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12月の準備をしよう

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12月の準備をしよう

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 ■ 口の中に広がる味は ■


「これで良し、だよな?」
「良いと思うわよ」
 ルーン・サークリット(るーん・さーくりっと)の返事で、七刀 切(しちとう・きり)はそれならと、一息入れに学食に立ち寄った。
 12月はイベントごとが多い。その為にと、適当にパーティグッズやら他に必要なものを、買い出ししてきた帰りだ。
 何か食べようとやってきた学食は、いつも以上に美味しそうな匂いがたちこめている。そして厨房には料理をしている生徒たちの姿が見られた。
「学食で調理実習でもしてるのか?」
「さあ……」
 聞かれてもルーンには答えられない。代わりに、ちょうど料理を運んできたジュンコ・シラー(じゅんこ・しらー)が答えた。
「学食のオタケさんの好意で、料理の練習をする場を提供していただいているのですわ」
「へぇ、練習かぁ」
「そろそろクリスマスも近いですし、普段作らない料理に挑戦する人も多いのですわ。わたくしもクリスマス用のコンソメスープを作ってみましたの」
 ジュンコはコンソメスープを入れた鍋を見せた。
 薄く切った人参は星の形に、大根は雪だるまの形に型抜きして、クリスマスらしくしてある。
 これをコンソメキューブで作ったコンソメスープで煮て、火が通ったら刻みパセリを少し散らして出来上がり。
「私はクリスマスのお菓子を作ってみたのよ」
 マリア・フローレンス(まりあ・ふろーれんす)も皿に載せたお菓子を見せた。
 こちらは、ホットケーキミックスに玉子と牛乳を混ぜ合わせ、油をひいたフライパンでこんがりときつね色に焼き上げ、それを雪だるまや星の形に抜いたものだ。その上から粉雪のようにたっぷりと、粉砂糖がふりかけてある。
「こうやって形に凝るところなんて、いかにも女の子って感じだなぁ」
 野菜もホットケーキも、こうしてクリスマスらしい形だと楽しい。
「良かったら味見をして意見をお聞かせ願えませんか」
「味見? するする」
 切は即答した。
「まあ、もともと何か食べる気だったし」
 それが学食のメニューでも、誰かの試作品でも構わないとルーンも言うので、ジュンコとマリアは試作したばかりのクリスマスメニューを2人の前に置いた。
「うん、うまいと思うよ。食べやすい味だ」
「料理は形を変えると雰囲気も随分変わるものなのね」
 切とルーンがそれぞれの感想を述べているところに、椎名真もクロカンブッシュを持ってくる。
「良かったらこっちも味見してくれないか? 結構な数のシュークリーム使ってるから、食べるのを手伝ってもらえると助かる」
「もちろん食べさせてもらうよ。どれどれ……こんなに沢山あっても、ちゃんとうまいシュークリームになってるのが凄いな」
 見た目だけでなく、クロカンブッシュを構成する1つ1つのシュークリームが美味しいのに、切は感心した。
「良かった……あ、壮太たちも来てたのか。良かったらクロカンブッシュの味見をしてくれ」
「うん……あっ!」
 瀬島壮太は真に気付くと、手に持っていたものを急いでテーブルの下に隠した。
「何だそれ……」
「い、いやー、何でもない。ハムの服を預かってただけだ」
 ちらっとテーブルの下から出してみせたのは、確かに小さな服らしきものだ。何をそんなに慌てているのだろうと訝しみながらも、真は壮太にもクロカンブッシュの味見を頼んだ。
「クロカン? 今はちょーっと手がはなせないんだよな……」
「では、我輩が味見するのである」
 ひげをピンと立てて公太郎が申し出る。
「そうだな。そっちはハムにまかせた」
「了解である。うむ、これは実に美味であるな」
 口いっぱいにシュークリームを詰め込み、公太郎は実に幸せそうな顔をして味わった。
「味見役が増えたことだし――味見必要だったら、どんどん持ってきてくれー!」
 調子に乗って切が呼びかけると、東雲秋日子が山ほどのカップケーキを持ってやってきた。
「練習してたら沢山出来ちゃったんだけど……少しは上達したかな、とか……」
 作りやすい分量で焼くものだから、カップケーキは一度に幾つも出来てしまう。どうしようかと思っていたところに、どんどん持ってきてくれというのを聞いて、これは味見と処分を兼ねられると持ってきたのだ。
「いただきまーす、っと……これはうま、まず、いやいや、うまい……よ?」
 切は褒めるが、ルーンはすぐに食べるのをやめる。
(まずくはないけど、おいしくもない。こんな複雑な味もあるのね、新発見)
 外に出ないルーンとしては、これも1つの発見だ。知識補充。買い物に出た甲斐もあったと思う……が。
「あらそう、私は1口で十分だから切ちゃんにあげるわ」
 たとえ新発見であっても、美味しいと思わないものを食べ続ける気になれなくて、残りは切に押しつけた。
「……い、いいもんね! 女の子の手作りだもんね!」
 切はルーンの残りも口に詰め込んだ。
 口の中に広がる、うまずい風味……。
「ぐふぅ……」
 いっそまずければ覚悟も出来るのにというその味を、切は全力で飲み下した。


