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リアクション
第5章 「アイスバトル2019inルクオール」開催のこと
ルクオールの広場には、会場設営班によってステージが作られ、アイス大会が開催されようとしていた。
「それでは、「アイスバトル2019inルクオール」の開催を宣言いたします!」
「皆の者! 楽しんでいってほしいのじゃ!」
大会運営委員長の羽瀬川 セト(はせがわ・せと)とパートナーの魔女エレミア・ファフニール(えれみあ・ふぁふにーる)の宣言に答えて、会場からは歓声がまきおこる。
セトとエレミアが、ポスターの制作などの広報活動を頑張ったこともあり、学生達だけでなく、ルクオールの町の人たちも大勢集まっていた。
「審査法は、一通り、アイスを試食した後で、審査員の相談により優勝者を決定するものとします。優勝者の作ったアイスは、ルクオールの新たな名物として売り出したいと思います」
「どんなアイスが生まれるのか、わくわくするのう!」
セトとエレミアの解説を受けて、遠野 歌菜(とおの・かな)とパートナーの守護天使ブラッドレイ・チェンバース(ぶらっどれい・ちぇんばーす)が入場する。
「レディース&ジェントルメン! ようこそ、『アイスバトル2019inルクオール』へ! 本日の司会はイルミンスール魔法学校所属、白馬の王子様を絶賛募集中のわたくし遠野 歌菜と、同じくイルミンスール魔法学校所属、守護天使のブラッドレイ・チェンバースでお送りしま〜す! 皆さん、盛り上がってこー!」
「ブラッドレイだ。よろしくな。では、審査員の皆さん、入場してくれ!」
歌菜とブラッドレイの言葉に、アーデルハイト、エリザベート、「冬の女王」の3人が入場してくる。
「まずは、アーデルハイト様! このアイス大会の開催は、アーデルハイト様がきっかけになったわけですが、今日は心ゆくまでアイスをお楽しみくださいね!」
「うむ、お前達の活躍を期待しているぞ!」
アーデルハイトは、笑顔でマイクを向けてくる歌菜に答える。
「そして、エリザベート校長! ルクオールまでお越しくださりありがとうございます!」
「わたしも、美味しいアイスをたくさん食べられるのを楽しみにしてますぅ! がんばりなさぁい!」
エリザベートは、ひさしぶりに見せる晴れやかな笑顔で、歌菜に答えた。
「そして、「冬の女王」! さきほどは雪合戦で大活躍だったようですね!」
「ふふふ。冬を司る存在として、最高のアイスの審査をするぞよ!」
普段どおりの服に着替えて登場した「冬の女王」は、会場中に手を振る。
そこに、突如乱入してくる影があった。
房総 鈍(ぼうそう・どん)と、パートナーのモヒカン猫のゆる族猫又 人寺(ねこまた・ひとてら)であった。
鈍は、白スク水に浮き輪という出で立ちで登場した。
「寒中水泳大会に参加しそびれた純情魔法使いの房総 鈍です! 私も審査員に立候補します!」
「な!? し、白のスクール水着を着ていいのは女性だけだーっ!」
ブラッドレイは思わず鈍につっこんでしまう。
「実はさっき、白じゃない普通のスク水を男子も一緒に着ていたぞよ」
「冬の女王」の発言に、ブラッドレイは一瞬絶句する。
「ま、まあ、白以外なら、い、いいのか?」
悩み始めるブラッドレイを放置して、鈍が演説を始める。
「アイスとはミルクを冷やして攪拌させてつくったものです。ミルクとは『おっぱい汁』のこと。つまり、おっぱい汁氷菓なのであります。ヒトは皆、おっぱい汁氷菓が大好きなのです! ジークおっぱい! オッパイマンセー! オッパイ! オッパイ! オッパイ! オッパイ!」
「『おっぱい』、『おっぱい』って……公共の場で破廉恥な事を連呼するなーっ! ってゆーか、そのスク水姿、公然わいせつ罪ものですーっ」
錯乱してシュプレヒコールする鈍に、歌菜が思いっきりハリセンでつっこむ。
「歌菜。うら若き女性が、『おっぱい』と連呼するのはどうかと……」
