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なし

校長室

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だいすきっ

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だいすきっ

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第5部 混乱                              


「しっかりして!」
 校内を徘徊する御凪真人に、レベッカ・ウォレス(れべっか・うぉれす)が声をかけた。
 しかし、真人はまだ「んぱんぱ」言っているだけだ。
「御凪。トコロテンになっちゃったんだネ。悲しいヨ……」
「これはなんでしょう?」
 レベッカのパートナーアリシア・スウィーニー(ありしあ・すうぃーにー)は、真人が手に持っているメモ“トコロテン・メッセージ”に気がついた。
「オー! なんでトコロテンになっても大事に持ってるんだろう。なんかいいこと書いてあるのかナ!」
「しかし、勝手に見てしまっていいのでしょうか……」
「なになに、『ラリラリは』」
 心配するアリシアをよそに、レベッカはもうメモを読んでいた。

『ラリラリは、鳴いてない。泣いている。』

 2人は一瞬よくわからなくなる。
「レベッカ様。これはどういうことでしょう」
「鳴き声って、どんな感じだったっけ?」
「えぇっ。忘れたんですか?」
「うん。忘れた。ハイ! 言ってみて。さんはい」
「……ん……んぱー。んぱー」
「カワイイ〜!」
「……あの。遊んでる場合ではありませんよ」
「わかってるヨー。『鳴いてる』んじゃなくて『泣いてる』。つまり……何か心残りがあるんだよネ」
「それなのに剣や魔法で退治されそうになって、可哀想ですね……」
「うん。ワタシたちだけでも、話を聞いてあげヨーッ!」
 ふと目の前の壁を見ると、いかにも人が集まりそうなイベントの告知ポスターが貼ってあった。
「レベッカ様。これですね……」
「んぱーんぱー!」
 2人はラリラリのモノマネが楽しくて、可哀想な真人を忘れ、放ったらかしにして行ってしまった。
「んぱーんぱー!」
「んぱーんぱー!」


 イベント告知ポスターは、図書館にも貼ってあった。
 トコロテンから復活したガートルード・ハーレックは確信した。
「ラリラリを待つなら、ここですね」
 シルヴェスター・ウィッカーが頷く。
「うむ。ここしかないのう」
 お経の本を持って出て行くガートルードに、貸出を渋っていた司書が追いかけてきて声をかける。
「どうもすみませんでした。ラリラリ退治、がんばってください」
「わかってくれればいいんです」
「それからお経の本ですけど、般若心経の他にも色々ございますが、宗派は……?」
 司書は一度トコロテンになって懲りたのか、妙に丁寧になっている。
「細かいことはいいんです。気持ちの問題なんですから」
「そうでしたか。どうもすみませんでした」
 ウィッカーはお経を読む練習をしながら、出て行った。
「かんじーざいぼーさーぎょうじんはんにゃーはーらーみたじー……」


 徘徊する真人は、誰もいないであろう廃校舎の方へ歩き始める。
「あなた! ちょっと待って!」
 トコロテンから復活した愛川みちるが、その手を掴んだ。
「あなたもトコロテンになっちゃったんだね。かわいそうに……」
「んぱんぱ」
 真人はまた歩き出す。
「ああもう。なんでそっち行くの。よいしょ……そっちに行っても何もないから、こっちに行こう。こっちぃ〜」
 みちるは真人の手を引っ張り、保健室に向けて歩き始めた。
「うーーー。重いよお〜」
「んぱんぱ」
「あ。アリアさんだ。どうしたんだろう。元気ないな〜」
 アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)はベンチに座って溜め息をついていた。
「はあ〜」
「どうしたの? 元気なさそうだけど」
「うん。なんか私、最近ひどい目に遭ってばかりなの……みんなのオモチャじゃないのに……!」
「そうかあ。あ、これ遊雲さんにもらったイデスエルエ。使ってみたら? 守護霊とかに相談したらいいことあるんじゃないかな!」
「え。いいんですか? これ……」
「私、こわくて」
「ありがとう!」
「じゃあ、私はこれで」
 みちるはまた真人を引っ張って歩いていったが、しばらくして、後方からアリアに呼ばれた。
「みちるさーん!」
「はーい。なーに?」
「これ、全然効かないですう!」
「そうなの? おかしいなあ」
 みちるは首を傾げながら、アリアのところに戻っていく、と……
 アリアの様子がますますおかしい。
「アリアさん? どうしました? お体の具合でも――」
「みちる様……」
「様?」
「……だいすきっ!!!」
「え……!」
 アリアは、みちるにすがるように抱きついた。
「え……え……?」
 みちるは、困っておろおろ。
「ええええええ……!!!! 私、そっちの気ないよ……どうしよう……」
 するとアリアは、もはや邪魔者でしかない真人を蹴り飛ばす。
「んぱ〜」
 ドピースの力で凶暴になったアリアにビビったみちるは、誰かに助けてもらおうと人を探した。
「誰か〜。助けて〜」
「私が助けますわ。なんでも言ってください! なんでも!」
「そうじゃないの〜」


