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魔糸を求めて

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魔糸を求めて
魔糸を求めて 魔糸を求めて

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    ☆    ☆    ☆
 
「ここが、ブローカーのアジトのはずなんだもん」
 中で何が起こっているのかまるで知らずに、久世沙幸が、農家からやってきた学生たちをブローカーのアジトである屋敷に案内していた。事前の聞き込みでバイヤーから場所を聞いていたのが幸いした。
「それで、どういたします。一気に踏み込みましょうか」
 久世沙幸と一緒に案内してきた藍玉美海が、一同に訊ねた。
「もちろん、悪者はやっつけちゃうに決まっているよね」
「いえ、まだ悪人と決まったわけではありませんって。一方的な決めつけは危険ですと何度言えば……」
 はやるクラーク波音を、アンナ・アシュボードが辛抱強くたしなめる。
「いずれにしろ、正々堂々と正面から乗り込んでいくのが王道でしょう」
「それは止めないが、逃げられないように、まず全員で屋敷を取り囲んだ方が間違いがないと思うな」
 凜と言う水神樹に、高月芳樹が現状を把握しながら言い添えた。
「ようし、じゃあ、手分けして正面と裏口から踏み込もう」
 アレフ・アスティアの言葉で、全体を二隊に分けようとしていたそのときだった。突然大きな音が響いて、屋敷の窓という窓が一斉に閉まった。
「どうしたんだろう。まさか気づかれたのかな」
 いきなりの出来事に、七尾蒼也が少し困惑する。
「守りを固められたらやっかいですね」
 ペルディータ・マイナが言った。なにやら、屋敷の中で戦いが起きているかのような喧噪も聞こえてくる。
「大変。きっと中で何かが起こったんだわ。早く中に行きましょう」
 アメリア・ストークスの言葉に、一同がうなずいた。
 通りに面した正面玄関の左右に立つと、羽入綾香とカノン・コートが一気に扉を開こうとした。だが、扉は堅く閉まったままびくともしない。
「ダメだ、開かない」
 カノン・コートが顔を真っ赤にして取っ手を引っぱったが、ドアが開く前に取っ手がとれてしまいそうな感じであった。
「しかたないのう。破壊してしまうか?」
 早々と開かないことを確認した羽入綾香が、剣を抜いて言った。
「鍵がかかっているのなら、私が開けるよ」
 ローグとしての本能をうずうずさせて久世沙幸が進み出た。
「面倒じゃ、わしが吹き飛ばそう。皆は下がっておくのじゃ」
 ラムール・エリスティアが、玄関扉の正面に立って言った。
「それがいいですわね。お手伝いしますわ」
 藍玉美海が隣に立って、同時に火球を扉にむかって放った。だが、ありえないことに、扉はまったくの無傷で火術に耐えきった。
「どういうことなのです」
 鷹野栗が、驚いて言った。
「魔法障壁のようですけれど……」
 佐倉留美が扉に近づいて確かめようとしたときだった。ミシリという音がして、扉に亀裂が走った。
「下がるのじゃ」
 羽入綾香は叫ぶと、佐倉留美の身体に腕を回してつかんだ。そのまま、バーストダッシュで衣服の裾をはためかせながら、急いで扉の前から離れる。その直後、屋敷の扉と窓が勢いよく吹き飛んで、中から紫色のスライムが大量に飛び出してきた。まるで、屋敷の中がスライムで充満し、圧力に開口部が耐えられなくなって吹っ飛んだという感じだ。
「これって、マジックスライム!!」
 水神樹とカノン・コートと七尾蒼也が真っ青になって叫んだ。すっぽんぽんにされて放置されたあの日の悪夢が蘇る。色も、あのときと同じ紫色だ。
「スライムの中に、誰かいます!」
 道にあふれ出てくる大量のスライムから逃げながら、ペルディータ・マイナが叫んだ。
