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リアクション
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ピリピリとした、怜悧な空気の中にいる。
それはけっして殺伐としたものではない。険悪なものでもない。
ただ、探り合うものだ。
「……と、いうわけだ」
パートナーのマリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)とともに事のなりゆきを見守る水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)は、発せられる声にじっと耳を澄ませる。
視線は、中央のテーブルに向き合った両者。ひとりと三人とに、向けられている。
ここは、クロム・パラディア島。天空の博物館、その目玉たり得る『古龍の骸』が発掘の進む場所。
そして、この部屋はそれを統括する指揮所だ。むこうのデスクの上に散らばっている飲みかけのコーヒーや、図面の数々。光る計器類はその証左に他ならない。
ゆかりは、ここに説得にやってきた。
応接テーブルのソファに腰掛け、腕組みをするこの島の主──島の地祇 蒼の月に、自身の想うことを伝えんがために。相棒のマリエッタとともに、扉を叩いた。
だが。先客がいた。
「突貫工事にはなるけど、けっして無理じゃあない。そのための予算も用意できてる。悪くない話じゃないかしら?」
それまで、蒼の月へと語り続けていたカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)の言葉を継ぐように、ルカ・アコーディング(るか・あこーでぃんぐ)が身を乗り出し、テーブル上に重そうなスーツケースを置く。
「どちらにとってもメリットとなるよう、したいってこと。カルキも、蒼の月の気持ち、仲間たちの気持ち。どっちも尊重したいと思ってる」
ルカルカ・ルー(るかるか・るー)も、声を重ねる。
蒼の月がなにを考え込んでいるのか、彼女たちがなにを要求しにやってきたのか、ゆかりは既に理解し認識していた。
中央のテーブルで開かれたスーツケースの中身が一体、なんであるのかも、だ。
「──ふむ。そこの客人おふたりはどう思われるか?」
さすがは富豪、名の知れた経営者らしい。低く抑えた張りのある声で、蒼の月は傍観者としてそこにいるゆかりたちに、意見を求める。
貪欲で、客観さを重視するということか。
「やれることの提示なのでしょう? やらないより、やるべきかと。少なくともそうしない理由のほうが見つけにくいのでは?」
おそらく、彼女の中でも答えは既に決まっているのだろう、と思いながら。ゆかりは言葉を返す。
そうしながら、その選択肢を蒼の月がこれから選ぶとすれば、自分のするはずだった提案はどう動かしていくべきか。考えていく。
「ふむ。……で、あろうな」
蒼の月は、目を伏せてゆっくりと頷く。
自分は、さて。どう動くべきだろうか? ゆかりは、思案する。
*
「そっか。死んでもなお、昔のように空を舞いたい……か。うん、素敵な願いだね」
丸太で組まれたロッジの段に腰掛けて、黒田 紫乃(くろだ・しの)が、そうぽつりと言った。
白石 十兵衛(しらいし・じゅうべえ)が、こちらを見る中。詩壇 彩夜(しだん・あや)は、彼女の言葉を聞く。ロッジの中。来客との交渉にあたっている、蒼の月のことを、思いながら。
「この島の地祇は、それをかなえようとしてるんだよね。……ドラゴニュートのみんなにも、そのこと、どうにかして伝えられないかな」
外に、こうしてひとり佇む自分のことを考えている。
護ってくれと、自分を呼んだ蒼の月。けれど、自分などよりずっと腕の立つ面々が多く、彼女には協力してくれている。
自分など、いなくても。一体なぜ、彼女は自分を呼んだのだろう? ……そう思いそうになっている己を、彩夜は自覚する。
そして、思っている。ここで一体、自分はなにができるのか。蒼の月に、なにをしてやれるのか。ずっと、考えに暮れている。
「彩夜ちゃん」
「あ……加夜、せんぱい」
かけられた声と、それを発した、こちらへ向かい歩いてくる姿に顔を上げる。山葉 加夜(やまは・かや)。
目線を向けると彼女は微笑み、小さく手を振る。やがて彩夜の寄りかかる壁に、隣り合って並んで、同じように体重を預ける。
「悩みごと。抱えてるでしょう?」
加夜は静かに、彩夜へと言った。見透かされているのだと、彩夜は小さく息を吐く。
「やっぱり……わかりやすいですか? わたし」
「どうでしょう。彩夜ちゃんの考えてることだから、私にもわかっただけかもしれません」
後輩の考えていることで、これでも私は先輩ですから。知らない、気付かないなんて言っていられませんよ。
加夜が言ったタイミングで、紫乃が不意に立ち上がる。小走りに走っていく彼女の行き先を追うと、白い花束が目に留まる。
真っ白い、百合の花。包み紙にくるまれたそれを抱えた、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)。彼と打ち合わせながらともに歩く、メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)の姿。
龍の鎮魂に向かう彼らへと、紫乃とが走り寄っていく。追悼の想いを持つのは多いほうがいいと、エースの表情から微笑がこぼれる。
パートナーと寄り添うその様子に、彩夜は迷う。
「彩夜ちゃんの、したいようにしたらいいと思います」
先輩からの言葉。追悼に向かう四人を見送り、彩夜の胸に去来するのは自分を呼んだ地祇のこと。
彼女にはまだ、パートナーがない。
隣に立つ先輩や、向こうに歩いていく四人と違って。だから彩夜を呼んで、守ってくれるよう頼んだ。
「わたし。守りたいです、あの子のこと」
頼ってくれた地祇に対し、そう思う。けれど、同時にこうも思うのだ。
どうやって、守ってやればいいのだろう。
そしてそれは、自分にできることなのか?
──赤の他人でしかない自分はいったい、蒼の月に、なにをしてやれるのだろうか?
「……?」
迷いの中に彩夜はあった。それは感じたことのない戸惑い。
だからこそ、鋭敏な視線にひとり、気付くことができたのかもしれない。
「彩夜ちゃん?」
きょろきょろと、周囲を見回す。どこかから、誰かに見られていた。
彩夜に気付けたのは、そこまで。
「……今の、は?」
密か、身を潜めたその影が舌打ちをしたことまでは、わからなかった。
影は彼女らを、……『蒼の月』を、狙い、機を窺い続ける。
獲物に狙いさだめる、一体の『雀蜂』からの視線に──彼女はただ気付いた、だけだった。
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