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失われた光を求めて(第1回/全2回)

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失われた光を求めて(第1回/全2回)

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●3章 少女を探して

「少女に話を聞くっていっても、どこに行けば会えるのかな? 先生の話でも、目撃情報があるというだけでどこで、ってのはなかったし……」
「そうですね……見た、という情報だけがあって、どこに住んでいるかといった情報がないとなると、人の類ではないのかもしれませんね」
 遺跡探索のチームとは別に、目撃情報のあった少女を探して森を調査するチームの中で、クラーク 波音(くらーく・はのん)アンナ・アシュボード(あんな・あしゅぼーど)の会話が聞こえてくる。
「人じゃないって……もしかしてお化けとか、猛獣とか!? そ、そんなのが現れたらどうしようっ」
「波音、そうではないです。精霊……幾つかの具現化された形の中の一つとしての存在なのかもしれません。お化け……と言われてしまうと当たらずも遠からず、なのですが」
「や、やっぱりお化けなの!? どうしようアンナっ」
「大丈夫ですよ波音。これだけ皆さんがいらっしゃいますし、いざという時には私が護ります」
「アンナ……うん、そうだよね! まずは会ってみないと分からないよね! よーし、はりきって探すぞー!」
 元気を取り戻した波音がさくさくと森の中を進んでいくのを、アンナが笑顔で見守る。

「急激に成長する植物はこの辺にはなかったと思うのですが……何の影響でこのようなことになったのでしょう」
「ふんふん……なーんか匂うんだけどな……ま、年の功でもわからないものはわからないか♪」
 ナナ・ノルデン(なな・のるでん)が、木々に絡み合った蔦の一部を手に取って調べ、ズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)は森に漂う匂いに注意を傾けていた。
「……でさ、ナナ。その子、何なの?」
「さあ……この森に入った時から、懐かれてしまったようですが」
 ズィーベンの問いにナナが困惑気味に答える、その腕には姫野 香苗(ひめの・かなえ)がぴったりと身を寄せ、恍惚な笑みを浮かべていた。
「ああ、何て素敵なお姉さま……香苗、お姉さまとあんなことやこんなことができるなら、どこまででもお供しますっ!」
「……欲望がだだ漏れだね。ナナ、この子引き剥がした方がいい? ていうかものっ凄く引き剥がしたいんだけど」
「いえ……ただくっつかれているだけなので、そこまで迷惑ではないですから……」
「迷惑!? もしかして香苗、物凄く迷惑でしたか!?」
 迷惑、という言葉に反応した香苗が、ナナを上目遣いで見つめる、その瞳には涙が溢れんばかりに溜まっていた。
「ああいや、そんなことはありませんよ。言い方が悪くてごめんなさいね」
「えへへ♪ 香苗、お姉さまのことだーい好きですっ!」
 言って香苗がさらに身を寄せ、笑みを貼り付けるナナに呆れた様子で、ズィーベンが呟く。
「もう、やってらんないっつーの。……にしてもさ、一つ気になることがあるんだけど」
「? 何ですか、ズィーベン?」
「いやね、手がかりにならないかなーって思って、足跡探してんだけど、全然見つからないんだよ。そりゃ色んな足跡があるし、簡単に見つからないのは分かってるんだけど、いっこくらい見つかってもいいかなーって思うんだよね」
 言われてナナが、地面に目をやる。新しいのはさておき、時間が経ったものはどれも獣の足跡ばかりであった。
「目撃されているのに、足跡がない……常に宙に浮いている?」
「まさかぁ、幽霊じゃないんだしそんな……あ、誰も人間だ、なんて言ってないよね。ええとそのまさか、だったりする?」
「はぁぁ……可愛い服を着たお姉さまと花園の向こうへ……見つめ合う瞳、そっと触れる唇……きゃっ♪ やだもう、香苗ったらダメよ、そんなのダメだわ♪」
 少女の正体についてナナとズィーベンが思案している最中、香苗は一人構わず妄想の世界にダイブしていた。

「ったく、これだけ蔦が多いと歩き辛くて叶わないな」
「まったくだぜ。……っと、ご主人、大丈夫か? 疲れたら俺様がおぶってやるからな」
「ええ、ありがとう、ベア。大丈夫だけど、ちょっと、疲れたかしら」
「よし、じゃああの樹の下で一休みといこうぜ」
 蔦を掻い潜りながら歩き続けていた緋桜 ケイ(ひおう・けい)ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)が、高くそびえる樹の下に腰を下ろして休憩を取る。
「ふぅ……いつ暴走したコボルドに襲われるかヒヤヒヤしたけど、今のところは大丈夫みたいだな」
「なんかコボルド避けて移動してると、いつかの『かくれんぼ』を思い出すな」
「ふふ、そうですね。あの時も皆さんと一緒に楽しめましたし、今もこうして一緒に冒険するのって、楽しいですよね」
「まあな。……後はこれで、女の子がさっさと見つかりゃ苦労しないんだけど。もしかしてこの樹の上にいるとか、そんなおいしい話――」
 何気なくケイが上空を見上げると、そこにぼんやりと、まるで映写機で映し出されたかのように、森の別の方角を向いて少女が佇んでいた。
(…………え? まさか、あれが例の少女!?)