「ええっ!? きゃーっ! マイク入ったままだったー!」
ブラッドレイの冷静な指摘に、歌菜はわたわたとマイクをお手玉した。
「……房総殿は変態をこじらせているだけだから気にしないで欲しいでござる。ボクもアイスを食べたいでござるよ」
人寺は、パートナーを適当にフォローしつつ、自分も審査員に名乗り出た。
「では、俺も審査員をさせていただきます!」
会場隅から煙幕が上がり、目元のみを覆うシンプルな仮面と、マントのように羽織った黒い制服の男があらわれた。クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)であった。
「とうっ」
ヒーローっぽく宙返りしてアーデルハイトの前に飛び出したクロセルは、宣言する。
「ゲテモノアイスからアーデルハイトさんを守るため、お茶の間ヒーローの俺は全力で戦います!」
「それなら、あたしも参加したい!」
カッティ・スタードロップ(かってぃ・すたーどろっぷ)が進み出る。
パートナーのイレブン・オーヴィルの家庭能力をからかったカッティだったが、「かやくご飯に、黒色火薬を入れる君に言われることではないな」と言われてしまい、話がエスカレートした結果、イレブンはアイス作りのため、ルクオールにやってきた。
イレブンを心配して追いかけてきたカッティだったが、アイス大会を見て、「うわぁ、面白そうなことやってる!」と、参加を決意したのだった。イレブンのことは0.1秒で忘れていた。
「よいのではないか? 審査員が増えれば、私達が危険な目にあう可能性も減るじゃろう」
「え、そうですか? 運営委員長のセトさんも……大丈夫? じゃあ、ここにいる人たちは全員審査員ということで!」
アーデルハイトの言葉に、セトの許可をとった歌菜は審査員の増員を認める。
「さあ、審査、審査ですぅ……って、つ、冷たいですぅ! この椅子、氷でできていますぅ!」
「誰じゃ、この会場を作った奴は!」
席に着こうとしたエリザベートとアーデルハイトが悲鳴を上げる。
「わらわとしてはこれが普通というか……ぜんぜん平気ぞよ?」
「冬の女王」だけが、平然としているが、審査員席は、氷で作られていたのであった。
「し、しばらくお待ちくださいー」
歌菜が、エリザベートとアーデルハイトの機嫌を損ねないよう、あわてて代わりの椅子を手配する。
そして、ついに大会がスタートするのであった。
最初に運ばれてきたのは、エレートとレトガーナの、桃とブドウの二色の正統派フルーツアイス。
美羽が、ジャックに手取り足蹴り教えながら作った、シャンバラ山羊のミルクと、地球の生チョコを合わせて作った、濃厚チョコミルクアイス。
そして、月夜の、ドライアイス入りの真っ黒な謎アイスであった。
「女性の手で攪拌されてつくられたアイスは、それはたとえ元々が他の動物の乳であろうと、ヒトの手を解したことで、それは作り手のおっぱいと同等の価値を与えられるのです。ということで、皆さんがつくったおっぱい汁氷菓を食べたいのです。もちろんおっぱいですので、女性がつくったものしか食べませんよ。ジャックちゃんも『ファイヤー!』と叫ぶのではなく、『おっぱい!』と叫びましょう」
「叫べるわけあるかーっ!!」
したり顔で語る鈍に、ジャックがつっこむ。
「女性参加者の作ったアイスだけど……やむをえない! 房総さんは、これでも喰らえーッ!」
「く、口の中ではじけるおっぱいー!?」
明らかに危険な月夜の謎アイスを、歌菜は鈍の口につっこんでいった。
鈍は、ドライアイスや、さらなる正体不明の材料でダメージを受けていたが、女性の作ったアイスだからと、完食していた。
「この、フルーツのアイスは美味しいですぅ!」
「濃厚チョコミルクアイスもいけるぞ! この環境でシャンバラ山羊のミルクを用意するとは、お前ら、やるな!」
「フルーツのさっぱりさと、チョコの濃厚さ……これはかなり好成績ぞよ!」
