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関帝誕とお嬢様を守れ!

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第五章 恐怖病棟2

 吸血鬼なので大抵のギミックは怖くない。
 ミヒャエルは順路無視で、ずかずか恐怖病棟の奥へ入り込み、各所を覗き込んでは係員に制止をくらっていた。
「興味本位でついつい……これだからマスコミ屋はいけませんな」
 適当に誤魔化して場をやり過ごした。
(「爆発物」には勿論注意するが、むしろ係員がひた隠しにしたがるようなものといえば「裏帳簿」か「横領の証拠」あたりだろう)
「一種の「爆弾」には違いない、うむ!」
 ミヒャエルがきょろきょろ辺りを様子を伺っていると。
「きゃあっ、お化け怖いっ!!」
 物音がしたのと同時に、怖くもなんともないのだがアマーリエはわざと脅えてミヒャエルに抱きつき、甘えてみせた。
「……面白い冗談ですな、しかしここは任務に専念したまえアマーリエ」
 つれない言葉をぶつけてくる。
(この朴念仁)
 頬を膨らませながら、アマーリエは心の中で毒づいた。

「あれ? なんだこれ?」 
 目の前にある四角い箱。輝寛は上下左右振ってみたが、別に音はしない。
 でも中に何か入っているのは確かだ。
「開けてみようかな」
 輝寛は、ためらいもなく箱を開けた。
「えっ!? ちょっと待って〜〜〜! 爆弾だったらどうするんですか!! あ、ああぁああ!」
 ナディアの叫びもむなしく、蓋が開いた。

びよよよよん!!!!

「──……え? びっくり箱? な、な〜んだ、驚いた。爆弾じゃなかったですね」
「あ、あぁ……」
(……びびびび、びっくりしたびっくりした〜〜〜)
 輝寛は、激しく鼓動する心臓を抑えた。
(きょ、恐怖病棟に入って一番びびった、驚かされた、ショック死するかと思ったよ〜〜〜〜)
 はっとすると、ナディアがにやにやとしながら輝寛を見つめていた。
「怖かったんですね?」
「ば、馬鹿を言うな」
「びっくり箱で、驚いちゃったんですね」
「ううう、うるさい!」
 笑いの止まらないナディアを放って輝寛は部屋を出た。
「あ、あああ、こんな所に一人にしないで下さい〜〜〜!」
 ナディアは慌てて追いかけた。

 子供が泣いている。
「うっわ……すっごい雰囲気あるアトラクションだね。子供が一人でいるって……話しかけた方がいいのかな?
 樹は、恐る恐る近寄ってみた。
「えっと……こんにちは、僕。病院にいるってことは、病気か何かで亡くなったのかな?」
『……っ、……っつ』
「──なんか、泣いてるだけのアトラクションみたいだね」
 振り返ると、ジーナとハインリヒとクリストバル、一緒にやって来た面々が口をぱくぱくさせていた。
 酸素不足の金魚のように。
「あは、あは、あはははは。なぁに、その顔〜うけるんですけど、あはははは」
「ひ、ひ」
「えぇ?」
「足が、無い……」
 搾り出すような声で、ハインリヒは言った。
「足? そういう設定なんじゃないの?」
「透け……透けてる……」
「ホログラフィーでしょ? 映像どっかから流してるだけなんじゃな〜い?……って、あれ?」
 樹の言葉は、気休めにもならなかった。
 明らかに違う。この部屋の中の空気の重苦しさ、目の前にいる異質な物体。
「で、出たあぁああ〜〜〜!!!」
 先頭を切ってハインリヒが逃げ出した。続いてクリストバル。
 パートナーのジーナだけは樹を守るために、かばうような形で連れ出そうとしたが。
「樹さま!」
「ど、どうしたの!? 早く逃げなきゃ──」
「足を……足をつかまれました」

