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失われた光を求めて(第2回/全2回)

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失われた光を求めて(第2回/全2回)

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●第3章 明らかになる真相

「……よし、どうやら侵入できたようだな。皆、無事か!?」
 サティナと魔物の応酬を振り切り、遺跡の内部に侵入したところで、カイン・ハルティスが同行する者たちへ声をかける。
「先生、生徒の何名かがボクたちとはぐれ、別の道を進んでいるようです」
 生徒の声をまとめたパム・クロッセがカインへ報告する。
「ご苦労、パム君。……困ったな、下手に単独行動されて何かあっては助けにも行けない」
「そうだね〜。もし捕まったら大変なことになるかも」
 カインの言葉に頷くように答えたのは、空中を浮かぶセリシアだった。
「大変なこととは、どういうことだ?」
「えっとね、ボクも今気付いたんだけど、周りに伸びてる蔦とか枝とかあるよね。これって、あるところからここまで伸びてきているみたいなんだよ。そして、この蔦や枝は今もちゃんと動いている。ということは――」
「……もしこの蔦に捕まれば、そこまで運ばれてしまう、ということか。それではまるで巨大な食虫植物のようではないか――」
 そこまで言ったところで、カインは押し黙る。
(もしこのように蔦を伸ばしていったのが……そして、もし風を吹かせたのが、『彼女』ならば……)
「先生? どうしましたか?」
 パムが心配そうな表情でカインを覗き見る。
「……ああ、いや、大丈夫だ、パム君。……我々は遺跡内に蔓延る障害を潜り抜け、本当のセリシアの元へと向かう! 皆、はぐれぬよう互いを確認し合いながら、協力し合うのだ!」
 カインの言葉に皆が頷き、そしてゆっくりと一歩が踏み出される。

「ふふっ、どうやら上手くいったようね。さあ、このまま奥まで進んで、シルフィーリングを手に入れるわよ!」
「はぁ……いいんでしょうか、こんなことをして……」
 カインたちより先、緑の壁がまるで迷路のように行く手を阻む中、メニエス・レイン(めにえす・れいん)ミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)がどんどんと道を進んでいく。
「いいのよこれで。大体どうしてあそこまで他人のために動けるのよ。凄い物があるって聞いて、黙って協力する方がおかしいってものよ」
「まあ、気持ちは分かりますが……それにしても皆を出し抜くなんて、もっと別のやり方があったと思うんですが――」
「いちいちうるさいわね! 口答えしている暇があったら、遺跡の奥への近道でも見つけなさいよ。ここさっきから同じ道ばかりのような気がして、いい加減うんざりなのよ」
「はいはい……ええと、そう言われてもどうすれば……あれ?」
 緑の壁を調べていたミストラルが、ちょっとした異変に気付く。炎で周囲を燃やして見つかったのは、緑の壁に不釣合いなほどに赤く染められた円状の突起物であった。
「メニエス、これは一体なんでしょう?」
「何、何か見つかったの? ……何よこれ、これをどうしろっていうのよ」
「さあ、それをわたくしに言われましても……とりあえず出っ張ってますから、押してみればいいのではないでしょうか」
 ミストラルの提案に、腕を組んだメニエスが考える仕草を見せ、そして言い放つ。
「ミストラル、押しなさい」
「ええっ!? わ、わたくしがですか!?」
「他に誰が居るというの? いいから押しなさい、時間は一刻を争うのよ」
「はい、分かりました……」
 泣く泣く、ミストラルが突起物を押し込む。しばらく何も起きないことに業を煮やしたメニエスが炎を掌に浮かばせた瞬間、突起物の周囲が突如開き、そこから無数の蔦が伸びて2人を絡め取る。為すすべもなく、そして一言も言葉を発することもできずに、2人は蔦に絡め取られ、空いた空間の中に引きずり込まれる。
 そして開いた場所が元に閉じ、何事もなかったように静けさを取り戻していった。