エリザベート、アーデルハイト、「冬の女王」は、口々にエレートと美羽のアイスを絶賛する。
「では、続いて、東重城 亜矢子(ひがしじゅうじょう・あやこ)さん! なんと、会場で作られるそうです!」
「おお、どんなパフォーマンスなのか、期待大だな」
歌菜とブラッドレイに促されて入場した亜矢子は、一礼すると、等身大の氷の前で剣を抜いた。
「参ります!」
亜矢子の華麗な剣さばきにより、氷塊はかき氷状になっていく。観衆が固唾を飲んで見守る中、氷塊をすべてかき氷にした亜矢子は、それを手にとって、雪玉のように丸め始めた。
わっしわっしと、慣れない手つきでおにぎりを握るような亜矢子の横で、パートナーの機晶姫バルバラ・ハワード(ばるばら・はわーど)が、ミルクシロップを作り始める。
(亜矢子は自覚のない料理ベタですから。これでなんとかフォローができればよいのですが)
バルバラはパートナーの行動にすこしうんざりしつつも、ミルクシロップを完成させた。
「完成ですわ!」
亜矢子がお嬢様然とした堂々とした笑顔で宣言する。
かき氷を丸めたものにバルバラのミルクシロップをかけたそれは、雪だるまが溶けてドロドロになったような感じであった。
「では、俺がまずいただきます!」
アーデルハイトの毒見とばかりに、クロセルがかき氷を口にする。
「うっ……!?」
クロセルが身体を全屈させ、やがて、大きな声で叫ぶ。
「うっまーい!!」
両手を広げたクロセルの周りには、キラキラと光り輝く効果があった。
「野性味あふれる清流の氷に、クリーミーなミルクシロップ! 味のハーモニーを奏でています!」
「本当だ! 見た目は悪いけどおいしいー!」
クロセルとカッティは、亜矢子とバルバラのかき氷をテンション高く評価する。
「見た目が悪いというのは、余計な一言ですわね」
腕組みしつつも、亜矢子は微笑を浮かべていた。
「無事に完成してなによりです」
バルバラも、安堵していた。
「ああっ!」
いきなり大声を出した人寺が、新聞紙でできた腰の模造刀を持って、あらぬ方向を指し示す。
「アムリアナ・シュヴァーラ陛下があそこの木の上でコサックダンスを踊っているでござる!」
「なんですと!?」
クロセルたちは、木の上のほうについ、注目してしまう。
しかし、そこには雪が積もっているだけで、何もなかった。
一瞬の隙をついて、亜矢子とバルバラのかき氷を確保した人寺が、ほくそ笑む。
「……ふふふ、亜矢子殿の手で握られたかき氷。実にウマイでござる」
パートナーのことが言えない変態発言をして、人寺はうまそうにかき氷を食べる。
「はいはーい、気を取り直してどんどん行くよー。次は、高務 野々(たかつかさ・のの)さんの登場でーす」
人寺をハリセンで張り倒した歌菜が、司会を続ける。
メイド服姿の野々が、トレイに4種類のアイスを載せて入場する。
「こんにちは。私は甘いものが苦手ですので、甘くない調味料を使ってアイスを作りました。塩、酢、醤油、味噌の4種類あります。どうぞ、食べ比べてくださいね」
「いただきまーす! ……ん?」
カッティはまず塩のアイス、酢、醤油、味噌、と順に食べていき、ぼそっとつぶやいた。
「なんかこれ……全部、甘くないんですけど。不思議な味?」
「アイスが甘くないとはこれいかに?」
クロセルも食べてみるが、やはり4種類とも甘くなかった。
「口の中で広がる、調味料の豊かな香り……しかし、アイスのお菓子としてのアイデンティティーは失っている……いや、あえて手放しているようです!」
「甘くないから、食事にもなりますね! コストパフォーマンスも高そうです。女性の作ったアイスですから、私は評価しますよ!」
鈍が、アイスを頬張りながら言う。
「ああ、甘いと嫌だと思って、味見をしていなかったのですが、それなりに食べられるものになったようですね。よかったです。皆さん、口直しと温まっていただくために、ジンジャーティーを用意しました。こちらははちみつを入れて口当たりをよくしていますので、どうぞ召し上がってくださいね」