『これ、僕にちょうだい〜〜〜』

 口が開く。
 赤い赤い口が!
「〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
「あ、逃げないでください〜!」
 置いてゆくわけにも行かず、樹は逃げ出す心をぐっとおさえた。
 急に外が賑やかになった。
 次の客が来たようだ。
「あぁ、こんにちは。爆弾は見つかったんですか? しっかし、さっきから頻繁に悲鳴が聞こえて……」
 幽霊に取り押さえられているジーナを見て、小次郎は固まった。
「えっと、それじゃそういうことで……」
 くるりと振り返り、帰ろうとする。
「ちょっと待て」
 樹ががっしりと肩を抑える。
「助けてくれ」
「むむむむり絶対無理! あんなのに関わったら死んじゃいますよ!」
「じゃあどうすりゃいいんだ助けてよ」
「そんなこと言ったって!」
「幽霊さん、ですか? 初めて見ましたわ」
 リースが近寄ってまじまじと見つめる。
「ふぅ〜ん。あんまり私たちと変らないですねえ」
『…………』
 徐々に幽霊の空気が変ってきている。
 なんだか焦っているようにも感じられる。
「足、なんで無いんですか? 溶けちゃったの?」
『〜〜〜〜〜〜!』
「あっ……」
 消えた。
「お、お〜い、大丈夫ですかぁ〜〜〜?」
「大丈夫ですよねぇ〜〜〜?」
 戻ってきたハインリヒとクリストバルがびくびくしながら顔を覗かせる。
 皆、深い深いため息をついた。

 健勝は、少しばかり浮かれていた。
 レジーナ以外の女性と近い距離で行動したことがほとんど無い為、デゼルを意識しまくってしまう。
(パートナーのルケト殿とは一体どのような関係なんだろう? もしかしかして恋び……いやいや、それなら自分に付き合ってくれるはずがない!)
 健勝の視線に気づいて、デゼルは引きつった笑みを浮かべた。
「……ルケト、健勝さん全く気づいてないみたいだな」
 デゼルがこっそりとルケトに耳打ちする。
「このまま最後まで気づかなかったりしてな」
「だったら付き合っちゃえばいいじゃないですか。じゃあオレは戻りますんで。健勝さんと仲良く」
「この……!」
 ルケトはデゼルの元を離れて、レジーナの側に戻った。
「……」
「? ど、どうしたんですか?」
 無言で自分を見つめるレジーナに、デゼルは焦った。
「もしかして……お二人は、こちらが思い込んでいた性別とは逆だったりしますか?」
「あ、あぁ〜分かりましたか? そうなんだよねぇ。すぐ気付くと思ったんですけど……」
 ルケトとレジーナの視線が、健勝とデゼルに向けられる。
「健勝さん……とても楽しそうです。敢えて黙っておくのも優しさなのかと」
「ですね」
 しばらく四人で並んで歩いていると。
「──危ないっ!!」
 窓の外から突然手が伸びてきた。健勝はデゼルをかばうように床に転がる。
(……あれ?)
 抱きしめた手が、デゼルの胸に当たって慌てて引っ込めた。
(めちゃめちゃ貧乳……あぁあ、いかんいかん!)
「申し訳ない! その、胸に……」
「あぁ? ああ、気にすんなよ。女なら騒ぐかもしれないけどオレ……」
 デゼルは慌てて口を塞いだが、もう遅かった。
「ち、違うぞ! からかってたわけじゃないからな。お前がオレのこと女だって思い込んでるから仕方なく……」
「おとこ? ほ……本当に、男……でありますか?」
 ゆっくりと頷くデゼルを見て、健勝はショックのあまりにくずおれた。
「そんな、そんな。せっかくお近づきになれたと思ったのに……」
 レジーナは肩を叩いて言った。
「……健勝さん……もうちょっと判断力を持ちましょうよ」

「無いなぁ……」
 ルドルフはため息をついた。
 永谷も苦笑しながら同意する。
「もしかして、爆弾はフラグなのかもしれないな」
 それならそれでいいと、永谷は思った。
 ルドルフが爆弾を見つけた時の最終手段を考えてくれていたようだが、出来ることなら彼をそんな危険な状況に陥らせたくはない。
「あ! 何かに反応した」
 ルドルフのロッドが動いている。
「爆弾じゃないな。何だこれは? 褌? ──褌をつけたお化けがいるなら、見てみたいな」
「……良かった」
「え?」
「爆弾じゃなくて良かった。……俺達には、そういった事へ対処出来るだけの知識がない。だから──」
「ありがとう」
「?」
「心配してくれているんだろ」
「っ!?」
「さてと、出口まで残りわずかだ。今度はこのアトラクションを楽しもうか」
「………」
 なんだか分からない鼓動の速さを感じながら、永谷はこくんと頷いた。