「……そこだっ! 爆炎双斬波!!」
 道を塞いでいた昆虫型の魔物を、絡み合わさっていた蔦ごと切り裂いたウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)が、振り抜いた二振りの得物を構えて、さらに奥に潜む魔物へ険しい視線を向ける。
「燃え上がる炎よ、我が身を守る楯となれ! フレイムアサルト!!」
 絡め取らんとする蔦を、自身をやはり蔦のように曲がりながら覆う炎で跳ね返した御影 春菜(みかげ・はるな)が、今度は炎の蔦を植物型の魔物へ向けて放つ。瞬く間に焦がされた魔物に視線を向けず、奥へ続く道を見据える。
「やはり、この先に強大な力を感じます。この道を真っ直ぐ進めば、目的のリングが眠る場所に辿り着けると思います」
 春菜のパートナー、ミーミル・エリシア(みーみる・えりしあ)が操る箒の後ろに乗ったファティ・クラーヴィス(ふぁてぃ・くらーう゛ぃす)が、自身に流れる直感を言葉として他の仲間たちに伝える。
「そうですか。……しかしこうも障害が多くては、1つずつ相手しているのも骨が折れますね。ここは一点突破で、最低限の相手だけをして他は無視しながら進みましょう」
「そうですねぇ〜。……でもぉ、途中に罠や仕掛けの類があるかもしれませんよぉ〜。あなたが全部喰らってくれるというのであれば、私はそれでもいいのですけどぉ〜」
「あんた、ホント性格ドSだよな……見かけとか口調とかは全然そうじゃねえのに――」
「何か言いましたかぁ〜?」
「ひっ!? な、何も言ってねえ、言ってねえからこっちに炎向けんな! そんなので縛られたら火傷どころじゃねえから! ……ったく、魔法まで性格が出てるよな……だからにっこり笑いながら炎揺らめかせんな! ……ふぅ、とりあえずよ、罠とか仕掛けとかはあたいができるだけ感知してみっから、あんたは気にせず進みなよ」
「私もウィングが怪我しないように、ちゃんと見てるからね!」
 ミーミルとファティの言葉に、元気を貰ったかのように頷いて、ウィングが駆け出す。
(意識を集中しろ、ウィング……! 障害となり得る物だけを、正確に、確実に打ち払え……!)
 自分が足を動かすことで生じる音も、後ろを付いてくる春菜、ファティにミーミルの発する音も、今のウィングには聞こえてこない。彼に届くのは、自分たちに立ち塞がろうとする障害の発する音のみ。
「……そこか!!」
 振り抜いた剣が、伸ばされかけた蔦を見事に断ち切る。もう片方の剣は、身体を張って止めようとした毛虫型の魔物を真っ二つに分断し、一撃で死に至らしめる。
「やるですぅ〜。私も負けていられないですぅ〜!」
 春菜がその後ろから、ウィングが手傷を負わせた魔物を悉く炎の蔦で焼き払い、地面に転がされた魔物の死骸までも焦がしていく。「私の魔法に皆、ひれ伏すですぅ〜!」
 それはまるで鞭を振るう女王様のように、春菜は魔物へ、そして壁となる木々へ次々と炎の蔦を絡ませていく。
「隠されし牙を今ここに解き放て!」
 ウィングと春菜の後方を飛ぶミーミル、その握った箒の柄から2本の炎の蔦が伸び、ウィングの前方を春菜とは違い大人しい動きで地面を攫っていく。時折それに反応して飛び出る蔦を、ウィングと春菜、ミーミルの攻撃が刈り取っていく。
(凄いわね……このまま進んでいけば、目的の場所には辿り着けそうね)
 3人が怒涛の活躍で道を切り開いていくのを、ファティは頼もしく思いつつも、胸に流れる不安を同時に感じてもいた。
(一体この先に何があるというの……? そして私は、何に怯えているの?)
 ファティの問いに答える者は、少なくともこの場にはいないようであった。

「奴ら、凄い勢いだな。俺たちとしては後をつけるのが楽ではあるが」
 呟いて、先行した4名が撃ち漏らした魔物へ永夷 零(ながい・ぜろ)が弾丸を撃ち込む。ひるんだ魔物へ、接近したルナ・テュリン(るな・てゅりん)の斬撃が放たれ、微かな声をあげて魔物が倒れる。
「最低限の行動で最大限の成果、流石でございますね」
「奴らについていけば、思った以上に早くリングの元に辿り着けそうだ。ルナ、急ぐぞ」
「はい、了解しました、零」
 言って駆け出す零とルナ。途中障害となり得る魔物は、零が遠距離から射撃を行い、十分弱ったところでルナが止めの一撃を斬り込む息の合った連係プレーで切り抜けていく。
「む……道の先は開けているようだな。慎重に行くぞ」
「零、ボクが先行します。零は援護をお願いします」
 両側を塞いでいた壁が道の先で途切れているのを確認した零がその手前で止まり、ルナがゆっくりと先へ進んでいく。
「……! これは……!」
「ルナ? どうしたルナ、状況を報告してくれ」
「……報告します。周囲に魔物の姿はありません。ですが……」
 ルナの珍しく動揺の見える様子に、首を傾げながら零がルナの隣へ立つ。
「…………」
 そして、零は言葉を失った。彼とルナの前には、太く伸びた蔦が天井を壁を地面を無数に這い回り、それらが一点で繋がる場所、4本の柱が天井まで伸びたその中心には、人の数倍はあろうかという球体、まるで蔦の『母親』のような存在が鎮座していた。
「……これが、今回の『親玉』だっていうのかよ……! いくらなんだってトンデモ過ぎるだろこれは!」
 吐き捨てる零の視界に、中心の球体へ進む人影が映る。それは彼が後をつけてきた者たちであり、そして彼らを捕らえんと背後から無数の蔦が襲い掛かろうとしているのも見えた。
「おい! 後ろだ後ろ! やられちまうぞ!」
 大声を上げて、零が弾丸を撃ち込む。

「あれ? 何か、先の方で音が聞こえたような気がするよ!」
 セリシアと共に遺跡の奥を目指していた一行で、皆に護られるように真ん中辺りを歩いていたセリシアが、前方を指差して声をあげた。
「私には聞こえなかったが、それはおそらく単独、もしくは少人数で侵入した者たちだろう。もしかしたら戦闘に巻き込まれているかもしれない。皆、気を引き締めて向かうぞ!」
 カインの言葉に、一行の間に緊張が走る。
「私、先行して様子を見てくるね!」
 セリシアの傍で護衛をしていた陽神 光(ひのかみ・ひかる)が、部隊を抜けて先に駆けようとする。
「光、危険だわ。音を聞きつけて魔物たちが集まってくるかもしれない。あなただけ向かわせるわけにはいかないわ」
 それをレティナ・エンペリウス(れてぃな・えんぺりうす)が引き止めようと声をかける。
「大丈夫! そう簡単には見つからないよ!」
 レティナの忠告を聞き流して、光が振り返ることなく駆け出す。
(私の力でセリシアを護ることができるなら、やるだけじゃない? ……レティナには心配かけちゃうね、ゴメンねレティナ)
 心の中で、心配してくれたレティナに謝りながら、駆け続けた先の物陰で光が様子を窺う。
(この先は空間が開けている……どこから魔物が襲ってくるか分からない、気をつけないと)
 微かな灯りを頼りに、ゆっくりと足を進めていく。そして開けた空間に出た先で光が目にしたものは、とにかく巨大な蔦と、柱の中心で佇む巨大な蔦の集合体と、蔦に絡まった状態で下げられている何人かの人間と思しき数個の影だった。
(!! あの人たち、私たちと一緒に来た人たちだ! どうしよう、助けなくちゃ――)
 そう思った光が一歩を踏み出した瞬間、背後から忍び寄ってきた蔦が素早く光の身体に絡み付く。声をあげようにも口を塞がれ、抵抗叶わぬまま光は吊り上げられていく。
(ゴメン、レティナ……ちゃんと言うこと聞いておけばよかったね……)