 蒼空学園には公務で来たので、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)も、シャンバラ教導団の制服姿だった。
 厨房に生徒の姿があるのを不思議に思い聞いてみると、料理の練習を厨房でやっても良いとのこと。
「クリスマスの料理……」
 考え込んだセレンフィリティを、セレアナが慌てて引っ張る。
「いいから、何か軽く食べて教導団に帰りましょう」
 けれどその時にはもはや手遅れだったようで、セレンフィリティはいかにも良いことを思いついたように手を叩いた。
「それだわ! 今年のクリスマスはあたしの手料理を皆に振る舞う」
「ク、クリスマスだからって、料理を作らないといけないなんてことはないわ。ほら、あそこで編み物してる人たちもいるし、何か手芸品はどう?」
 セレンフィリティの料理の腕前は、“レトルト食品を化学薬品に変化させる”と言われる程であり、“ナラカ人が二度死ぬ”ほど凶悪なまずさなのだ。ここは断念させないと、危険だ……。
「編み物なんて気分じゃないのよね」
「だったら……そう、隠し芸なんていいんじゃない? みんなきっと喜ぶわ」
 必死に言うセレアナだが、のりのりになってしまっているセレンフィリティには通じない。
「ふふっ、プロ用の厨房でこそ、あたしの天才的な腕を発揮できるというものよ! 今年のクリスマスは、あたしの超絶料理で皆をびっくりさせてみせるわ!」
「……びっくりすることだけは確かだろうけど……じゃなくて。セレン、料理以外のものなら何でもいいから、そっちに……」
 あの手この手で思い留まらせようとするけれど、一度こうと決めてしまったセレンフィリティの気持ちを動かすことは容易ではない。
「じゃあまず食材を調達しに行こうか」
 結局、自分が何を言っても耳に届かないのだと、セレアナは自分の敗北を悟った。
「ダメだ……もう私では止められないわ……」
 涙目になりながらも、セレアナは自分の出来る精一杯で危険を最小限に抑えようと試みる。
 味付けなどの重要な部分にはセレンフィリティにはさせないようにし、これはちょっと……と思う部分はささっと手直し。幸い、セレンフィリティはパーティ料理を作るのに浮かれていて、セレアナのしていることには気付いていない。
「前から思ってたけど、七面鳥って地味よね。もっとこう、ぱーっと飾り付けた方がパーティらしくていいのに。たとえば……こんな感じに」
 独創的というか、破壊的というか。セレンフィリティは普通の人が料理にするとは考えつかないことをやってのける。
「うっ……セレン、その……シュールかつアヴァンギャルドな料理は……」
 最大限好意的な表現を使ってはみるけれど、余りに前衛的で食べ物とも思えない料理の数々は、セレンフィリティの腕前を知っているセレアナから見てもかなりきついものがある。
「ふふっ、凄いでしょ。天才料理人の本領発揮、ってとこね」
 けれどセレンフィリティは満足しているようで……自信満々に味見役を引っ張ってくる。
「なんだ? 味見ぐらいはしてやるが……」
 連れてこられたドクター・ハデス(どくたー・はです)は、セレンフィリティが披露した料理に、思わず目をこすった。
「な……目が直視することを拒む……だと? こ、この料理、強力な化学兵器か?!」
「さ、食べて。遠慮はいらないからね」
「くっ……オリュンポス大幹部のこの俺が、料理ごときにひるむわけにはっ……!」
 ハデスは決死の覚悟で、料理と名付けられた謎の物体を口に入れた。
 三途の川が見えそうだ……と思ったが、案外味はまともだ。
「む? まあ、味は一応食べ物のようだな」
 見ずに口に入れれば何ということもない。
「ふ……このドクター・ハデスにかかれば殺人的料理もたわいないものだ」
「どう? 超絶天才料理人が腕をふるった料理は?」
 ハデスとセレンフィリティ。どちらも妙に自信に満ちあふれている2人を眺め、セレアナは疲れたため息をついたのだった。