 お化け屋敷など最初から偽物と判っているので、怖さより先にギミックの解析と薀蓄垂れを青は優先した。
 ジュリエットは個別ギミックを解説する青の博識に感心した。
 教導団体験入隊をしたことがあるので、青の話は初歩的には理解できた。
 口を挟む暇もないほど、青は説明を続ける──
「あ! ……すまぬ、つい一人で盛り上がってしまった。何分話に付いてこれる相手が居らぬで、独語癖が身についておる。話は理解できたじゃろうか」
 ジュリエットは微笑んだ。
 青は頭をかきながら呟く。
「世間と違う規範を取っていれば、所詮、世間には理解されない」
「私もそう思います」
 以外にも、二人は意見は合致した。
「──『血まみれの暗い病院』なんて夜の野戦病院より余程マシであります。何が面白いのかさっぱり分からぬのであります」
 青とジュリエットの少し後ろを歩きながら、黒が難しい顔で言った。
「そ、そうですね……」
 ジュスティーヌは怖さを出来るだけ紛らわしながら返答する。
 4人中1人だけ、しかもナイトが怯えるのも恥ずかしいので、じっと耐えていた。
 全く恐れることなくギミックの出来をしげしげ観察する黒。
 ふいに、ジュスティーヌが怖がっているのに気付いた黒は、医学用語で冷静に解説し、とにかく落ち着かせようとした。
 物怖じしない凛々しさと気遣いに、ジュスティーヌは好感を覚えた。
 なんだか黒が、とてつもなく格好よく見える。もしかして、好きになってしまったのかも……
 吊り橋効果だということは、この状況を考えれば分かるが、今のジュスティーヌにはその余裕は無かった。
「どうかしましたか?」
「い、いえ……」
 胸がドキドキする。
(これは……恋?)

 クレア・シュミットは顎に手を当てて考えていた。
「犯人確保もまだの状況では、『こちらが調査し終わった場所に爆弾を仕掛ける』のもよくある手口だ」
 パートナーのハンスも頷く。
 そのとき。
 カシャッと、カメラを切る音がした。
「あ、悪い。……あれ? 確か教導団の──」
「クレア」
「ハンスです」
「オレはクレーメックだ。怪しい人物がいたら、このカメラ付き携帯で顔写真を撮って、教導団の警備本部にメールで画像を送信し、犯罪者リストの中に該当者がいないか調査を要請していたんだが……」
「私達が怪しいとでも?」
「いや、すまんすまん。癖で撮ってしまった」
「……ちゃんと消去しといてくれ」
「了解」
「ところで──爆弾は見つかったか?」
「いや、まだだ。どちらかと言うと俺は犯人探しを重視しているからな」
「変に捻るよりも基本通り、教導団での爆発物の講義を思い出して行動するべきだな」
「ああ」
「──クレア〜こんなものが落ちています」
「なんだ?」
 クレーメックも横から覗き込む。
 箱から飛び出したバネ付き人形。どうやらびっくり箱らしい。
「いらないから捨てろ」
「は〜い」
「さてと、もう一回りしてくるかな」
「お互い頑張ろう!」
 三人は部屋を出た。残された白い箱だけが、寂しく存在をアピールしていた。

 宇都宮 祥子は思っていた。
 爆弾はおそらく、ただのお化け屋敷ではマンネリなのと百合園のお嬢様方と教導団員の出会いをサポートするためのものだろうと。
 怖いのが苦手なセリエは、極力足手まといにならないようにと頑張っていた。
「あれ? ねえ祥子お姉さま? こんな所に箱が落ちていますわ」
「え!?」
 今さっき迄思っていたことを根底から覆されるようなセリエの言葉に驚いたが、どう見ても爆弾には見えなかった。
 そう思わせているだけなのかもしれないが。
 でも……これが、爆弾?
 中を開けてみると、のんびりした速度で、人形が顔を出してきた。首をゆらゆら揺らしている。
 びっくり箱が、なぜこんな所に……
──まさか。
 考えられることは、やはり思った通り、生徒間での親密さUPを計って…・
 祥子はふっと笑うと、びっくり箱を元の位置に戻した。
(あと何個くらい隠してあるんだろう?)
 これを設置した人の行動を思い浮かべると、笑わずにはいられない。
 つまりは爆弾なんてどこにも隠されていないということだ。だとしたら……
「え? うわっ、どうしたの祥子お姉さま!?」
 腕を絡めてきた祥子に驚いてセリエは裏返った声を出した。
「早く爆弾見つかるといいねぇ」
「あ、は、はぃ……」
 皆が気付くまで、楽しませてもらいましょう。
 微笑むと、早くお化け要員が怖がらせてくれないかと期待しながら祥子は待った。