 にわかに騒がしくなる一行、森崎 駿真(もりさき・しゅんま)セイニー・フォーガレット(せいにー・ふぉーがれっと)の姿もその渦中にあった。
「この先に何かあるみたいだけど、セイ兄の弁当食べて、気力充実、準備万端だぜ! ……ん? セイ兄、それは?」
 道の両側に這うように伸びる蔦へ、セイが何やら細工を施しているのを、駿真が疑問に思いながら尋ねる。
「ああ、目印だよ。自分たちが迷わないようにするのもそうだけど、後から追いかけてくる人たちも迷わないようにと思ってね。蔦に結ぶと伸びて動いてしまうかもしれないけど、まあ、ないよりはマシかなって」
「へぇー、流石セイ兄だなー。地図も作れるし、セイ兄凄いや! ……絵だけは苦手っぽいけど」
「っ……駿真、痛いところを突かないでくれよ。そりゃあ確かに絵は不得手だけどね」
 そんなやり取りが交わされているところへ、1人の女性がカインとセリシアの元へ駆け寄ってきた。アレコレと話している内に泣き崩れそうになった女性を、カインとセリシアが慰めている。
「……なあ、セイ兄」
「うん? 何だい?」
「この件が落ち着いたらセリシアはどうすんのかな? 起きたら友達になって一緒に遊べたらいいのに。昔の話とか聞くのも楽しそうだしさ」
「さあ……それはどうだろうね。自分たちは彼女のことを何も知らないからね。……だからこそ色々と聞いてみたいのも確かだけど――」
 セイが答えている途中で、一行の前方に動きがあった。壁を這うようにして、緑色をしたこれまでのより格段に太い蔦が数本、一行へゆっくりと迫っているのが駿真とセイの視界に入った。
「魔物か!? サポートよろしくな、セイ兄!」
「ああ、蔦だけで本体の姿が見えない、気をつけるんだ」
 セイの言葉に大きく頷いて、駿真が得物を構え駆け去っていった。

 蔦の出現に、緊張を増していく一行。
 しかし、これまでの蔦と違い、それを操る本体の姿がないこと、ある程度まで近付いたところでそれ以上は積極的に攻撃などの行動を取らないことから、一行の間に徐々に思考する余裕が生まれてくる。
「もしかして、こちらにセリシアがいることが蔦には分かっているんじゃないですか?」
「まさか、そのようなことが……ううむ、しかし蔦の様子を鑑みれば、それもまたあるいは……」
 島村 幸(しまむら・さち)が自らの憶測を口にし、ガートナ・トライストル(がーとな・とらいすとる)が首を傾げる。
「この蔦、道案内してくれないのですか? 守る対象を攻撃しないほどの判断能力はあるのでしょう?」
 幸の言葉に、蔦がわずかに身を引く。そしてゆっくりと、まるで一行を招くかのように奥へとまた戻っていく。
「さてはて罠かあるいは本当に好意か……いずれにせよ、幸のことは私が全力でお守りいたしますぞ」
「うーん、それは嬉しいんだけど、できればセリシアの方をしっかり守ってほしいかなー」
「何をおっしゃいますか!! 幸への愛こそ我が信仰! 幸への強き想いこそ癒しの力となりて――」
「な、何だか凄いね〜」
「正直に暑苦しいって言っていいよセリシア。んじゃ、行ってみようか」
 先頭に立ったセリシアに続いて、一行が周囲を警戒しつつ歩みを進めていく。そして、一行が開けた場所、セリシアの言う通りに4本の柱が見え、ここがおそらく遺跡の最深部であろう場所に辿り着く。
「さあさあ、セリシアさんはどこですか!! シルフィーリングはどこですか!!」
「幸、少し落ち着きなさい。そんな様子では困られてしまいますぞ」
 一刻も早く未知の物を目にしたい幸を、ガートナが宥める。そんな2人にも、そして一行にも、緑色をした球体上の、蔦が無数に絡み合った物が目に入る。
「あの中に、本当のセリシアがいるんだ」
 そう言ったセリシアの表情は、どこか悲しげだった。そして、次にセリシアが呟いた言葉が、その理由を説明していた。
「…………ここで、お別れだね、みんな」