 ケイが瞬く間に起き上がってもう一度上を見上げれば、しかしそこには鬱蒼と茂る緑と、微かに覗く曇天の空が見えるばかり。
「おい、どうしたケイ?」
「上に、何かいたのですか?」
 ベアとソアの問いに、ケイが見たままを告げる。
「……そりゃ匂うな、とても匂うぜ。そいつが例の少女って可能性は高いと思うぜ」
「ですが、あんなところにいたなんて……とても私たちでは登れそうにないです」
 ソアの見上げる樹は、手の届く高さに幹以外の枝がなく、掴まれそうな突起もない。屈強な男性ならともかく、儚げに見えた少女が平然と登れるとは思えない、それが三人の共通した見解であった。
「……とにかく、もう少し調べてみないと分からないな。もしかしたらこの樹自体に何か仕掛けが――」
 言って樹に触れたケイ、そしてソアとベアの耳に、高らかに響く笑い声が届く。そして一瞬遅れて強い風が、三人を襲う。
「うおっと! ベア、ソアを護ってやれ!」
「言われなくてもそうするぜ! ご主人、俺様にしっかり掴まってろ!」
「は、はいっ」
 強い風は数瞬続き、そして瞬く間に収まっていく。
「……何だったんだ今の風は。一体何が――」
「おい、済まないが誰か、手を貸してくれ!」
 ケイの言葉を遮って、木陰から現れた藍澤 黎(あいざわ・れい)の言葉が響く。
「我々は向こうで休憩を取っていたんだが、そこにコボルドの大群が現れた。たまたま席を外していた我が気付いた時には既に包囲されていて、どうすることもできなかった。お願いだ、仲間を助けるため、力を貸してくれ!」
 黎の言葉に集団のざわめき声が大きくなる。
「仲間の危機ってんなら行くしかないな。……ご主人、ご主人はここに残って――」
「いえ、ベア。私も行かせてください。同じ学校の生徒を黙って見過ごすことなんて、私にはできません」
「……だとさ。頼りにしてるぜ、ベア」
「ふん! おまえに言われたくないぜ!」
 そして、一行は黎の先導で、襲撃地点へと向かう。

「えっと……困ってることとかあったら力になるから言ってくれ……って、言葉が通じないんじゃどうにもならないか」
「ぼ、僕を襲ったって、何もいいことないですよ!? ですからそんな目でこっちを見ないで下さい!」
 どこか虚ろな瞳のコボルドに見つめられて、西條 知哉(さいじょう・ともや)がどうにもならないとばかりに呆れ、白河 清紫朗(しらかわ・せいしろう)が怯えた様子を見せる。パーティーの人数に対しコボルドたちは数倍程度、全方向を取り囲まれているとあっては、何ができたものでもない。
(ちっ……助けを呼ぼうにも、少しでもおかしな動きをしたらそれまでってこともあるしな。運よく誰かが助けを呼んできてくれたならいいんだが、それも期待できないとなると……やるしかないのか?)