野々は、にっこり微笑んで、慣れた手つきで給仕を始めた。
「あったかいですぅ。アイスばかり食べていたから、これはいいですねぇ〜」
「こういう細かい心配りができるのは、今時の若者にしては感心じゃな」
エリザベートとアーデルハイトも、野々の心配りに感謝しているようだった。
そのころ、会場裏のキッチンでは、メニエス・レイン(めにえす・れいん)とパートナーの吸血鬼ミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)が、イルミンスールの森で採集し、保管していた木の実を使って、アーモンドキャラメルアイスクリームのようなアイスを作っていた。
「まったく……アーデルハイトとエリザベートの2人には頭にくるわ。こんな騒動に巻き込んでくれちゃって。子どものケンカもいいところじゃないの」
メニエスはぶつぶつ文句を言いながら、調理をほとんど手伝わなかった。
「メニエス様、きちんと手伝ってください。これでは、予定時刻までに完成しませんよ?」
「どうして、あんな2人のためにあたしが頑張らなきゃいけないのよ……」
「メニエス様?」
なおも手伝わないメニエスに、ミストラルは笑顔を向ける。しかし、赤い瞳はまったく笑っていなかった。
「おしゃべりしている時間があったら、手を動かしましょうね?」
「つ、つめひゃい! いひゃい、ひゃめてよ、みすとらる!」
ミストラルは、メニエスの両方のほっぺをむにー、と引っ張った。
アイスを作っていたため、手がとても冷たい。
しぶしぶ、メニエスは作業に戻るのであった。
「さあーて、次は、一条 ましば(いちじょう・ましば)さん! この間はルクオールの町の子ども達と一緒に雪合戦してたんですよね!」
「うんっ、季節の白桃でアイスをたくさん作ったから、会場にいるみんなもどうぞ!」
歌菜の言葉に、ましばは無邪気な笑顔で答え、会場に遊びに来ていた子ども達にも「やっほー」と手を振った。
客席からうれしそうな歓声があがる。
ましばと一緒に雪合戦で遊んでいた子ども達も、アイスを受け取り、食べ始めるが、すぐに微妙な表情になる。
「ましばお姉ちゃん、これ、ものすっごく甘いよ?」
「お砂糖、ちゃんと計って入れたの?」
「ところどころ砂糖の塊が入ってて激甘ですぅ! あなた、ちゃんと味見はしたんですかぁ?」
子どもならではのストレートなダメ出しに、エリザベートも加わる。
「味見? してないよっ! あたし、辛いのダメだから、お砂糖入れすぎちゃったのかも……えへへ」
ましばは笑ってごまかす。
「でもでもっ、美味しいアイスいっぱいだし、みんな仲良くなってよかったよねっ」
そんなましばの言葉に、町の子ども達もエリザベートもうなずいたのだった。
四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)とパートナーの魔女エラノール・シュレイク(えらのーる・しゅれいく)は、氷の城から採取した氷を使って、かき氷を用意していた。
「私は料理はそんなに得意ってわけじゃないから、きれいな氷を使ってかき氷つくろうっと。……アイスじゃないけど、大丈夫よね?」
「他にもかき氷で参加した人もいるみたいなのです。良く分からないモノもあるみたいですし、きっと大丈夫なのですよ」
「そうね。じゃあ、私が氷を削るから、エル、練乳かけてね」
「は、はい、私もお料理苦手ですけど……これくらいなら頑張るのですっ」
唯乃の作ったかき氷に、エルがシャンバラ山羊の練乳をかける。
自分よりもさらに小柄なエルが身を乗り出して手伝うのを見て、唯乃はほほえましく思った。
「さすがわらわの氷の城の氷で作っただけのことはあるぞよ」
「冬の女王」にも、唯乃とエルのかき氷は好評であった。
荒巻 さけ(あらまき・さけ)も、かき氷で勝負するつもりだった。
清流でできたようなきれいな氷を、切れ味の鋭い包丁で削っていく。
