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魔術書探しと謎の影

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魔術書探しと謎の影

リアクション

 本を探すという建前で、夜の図書館デートを楽しむ男女もいた。引っ込み思案な水無月 睡蓮(みなづき・すいれん)は思い切って霧島 玖朔(きりしま・くざく)を誘ったのだ。
「あ、あの霧島さん。今日はその、わざわざ来ていただいて……」
「いいよ。水無月とは学校が違ってなかなか時間がとれないからな」
「ありがとうございます。でも、図書館なんて霧島さんは面白くないですよね」
「別に。うちじゃ魔術書探しなんてする機会ないし、たまにはいいんじゃない?」
「あ、そ、そうですよね! 私たち本を探しに来たんですよね!」
 動揺する睡蓮を霧島は不思議そうな顔で見る。
(私のばか! こんなんじゃ霧島さんに変な娘だって思われちゃうよ! 落ち着かなきゃ……)
 睡蓮は胸に手を当ててゆっくりと深呼吸する。
「じゃあ霧島さん、早速探しましょう」
「ああ。っておい、前見ろ前!」
 霧島を振り返りながら駆け出した睡蓮は、脚立に強く頭をぶつける。
「いたた……」
「大丈夫か?」
「あ、はい。平気です。じゃあ私は上の方を見てきますね」
「気をつけろよ」
 睡蓮は照れ隠しに脚立を急いで登っていく。
(もう、注意したそばから何やってるのよ! それにしてもはじめてのデートが夜の図書館だなんて……一体どうすればいいの? そういうのも本に載っているのかしら)
 睡蓮は上の空で本を手に取っては戻していく。しかし、遠くの本に手をのばしたところで、バランスを崩した。
「あ」
 睡蓮の体が宙に舞う。
「水無月!」
 玖朔はとっさに体を投げ出した。
 静かな図書館に鈍い音が響き渡る。玖朔は間一髪のところで睡蓮を抱きとめた。
「びっくりさせやがって……怪我してないか?」
 玖朔に抱きかかえられて、睡蓮は顔を真っ赤にしたまま口をぱくぱくさせている。
(私霧島さんに抱っこされて!? で、でもここで取り乱したら……)
「はは」
 不意に玖朔が表情を和らげる。
「水無月って面白いやつだな。危なっかしいけど、見てて飽きねえや」
「あ、えっと」
(笑った? なんだか分からないけど、これでよかったのかしら)
「ほら、立てるか」
「はい」
 玖朔に手を引かれて睡蓮が立ち上がる。その瞬間、睡蓮の顔が苦痛に歪んだ。
「どうした?」
「右足が……」
「ちょっと見せてみろ」
 玖朔は睡蓮の右足首を軽く触る。
「あー。腫れてるな。なんだ、怪我してるじゃんかよ」
 惚けていて今まで自分でも気がつかなかったが、睡蓮は足をくじいていた。
 教導団の生徒である玖朔は救急箱を持ち歩いている。彼は睡蓮に適切な処置を施したが、睡蓮がこれ以上歩き回るのは無理そうだった。
「こりゃあ本探しは中止して帰った方がいいな」
「せっかく作れた機会ですのに……」
「って言ってもなあ」
 玖朔はしょげかえってうつむく睡蓮をしばらく眺めていたが、仕方ない、と言って睡蓮に背を向けるとしゃがみ込んだ。
「ほら、乗れよ」
「ええ、そ、そんな」
「本探しを続けたいんだろ? 早くしないと俺の気が変わっちまうかもしれないぜ」
「わ、分かりました」
 睡蓮は急いで玖朔の背に負ぶさる。彼女の鼓動は本日最高に高鳴っていた。

 二人を見守る巨大な影が一つ。そう、睡蓮のパートナー鉄 九頭切丸(くろがね・くずきりまる)である。彼はずっと二人に付き従っていたのだ。
 九頭切丸は睡蓮に危険が及ばぬよう常に警戒していたのだが、先ほどは玖朔が飛び出したので一瞬反応が遅れてしまった。その結果彼女に怪我を負わせる事態になったが、睡蓮本人は喜んでいるようだ。
 無口な九頭切丸がそのことをどう受け止めているのかは分からない。ただ、いくら玖朔が相手でも、彼が睡蓮に危害を加えるようなことがあれば容赦はしないだろう。
 彼は何も言わずに二人の後に続き、黙々と本の捜索に協力するのだった。