 知哉が、腰に提げた武器を意識しながら、隣で怯える清紫朗に小声で話しかける。
「もし戦闘になったら、俺が道を拓く。その隙に君はここを抜けて、とにかく駆けろ。追っ手から振り切ったと思ったら、助けを呼べ。先生でも他のチームでもいい、とにかく連絡をつけて、助けを呼ぶんだ。いいな?」
「え、ええ……ですか僕にできるでしょうか? それにあなたは大丈夫なのですか?」
「俺のことは気にしなくていい。それよりもチーム全員を助けなければならない。見てみろ、女子供もいて怯えきっている中、君がそんな調子でどうする? 君がやらなければ誰がやるというんだ!?」
 知哉にそそのかされて、清紫朗が周囲を見遣る。一緒に行動してきた者たちの、一様に怯えた顔が映る。
(そうだ……僕が頑張らなければ。僕がここで迷っていたら、この人たちが襲われてしまうんだ……!)
 清紫朗の表情に、力が戻ってくる。使命感という気持ちが、彼の身体そして心を奮い立たせる。
「……分かりました。僕にできることがあれば、何でもします」
「その言葉、期待してるぜ。さて、後はどうやって戦端を開くかだが――」
 清紫朗に頷き、知哉がコボルドたちを見据えた、その瞬間。コボルドたちの右後方、つまり知哉から見て左前方から馬のいななきが響いたかと思うと、白い毛並みの馬がコボルドたちを掻き分けるように突進してきた。コボルドたちは突然の事態に慌てふためいた次の瞬間、複数の声が響く。
「包囲網をこじ開けろ! そこから包囲されている仲間を逃がすんだ!」
 黎の指示が飛び、素早くそれに反応した御剣 カズマ(みつるぎ・かずま)が、手近なコボルドに一撃を浴びせ、昏倒させる。
「今の俺は阿修羅すら凌駕する存在だ!」
 普段はその意味するところが違うようだが、今回ばかりはまさに言葉通りに、カズマのランスがコボルドたちを次々と貫き、戦闘不能にしていく。何か細工を施したのか、よく光る鎧のおかげかコボルドの注意がそちらに向き、向かっては吹き飛ばされ、地面に伸びていく。
「ふはははは! このカッコいい俺にゾッコンのようだな! だがあいにく、コボルドは対象外なんだよ!」
 どこか懐かしくも古臭い台詞を吐いて、カズマがランスを構え直し、新たなコボルドへ飛び込んでいく。武器や防具が舞い飛び、短い悲鳴をあげて気絶させられたコボルドがその数を増していく。
「御剣殿、やるな。……だが我も負けてはおれん!」
 カズマの獅子奮迅の働きに喚起されたか、黎も奮起してコボルドを押し返し、包囲網にぽっかりと隙間ができる。
「よし、そこから入り込むぜ! ミア、遅れるなよ!」
「こりゃ、置いていくでない! ……まったく、普段はマイペースなくせにこういう時だけ張り切るんじゃから……」
 その隙間から羽瀬川 セト(はせがわ・せと)エレミア・ファフニール(えれみあ・ふぁふにーる)が包囲網を突破し、身動きが取れなくなっていた者たちへ駆け寄る。
「おっ、助かったよ〜。下手に傷つけるわけにもいかないし、動いたら他の人たちが傷つけられるかもしれないしで、どうしようか困っていたんだ〜」
「すまない、恩に着る。怪我人の治療などは我に任せてくれ」
 黒雅岬 嘉応(くろがさき・かおう)アンカティミナス・クトゥールク(あんかてぃみなす・くとぅーるく)が感謝の言葉を述べたその次の瞬間、チームの後方に待機していたコボルドたちが雄叫びをあげ、突進してくる。
「くそっ、なりふり構わず、ってことかよ! ミア、俺たちで食い止めるぞ!」
「承知した! わらわの力、見せてくれよう!」
 それらを見遣って、セトとエレミアがコボルドの中へ駆け込んでいく。
「そなたはこの者たちを連れて、向こうのチームに合流せよ。我は彼らのサポートをする」
「う〜ん、そう言うならそうするけど……いいの、それで?」