「……何故か、理由は教えてもらえるんだろうな?」
 セリシアの言葉によって生まれた疑問、それを代表して答えるように、士 方伯(しー・ふぁんぶぉ)が声をあげる。
「ボクは、本当のセリシアじゃないから。ボクは、セリシアの一部でしかないから。セリシアが目覚めるには、ボクはセリシアのところに帰らなくちゃいけないから。……理由としてはこんなところかな。納得いかないよーって言うなら、まだまだ答えちゃうよー?」
 口調だけは明るいものの、セリシアの表情は次第に翳っていく。
「そうかもしれないが……だが……」
 ジュンイー・シー(じゅんいー・しー)の言葉は、そのまま一行の言葉と重なった。セリシアにそこまで言われてしまえば、もはや返す言葉は無い。セリシアに一番近しい者がそう言うのに、今更何を反論できようというのだろうか。
「……あんたがその、セリシアのところに行けば、セリシアは目覚めるんだな?」
「多分、だね。ボクはただセリシアのところに戻る、それしか覚えていないんだ」
 一行にしばらくの沈黙が走る。
「……1つ、聞かせてくれないか。シルフィーリングとは一体何なのだ?」
 口を開いた武来 弥(たけらい・わたる)の言葉は、一行の中にも疑問として燻っていたものであった。
「シルフィーリングはね、生きてるんだ。確かな意思を持って存在しているんだよ。セリシアはそれを護っているの」
「オレたちに、その言葉を信用しろと?」
「メチャクチャなこと言ってるのは分かるよ、分かるけど……でも、ボクが知ってるのは、ボクが覚えているのはこれだけなんだ。信じてもらえないかもしれないのは分かってるけど……」
 言ったセリシアの顔が段々と歪み、瞳からは涙が零れる。
「いや、信じないつもりなどではないんだ。ただいきなりのことで、どうまとめていいのか分からなくてな」
 弥の言葉は、おそらくその場に居た誰に聞いても、同意される言葉であっただろう。自分たちを助けてくれた少女のことは信じたいが、あまりのことに想像が及ばず、何を言えばいいのか分からなくなっている。
「貴様の発言を肯定すれば、それはつまり、貴様とのここでの別れを意味することになる。そのことが腑に落ちないのだ」
 ジュンイーの言葉に、セリシアがあはは、と笑って応える。
「大丈夫だよ、ボクがいなくなっても、セリシアはいなくならない。……そうだね、ボクのわがままを聞いてくれるなら、これからもセリシアと仲良くしてあげてね。セリシアは5000年、友達も話す相手さえも居なかったんだ。みんななら、きっとセリシアの友達になってくれると思ったから、だから……!」
 言い残して、セリシアが緑の球体へ飛んでいく。それはまるで、このまま話していたら別れられなくなってしまうと告げるかのようであった。
「じゃあね、みんな……楽しかったよ!」
 最後にとびきりの笑顔を残して、セリシアの身体がすうっ、と球体に取り込まれていく。後には呆然と見送る一行のみ。
「……これで、終わったのか?」
「やはり腑に落ちんな」
「……ま、とにかくこの事はまとめて、総代に報告だな――」
 瞬間、球体がまるで心臓のように鼓動を始める。その振動は遺跡をも揺るがさんばかりに大きくなり、それに合わせて蔦もその動きを活発にしていく。
「何だ!? 何が起ころうとしている!?」
「……方伯! あれを見ろ!」
 ジュンイーの呼びかけに方伯が振り向くと、そこには蔦に絡め取られた状態で吊り下げられた人の姿があった。
「どうやら、まだ報告するべきことがありそうだな。その前にここを無事に抜けられるかどうかだが」
 弥が呟いた目の前で、今や緑の球体は紅い筋を無数に沿わせ、そして冒険者たちに明らかな敵意を向けて対峙していた。

「セリシア、どうしたの!? どうしてボクたちを襲おうとするの!?」
 手にしたランスに絡み付く蔦に抵抗しながら、ユーニス・シェフィールド(ゆーにす・しぇふぃーるど)が必死に声を飛ばす。
「どういうことなのよ!? セリシアちゃんが帰ったら無事解決、じゃなかったの!?」
 伸ばされる蔦を避けて、モニカ・ヘンダーソン(もにか・へんだーそん)が戸惑いの声をあげる。他の仲間たちも突然の戦闘に不意を突かれ、行動が後手後手に回っている。
(どうすればいいか分からないけど……とにかく、セリシアと話をしなくちゃ! あそこまで行けばボクの声、聞こえるかな!?)
 ユーニスが向けた視線の先、鈍い光を放ちながら胎動する球体が映る。
「モニカ! ボクはセリシアとお話がしたい! お願い、剣を貸して!」
「ユーニス……うん、分かりましたです! オネーサンにお任せなのです!」
 モニカのはだけた胸から剣の柄が飛び出すのを確認して、ユーニスがランスを手放し、モニカの元へ駆ける。飛びつくように柄を握り締め引き抜けば、一際強い光を放つ剣がその姿を現す。
(これで蔦を切り裂いて、セリシアを助けてあげるんだ!)
 瞳に強い意思を秘めて、ユーニスが剣を構える。
「行くのです、ユーニス! 行って話をしてくるのです!」
「うん、ボク、きっと話をしてくるよ!」
 モニカに応えて、ユーニスが蔦を掻い潜るように、時に剣で蔦を切り裂きながら駆け進む。球体との距離が少しずつ縮まっていく。
(あと少し……あと少しでセリシアに会える……!)
 しかし、その直後ユーニスの背後から伸びた蔦が、ユーニスの足に絡み付く。
「うわっ!」
 そのまま持ち上げられるユーニス、剣を振るって蔦を切っても、後から後から蔦が絡み付く。
「邪魔しないで! 邪魔しないでよ!」
 ユーニスの必死の抵抗も、しかし無数の蔦に封じられ、その手から剣が転がり落ちた。