 プールの前では、坂下 鹿次郎(さかのした・しかじろう)が特設ステージの上で声を張り上げていた。
「レディース! エンッ! ジェントルメンッッッッ! いよいよ、はじまるでござるよ〜〜〜〜〜〜ッ!!!!!」
 男子生徒たちがかなり集まってはいたが、まだイマイチ盛り上がらない。それはステージに誰も女子がいないからだろう。
「早くしろ〜」
「誰がやんだよ。誰が!」
「まなみんを呼べぇ〜〜〜!!!」
 鹿次郎のパートナー姉ヶ崎 雪(あねがさき・ゆき)は、何をやるのか知らされていなかった。
「え? 特上うな重? わたくしがいただけるんですか?」
「その通りでござる。ジャンケンで勝つたびに、寿司でもトンカツでも、なんでも奢っちゃうでござるよ」

【イベント概容】
企画:のぞき部員・坂下鹿次郎
手段:ジャンケン
客層:スケベな男子生徒

 イベントとは要するに……野球拳である。
 そして、可哀想に野球拳というものを知らなかった雪は、スケベな男どもに生け贄として差し出されたというわけだ。
「ぜひ、やらせてもらいますわ!」
「決まりでござる。さあ、ステージに立つでござる! さあ!」
 雪は急かされてステージに上った。
「参加者キターーーーーーッ!!!」
「うおおおおお! 雪ちゃんかよーっ!」
「相手は誰だああああ! 誰なんだあああああ!」
 鹿次郎は、レベッカに相談していた。
「人を集めるためには、お色気が一番でござる。レベッカ殿しかいないでござるよ」
「ワタシがお色気担当? ……うーん。オーケー! ワタシ、やるよ。ラリラリのためだし」
「助かったでござる」
「でも、服いっぱい着ていいカナ?」
 レベッカは丈の短い白のタンクトップと、デニム地のマイクロミニホットパンツという格好だった。これでは一度負けただけでも大変なことになる。
「どうぞどうぞでござる」
「サンキュー!」
 レベッカはアリシアの犬耳カチューシャとストールを羽織ってステージに上った。
「レベッカ、キターーーーーーッ!」
「おっぱいパネエ!!!」
「ひゃっほーーーーーーっ! カチューシャはまりすぎ! ハウス! ハウス!!!」


 そこへ、トコロテン配達人のエメ・シェンノートがリアカーを引いてやってきた。
「おっ。なんか面白そうなことやってんな。ここでやればもっと面白くなるってわけだな」
 エメは持ってきたしょうゆ入れのドピースをトコロテンたちに差していく。
「君の目が覚めたとき……君の目が覚めたとき……ふふふ」
 だいぶ時間が経って、ちょうどトコロテンから復活する頃である。
 やっと目を覚ましたところでドピースをやられ、みんな、意識はかなり混濁していた。
「しまった。ここでやったらそうなるか……」
 エメがドピースをやったほとんどの連中は、注目を集めてるステージ上のレベッカと雪を最初に見ていた。
 ダブル葉月とクナイは、レベッカのファンになった。
 刀真とクレアと円は、雪のファンになった。
 ファンが混ざって、会場はますます盛り上がりはじめる。
 雪は、初秋の風が冷たく、鹿次郎の上着を借りて羽織っていた――
 が、凄まじい熱気で必要なくなり、脱いだ。
 ジャンケンする前に、脱いだ。
 これはもう、観衆にとっては大変なサービスである。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」