「そなたはそなたの為すべきことを為せ。我は我の為すべきことを為す。……持っていけ。その代わり、後で必ず返してもらうぞ」
 言って、アンカティナミスが胸元を晒せば、そこから武器の柄が光を持って現れる。
「ほどほどにしておきたいところなんだけどね〜、ま、そこまで言われたらやりますか」
 一見やる気を感じさせない口調と素振りで、嘉応が自らの武器を引き抜く。微笑んでその場を立ち去るアンカティナミスを見送って、あくまでのんびりとした様子で、迫り来るコボルドを見据える。
「な〜んかめんどい事になってるけど、怪我人とか出たらも〜っとめんどい事になるしね〜。悪いけど、君たちには大人しくしててもらうよ〜」
 言って、青白く輝くランスを構え、嘉応が群れに突っ込んでいく。最初の一撃で二匹のコボルドが刺し貫かれ、次の一撃でもう二匹のコボルドが同様の運命を辿り、その様子を見た他のコボルドが戦意を無くし、武器を取り落としていく。
「はいは〜い、皆さん気をつけて下さいね〜」
 移動を始める他の者たちをかばうように、嘉応が彼らに向かってくるコボルドを一蹴していく。
「わらわの魔法で黒焦げにしてやるのじゃ!」
「おいおい待てミア、こんなところで火の魔法を使ったら森が火事になるだろ!」
「その通りだ。我々はここで他の者が脱出するまでの時間を稼ぐのだ」
「むぅ……仕方ないのぅ、今回はセトの言う通りにするかのぅ」
 後方ではセトとエレミア、アンカティナミスが防戦に徹することで、コボルドを引きつけ他の者たちへの気を逸らし、逃がしやすくするために奮闘を続けていた。その甲斐あって、殆どの者がコボルドの包囲網から逃れ、安全な場所へ避難していた。
「なんで俺がこんなことを……って言ってもしょうがないか。おーい、こっちの方は避難、大体済んだぞ。おまえたちも早いところ合流しないと、今度はおまえたちが囲まれる――」
 神名 祐太(かみな・ゆうた)が呼びかけた直後、彼の後方、避難先の方から誰かの悲鳴があがる。祐太がそちらに視線を向ければ、いつの間に増援を呼ばれたのか、新たなコボルドの群れが迫りつつあった。
「ちくしょう! なんだってこんな数集まってくるんだよ!」
 見ればコボルドの他、これまで見かけなかった生物まで加わっており、そのことがチームに新たな恐怖感を与えていた。そして、それまで押されていた最初に現れたコボルドの群れも、仲間の登場を察知したのか血気盛んに雄叫びを上げ、攻勢を強めてくる。
「なんとかなるさ……っていっても、これは流石に何ともならないんじゃないかっ!?」
 横合いからコボルドの攻撃が飛び、祐太はかろうじて受け止めるものの大きくバランスを崩す。その隙にコボルドたちが襲いかかり、地面に倒された祐太の姿が見えなくなっていく。
「あーくそめんどくせーな! ていうか、こいつら何なんだよ! 見たこともねえバケモンも出てきやがってさ!」
 ダガーを振るいながら、高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)が苛立ちを露にする。本人としてはここで昼寝でもしながらパートナーのレティシア・トワイニング(れてぃしあ・とわいにんぐ)に少女探しを任せたかっただけに、その苛立ちは半端ない。
「でもさでもさ、ここにこれだけの魔物っていうのかな? それが集まってきたってことは、女の子がこの近くにいるってことじゃないのかな?」
「……だとしたらよけーめんどくせーな! ……うおっ、こいつ何か吐いてきやがった! クモだかなんだかしらねえがやめろ、絡まるだろ……って動けねえ!? んだよこの糸、きれねーしくっつきやがるし!」
「悠司!? う、うわ、やめてこないで、ボクよりおっきい毛虫なんて反則じゃない!? うわーん、ここがボクたちの伝説の終わりの場所〜!? そんなのヤダよ〜!」