(おいおい、こりゃ本気でヤベぇんじゃねえか!? こんなところで養分になるのだけはカンベンだぜ!)
 蔦の攻撃を避け続けるにみ てる(にみ・てる)だが、このままではいずれやられてしまうことに焦りを感じていた。
「もう、この蔦しつこいんだから! ……きゃあ!?」
 グレーテル・アーノルド(ぐれーてる・あーのるど)が、死角から伸びてきた蔦に脚をとられ、空中に担ぎ上げられる。
「グレーテル! おい止めろ、何をしやがる!」
 てるが必死にナイフを振りかざすが、刀身の短いナイフでは蔦を傷つける程度でしかなく、グレーテルを囲む蔦の数は徐々に増えていく。
「てる、これを! あなたなら気付かれずに近付いて攻撃できるはずよね!」
 運ばれていくその直前に、グレーテルが自らから引き抜いた光輝く剣をてるの足元へ投げる。小気味よい音を立てて地面に刺さる剣を見据えて、てるは思考を働かせる。
(今これでグレーテルを助けに行ったところで、一時凌ぎにしかならない……それよりは本体を狙った方が、結果としてグレーテルを、みんなを助けられることに繋がる……)
 結論をまとめたてるは、地面に刺さった剣の柄を握る。
「一撃で決められるか自信ねぇけど……行くっきゃないよな!」
 言って、てるが無数の蔦を駆けていく。彼の姿は確かに見えているはずなのに、蔦はそれに気付くことなく他の冒険者たちを手にかけんとしている。
(攻撃の意思を見せてから、攻撃するまでが勝負だ……!)
 てるの前に、規則的に胎動する球体が一杯に映る。その球体へ、天高く掲げた光り輝く剣を振り下ろす。
「おおおぉぉぉ!!」
 蔦に食い込んだ剣は、切り跡を球体に刻んでいく。振り抜いて引き戻したてるは、今の一撃が思いの他浅かったことを悟る。
(ちっ、今のじゃダメだ! もう一撃――)
 しかし、彼に2度目のチャンスは与えられなかった。姿を確認した蔦が無数に襲い掛かり、瞬く間に抵抗力を奪われたてるが力なく空中へと運ばれていく。

 柱の中心へ向かった者が、球体へ一撃を見舞った後襲われるのを目撃して、カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)に底知れぬ恐怖が走る。
(こ、こんなことになるなんて、思ってもなかったよ〜! いくら天才のボクでも、どうすればいいのか分かんないよ〜!)
 ワンドを握り締めて立ち尽くすカレンへ、蔦の1本が迫り、恐怖に身を竦ませる。
「はあっ!」
 そこへ、ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)が踊り込み、蔦を一刀の下に切り捨てる。
「ジュレ! どうしてここに? 確かカイン先生を護るようにって言ったはず――」
「カレン・クレスティア、我は確かにそう命令を受けた。ですが、何故か我はここにいる。おそらく、乱戦時のシミュレートが完全でなかったものと思われる」
「よ、よく分からないけど、ありがとう! ……でも、これからどうしよう〜。あんな珍しいものに出会えたのは嬉しいけど、何されるか分かんなくて怖すぎるよ〜!」
 カレンの言うように、細動する植物、手当たり次第に人を襲う植物は珍しい以前に、近付きたくないだろう。
「それでも行くのがカレン・クレスティアという人物ではないのか? 我のメモリーにはそう記憶されている」
 だが、ジュレールの発言はカレンの予想を超えていた。
「ボク、ジュレにどう記憶されてるのよ〜……うん、でも、ジュレの言う通りかも。ボクは珍しいものがあれば、新しいものがあれば、面白いものがあればとにかく飛び込んでいった! そうだ、それがボクなんだ!!」
 そして、ジュレールの発言に、普段の威勢のいいカレンが戻っていった。
「こうなったら本体をぶっ叩くよ!! ジュレ、行けるよね!」
「もちろんです」
 頷いたジュレールの剣先に、闘気が乗せられていく。隣のカレンもまた、ワンドの先端に魔力を凝縮させていく。
「いっけーーー!!」
 そして、具現化された炎が、触れるもの全てを焼き焦がしながら、球体へ飛び荒んでいく。それを追い越して、2つの衝撃波が先程傷をつけた箇所をさらに深く抉る。そこに炎がぶつかり、大きな音がしたかと思うと、何とか人が潜れるくらいの穴が開いていた。

(球体に穴が開いた! まさかあの中に、シルフィーリングがあるっていうの!?)
 その光景を見ていた風滝 穂波(かざたき・ほなみ)が、中の様子を確認すべく駆け寄る。幸い蔦は炎の一撃を受けて、動きが鈍っていた。
(……何、これ!?)
 そして、中が見えるところまで近付いた穂波は、中にいた『人』の姿に唖然とする。
 穂波が見たのは、無数の蔦と同化するように、そして顔と上半身だけが辛うじて人間だと判別できるような、女性と思しき人の姿だった。
(人間がこんな姿になるって、あり得るの!? ……あ! もしかして彼女が、セリシアが言っていた『本当のセリシア』なの!?)
 穂波が呼びかけようにも、女性は反応を見せない。なおも呼びかけようとしたところに、活動を再開した蔦が絡み付き、穂波の自由を奪う。
(しまった!? この、離せ、離せよ!)
 もがけばもがくほど、蔦が次々と絡みつき、抵抗する力を奪っていく。これで終わりかと穂波が諦めかけたその時、全てを吹き飛ばさんばかりの暴風が襲う。
「いたっ! いたた、助かったけど、一体何が――」
「セリシア……こうして会い見えるのは、5000年ぶりじゃのう」
 穂波の、そして必死の抵抗を続けていた一行の前に現れたのは、遺跡の入り口で仲間たちに戦いを挑んだはずのサティナ本人であった。

