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リアクション
「……で、これからどうしましょう? 確か今の大ババ様は、分かれた魂の片割れで存在してるって話ですよねぇ」
多くの契約者に囲まれたルシファーを前に、エリザベートが腕を組む。ちなみに、エリザベートの命を狙ったメニエスは、ルシファーが敗れるや否やミストラルと共に撤退を図った。今頃はまたどこかに潜伏しているか、とうに捕まったかは、確認が取れない。
「それは、私が決着をつけようぞ」
声が聞こえ、皆の前にアーデルハイトが姿を見せる。
「本当はもう、行くつもりもなかったんじゃがな。残された魂で余生を送る、それも良かったんじゃが……」
ちらり、とアーデルハイトが視線を向ける、その先にはザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)の姿があった。
「大ババ様、自分と一緒にルシファーの元へ行って下さいませんか。大ババ様だって、このままここで全てが終わるのを待っていたら、納得できないでしょう?」
強盗 ヘル(ごうとう・へる)を伴って校長室を訪れたザカコが、アーデルハイトに自分と一緒にルシファーの元へ向かおうと提案する。
「いや……もうよいのじゃよ。決着はエリザベートたちがつけてくれる。私は残された魂で余生を送る、それで――」
どこか自嘲気味に呟くアーデルハイトは、次の瞬間歩み寄ったザカコに両肩を掴まれ、ハッとして振り返る。
「……大ババ様は自身の事を軽視しているみたいですけど、貴女を救いたいと思ってる人だって、少なくともここに1人はいるんですよ」
ザカコの言葉に、アーデルハイトは脳裏にかつての光景を思い出す。遥か昔のこと、同じような言葉を口にして、自分と人生を共にすることを誓った男のことを。
「たとえ、貴女とルシファーの間で過去に何があろうと、自分は今の大ババ様を愛しています!
大ババ様……いえ、アーデルさんは、自分が守ります!」
5000年振りの、告白。あの時アーデルハイトは、お人好しなやつじゃな、と呟いて、告白を受け入れた。
そして、今は。
「…………お人好しなやつじゃな」
あの時と同じ回答をするアーデルハイト。5000年前の彼、アーデルハイトにとっては二人目の『夫』とザカコに、血の繋がりは全くない。
ただ同じなのは、彼もザカコも地球人で、そしてどうしようもなくアーデルハイトが好きだ、ということ。
「まさか、こんなことになっちまうなんてな。……ま、俺はザカコの決断を応援するぜ」
ザカコの背中を見つめて、ヘルが一人言葉を投げる。
「というわけでエリザベート、今からこの中にあるルシファーの魂を切り離して、私のこの身体に移す」
「そ、そんなことしたら大変ですよぅ」
他の契約者も、にわかに殺気立つ。魂がどれほど弱っているか知らないのに、健康な身体を与えてしまうことになるからだ。
「私のわがままを聞いておくれ、エリザベート」
「……こんな時だけ、ズルイですよぅ。分かりましたぁ、何かあったら大ババ様のせいにしますからねぇ」
ぷん、とそっぽを向いてしまうエリザベートに、すまんな、と呟いて、アーデルハイトがぐったりとするルシファーに歩み寄り、顔に自らの顔を近付ける。
「……エリザベートちゃん、ちょっとの間、目を閉じてましょうね〜」
「ふぇ? アスカ、何で目隠しするですかぁ?」
少々、情操教育によろしくなさそうなシーンが展開されたので、明日香はエリザベートの目を塞ぐ。そしてエリザベートが目を解放された時には、先程までアーデルハイトだったものは地面に崩れ落ち、先程までルシファーだったものがすっく、と立ち上がっていた。
「わざわざこのようなものを復活させおって……あいつめ……」
小さな声で呟いて、アーデルハイトが膝をつき、伏せていたアーデルハイト――つまり、今はこちらがルシファー――を抱え起こす。
「……久し振りに見るな、その姿」
「何を言う、鏡に写せばいつでも見れたろうに」
「あれは偽物だ。やはりお前の魂が宿った身体が素敵だ……アーデルハイト」
「こやつめ、軽口は相変わらずじゃな」
かつて夫婦だったという者たちが、おそらくは長い別れの前に交わす一時。
このまま、穏やかな時間が流れるかと思われていた……その声が流れるまでは。
「あの……大ババ様。大ババ様はルシファーさんとその、結婚したんですよね」
関谷 未憂(せきや・みゆう)が進み出て、アーデルハイトに問う。
「まあ、そうなるな。そして生まれたのが今の魔王、パイモンじゃな」
「……私、思うんです。結婚は、一生を添い遂げる覚悟でするものだって。
だから、相手の気持を裏切った大ババ様は、ルシファーさんに謝るべきです。ルシファーさんのしたことは許されないことで、こうなることも仕方ないと思う。けど……それとこれとは別なんじゃないですか?」
「そーそー、ちゃんと「ごめんなさい」した方がいいよー」
リン・リーファ(りん・りーふぁ)も、未憂の意見に賛同する。
「やれやれ……ま、誰かが口にするとは思っとったがな。私のしたことは決して、褒められることではない。
……ルシファー、私はおまえの気持ちを知った上で、利用した。ズルい女だと罵ってくれて構わんよ」
「俺をあの時と同じだと思うな。女とはそういう面を備えたものなのだろう?
