでには、まだまだかかりそうなのだった。


 編み棒で毛糸をくぐらせて、一目一目編んでゆく。
 分かりにくいところは周囲で同じように編み棒を動かしている人に尋ねたり、じっと様子を眺めたり。
 そうして編み上がってゆくものにどんな想いをこめるのかは人それぞれ。
「…………」
 編んでいるうち、ふとルーシェリアは夫の天然女たらし属性を思い出した。
「ちょっと頑丈にしてみますかねぇ……たとえ引っ張っても簡単にほどけたりしないように」
 デート中、夫の女たらしが発動するようなことがあったら、このマフラーでぎゅうぎゅうと締め上げられるように。
 そんな想いをこめて、ルーシェリアはしっかりきっちりとマフラーを編んでゆくのだった。