 見れば、半透明の紫色スライムの中に、大量のすっぽんぽん男女の姿が見える。何人かの生徒は魔糸を使っていない衣服をかろうじて身につけていたはずなのだが、これだけスライムの中で揉まれてしまうと、すべての衣服を失ってしまったようだ。
「早く! 助けないと窒息してしまいます!」
 カノン・コートから光条兵器を受け取ると、水神樹が走りだした。
「中の人にあてないように注意して、スライムを倒しましょう」
 アンナ・アシュボードが、人影のない部分を見定めて火術でスライムを焼き払った。爆発するタイプではなく、炎を吹きつけるタイプの火術でスライムの表面を焼き払う。だが、あまりにもスライムが巨大で、なまじの攻撃では効果があったのかも分からない。この巨大な塊が一匹のスライムなのか、何匹かの集合体なのかも分からない状態だ。
「カノン、私の背中、あなたに預けるわ!」
 水神樹が、スライム囚われた人影めがけて光条兵器の剣を振り下ろした。ジュッという音ともに、輝く刀身にふれたスライムが焼かれて消滅する。一緒に真っ二つにされたかと思われた人間の方は、無傷でスライムの外に吐き出された。斬る対象を光条兵器のマスターが限定できるからこその戦い方だった。
「カノン、この人を頼むわ」
 すっぽんぽんでスライムから転がり出てきたクロセル・ラインツァートをカノン・コートに任せて、水神樹は次の人の救出にむかった。
「こっちへ」
 急ごしらえの避難所を作った七尾蒼也が、クロセル・ラインツァートを担いだカノン・コートを手招きした。とりあえず、今用意できるだけのタオルや上衣を集めて、SPリチャージで復活させた人たちに貸せるようには体制を整えている。
 続けて運び込まれてきたマナ・ウィンスレットの方はペルディータ・マイナに任せて、七尾蒼也はクロセル・ラインツァートの下半身にタオルをかけてからSPリチャージをかけた。
 淡い光につつまれて、クロセル・ラインツァートが意識を取り戻す。
「ううーん、俺はいったい……」
 意識をはっきりさせようと頭を振ったとき、勢いで愛用の仮面が外れて落ちた。
「あわわわ」
 クロセル・ラインツァートは、あわてて自分の下半身を隠していたタオルをつかむと、仮面の代わりにタオルで顔を隠した。それで満足したのか、そのままの姿ですっくと立ちあがる。
「はははははは、不滅の騎士クロセル・ラインツァート、復活!」
「こら、そんなことはいいから、前を隠せ、前を!」
 高らかに笑うクロセル・ラインツァートにむかって、七尾蒼也が怒鳴った。
「クロセル、大丈夫であろうな、クロセルぅ〜」
 ほぼ同時に復活したマナ・ウィンスレットが、落ちていたクロセル・ラインツァートの仮面をだきしめて叫んだ。
「返事をするのだ。今誰かに助けてもらうからな」
「おい、チビッコドラゴン、俺の本体は仮面じゃないから。こっちの人間の方が本体だから」
 必死に仮面に話しかけるマナ・ウィンスレットに、クロセル・ラインツァートはツッコミを入れながら自分の仮面を拾いあげた。やっとそれを顔につけると、遅ればせながらにタオルを腰に巻く。
「完全復活!!」
「クロセルぅ〜」
 再び高笑いをあげるクロセル・ラインツァートに、マナ・ウィンスレットがだきついていった。
「うーん、意識を取り戻すときに、まだ少し混乱するのかなあ」
 少し呆れながら、七尾蒼也は言った。
「お願いします」
 アレフ・アスティアが、イルミンスールの制服でくるんだカレン・クレスティアを運んできた。休む間もなく、七尾蒼也は彼女の意識を取り戻すことにおわれた。
 次々に学生たちが助け出されてはいくが、戦いは一進一退だった。
 焼いても、溶かしても、スライムの全体量はちっとも減ったようには見えない。幸いだったのは、スライムに呑み込まれた者たちが、一種の仮死状態であったためか、窒息にいたる前に助け出されたということだけだった。それとも、何かに守られていたのだろうか。
「とにかく、このままじゃ町の人たちも危ないよね。なんとか、誘導できるかやってみるよ」
 久世沙幸は、果敢にも、持ってきていた水筒の水をスライムにかけてみた。水が好きだろうからという考えからだ。