 新たに現れた得体の知れない生物に、チームがどんどんと押し込まれていく。このまま全員やられてしまうのでは……と誰しもが心に抱いたその時、一陣の風が、まるで水を浴びせられたかのように冷たく、それでいて清い風が吹き抜ける。
「今の風は!?」
「何かは分からないが……見ろ、生物が後退していく」
 謎の生物と交戦していた夜都華 潤(よつか・じゅん)天啓 響(てんけい・ひびき)は、風が吹き抜けた直後その生物が森の奥へと後退していくのを目の当たりにする。そして周りに暴走していたコボルドたちは、まるで何故ここにいるのかが分かっていないかのような素振りを見せて戸惑っていた。
「みんな大丈夫〜? これで少しはよくなるはずだよっ」
 そこに、今まで聞いたことのない、幼げな雰囲気の声が森を駆け抜ける。皆がそちらに視線を向ければ、ちょうど人の頭辺りに浮かぶ、齢10歳前後とおぼしき少女の姿があった。
「彼女が、俺たちの探していた少女なのか?」
「そうかもしれない……とりあえず聞いてみよう。……えっと、君は一体――」
「ボク? ボクはセリシア! ……正確には、セリシアの一部、ってところかな。セリシアは遺跡の中で眠ったままだから」
 セリシアと名乗った少女は、潤と響、それに他の者たちの身姿を一通り見渡して、そして言った。
「お願い! 何か見た目冒険者っぽいキミたち、セリシアを助けて!」
「……それは、この森の異変と、関係していることなのか?」
「うんうん、大アリだよ! えっとね、簡単に説明するとね――」
「待ってくれ、実は俺たちの他にもこの森を訪れている者たちがいるんだ。俺たちはとある学校の生徒で、そこでこの森を調査する調査隊が結成されて、それでここに来たんだ」
 潤と響が、自分たちの所属する調査隊『アインスト』のこと、『イルミンスール魔法学校』のことをセリシアに説明する。
「ふ〜ん、いつの間にそんなものができてたんだね〜。うん、分かった! じゃあボクをそのカインって人のところまで案内して! そこで今回のことについて説明するから」
「分かった。チームの準備が整い次第、出発しよう」
「怪我人の治療とかしないといけないからな。俺も手伝うか」
 潤と響が頷き合い、他の人の元へ駆けていく。

 一通りの準備が整い、他の仲間たちへ連絡を取ったチーム一行は、カインの指示を受けて遺跡への道を進んでいく。
「なあ、おまえ……いや、君は一体何なの? 見たところ人間じゃなさそうだけど」
「そうそう、私も疑問に思っていたんだけど、もしかして、その……お化けとか?」
 一行の先頭辺りを歩くにみ てる(にみ・てる)グレーテル・アーノルド(ぐれーてる・あーのるど)は、上空を浮かぶセリシアに声をかける。
「う〜ん、何なのかな? ボクは自分のことを精霊だって思ってるけど、セリシアがどう思っているかは分からないや。気がついたらボクだけこの森にいたんだよね」
 あはは、とセリシアが笑って答える。
「気がついたら……って、それまでは何をしていたんだ?」
「眠ってたんじゃないかな? 多分……5000年くらい」
「ご、5000年……えっと、うん、あなたが人間じゃないことだけは分かったよ、うん」
 セリシアが何気なく言った言葉に、てるとグレーテルは苦笑を浮かべて黙り込んでしまう。
「……なあ、どう思う?」
「嘘は言っているように思えないけど……でも、5000年っていくらなんでも長すぎるよね……」
「あ〜、信じてないな〜!? ……ま、ボクも詳しいことまで知ってるわけじゃないから、疑われても仕方ないんだけどね。詳しいことは『セリシア』に聞いてみれば、分かるんじゃないかな?」
「何て人任せだ……」
「とりあえず行ってみれば分かるんじゃないかな? そのセリシアさんって人に私、興味あるな」