「おーほっほ! 見つけましたわ。ここにいましたのね、亜璃珠。さ、男は放っておいて真のデート開始ですわぁ!」
 ロザリィは自分の胸の中へと亜璃珠を抱き寄せて、イチャイチャし始めた。
 一緒に中に入った男性陣二人は、その光景を見てぽかんとしている。
「フフ、それにしても廃病院風のお化け屋敷ってスリルが一杯よねロザリィ」
 お化けが平気な崩城 亜璃珠は、わざとおびえたふりをしてロザリィに身体を近づける。
「あらあら、こんなのが怖いんですの。こんなもの…作り物や演出に決まってますわよっ。亜璃珠は怖がりですわねぇ」
 二人が親密さをアピールしながら次第に離れていく……
 コウジと玖朔は目を見合わせると、全てを悟った。
「……一緒に爆弾を探そうか」
「そうですね……あ、ライラ。一緒に行きましょう」
「は、はい……」
 笑って良いのか悲しんだら良いのか分からないライラプスは、複雑な笑みを浮かべた。
「! ら、ライラ……今、笑わなかったでありますか?」
「えっ!? い、いいえ!」
 ライラは慌てて口を引き結ぶ。
「……あぁ! そうですよ、そうですよ! 結局ダシに使われたんでありますよ〜笑えよ、笑ってくれよ〜!!」
「主が壊れた……」
「オレだって〜! 俺だって本当は本命と来るはずだったんだ! でもちょっとは別の人とのダブルデートの夢を見たっていいじゃないかぁ!!」
「霧島氏〜!」
「コウジ〜!」
「…………」
 ライラは目の前で抱きついて泣き叫んでいる男達を見て、ため息をついた。
 恐怖病棟で涼しくなるはずの体感温度も、二人の友情で一気に暑さを増した。

 ライゼ・エンブは泣き叫んでいた。
 病棟を脱出してから、駄々をこねまくっている。
「こんなに怖いなんて聞いてないー! バツとして林檎飴買ってね! 綿飴もね!! たこ焼きもだからね!!!」
「分かった、分かった。だからちょっと静かにしようね」
 小さな子供をあやすように、朝霧 垂は言った。
 朝霧 垂が着付けてやった浴衣が乱れている。
 くすりと笑うと、朝霧 垂は浴衣についた汚れを払い、直していく。
 怖がりのくせに好奇心旺盛で……病棟内の物を触っては色んなものを発動させて、どんどん泥沼にはまって行った。
(最後のものはしょぼかったけど……)
 ビックリ箱的な物を見つけて開けてみたら、案の定、中からはオーソドックスな物が現れた。
 どうもバネが弱まっていたらしく、飛び出し方もイマイチだった。
「何だったんだろう……」
「……終わった?」
「あぁ、うん」
 裾を直して立ち上がる。
「じゃあたこ焼きね! いっぱい動いたからお腹すいちゃった」
「はいはい、でも食べすぎはよくないよ」
「分かってる〜」
 ライゼはウィンクをしながら笑った。

──建物を出たところで、放送が流れた。
『守屋 輝寛、ナディア・ウルフ、朝霧 垂、ライゼ・エンブ、クレーメック・ジーベック、クレア・シュミット、ハンス・ティーレマン、宇都宮 祥子、セリエ・パウエル。以上9名は、病棟正面入り口でお待ちください。繰り返します──』
「……なんだろう?」
 皆?マークを顔に浮かべて、正面入り口までやって来ると。
 教導団の征服を着た、いかつい人物が数名やって来た。
 知らず身構える。
「な、なんですか?」
「──君達の中での行動は監視カメラで見させてもらった。爆弾を見つけただろう?」
「え? ええ?? 爆弾なんてどこにも……」
「びっくり箱、ですね」
 祥子が言った。
「その通り、そしてこれがその景品だ。察している人物もいるやもしれんが──これは我々が仕組んだことだ。少しでも百合園の生徒達と仲良くなってくれればと思い……しかし──」
 ちょっと残念そうに、だが可笑しそうに、そいつは笑った。
「百合園の生徒が一人もいないのは寂しいな。誰もここに誘うことが出来なかったのか?」

 手渡された教導団の見学みやげ、『激せん! 教導団』──甘塩辛い茶菓子をぼんやりと眺めながら。

「……百合園の生徒誘って、皆で食べようか……」

 誰知らず呟くと、みんな苦笑しながら頷いた。