確かに俺は騙された……だが今では憎んでおらん。いや……あの時も憎んではいなかったがな」
きっぱりと言い切るルシファー。今際の際に吐く言葉は概ね真実であるなら、ルシファーは自分を封印したアーデルハイトをなおも愛していたことになる。
「そうか……すまんな」
「構わん。……俺は行くぞ。ああ……息子を、頼む……」
言って、スッ、とルシファーの力が抜ける。口から吐き出された白くもやっとしたものが、傍にあったクリフォトの幹へと吸い込まれていく。
「……分かった。許されるのであれば5000年越しの『子育て』、務めてみせよう」
言い終え、腕の中でだらりと垂れ下がった『ルシファーだったもの』の身体を抱きしめるアーデルハイト。
その双眸からは、光る雫がこぼれ落ちていた――。
「さっきはあんなこと言ってすみませんでした、大ババ様。
……でももう一つだけ、言わせてください」
立ち上がったアーデルハイトへ、未憂が歩み寄り、言葉をぶつける。
「もう、自分一人が、とか、自分が犠牲になれば、とか考えないでください。現にみんな、こうして力を合わせて頑張って来たんです。
その気持ちを踏みにじるというなら――」
スッ、と未憂が手を上げる。叩かれるか、覚悟を決めたアーデルハイトに反して、未憂はその手を自分の首筋に当てる。
「私はここで、自分の命を断ちます。そうでもしなければ、自分がいかに酷い事をしているかって、気付かないと思うから」
『命を粗末にしようとする者は、同じく命を粗末にしようとする者を見て、初めて自分のしようとしていることが愚かであったことに気付く』。
「……ああ、もう決して口にはせぬ。すまなかった」
「はーい、今の言葉、みんなにも言ってー」
進み出るリンに、流石に未憂が窘めようとするが、アーデルハイトはそれを遮る。トレードマークの帽子を取り、
「……すまぬ!」
深々と、生徒に対して頭を下げる。しばらくの間、沈黙が続いた後――。
「それじゃ皆さん、帰りましょうかぁ」
まるで何事も無かったかのように、エリザベートが口にする。その声を聞いて、生徒たちが続々と帰り支度を始める。
「……大ババ様、何やってるですかぁ。これからが大変なんですからぁ、さっさと帰りますよぅ」
きょとん、とするアーデルハイトへ、エリザベートの声が飛ぶ。
「あ、ああ――」
アーデルハイトが、一歩を進み出た時――。
「うおおぉぉ! 迷ってたらすっかり遅くなっちまったぜー!
ルシファー、てめぇが観念するまで愛しつくしてやるぜぇー!」
どこからともなく飛び込んできたゲブー・オブイン(げぶー・おぶいん)がアーデルハイトの背後に回り、その豊満な胸をわしっ、と揉みしだく。
「なっ!? お前、何をしおる――!」
「がはははっ、俺様はてめぇが負けを認めるまで、愛し続けるぜっ!」
ゲブーは、既に自分がおっぱいを揉んでいる人物がアーデルハイトであることを知らず、未だにルシファーだと思い込んでいた。そこに何の悪気もなく、ただ自分が愛し(揉み)尽くせば戦いが終わるもの、そう思い込んでの行動であった。
「……戯れもいい加減にせーーーい!!」
しかし、戦いは既に終わっていたのである。であるが故に、ゲブーはアーデルハイトの渾身のパンチを食らって哀れ、遥か遠くへ吹っ飛んでしまった。
「ああっ、アニキー!!」
バーバーモヒカン シャンバラ大荒野店(ばーばーもひかん・しゃんばらだいこうやてん)が、吹っ飛ばされたゲブーを追いかける。彼らはしっかりと地上に戻って来ているので安心して欲しい。
(……まさか、ライバル出現!?)
「いや、違うと思うぜ……」
一部始終を目の当たりにしていたザカコがそのような言葉を頭に浮かび、何故かその時だけザカコの頭の内が読めたヘルがツッコミを入れる。
「……結局、パイモンはベルゼビュート城に姿を見せなかったな。別に追っていた者たちが追いついたのか?」
「そうみたいだよ。西カナンの領主、ドン・マルドゥークがパイモンを捕らえたって連絡がさっき入ったよ」
パイモンの行き先を掴もうとしていた青葉 旭(あおば・あきら)が、山野 にゃん子(やまの・にゃんこ)からの連絡を受けそうか、と納得する。彼が城を離れていたからこそ、事態が予想よりすんなりといったかもしれなかった。
『あーあー、これからイルミンスールは、元の位置に戻りますよぅ。
皆さん、ご苦労さまですぅ。気をつけて帰ってくださいですぅ』
エリザベートの声が聞こえ、次いで『こりゃ、何て上から目線じゃ』とアーデルハイトの叱咤する声が聞こえる。
(……まあ、なんだかんだで、決着が付いたからよかったのかな)
これからイルミンスールは大変だろうが、それは彼女たちと、生徒たちが担うことだろうから。
応援くらいはしてあげようか、そんな事を思いながら旭はにゃん子と共にイルミンスールを後にする――。
「……へぇ、あんな感じで浮遊するんだ。もう見られなくなるみたいだし、最後に見られてよかったかな」
「……って、俺たちホント、これだけのために来たの? めでたしめでたし、って言うためだけに?」
浮遊していくイルミンスールを見上げ、感嘆の声を漏らす三井 静(みつい・せい)の隣で、三井 藍(みつい・あお)がはぁ、とため息をつく。
確かに、ここだけ見ればめでたしめでたし、なのだろう。
全体で見ると必ずしも、そうとは言えないかもしれないが――。