「どうして、あなたがここに!」
 サティナの姿を認めた遠野 歌菜(とおの・かな)が、険しい視線を向けて武器を構える。
「助けに来た、といっても信じてもらえんかのう。我だけではない、お主の仲間たちもほれ、ちゃんと来ておるぞ」
「……! 歌菜、見ろ!」
 ブラッドレイ・チェンバース(ぶらっどれい・ちぇんばーす)の呼びかけに歌菜が振り向けば、遺跡の入り口で別れた者たちが次々と戦線に参加していた。
「……それでも! 森で私を、ツバストのみんなを気絶させたこと、それはどう言い訳するつもりなの!」
 なおもサティナのことを信じられない歌菜が声を飛ばす、その背後を狙うべく蔦が忍び寄るように歌菜に迫る。
「! 歌菜、後ろだ!」
 ブラッドレイが警告を発するが、それよりも早く蔦が鋭い先端を突き刺さんと歌菜に迫る――。
「ぬうっ!?」
「えっ!? きゃあっ!!」
 次の瞬間に一行が目にしたのは、巻き起こった突風に吹き飛ばされた歌菜、彼女を受け止めるブラッドレイ、そして、左の肩を蔦に刺し貫かれるサティナの姿であった。
「我ながら詭弁とは思うが……これでも信じてもらえんかのう」
 流れる血を滴らせ、痛みに顔を歪めながら、それでもサティナが微笑む。
「あ……ああ……」
 力が抜けるようにへたり込む歌菜を、ブラッドレイがしっかりと抱きかかえる。
「!! 先生、あちらを見て下さい!」
 一行が一連の行動に注視していた中、パムが球体の方を指差しながらカインを呼ぶ。
「目が、開いている……」
 カインの言うように、球体と同化していた女性の瞳が開き、戸惑うようにこちらを見つめていた。
「我と触れ合うことで目覚めおったか、セリシア。……我の、妹よ」
「……何だと?」
 『妹』という発言にブラッドレイが首を傾げるのと、球体の中の女性が口を開き、掠れる声をあげたのはほぼ同時のことであった。
「……姉……様?」

