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クレイジー・ティータイム

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クレイジー・ティータイム

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【1】集落にて


「ねぇ、本当に普段は温厚なんだよね?」
九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)は真っ直ぐに前を見据えたまま、背後の花妖精に尋ねた。
「は、はい。そのはずなんですが……」
「現状を見るにとてもそうは思えないんだけど……どうしたんだろうね。何にせよ、誰一人の命も落とさせる気はないから。安心して」
喰われそうになっていた妖精を助ける際、軽く体術をかけてやったというのに、巨大な鷲は狂ったように嘴を打ち鳴らして威嚇を続けている。妖精を背中にかばいながら草陰に隠れているローズの意図も、お見通しと言わんばかりだ。
「ったく、食いもん粗末にしやがって。動物だからって許さねえぞ」
 ローズの隣で、シン・クーリッジ(しん・くーりっじ)が腹立たしげに言う。
「本っ当にね!」
頭上から唐突に威勢の良い声が降ってきて、シンたちは反射的に上を見上げた。
丈夫な樫の枝の上に、ツインテールの女戦士が仁王立ちしている。
「本当に。食欲の秋を妨害するなんて、モンスターの分際でいい度胸してるわね」
 彼女、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は獰猛な笑顔を浮かべながら、懐からおもむろに二挺拳銃を取り出して言った。
「せっかくセレアナと一緒にめかしこんで来てさぁ、お茶会を満喫しようと思ってたのに!」
「ちょっと」
 梢の下で待機していたパートナー・セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が制止する間もなく、勢い良く枝から飛び降りたセレンの愛銃【シュヴァルツ】【ヴァイス】は火を噴いた。
「食べ物の恨みの恐ろしさ、思い知りなさい!」
 セレンは高く飛び上がった巨大鷲に照準を合わせて、数発の弾丸を撃ち込む。
 鷲は猛り狂ってセレンを襲おうとしたが、片翼に被弾して墜落し、地の上にのびた。
 その時、死角から迫る獣の気配を感じ取ったローズが叫ぶ。
「危ない!」
 間一髪。セレンと跳びかかってきた狼の間に滑り込んだセレアナが、銃身で獣の身体を弾き飛ばした。
「少しは気をつけなさいよ! 何でそうすぐに周りが見えなくなるんだか……」
心配とも呆れとも取れる口調でそう言って、セレアナは再び襲いかからんとしている狼に銃口を向ける。
「火事にならないよう出力を絞って……と」
 森林火災になどなったら目も当てられない。こちらはこれだけ気を使っているというのに、セレンは群れで襲って来た狼の姿を認めるや、再び先行して敵を打ち取らんとしている。
 しかし彼女に打ち倒されるよりも前にどういうわけか狼たちの動きは鈍くなり、そうこうしているうちに数頭が地に伏し始めた。
「可哀想だけど、殺すよりいいでしょう。少し痺れててもらうね」
 そう言ったローズの手にはしびれ粉が握られている。
「確かに、必要以上に攻撃したくないしね」
 白波 理沙(しらなみ・りさ)はローズの言葉に頷いて辺りを見回す。この場を訪れてからずっと、獣たちも操られているだけっぽいしなぁ……と思っていた。
 巨大鷲にしろ狼にしろ、行動が狂気じみている。これ以上ここにいる契約者たちに牙を剥けば自分や仲間の身を傷つけるだけだ、ということが解っても良さそうなものなのだが、逃げようとする気配などは一向に感じられない。むしろ己の中の闘争本能にだけ従っているかのように、獣たちは皆一様に目をぎらつかせながら襲いかかることを止めようとしないのだ。
 しびれ粉の毒を逃れた狼が怒りに燃えながら向かってくる。
 理沙はバックラーでその攻撃を受け流しながら、ノア・リヴァル(のあ・りう゛ぁる)に目配せした。
 ノアはその意図を察して頷くと、一度大きく息を吸い込んで歌い出す。その儚げな声で紡ぎだされる旋律は、どこまでも悲しく聴く者の心を沈みこませた。
歌うノアめがけて振り下ろされた爪を受けきれず、理沙は肩口に傷を負ったが、「悲しみの歌」を聞いた狼の攻撃力は明らかに低下しているようだった。
「理沙、大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫。ほら、チェルシーが回復してくれてるし」
 樹の陰に半分だけ顔を隠して詠唱しているチェルシー・ニール(ちぇるしー・にーる)の方を一瞥して、理沙は微笑んだ。
 チェルシーの前には、草むらの妖精たちをかばうように立つランディ・ガネス(らんでぃ・がねす)の姿もある。
「妖精たちはオレが盾になって守ってやる! こっちにはチェルシーもいるんだぜ!」
「あ、で、でもランディさん、あまり動物たちを傷つけないで下さいまし」
 理由も分からず動物たちと戦うことが悲しくてたまらない、といった表情でチェルシーは言う。
「分かってるよ、理沙も殺すなって言ってたし。でもそうなると、長期戦も覚悟しないとな」
 そう言ったランディの言葉に呼応してか、新たな狼の一団が辺りを取り囲み始めた。
「うわ……どんだけ居るんだよ」
 その場にいる全員が焦燥感を覚え始めたその時、ふいに集落の入口付近で甲高いブレーキ音が響いた。
 音のした方向から黒のポニーテールを振り乱して走って来た少女は、問答無用で襲いかかってくる狼に峰打ちを食らわせる。
「殺すまでもないであります。……と、それよりも」
 その少女、葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)はさっと周囲に視線を走らせて声を張った。
「何やら危険がいっぱいですが、もう大丈夫であります! 向こうに停めてあるトラックで、妖精さんたちを安全な場所までお連れします!」
「そういうことなら、俺が後ろを守ります。皆さんは妖精さんたちを連れてトラックへ!」
 鬼龍 貴仁(きりゅう・たかひと)が盾を手にして獣の前に立ち塞がった。
 森の外目指して走り出した契約者と妖精たちを追い掛けて、まだ自由に動ける狼が数頭、牙を剥き出しながら迫ってくる。
 しかし狼が貴仁の喉元に食らいつこうと跳び上がったまさにその時、彼の女王騎士の盾が光を放ってフィールドを展開した。
 跳びかかってきた狼たちは三平方メートルの防護壁に弾かれて、なす術を失くす。
 フィールドからあぶれた狼に対しては、防御で用いた機晶エネルギーを攻撃用に展開し直して対処し、貴仁はしんがりの任を全うした。
 その間に仲間たちは吹雪の先導で彼女のパートナー、コルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)が待つトラックへと向かう。全員が無事に集落から脱出できるだけの時間を稼いでから、貴仁はその後を追った。