 シャーロット・マウザー(しゃーろっと・まうざー)シルフェノワール・ヴィント・ローレント(しるふぇのわーる・びんとろーれんと)も仲むつまじく本探しに当たっていた。
「一度ゆっくりと図書館の探索がしたかったんですよぅ」
 シャーロットがうっとりとした顔で言う。本が恋人の彼女は、図書館での本探しと聞いて黙ってはいられなかった。
「せっかくですから、目的の本を探しつつ、どんな本があるのか見て楽しんでまいりましょう」
 シルフェノワールが言った。
「そうですねぇ。これだけ大きな図書館ですから、ネクロノミコンやレメゲトンの一冊や二冊ありそうな気もしますぅ。もしそんな本を見かけたらお持ち帰りした……あ、いえ、なんでもないですよぅ?」
「わらわもセラエノ断章なんかあったら一冊くらい欲しいところですわ」
「ですけど、実力に見合った蔵書しか読むことが出来ないということは、私には難しそうですぅ」
「シャロがそんなこと言ったら、わらわに読める本なんてないと思いますわ」
 シルフェノワールは苦笑しつつ答える。
「しかし、この図書館にあの校長。何か希少なものや、魔法が全く使えないわらわでもなんとか使えるようになる魔道書はないものでしょうか」
「あるかもしれませんよぉ。あくまで『詳説魔術体系』を探すのを目的にして、色々と見てみましょう」

 本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)クレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)はたった一組で地道な作業を積み重ねていた。
 涼介は図書館に着くなり、エリザベートから聞いた特徴や蔵書目録、一般的な図書館における本の配置法を参考に、クレアと協力して『詳説魔術体系』の場所に目星をつける。
「ふむ、大体この辺りかな」
「そうだね」
 涼介は目星をつけた棚の前までくると、一冊一冊本を調べ始める。もし目的の本が見つからなければ、また目星をつけるところから始め、それを朝まで続けるつもりだった。
 クレアは作業をしている涼介の周囲を警戒する役目だ。手にはランタンと毛布。「電気がついているとはいえ、何かあったときの備えくらい必要だろう」という涼介の考えから、クレアが用意したものだ。
「おにいちゃんは本のこととなると周りが見えなくなるからね。なんだか怪しい影もいるっていう噂だし。でも安心して、私がしっかり見張っててあげるから」
「ああ、頼りにしてるぜ」
 涼介にそう言われ、クレアも大張り切りだった。
 しかし、探せど探せど本は見つからない。周囲の棚をあらかた探し終わったところで、二人の近くに誠が通りかかる。
「おや、本郷さん。そちらはどうです?」
「織機か。全然だめだ。この辺はもう大体調べたんだけどな」
「そうですか。やはり一筋縄ではいきませんね」
「でも織機が校長に絵を描かせてくれてよかったぜ。あの様子じゃ、口で説明してもらっても何も分からなかっただろうよ」
「まあ、その絵はお世辞にも参考になるとは言えないものでしたがね」
 誠が苦笑する。
「誠殿、そちらの様子はどんな感じ?」
 クレアが誠を見上げて尋ねる。
「私のほうもさっぱり成果なしです。でもお二人に会えてよかった。この辺りを探す手間がはぶけましたからね。では私はそろそろ行きます。お互いがんばりましょう」
 誠はそう言って図書館の奥へと姿を消してゆく。その背を見送ると、涼介は懐から何かを取り出した。
「仕方ない、こいつを使うか」
「出た、おにいちゃん必殺六面ダイス」
 涼介は六面ダイスを常に持ち歩いており、何かあるとそれを降って物事決める癖がある。
「困ったときはこれに限るぜ。それじゃあ早速こいつを振ってと。いい目が出ろよー」
 出た目は六。
「ふむ六か。よしもう一回」
 再び出た目は六。
「クリティカルヒット!! こいつはいいことがありそうだ」
「やったね、おにいちゃん。で、どうするの?」
「……六個先の棚を曲がって、六つ目の棚を探そう」