「シャンバラ山羊は突然冬になってしまったため、まだミルクが充分にとれないみたいなんですわ。ですから今はこれで我慢してくださいませ」
さけは、包丁で氷を丁寧に削っていき、シャンバラ山羊の練乳と、苺と苺シロップで、苺添えふわふわかき氷を手際よく作っていく。
「ほう、さけさんのかき氷、美味しさだけでなく見た目も美しい所が素晴らしいな」
ブラッドレイが、感嘆の声をもらす。
「見た目も美しいし、舌触りもなめらかで、これはなかなかのものじゃな」
アーデルハイトも、喜んで食べてくれた。
「練乳をかけただけのかき氷でこの美味しさなら、新鮮なシャンバラ山羊のミルクで作ったアイスはさぞ……美味なんでしょうねぇ。もし夏の気候に戻りましたら、一番にお作りすることを約束いたしますわ」
さけは、アーデルハイトに優雅に微笑んで見せた。
嵐山 稜華(あらしやま・りょうか)は、なんとかシャンバラ山羊のミルクを入手でき、それを使ってアイスを作っていた。
「……これで、良いのかしら? まあ多分大丈夫ね。きっと何とかなる」
稜華は、他の人の作り方などを参考にしていたが、料理が下手、というよりは作り方を知らないため、思いっきり入れなくていいものを入れたり、作り方を間違えていた。
「見よう見まねでも何とかなるものね……さて、味の方はどうかしら?」
差し出されたアイスは、半分溶けかけたような、固まってないような形状であった。
「では、さっそくいただきます……うぐぅっ!?」
クロセルは思いっきりのけぞってみせる。
「なんじゃ、なんじゃ、また、うまいのか?」
アーデルハイトが、クロセルの派手なリアクションに期待半分で声をかけるが、クロセルは、そのまま沈黙してしまった。
「〜〜〜〜〜っっっ! なにこれっ!? なんでこんなものにっ!?」
自分で味見してみた稜華は、劇物を作ってしまったことにショックが隠せなかった。
「これは、女として拙いのではないのかしら……」
他の人のアイスを見て、稜華は落ち込むが、すぐに気持ちを切り替える。
「……大丈夫、料理の練習をすればうまくなる、筈。まだ遅くは無い!」
拳を握りしめて、決意の表情を浮かべる稜華の傍ら、アーデルハイトは言った。
「お前ら、私達に出す前に、自分で味見はすべきだと思うぞ……」
そこに、山羊のひづめ跡を顔につけた男があらわれた。
イレブン・オーヴィルであった。
「カッティ! 料理勝負の決着をつけるぞ!……口へんに、未だと書いて『味』と読む……極東の名言だ」
シャンバラ山羊のミルクを使った至高のアイスを、イレブンは用意したつもりだった。
だが。
「こんなものが食えるかーっ!!」
カッティはちゃぶ台返ししてキレる。
「なぜだ! シャンバラ山羊のミルクのアイスはこれが完璧なはず!」
「ミルクを凍らせてあるだけじゃないの! これはアイスって言わないの!」
イレブンに、カッティが思いっきりつっこむ。
そこへ、魔女のフィリス・アンヴィル(ふぃりす・あんう゛ぃる)がきれいにラッピングされた大きな箱を運んできた。
「アーデルハイト様にお届けものやでー。どうぞ受け取ってください」
「おお。これだけ凝ったプレゼントとは、内容が期待できるのう……!?」
箱を開けた瞬間、アーデルハイトはその場で固まった。
中には、「アーデルハイト萌え」と書かれた鉢巻と、「アーデルハイトに我が身捧げます」と刺繍したフンドシ姿で、裸の上にアイスと生クリームをデコレーションした青空 幸兔(あおぞら・ゆきと)の姿があった。
乳首には苺、口元にはサクランボと、細かい芸も欠かさない。
台座に空気穴を開けておいたり、ふんどしが隠れないよう気をつけるなど、パートナーのフィリスに気を配ってもらうという本気度の高さであった。
しかし、シャンバラ山羊ではなく、シャンバラ羊のミルクを使ったり、どこで聞いたのか、魔女が好きだから、と股間元に乾しトカゲを配置するなどもしていたのだが。
自らアイスクリームになった幸兔から目をそらし、アーデルハイトは言った。