 ところが、水をかけられた紫色のスライムは、そこの部分だけが赤と青の二色のスライムに分かれて、巨大な本体から離れていった。
「この大きさなら、確実に仕留められますのに」
 雷術で、分離したばかりのスライムを薙ぎ払いながら藍玉美海が言った。
「とりあえず、水をかけたら小さくなるかもしれないから、そうしちゃおうよ」
 久世沙幸の推測が正しいかどうかはまるで分からないが、水をかけられたスライムが変化したのは事実だった。
「水をかければいいのね。やっちゃおう、アンナ!」
 クラーク波音がパートナーのアンナ・アシュボードと呼吸を合わせた。水をかけるにはマジックスライムの上空で、氷術と火術をぶつけ合うしかない。地面に作った氷を溶かすのでは水がこぼれるだけで、うまくスライムにはかからないからだ。
 簡単そうに見えて、実際にはかなり難しい合わせ技だ。タイミングがずれれば、ただの単発魔法になってしまうし、威力のバランスが違ってしまえば、思ったような効果は得られない。うまく氷塊をすべて溶ける程度の炎でつつめれば大量の水を得られるが、火力が足りなければ氷のままだ。逆に強すぎれば、水にならないで蒸発してしまう。とはいえ、それを利用すれば、霧を作りだすことも、強力な上昇気流を作りだすこともできる。応用魔法とはこういうもののことを言うのだ。ただし、だからといって必ず成功するものでもない。むしろ、成功することの方がまれであるので、意図した者がすべてその効果を得られることはありえない。
 クラーク波音たちは、あえてそれに挑戦しようとしていた。ただ、水を作るのは比較的簡単な方なのと、失敗しても多少の水はできるだろうとの思惑もある。
「氷塊よあれ」
「火炎よあれ」
 タイミングを計るために、呪文をそろえる。
「今、二つを一つに!」
 クラーク波音とアンナ・アシュボードが声を合わせて呪文を唱えた。
 空中に現れた大きな氷塊が一瞬にして炎につつまれ、大量の水となって真下のスライムに降り注いだ。紫色のマジックスライムが、水を得て活性化し、大量の赤と青のスライムに分裂していく。
「なんだか、全部合わせたら、前より量が増えたかもしれませんね」
 戦況を見ながら、アレフ・アスティアはつぶやいた。
「それでも、いつ倒せるか分からない巨大スライムよりはましだと思うですよ」
 魔法スライム相手では分が悪いので、女性たちの教護にあたった鷹野栗がそう言った。
 事実、パートナーのおかげでSPの心配のない水神樹を中心に、復活したガイアス・ミスファーンなどのドラゴンアーツを使える者たちが彼女を守りつつ、着実に数を減らしていっている。魔法や魔法剣技を使える者たちも、SPの残っている限り、逃げだすスライムたちを再び集まらないように気をつけながら個別に撃破していった。
 一度だけうっかり再集結しそうになったときは、なんとか高月芳樹がアシッドミストで一気に葬り去った。
「よおし、最後の一匹ですわ。これだけは、なんとしても捕まえてみせますわ!」
 最後に残った青いスライムを追い詰めて、バケツを持った佐倉留美はじりじりと迫っていった。
「今ですわ!」
 スライディングするようなジャンプ一番、両手に持ったバケツを前方に出してスライムに被せようとする。
 まさにスライムを捕獲すると思われた瞬間、ボンと炎がわきあがってスライムを灰にした。その勢いでバケツを弾き飛ばされ、佐倉留美はお尻を突き上げる形で、顔面から地面に突っ伏した。跳ね上げられたバケツがくるくると回転しながら落ちてきて、すっぽりと佐倉留美のミニスカートを穿いただけのお尻にはまった。
「スライムの存在は、一匹たりとも許さんのじゃ」
 最後の一匹を倒すことで在りし日の溜飲を下げたらしいラムール・エリスティアが、満足気に言った。
 
    ☆    ☆    ☆
 
 スライムを倒すことには成功した一同であったが、その後手分けして詳しく捜したにもかかわらず、黒幕であるブローカーを発見することはできなかった。