「やさしい本なので、そんなに奥に行かなくても見つかるはずだ」というエリザベートの言葉を信じて多くの生徒が入り口から比較的近い場所を探す中、カレンとパートナーのジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)は敢えて奥から本を探していた。
「校長の言う『やさしい本』っていうのは全然あてにならないよね。きっとボクたちから見たら難しい魔道書に違いないよ」
 そう確信するカレンは、目録や司書に頼れないので、自分が挑める最深部まで箒で飛んできたのだ。頭には懐中電灯をくくりつけた自作ヘルメットをかぶっている。彼女曰く、「これなら両手も空くし、探検家ぽくっていいでしょ」とのことだ。
 ジュレールもカレンとお揃いのお手製探検ヘルメットをかぶっている。ジュレールは今回の件が荒事ではないので安心していたのだが、カレンが図書館の奥までいくつもりだと知ると、彼女がまた無茶な事をするのではとため息をついた。無鉄砲なパートナーが怪我をしやしないかいつも心配しているのだ。
「さあ、さっさと始めよ! ジュレはそっちお願いね」
 そんなジュレールの心配を知って知らずか、カレンは早速本探しに取りかかる。スピード重視のカレンはどんどん棚を調べていった。落ち着きがない割には、調べ終わった棚に「調査済」のマークを貼って他人が同じ棚を調べないよう配慮するなど、なかなかしっかりしている。
 一方ジュレールは質重視。
「物事は着実に進めたほうが、結局は効率がいいに決まっているのだよ」
 そう言って丁寧に棚を調べていく。
 二人は定期的に連絡を取り合って作業を進めていたが、ふとカレンが言った。
「でもさ、この本誰かが借りちゃっててまだ返してなかったら、ボク達無駄骨だよね」
「確かに。考えてもみなかったが、言われてみればそうだな。まあそのときはさすがに生徒から不満がでるであろう。どうなるかな」
 もし本が借りられていたら、探すだけ無駄。そのことに気がついているのはカレンたちだけだったのかもしれない。

 ファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)もカレンと同じように考え、カレンほどではないがある程度奥を捜査していた。
「ほう、これは興味深い。こちらの本も知識欲をそそられる……」
 美少女に目がないオルガナは、なんとしても本を見つけ出し、エリザベートを喜ばせてやりたいと思っていた。しかし、せっかくの広大な図書館だ。彼女は興味のある魔術書を流し読みしながら、じっくりと『詳説魔術体系』を探すことにする。
 ファタに付き従うのは機晶姫のジェーン・ドゥ(じぇーん・どぅ)。ジェーンは図書館内を走り回り、エリザベートの言う特徴に似た本を探してはファタのところに持っていく。超重量級の彼女が動くたびに図書館が揺れた。
「こんな本を見つけたであります!」
「ううん? それは少し小さすぎるのお」
「これ、これなんかぴったりであります!」
「よく見ろ、背表紙のマークが違うじゃろうて」
 ジェーンは何度失敗しても挫けず、意気揚々と本の海へと飛び込んでいく。
「ファタ、今度こそ……」
「それも違う。おぬし、本探しを口実にして図書館探検を楽しんでおるじゃろう」
「そ、そんなことないであります!」
「まあよい。この付近はもう探し終わった。もう少し遠くへゆくぞ」
 そうして二人はさらに奥まで進み、先にカレンたちが探し終えたエリアまでやってくる。
「おや、あちらこちらに『調査済』と書かれたマークが貼られておるのお。既に誰かが調べたということか。ここは随分奥になるが、わしと同じ考えをする者もいたのじゃな」
「どうなさいますか」
「そうさのお」
「ファタの魔力ならもっと奥に進むことも可能かと!」
「いや、やめておこう。これ以上奥に目当ての本があるとは考えにくい。戻るぞ」
 そう言ってファタは引き返していく。ジェーンは残念そうな顔をしてその後についていった。