「んぱ? あれ? あたし……んぱー」
 筑摩彩が辺りをキョロキョロして……最初に目に入ったのは、中庭の花壇を調べに行く途中だった影野 陽太(かげの・ようた)だ。
「……んぱー」
 じっと見つめる視線に、陽太が気がついた。
「あ、あの……何か……?」
「……んぱすきっ!!!」
「え? え? んぱ? え? すき? えええええええええ???????」
 女性にモテたことのない陽太は、まったく意味がわからない。どうしていいかわからない。大パニックだ。
 彩は陽太の腕に抱きついて、頬をすりすり。子猫のように、うにゃんうにゃん。
「でも、俺、そんな……ええ? どうしたらいいのかわかりません」
「もう。そんなこと言って……可愛いんだからあ」
「い、いや……可愛いのは君ですけど……でも……まずいよ、これは」
 彩は陽太の頬を指でつんつんとして、
「可愛いからオッケー!」
「ええええ〜〜〜〜〜〜?」


 エメの点眼に抵抗し、なんとか免れた者もいる。
「んぱ。ぐひ、んぱ。やめて……ぬお……んぱ……」
 ミーナは助かった。
 だが、助からなかった方が幸せだったかもしれない。
 葉月はレベッカの熱烈なファンになっていた。
「レベッカ〜〜〜〜〜〜〜!」
 薔薇を投げまくっていた。
 城定英希も、なんとか助かった。
「俺、なに。んぱ。やってたんだっけ……? あ、占いかな。占い屋さんかな……」
 しかし、まだ意識が混濁しているようだ。
 同じくエメの魔の手を逃れたジゼル・フォスターと、「んぱんぱ」言いながら開店準備を始める。その辺のテーブルを引っ張ってきて、野球拳ステージのクロスを引っ張ってきて……ハイ! できあがり。
 ジゼルが声を張り上げて、客寄せをはじめた。
「あー、魔術のほんぱ! イルミんぱー出身の占いは、んぱぱあ? れんぱあ相談、じんぱあ相談、今日のんぱごはんのことまで何でもんぱぱー!」


 比賀一は、リアカーの上でまだ眠っている。
 ハーヴェイン・アウグストは目を覚ましたが、哀れ、あと一歩のところでエメの餌食になってしまった。
「う……なんっ。俺のんぱに何をした……イんぱエルエぱ?」
「さあ? あなたのが最後の一滴です。ふふっ。どうなるかお楽しみですね……」
 ハーヴェインは、隣で眠っている比賀を最初に見てしまった。
「なんだ、んぱこいつ……まだ寝て……?」
 ハーヴェインは、必死に自分の気持ちを抑えようと試みた。どうしたって言うんだ、俺は。んぱ。こいつを見てるだけでやけに胸が高鳴って、んぱ。くる。んぱ。でも、ぱ。まさか、俺が男を? つーか、こいつを? しかし、この気持ちは……。うううう……
 そこで、比賀が目を覚ました。
「んぱ? ハーヴェインさんぱ? 何だよ、ボーッとして。もしもーし……ハーヴェインさんぱ?」
 まだハーヴェインは堪えている。
「ハーヴェインさんぱ? ……ってか、涎出てますけど……え。まさか。嘘だろ?」
 ハーヴェインは思った。この気持ちはアレしかない。そう、地球上で最も貴く、最も美しい心……愛だッ!!!
「……だいすきっ!」
「あああ?!」
 比賀は走って逃げる。
「来るなよ、来るな……頼む。来ないでくれぇーーーーっ!!!」
 しかし、トコロテンが残っていて、足がうまく動かない。
「あはは〜。おーい待てよ〜、お兄さん捕まえちゃうぞ〜〜」
 ハーヴェインは、英希の占い屋の前で捕まえて、
「だいすき。だいすき。ハッスルしちゃうぞ〜」
「おい……英希……た、たすけ……むぐぐ」
 比賀は口を口で封じられ、喋ることも出来ない。
 英希とジゼルが声をかける。
「はい。いらっしゃーい! 恋愛運ね!」
 抵抗する比賀をよそに、占いは勝手に進められ……
「はい。出たー。……イサ、ハガル、アルジズ! うーん。関係は長続きしなさそうだね。せいぜい一晩ってところかな。そして……別れてからが大変だ。一悶着あるかもしれないね」
「ふ〜ん……って、この嘘つきがッ!!!」
 占い結果を楽しみにしていたハーヴェインは、怒りのあまり英希とジゼルをぶん殴り、そのまま比賀を担いで去っていった。
 エメはそれを見て大笑いしていた。
「あの2人、薔薇学に転校だね……」
「あんた。ドピース独占して、ずいぶん楽しそうだな」
「え?」
 と振り向いた瞬間!
 閃崎 静麻(せんざき・しずま)がドピースをピシャッ!
「うがあ! やられたァ!」
 静麻は抜け目ない。サッとエメの背中側に周った。
 そして、パートナーのレイナ・ライトフィード(れいな・らいとふぃーど)に声をかける。
「さあ、レイナ。遊びはお仕舞いだ。人混みから離れよう」
「ちくしょう! 君は誰なんだ!!!」
「閃崎静麻。覚えといてくれよ……あ。待った!」
 エメは振り向いていた。
 静麻とエメが見つめ合った……
「……せんざきしずま……だいすきっ!!!」
「なんでだよッ!」
「なんてね」
 ドピース祭りを見てきたエメだからこそできる嘘だった。
「お。そんなことより……霊が見えますよ……って、ぎゃああああああああああ!」
「な、なんだよ」
「そ、そこぉぉぉぉ……!」
 目の前に、背が高いのに体重が10キロくらいしかなさそうなガリガリの霊が2体歩いていた。
 ガリガリ霊はか細い声でエメに挨拶して通り過ぎていく。
「あ、どうもです。こんにちは〜」
 ガリガリ霊のすぐ前を歩いているのは、トコロテンから復活した大食いのリュース・ティアーレだ。リュースはぶつぶつ呟きながら去っていく。
「ああ、腹減った。腹減った……」
 リュースのパートナー、グロリアの後ろに誰もいないところを見ると、どうやら2人分のガリガリ守護霊をリュースが1人で背負っているようだ。
 エメはゾッとして、目を閉じた。