「何だ何だ!? 一体どういうことなんだ!? セリシアとサティナが姉妹って、どういうことなんだ!?」
「さあ、私にもよく分からないけど……」
 喧騒に包まれる一行の中、高月 芳樹(たかつき・よしき)アメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)も同様に状況の整理ができずにいた。
「我とセリシアは姉妹なのじゃ。ただ人間の言うようなのとは意味が異なるようじゃな。……それはこの際置いておくとしようかの。セリシア、こうして我と顔を合わせるのは5000年ぶりかのう?」
「ああ、姉様……! 私のせいで姉様まで巻き込んでしまい、返す言葉もありません……」
「よい、あの力は我とお主だけでは抗えぬ代物よ。セリシア、お主が悔やむことは何もない」
「姉様……」
 サティナとセリシアの会話を聞いていた芳樹とアメリアは、余計に混乱を深くする。
「なあ、一体何のことを言っているんだ?」
「わ、私に聞かれても困るわ。……ねえサティナ、私たちにも分かるように説明してもらえるかしら?」
「……そうじゃな。もはや遥か昔のことじゃが――」
 アメリアの言葉に、振り向いたサティナの話が始まる。
「5000年前、この地に栄えた国家、その頂点に君臨した者のことは、お主たちなら知っておろう? その女王が謀られ眠りに就く時、力の一部を封じた代物が各地に飛び散ったと聞いておる。そして、我とセリシアがシルフィーリングと呼ぶ物も、その1つであるらしいのだ。……これらの話が真実であるかどうかは我にもセリシアにも分からぬが、あの時リングを手にしたセリシアはその力を制御し切れず、自然界に多大な被害を与えかけた。リングには何やらよからぬ意思が蔓延っていたことまでは分かったが、我にはこの身と共にセリシアを封じることくらいしかできなかったのだ。……そう、我が封じられたというのも、そして遺跡に魔物共を放ったのも、お主たちの力量を試すための詭弁であった。今はその非礼を詫びよう」
 瞳を伏せるサティナを、芳樹とアメリア、そしてカインを始めとしたアインストの一行の誰も責めることはなかった。
「聞いていいか? 僕たちと一緒にここまで来た、あの――」
「……これのことかの?」
 芳樹の問いに、言ってサティナが掌をかざせば、そこに現れたのは確かに、森から遺跡まで一行と道を同じくした者の姿が浮かび上がる。
「あの者は我が命を吹き込み、森に放ったのだ。力ある者たちがここに辿り着く、そのための手がかりを持たせた上での。……多少の行き違いはあったかも知れぬが、結果、力のある者たちがこうして集まることになったのだ、問題はあるまい」
「何よそれ、私たちは踊らされていたっていうの?」
 アメリアの問いに、サティナが笑いを噛み殺すように応える。
「まあ、そうなるかもしれんの。……さて、我が話せることは大体話した。その上で、お主たちに協力を願い出たい。……我はセリシアを助けたいのじゃ。女王の力に翻弄される我が妹の姿を、これ以上見ているのは正直、辛いのじゃ」
「姉様……」
 言って俯いたサティナの表情は、本当に『妹』のことを心配している『姉』の表情であった。
「僕の一存でどうにかなるわけではないだろうけど……僕は、協力する。セリシアを助ける力が僕にあるなら、是非使ってみたい」
「芳樹がそう言うなら、私も協力するわ」
「……いいでしょう。サティナ、あなたの言葉を信じましょう」
「ボクは、先生の意見に同意します」
 芳樹とアメリア、そして一行の答えは、ただ1つであった。
「そうか……お主たちの協力、誠に感謝する。……セリシア、この者たちに巡り合えたことは、我とお主の最期に舞い降りた幸運と言ってもよいであろうな」
「え……姉様、それは――ぁぁぁぁぁあああああ!!」
 突如セリシアが悲鳴を上げ、瞳が色を無くす。
「いかん、リングが目覚めおった! お主たち、準備はよいか!」
「準備って、一体何をすればいいんだ!」
 芳樹の問いに、サティナは毅然として応える。
「あの蔦は全て、リングから生じておる。そして十分弱らせることができれば、蔦はリングに戻るのじゃ。そこから先は我に任せよ! お主たちは蔦を攻撃するのじゃ!」
「わ、分かったわ!」
 武器を構える一行の前で、活動を再開した球体が無数の蔦を振りかざし襲い掛かる。今ここに、アインストとサティナ、そして、シャンバラの女王の力を封じたとされるリングとセリシアの最終決戦が、幕を開けようとしていた。
「我の加護、受け取るがいい!」
 サティナが両腕を大きく広げれば、球体に向かって吹く風が呼び起こされる。まるで背中を押してくれるかのように力を与えてくれる感覚に勇気付けられた一行が、蔦との戦闘を開始する。
「私が蔦の注意を引きつけます。ズィーベン、頼みましたよ」
「うん、頼まれたよ! よーし、跡形もなく燃やしてあげるよー」
 ナナ・ノルデン(なな・のるでん)の剣戟が、致命傷とはならなくとも蔦の注意を引き付けることに成功する。そこにズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)の強化を終えた火弾が炸裂し、風の力を受けて瞬く間に燃え広がり、言葉通り跡形もなく燃やし尽くした。
「うっひゃー、風の力って偉大だねー、普段のボクじゃこんな魔法撃てそうにないや。ま、ボクならいつか撃てるようになるかもしれないけどねー」
「ズィーベン、無駄口はそこまでですよ。私たちの頑張り次第で、セリシアが助かるかどうかが決まるのです」
「はいはーい、分かってますよーぅ」
 本当に分かっているのか分からない口調で、ズィーベンが火弾を次々と放っていく。それを呆れつつもどこか微笑ましげに見遣って、ナナが迫り来る蔦へ身体を向ける。
「セリシアのため、ナナ・ノルデン、押して参ります!」
 地面を打つ蔦を避け、そのまま蔦を駆け上がり、十分な太さのあるところまで辿り着いたところで、ナナの手にしていた箒が煌きを放つ。空中に跳ね飛ばされる前に地面に着地したナナが箒を元に戻せば、蔦を覆う厚い皮が綺麗に剥かれ、紅い筋が覗いていた。
「ボクを襲おうなんて、キミにはまだ100年早いんだよぅ〜♪」
 間髪入れず、ズィーベンが特大の火弾を、その皮が剥けた場所へ撃ち込む。一際大きな爆発音が響き渡り、撃ち抜かれた箇所から先の蔦が萎むように地面に落下する。
「うわー! すごいすごーい! よーし、ワタシも負けないんだよー!」
 対抗するように、ミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)のかざしたワンドが光を放てば、全てを凍てつかせんが如く放たれた絶対零度の氷のつぶてが、風の力を受けて蔦の先端から根元まで突き刺さり、瞬く間に氷の彫像に変えていく。
「一刀両断! せいやあっ!」
 そこへ踏み込んだ菅野 葉月(すがの・はづき)の根元への一撃が、文字通り蔦を本体から切り離し、氷が砕けると同時に蔦も枯れ果て消え去る。
「あれれー、蔦消えちゃったよー? 何でだろうねー?」
「おそらく、魔法で作り出された物なのでしょう。サティナもリングから生み出された、と言っていましたし。……さあ、僕たちもセリシアを助けるため、奮闘しましょう」
「うん、そうだね! こんなにおっきな魔物なら、葉月も迷うことないだろうしね!」
「? 何を言っているのですか、ミーナ。僕がいつ迷うというのですか?」
「うわー、ホントに自覚ないんだねー。分かったよー、そんなに言うなら今度迷路に放り込んであげるよー。うっふっふー、道に迷ってあたふたする葉月、見てみたいなー」
「??」
 何のことか分からず疑問符を頭に浮かべる葉月を置いて、火弾に切り替えたミーナが蔦を燃やし、それは他の蔦に燃え移って一時の大火災を生む。
「ミーナ、後でしっかりと教えなさいよね!」
 ミーナにからかわれていると思ったのか、憤慨しながら葉月が、火を受けて弱った蔦へ剣戟を見舞い、蔦はどんどんとその数を減らしていく。戦線は明らかに、アインストの有利に傾いていた。途中、捕獲されていた者たちの救出そして治療を行った彼らの、フルメンバーによる攻撃で、ついに球体本体が直接攻撃を行えるまでに近付くことができた。
(ふむ、ここからならば、あの術を応用して……こうだな)
 球体に近い位置に立ったアルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)が、彼が独自に編み出した術式でもって繰り出した火術を球体へ見舞う。弾の形ではなく、炎を放射し続ける魔法によって、球体はどんどんとその体積を減らしていく。
「おお、凄いですね。……しかしそのままでは、セリシアまでも燃やしてしまうのではないでしょうか?」
 近くで弾丸を撃ち込んでいた影野 陽太(かげの・ようた)が、素朴な疑問を口にする。
「それはないだろう。シルフィーリングはセリシアを言ってしまえば宿主としているようだ。宿主が死ねばそれに寄生している物も死ぬ。ゆえに、寄生している物は自らを犠牲にしてでも、宿主を護ろうとするだろう。つまりリングの蔦は、自らがセリシアを護り切れなくなるまで、セリシアを傷付けない様に振る舞うはずだ」
「た、大層な自信ですね……どうしてそこまで言い切れるのですか?」
「フッ……それは、知識と知性と応用力の賜物、だ」
 言い切ったアルツールの横合いから、数を減らした蔦の最後の抵抗が襲い掛かる。
「おっと、危ないっ!」
 それにいち早く気付いた陽太が、無数の弾丸を蔦に撃ち込む。衝撃を受けて蔦が破裂するように萎み、地面に落ちて消える。
「しかし、いかな高い頭脳をお持ちでも、1人では力及ばないこともある。……ま、俺としては適度に他の人のお役に立てればいいと思っているんですけどね」
「……フッ、君の考え、悪くないな。では俺の援護を頼もうではないか。この魔法の間は無防備なのでな」
「了解ですよ!」
 言って、魔法を行使するアルツールの、彼に攻撃を仕掛けようとする蔦を悉く陽太が撃ち落としていく。
 そして、あらかた駆逐された蔦が全て姿を消し、残るは4本の柱に寄生するように広がった、激しく細動する球体のみであった。
「セリシア……お主は生きよ。生きて、この世界の行く末を見届けよ……」
 両腕を下ろしたサティナが、項垂れるセリシアを悲しくも慈愛の瞳で見つめて、そっと、誰にも聞こえぬように呟く。そして次に声を張り上げた時には、いつものどこか尊大な彼女に戻っていた。
「お主たち、これで仕舞いにしようぞ! あの球体に、持てる力の全てを撃ち込むのじゃ!」
「皆、もう一押しだ! 最後まで気を抜かず奮闘するのだ!」
「ボクも頑張ります! 皆さんも頑張って下さい!」
 カインとパムの声援を受けて、アインストの一行が口々に言葉を発し、止めの一撃を繰り出す。無数の攻撃をその身に受けた球体は四散し、そして蔦から解放されたセリシアが、どさり、と地面に横たわる姿で伏せる。よく見るとその指には、緑色に輝く石をはめ込んだリングが着けられていた。
「……終わった、のか。さて、これからどうするのだ、サティナ――」
 言ったカイン、そしてパムは、傍に居たはずのサティナの姿が消えていることに気付く。彼女は、横たわるセリシアを抱き起こし、乱れた髪を整えながら、とても優しい、優しい表情を浮かべていた――。