「うんうん、セリシアはかわい〜んだよ〜! ボクが言うのもなんだけどね〜」
 セリシアとてる、グレーテルが話に花を咲かせているのを、その後方で周囲に気を配りながらモルト・ティンバー(もると・てぃんばー)
メイプル・アール(めいぷる・あーる)が見守る。
「メイプル、そちらはどうだ?」
「こっちは異常ないよ、モルト。もう怪しい生き物は出てこないんじゃないかな。コボルドさんたちもこんなにたくさんいてくれることだし」
 メイプルの言うように、チームには正気に戻ったコボルドたちが、彼らを護衛するように前後を歩き、周囲に目を光らせていた。自分たちを助けてくれたのがセリシアだと分かり、セリシアが協力を求めた者たちも自分たちの恩人だと、分かっているのだろう。
「そうだな。……しかし気になるのが、戦闘の途中で現れた謎の生物だ。奴らは風が吹いた後、森の奥へ逃げるように去っていった。決してコボルドのように正気に戻ったとは考えにくい。もしかしたらこの先森の中で、または遺跡に入った後で遭遇するかもしれないぞ」
「うん、そうだね……大丈夫! モルトは私が護ってあげるから!」
「…………その言葉が一番信用ならないのだが」
「あー、いくらモルトでも言っていいことといけないことがあるよ! そりゃあ、ちょっと武器の扱いが下手で、ちょっと料理の腕が下手で、だけどだけど、いっぱいモルトの役に立てるもん!」
「ちょっと、か……少なくとも料理だけは任せられんな」
「もー! この冒険から帰ったら、私、ぜーったいモルトに「料理の腕上がったな」って言わせてやるんだ!」
「……勝手にしてくれ。それと、その言い回しだと不吉っぽいからやめてくれ」
 モルトが頭を抱えてため息をつけば、メイプルは頭に疑問符を浮かべて首を傾げる。やがて、周りの木々から蔦が消え始め、段々と本来の森の姿が明らかになっていく。
「わあ……この辺はすっごい綺麗な森だね〜。ねえねえセリシア、ちょっと休憩してお弁当にしない? ほらほら、そこの木陰なんてちょうどいい場所じゃない?」
「いいねいいね! ボク、さっき風を吹かせたからもうお腹ぺこぺこ〜」
「ユーニス、ピクニックに来てるんじゃないんだよ。……それに、精霊もお腹が空くの?」
「う〜ん、ボクは空かないけどね。セリシアは確か、色々食べてた気がするから、空くんじゃないかなあ」
「精霊も、私たちのように食事するんだ……知らなかった……」
 ユーニス・シェフィールド(ゆーにす・しぇふぃーるど)モニカ・ヘンダーソン(もにか・へんだーそん)が、セリシアの相手をしながら森の中を進んでいた。時折見る木々には果実がなっていて、ユーニスの目が輝く。
「ねえねえ、あれって何かな? 食べられるのかな?」
「もう……でもこの辺は、森に入った時とは随分印象が違うね」
「そうだね〜、遺跡に近い森はセリシアの力が働いているからかな。遠くなっちゃうと力が弱くなっちゃうし、それに今はあのよく分からない風を吹かせるのがいるから、森がどんどんおかしくなっちゃってるんだ」
 セリシアの言葉に、ユーニスとモニカが顔を見合わせる。
「それって……コボルドをおかしくしたのも、その人なの?」
「多分ね〜。もう、どうしてあいつだけ先に目覚めちゃって、セリシアは起きないかな〜。セリシアがいたらあんなやつ、こうでこうでこうなのにさ!」
 えい、えいと殴る真似をするセリシアを微笑ましく思いながら、ユーニスとモニカはセリシアの言う人がどんなのかを想像する。
「……やっぱり、また出てきてボクたちの邪魔をするのかな。その人からも、どうしてそんなことをするのか話を聞けたら、いいのにな」
「上手くいけばいいけどね。もうさっきの戦闘のような真似は、モニカこりごりよ〜」
 疲れた真似をするモニカに微笑んで、ユーニスが前方を見据えれば、森が開けて光が差し込んでいるのが見えた。