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【2021年】パラミタカレンダー

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【2021年】パラミタカレンダー
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リアクション



【7月】


 ──その夜、ヒラニプラのとある商店街は、天の川になった。

「聞いた通りなんて、凄いな〜」
 七月七日、七夕夜の午後七時。
 赤と金が目立つ、どことなく中国を連想させる建物が立ち並ぶその商店街は、他に取り立てて特徴もない。食料品店に雑貨屋、宿屋、酒場、鍛冶屋、便利屋……どこの商店街にでもありそうな店があり、そしてどこにもなさそうな店もない。同じような商店街は、ここヒラニプラに幾らでもあるだろう。
 だけど、お祭り好きでね、飾り付けに気合が入るんだよ。特に七夕なんか見ものだから──と、教導団に所属する知り合いから聞いて、ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)は、ヴァイシャリーからはるばるこの普段は変哲のない商店街までやって来たのだった。
 そう、今日は変哲があった。
 道の両側には、高さは商店の屋根まで届き、太さは一抱えほどもありそうな笹の束が等間隔に置かれており、ただでさえ大きさに圧倒されるのに、飾り付けられれば、背後の店先を隠してしまう勢いだった。派手な吹き流しに、千羽ほどありそうな折鶴、輪を連ねたもの、各種折り紙の飾り、造花……。重さで笹がしなだれている。
 ところどころの笹などは、日が沈むと同時に根元からライトアップされ、深い藍色の夜空と星々を背景に、笹と飾りの静と動の美しさが絶妙なコントラストを作り出していた。
「こんなにたくさんの願い事があるんだなぁ」
 飾りの中で、一番シンプルで地味で、でも主役になっていたのは、願いごとを書いた色とりどりの短冊だ。赤、黄、青、紫、水色、ピンク、橙、黄緑、金、銀。ありとあらゆる色紙の紙片が、風にゆらゆらと揺れていた。
 短冊はしかも刻一刻と増えているようで、あちこちで短冊を笹に結び付けている人がいる。商店街の人はもう飾り終わって、お祭りの運営と商売に忙しい──地元客や観光客向けにあれこれ呼びかけている声が聞こえていた──から、きっと今からでも参加していいのだろう。
 人が集まっている場所を覗くと、案の定、短冊とペンがテーブルの上に用意されていた。
 ネージュも順番を待って、短冊に願い事を書いてみた。『アリス・リリ族のパートナーに出逢えますように。』
 彼女は、それを笹に結びつける。指先を離すと、短冊は彼女の願いを乗せて、他の願い事と共にゆっくりと夜空の中を漂い始める。それを彼女は静かに見つめていた。
 そんなネージュの姿を目の端に捕えて、イーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)は同じく笹を結び付けようとした手を止めた。
 小学生低学年ほどにしか見えない彼女の可愛らしい容姿と愛らしいひらひらの服装は、背の高いイーオンからすれば大人と子供ほどもある。それに、周囲にちらほら見える浴衣姿と、そうでなくても普段着と、楽しそうな笑顔と。
 パートナーに誘われて、普段好まない人ごみにやって来たイーオンの、楽しもうとするなりの、けれどやっぱり暗い色調の魔術服と……真剣な、場違いなほどの願いと。
(少々浮いているか)
 手の中、短冊に書かれた文字は、『セレスティアーナの息災』。
 いつも、いつでも彼はセレスティアーナの味方だった。冷徹さが、理性が感情を勝る彼だけれど、あの複雑な境遇にある代王に対しては特別な感情を抱いていた。使命感が好意に、それがいつしか、愛と呼べる感情に変わったと気付いたのは、自分でもおかしなことに、最近だったのだけれど。
(心に固く誓うだけでいい。彼女は俺が守り抜く)
 イーオンは紙片をそっと懐にしまうと、祭りを楽しんでいるだろう、パートナーの姿を探しに向かった。

「なまえ、なまえ……そうです、ヒーちゃんです。あなたのおなまえはヒーちゃんですよ」
 ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)は、両手に抱いたティーカップパンダに、にっこり満面の笑み。
「いいのかいお嬢ちゃん。繁殖の難しいパンダなんだ。俺が言うのもなんだが、教導団から出てこんな商店街に流れてくるって事情があるのは、大抵体が強くねぇ。場合によっちゃ、すぐ弱って……言いにくいな……死んじまうかもしれねえぞ?」
 心配げなペットショップの店主に、ヴァーナーはこくりと頷く。
「そうか。俺のとこにいつまでもいるより、お嬢ちゃんと一緒にいる方がこいつも幸せだろうしな……。まぁ、うまくやればきっと人並みには丈夫に育つ。可愛がってくれよ」
「はいです!」
 再び笑顔を見せたヴァーナーは、掌に乗る小さなパンダを胸に抱いて、通りへと向かっていった。
「お星さまがきらきらですね、ヒーちゃん」
 空には様々な色合いの光が、点になって集まって川を──天の川をつくっていた。地上では、笹からそよいでいる七夕飾りが、星のかたちに切り抜いたり折ったりした紙だけでなく、飾り自体が織姫と彦星やその言い伝えを語っている。
 短冊を書くためのテーブルを見つけたヴァーナーは、
「ボクもおねがいを書くのです。えっと……」
 『みんながえがおになりますように』。
 願い事を書いた短冊を吊るすのに適当な笹を探す。
「あ、あれがいいのです♪」
 その笹は、星のかたちをした飾りだけが付いており、てっぺんにひとつだけ、織姫の飾りが乗っていた。丁度通りを挟んだ向かいには同じような、彦星がついた笹がある。
 おりひめとひこぼしも会えるといいですね、とティーカップパンダを肩に乗せて話しかけながら、ヴァーナーは短冊を結んだ。
「さあ、おまつりを楽しみましょうです。ね、ヒー……ヒーちゃん?」
 ぱくり。
 気が付けば、笹を咥えたままぷらんぷらん、ヒーちゃんはいつの間にかヴァーナーの手を離れて空中遊泳。
「わわわ、大変ですっ」
 落ちないように慌てて両手で包むと、そこかしこで同じような騒ぎが起きていた。
「何だ、何だ」
 暇つぶしに、浴衣姿で笹を眺めていた橘 恭司(たちばな・きょうじ)も笹を仰ぎ見る。
 教導団の生徒達のティーカップパンダたちは、大好物を前にして黙っていられなかったらしい。あちらこちらで声が上がり、笹に白黒模様が次々と飾り付けられていく。
 と──ぼとり。頭の上に、何か重いものが落ちてきた。
「ん、何だ──」
 手だけ伸ばしてそれに触れれば、丸っこくて柔らかくてあったかい。ぐにっと掴んだまま目の前に持ってくる。
 そこには、首を掴まれてぶら下がったパンダが一匹。
「……変わった飾りだな」
「あーすいません、ごめんなさい! ウチの子がご迷惑おかけしてっ!」
 教導団の女子生徒が慌てて駆け寄り、恭司に頭を下げる。
「いや、いい。気にしていない」
 恭司は指先にかじりつくパンダを女子生徒に渡すと、再び雑踏を縫って歩き始めた。
 この半年、誰かの手伝いをしてばっかりだった。たまにはこんな日があってもいいだろう。けれど……、
「これだけ願いがあるんじゃ、また俺も忙しくなるのかな」
 恭司は風にそよぐ笹と短冊を眺めながら、口の端に笑みをのぼらせた。