「鈍。コレはお前が食べるのじゃ」
「ええーっ!? 私は女性の作ったアイスしか食べませんよ!」
「作ったのは女性だと思うぞ……。食べ物は大切にな」
アーデルハイトは、フィリスを指し示して言う。
「そ、そんな! オラは、アーデルハイト様に喜んでもらおうと思って用意したんやで!!」
幸兔も悲鳴を上げる。
「ええーい、変態同士、コレは房総さんが食べなさーい!!」
歌菜が無理やり鈍を幸兔のお腹付近に盛られたアイスに突っ込ませる。
「じょ、女性の作ったアイス……ほとばしる男汁が混じってます……ぐふっ」
幸兔の裸体アイスを食べた鈍は、白スク水と浮き輪姿のままで気絶した。
「どうするのだぞよ……まだたくさん残ってるぞよ?」
「冬の女王」の言葉に、アーデルハイトはクロセルに視線を送った。
「お、俺ですか!? しかし、アーデルハイトさんを守るためです、しかたがありませんっ!」
クロセルは、泣きながら幸兔の裸体アイスを食べ始めた。
ナイトのスキル、エンデュアによって、ある意味一番危険なアイスを我慢することができるのだ。
「良い子の皆、危ないからオニーサンの真似をしちゃダメですよッ!」
クロセルが叫ぶが、もちろん真似をしようとする者はいない。
「うっうっ、せめて女性に食べてほしかった……まさに、愛すがゆえのアイスやったのに」
「はいはい、アイスが乗ってないからもういらないよね?」
カッティは嘆く幸兔を遠くに思いっきり放り捨てて、キュアポイゾンで鈍を治療した。
「プリーストとして、一応ね……」
カッティはしぶしぶといった調子でつぶやいていた。
「婆さん、気を取り直して、このソフトクリームを食べてよ!」
茅野 菫(ちの・すみれ)とパートナーの吸血鬼パビェーダ・フィヴラーリ(ぱびぇーだ・ふぃぶらーり)が、シャンバラ山羊のソフトクリームを持ってきた。
「シャンバラ山羊の乳製品が手に入らなくなったからって、高く売ろうとしていた商人をボコって手にいれたんだよ。皆で一緒に食べよっ」
「アーデルハイト様、菫と私と友達になりましょう。そして、これからもアイスを皆で食べましょう」
菫とパビェーダの言葉に、アーデルハイトは微笑んだ。
「なら、とりあえず、その『婆さん』という呼び方を止めるのじゃ」
「そっか。じゃあ、なんて言うのがいいの?」
「普通にアーデルハイト様、でいいじゃろ」
「えー、なんだかそれだとよそよそしくない?」
「目上の者には敬意を払うのが当然じゃろう」
「だって、あたしたち友達なんだからさあ」
菫とアーデルハイトの様子を、パビェーダはにこにこしながら見守っていた。
菫が皆にソフトクリームを振舞った後は、水神 樹(みなかみ・いつき)とカノン・コート(かのん・こーと)の合作が登場した。
樹の作ったミルクアイスに、カノンお手製のぶどうジャムを載せたものだ。
カノンは家庭が高く、とても美味しいジャムができていた。
「アーデルハイト様、自信作です。どうぞ召し上がってください」
「樹も頑張っていたからな」
樹とカノンが口々にいい、アーデルハイトを気づかう。
「さわやかな味じゃな。どうもありがとう」
アーデルハイトは、幸せそうにアイスを頬張った。
「はいはい、次は、本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)さんのオリジナルレシピのミルクシャーベットだよっ。おおっとぉ、涼介さん作のアイスのこの煌きを見よ! 審査員も瞳をキラキラさせてますっ。つーか、私もぶっちゃけ食べたい!」
歌菜の言葉通り、涼介の作った「泡雪」は、和菓子のような上品さがあった。
「えへへ、給仕をさせていただきまーす」
涼介のパートナーのヴァルキリー、クレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)が、かわいい村娘風の衣装に身をつつんで、「泡雪」を配って回る。
「おお、まだ、あんなかわいい子がいたのか!」