『お主たち。セリシアを、頼んだの――』



 サティナの声が一行に届き、そして微かな光が浮かび上がり、儚く消えた――。

「…………う…………」
 微かな呻き声を上げて、セリシアがゆっくりと瞳を開く。
「目覚めたか。アル、先生に報告してきてくれ」
「イエス・マイロード」
 セリシアが目覚めたのを確認したイーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)が、パートナーのアルゲオ・メルム(あるげお・めるむ)に指示する。
「…………ここは…………」
「遺跡の中だ。おまえはシルフィーリングの力に翻弄され、俺たちを襲ってきたが、サティナの助けを借りて封じた。……どこかおかしなところはないか?」
「……ええ、少し頭がぼーっとする他には、特には……はっ!? 姉様!? 姉様はどこにいらっしゃるのですか!?」
 上半身を起こし、サティナの姿を探すセリシアの元へ、静かな声が投げかけられる。
「サティナは、セリシア、あなたの身に付けているリングだ。彼女は再び、自らの身をもってリングの力を封印することを選んだ。セリシア、あなたが自由になることを願いながら」
 カインの言葉にはっとして、セリシアは自らのリングを見遣る。光は収まり、ただ緑色をした石だけがどこか神秘的でもあった。
「そんな……姉様……姉様ぁぁぁ……」
 セリシアの瞳から、大粒の涙が次々と溢れ、それは床を、そしてリングを濡らしていく。
(あわよくばリングを解析してみたいとは思ったけど……とてもそんな雰囲気じゃないな。しかし、封印されていた少女、か……)
 泣き崩れるセリシアから、イーオンは目を逸らして立ち上がり、隣に控えていたアルゲオを見遣る。
(俺も、サティナのように、アルのために自分の身を投げ打つことができるだろうか。5000年の時を経てまた話せるようになって、それでもなお相手のことを案じて自分を捧げることが、俺にはできるのだろうか)
 イーオンの自問は、例えこの場に居る全ての者たちに問いかけたとしても、決して答えの出るものではないだろう。パートナーと強い絆で結ばれたからこそここにいる彼ら、お互いのことを案じて心配し合うことはできたとしても、サティナのような真似ができるかどうかは誰にも答えられない。



「姉様ああああああああああ!!」



 セリシアの慟哭が、沈黙の中にただ広がり、そして消えていった――。