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第 2 章 -突入者-

 
 騒動の数時間前――

中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)! プリンを食べに行くよ!」
 綾瀬の部屋へ飛び込んできたと同時にそう言い放った魔王 ベリアル(まおう・べりある)に彼女の冷ややかな声が響く。
「……私の話を聞いていなかったのかしら、ベリアル。いいこと? 開催場所は薔薇の学舎ですの、だから……?」
 綾瀬がたっぷり間を置いてベリアルに向かって話をしようとすると、そこは既にもぬけの空であった。
「……綾瀬、追いかけなくていいの?」
 漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)が静かに綾瀬に語りかける。普段から黒い布で視界を覆い、表情の変化は分かりにくくとも今の綾瀬が思いっきり呆れている感情がドレスにも伝わっていた。
「そうですわね……どうせ止めても言う事は聞かなかったでしょう、スイーツに興味はありませんが手にする為の駆け引きならばやってみて損はないと思いますわ。少し、お付き合いして下さいませね」
「ええ、では……行きましょう」

 飛び出していったベリアルを追って薔薇の学舎へと向かったのでした。


◇   ◇   ◇


 男子校に入り込んだベリアルは、一目で女の子とわかってしまう姿で彩々を目指していたが、生来の素早さで追跡をかわしていたものの遂に御用となってしまった。
「なんでダメなんだよ! いいじゃん、プリン食べるくらい!」
 ダニーに首根っこを掴まれ、ぎゃーぎゃー喚くベリアルに一寿は根気強く説得を続ける。
「ですから……ここは男子校なんです、君は女の子だしそれに一人で入り込んでいますからねぇ、危ないですよ」
「……あーったく、面倒くせぇな。いいか嬢ちゃん? ここは女の子が入る場所じゃねぇ、通せない理由があるからこうしてだな」
 正門前でベリアルを下ろしながらダニーが言いかけた言葉に学舎へ着いた綾瀬が続けた。
「通せない理由、それが薔薇の学舎が描く『紳士』というものでしたら差別以外のなにものにも御座いませんわ?」

 現れた綾瀬とドレスにベリアルの顔もぱっと明るくなる。
「男女差別と取られてしまうのは、僕としても不本意ですねぇ……確かに『彩々』にご招待したのは男性のみですが、これは薔薇の学舎という場所に際したマナーだと思いますが……」
 それまで黙っていた綾瀬の魔鎧、ドレスが静かに語る。
「ならば、わざわざ女性にも知られる方法での招待……そしてベリアルへの振舞い、これをあなた方は紳士的な振舞いとするのね。どうやら、薔薇の学舎へ入るのを拒まれた女性はベリアルだけではない様子……追い出された女性達に対してあなたが守ろうとするマナーはどれ程の価値を置くものなのでしょう?」
 ダニーが軽く舌打ちすると、ドレスへ言い返す前に一寿がそれを片手で制止する。
「僕らは、校内への立ち入りをご遠慮頂いているだけですよ。その少女は学舎前にある販売コーナーが目に入らなかったようですねぇ」
 一寿の視線の先を見るドレスと綾瀬、ベリアルはヴィナを始め、見目麗しい青年販売員の手で土産用のスイーツが売られているのを見つめた。
「……なるほど、校内への侵入は防ぎたい。その為には校外でスイーツをお披露目すれば良いだけの事……ルドルフ校長もお言葉が足りなかったようですわね」

「綾瀬、じゃあプリン食べれるんでしょ? そうでしょ? 食べたいー!」
 そう言いながら綾瀬とドレスが答える間もなく、土産用スイーツの列に飛び込んでいくベリアルに目隠しで隠された綾瀬の瞳は半眼になっていた。


「――先ほどは失礼な物言いをしましたわね、お気を悪くされたでしょうけれど……」
「いや、おまえさんの正論に言い返す言葉がなかったのは事実だ。事実だが……もうちょっと可愛げが欲しいぜ、魔鎧のおぜうさん」
 反応に困ったのか、ドレスはそれ以上言葉を発する事なく静かになるのだった。


◇   ◇   ◇


「あそこが……薔薇の学舎、彩々の場所はわからないけれど突撃あるのみです…!」
 枝々咲 色花(ししざき・しきか)が薔薇の学舎を前に握り拳を作り、何とかそれらしい男装姿で真っ直ぐ校舎を目指して歩きだし――もとい、ほぼ突撃の勢いをつけて走り出していた。

 脇目も振らず、彩々から漂うスイーツの甘い匂いを頼りに一目散に向かっている色花にとって幸いな事は、学舎前での一つの騒動に一寿、ダニー、そしてヴィナがスイーツ販売に忙しく対応していたからであった。