「冬の女王」も、ご機嫌である。
「クレア……」
「ん、どうしたの? おにいちゃん」
「いや、なんでもない。気にするな」
涼介は、うまくアイスを作ることができ、満足していたが、妹のように思っているクレアが、会場中から「かわいい」「かわいい」と言われ、少しだけやきもきしてしまったのであった。
「次は、佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)さんだ。柑橘系のソースと青りんごのジュレを添えたバニラアイスとのことだが……ん? カモミールか?」
ブラッドレイの指摘どおり、弥十郎のアイスには、カモミールの花が添えられていた。
「カモミールの花言葉か……」
アーデルハイトがつぶやく。
「仲直り、だな」
ブラッドレイが言う。
「さあ、ワタシにはなんのことだか」
弥十郎は、のほほんとごまかして見せた。
「すごいうまそうだよな……がっ!?」
味見しようとしたジャックの頭の上に金ダライが落下する。
「他の子が食べちゃだめだよー」
弥十郎が仕掛けたものだったが、やはり、のほほんとごまかしていた。
シャンバラ山羊のミルク入手のため、頑張って疲れて眠るパートナーの仁科 響を指し示し、弥十郎は言う。
「アーデルハイト様、仁科は尊敬するアーデルハイト様のためにミルクを手に入れようと頑張りました。愛読書と、寝ているこの顔にサインをしてやってはくれませんか」
「そうか、寝ている顔の上にな……ふふふふふ」
アーデルハイトが響の愛読書と顔の上にサインすると、弥十郎は穏やかな笑みを浮かべた。
日奈森 優菜(ひなもり・ゆうな)は、パートナーの守護天使柊 カナン(ひいらぎ・かなん)に買出しを手伝ってもらい、アイスを完成させていた。
「日奈森 優菜さんのアイスは……おお! とってもキレイですねー! このチョコレートは、お花ですか?」
歌菜の解説に、優菜が答える。
「はい、オーソドックスなバニラアイスに、小さくカットしたフルーツを宝石のように散りばめて、上には花の蕾のように形作ったチョコレートを載せました。食べるときは、チョコを割って下さいね。柔らかいので簡単です。中に包んでいたチョコペーストが花のように広がるはずですので」
春告 晶と永倉 七海も、笑顔で蒼空学園の友人のアイスを推薦した。
「ユウの手伝いで果物の買出しとかチョコの買出しとか本当に色々大変だったよー。女王さんって美人だよね……けどイルミンスールの校長さんも将来有望……アーデルハイトさんの衣装も魅力的で……あ、ユウの視線が冷たい」
会場の人たちにアイスを配るカナンは、女性と見間違えるような外見とは対照的に、女好きな性格で、優菜ににらまれていた。
「もう……兄さんったら……」
優菜はため息をつく。
「あっ、本当にお花が咲いてくみたいですぅ!」
エリザベートの言うとおり、チョコレートの花が、白いバニラアイスの上で咲いた。
「料理は美味しいのはもちろんですけれど、やっぱり楽しい気分にならないと寂しいと思います。この冬が溶けて夏が戻ってくるように、アーデルハイトさんとエリザベートさんが仲直りして笑顔になるように、そんな願いを花が開く仕掛けに重ねてみました」
優菜の説明に、会場からは拍手が沸き起こる。
ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)は、パートナーの和泉 真奈の用意したシャンバラ山羊のミルクを使って、大量のアイスを作っていた。
「材料はあるだけ全部使って作ったから、会場にいる人、皆にいきわたると思うよ! 皆でアイスパーティーにしようよ!」
大量のアイスを運び込みながら、ミルディアが言う。
ミルディアもまた、会場から盛大な歓声で迎えられたのであった。
町の人たちも、大いに感謝しているようであった。
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