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【2021年】パラミタカレンダー

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【2021年】パラミタカレンダー
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リアクション



【1月】



 お正月──西シャンバラ、ツァンダ。この都市の片隅に、小さな神社がある。
 ツァンダが蒼空学園、及び日本の影響を色濃く受けているためだろうか、或いは物珍しいからだろうか。新年には在住の日本人だけでなく、地元住民が訪れる。そして文化的な事情は勿論のこと、そこは商売の街ツァンダ。人が集まるところに商売ありというわけで、日本のように、神社の境内と周辺に出店が出る。
 参拝客、お祓いをしてもらう商売人に加えて、特に用事はないけれどお祭りの雰囲気や出店目当てにやってくる人々が集まって、規模の割に、今年も神社は賑わっている。ことに参拝殿の前は人が多く、前日夜に降り積もった雪の寒さも感じなくなるほどだ。
「困ったのう……」
 グラン・アインシュベルト(ぐらん・あいんしゅべると)は、さい銭箱の前で見失ってしまったパートナーを探すべく周囲を見回したが、いくら長身でも腰の曲がった老人──というと怒られそうだが──に人の壁は高く厚くて、後ろからはどんどん人が来て、おまけに動くものだから。グランは彼らを探すのを諦めて、
「お土産でも買って帰れば問題ないじゃろ」
 せっかく紋付羽織袴で気合を入れてきたのに、ちょっとケチがついてしまった。
 その分を取り戻すべく、グランはさっそくお土産めぐりを始める。日本人でこそないが、武者鎧や日本酒、晒など日本文化にはちょっと詳しいグランである。作法通り二礼二拍一礼してお参りし、おみくじを引いて枝に結び付け、巫女さんからお守りや破魔矢を授かり、それから出店の列へと向かって行った。
 お汁粉にお好み焼き、綿あめ。ボールすくいに、くじ引き射的。原色でカラフルすぎる屋台が目に楽しい。カラーわたげうさぎなんていう、色とりどりの小さな本当にわたげうさぎを売る──カラーどころか、わたげうさぎなのかすら疑わしい──いかがわしい屋台まである。たちまち両腕はお土産でふさがった。
「懐かしいのう。一個頂こうかのう。ん……あれは何じゃな?」
 茶色く膨れたカルメ焼きを食べながら歩くうち、ある正月飾りの屋台が目に留まった。
 そこには様々な大小のしめ飾りと門松が並べられていたが、日本的なものから、パラミタ風のものまであった。その中にちらほら、雪だるまモチーフのものや、ミニ雪だるまが見える。何だろうと屋台を覗こうと近づけば、店先に置かれた門松のその横にもう一つ。巨大な門松──いや、門松というより門松風雪だるまが建造中であった。竹や梅で飾った巨大な鉢の中に、でんと雪だるまが鎮座している。雪だるまの頭頂は店の屋根にも届きそうなため、脚立が持ち出されていた。
 脚立の上で、ぱんぱんと雪を叩いて固めているのは、雪だるまのように真っ白い肌に、雪うさぎのように赤い瞳の少女赤羽 美央(あかばね・みお)だ。
「これで皆さんにも雪だるまの御加護があること間違いなしですね」
「はい、女王陛下!」
 と、こちらは赤い髪に瞳の少女北郷 鬱姫(きたごう・うつき)が答える。
 美央は雪だるま王国の女王陛下、そして鬱姫はその王国民。スノーマニズム布教のため、今日も女王は招集をかけていた。
「イベント仕様の雪だるまもいいものですね。……そうです! 今年のクリスマスにはサンタ雪だるまをツリーにぶらさげましょう」
 美央は雪を固め、不要な雪を払い、雪だるまの造形を確かなものにしていく。人が参拝に来るしばらくの間はここに立っていてもらわなければいけないから、念入りに雪を重ねる。
 やがて納得がいく出来になると、雪だるまに目鼻が付けられた。
「これで完成ですね」
「まだ最後にこれが残ってますよ」
 美央が取り出したのは冷凍ミカンだった。
 完成した雪だるまの上にそれを乗せようと手を伸ばして……届かない。脚立のてっぺん、隅っこに移動すると、彼女は体を伸ばして……つま先を伸ばして、危なっかしい体勢で。
「しっかり押さえててくださいね、鬱姫さん」
「はい」
 鬱姫は頷いて脚立を支える。
 ミカンが雪だるまに乗る。しかしベストポジションにはまだ距離がある。少しづつ、少しづつ。指先がミカンを押していき、そして──
「うにゃぁっ!」
 突然、鬱姫の“超感覚”で生えた猫の耳と尻尾が逆立ち、素っ頓狂な声が上がる。
「え、ちょ、ちょっと……きゃっ」
 同時に脚立から手が離れた、一か所に体重をかけられた脚立は、雪の残る地面のせいでバランス悪く傾いた。
 空中に投げ出された、美央はとっさに両腕で雪だるまにしがみ付く。
 ──冷たい。顔も手もしもやけになりそうだ。
「い、いえ。これで転落から助かったのは雪だるまの御加護に違いないのです」
 ずりずり。何とか雪だるまにしがみ付いたまま地面に降り立つと、その耳にちょっと色っぽい声が届く。
「うにゃぁ」
 鬱姫は脚立を抑えることなどすっかり忘れていた。
 パーカーをばさばさはたき、その下のTシャツの胸元を開き、めくりあげ、何故か一人でくるくる回って奮闘中だ。
「どうしたんですか鬱姫さん」
「はふぅ……つ、冷たいですぅ……ふわぁっ」
 雪だるまからこぼれた雪の塊が服に入り込んでしまったのだ。
 冷たい、という言葉に美央が自身の頭に手をやると、彼女の顔にも髪の毛にも、それからもちろん服にも。全面的に雪だるまの雪が付着してしまっている。雪だるまになるのはやぶさかではないけれど、やっぱり冷たい。
 すると、そこに甘いにおいが湯気に乗って漂ってきた。
「──そんなに雪だらけでは、風邪を引いてしまうじゃろう?」
 二人が声の方を向けば、グランが屋台のお汁粉を差し出していた。
「ありがとうございますー……」
 やっと雪を服から追い出して、胸の上方までめくれたシャツを下げながら、鬱姫がお汁粉を手に取る。
「済みません、いただきます。……あぁ、雪だるま作り直しですね」
 美央がおもちを食べながら振り向けば、身を挺して美央を助けた雪だるまは、表面が少し崩れてしまっていた。
「これを食べてからまた頑張るとよかろう」
「ええ。ご恩返しに、もっと立派な雪だるまを作ります! ですよね、鬱姫さん」
「はい、女王陛下」
 こうして二人はあったかいお汁粉を堪能して、再び雪だるま作りにいそしむのだった。