 比賀を担いだハーヴェインは、御槻 沙耶(みつき・さや)とすれ違う。
「……んん。さ、沙耶……、た、たす……むぐうう!」
 比賀は何かを訴えようとしたが、ハーヴェインに口を押さえられてしまった。
「なんや……?」
「いや、なんでもないぜ」
 沙耶はドピースの効果と気づかず、去っていく。
 比賀は、最後の手段を考えついた。
「ちくしょう。悪いけど、……眠ってくれ。おりゃ!」
 ドガッ!!!
 肘鉄を食らわし、さらにハーヴェインの頭に銃のグリップをガッツン!!! クリーンヒット!!!
 が……ハーヴェインはへっちゃらだ。
「あまり無茶はするなよ? お前はまだ未熟だからな……」
「な、なにい〜!」
 ぶっちゅううううううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅううううううううう!!!!!!
 愛の力は偉大だ。
 比賀とハーヴェインの姿が見えなくなってから、沙耶はようやく気がついた。
「そうか! あれがドピースの効果やな! しっかし、ひどいもんや……なんとかせなあかんな」
 と、前を見れば、凄い人混みだ。
 そして……
「あれだけ人がおったら、ラリラリもおるんやないかな……いよいよ、やっとくか」
 持っていたしょうゆ入れを、ピチョ……。
「おおお。霊や霊や。よう見える……せっかくやからなあ〜」
 とラリラリ探しの前に自分に憑いている霊を振り返る。
「……?」
 霊は透明ベッドに横になっていた。低血圧のこの霊は、だいたいいつも寝てるのだ。
「ふう〜。あら、何?」
「まだ寝てたん?」
「だってぇ、夜はいろいろすることがあるでしょう?」
「することって……うわっ!」
 ベッドを下りて立ち上がると、なんとセクシーなことか。ほとんど衣服を身に付けてなかった。
「こっちの世界なんかに来て、何の用なの〜?」
「できたらラリラリ退治、手伝ってほしいんやけど……」
「ふう〜。私はだめよ。戦いなんて興味ないもの」
「でも、意外と強そうやん」
「昼間っから何言ってるのお〜。いい? あなた。私の戦いは夜だけよ」
 ベッドに座って、足を組み、透明煙草を吸い始めた。
「ふう〜」
 さすがの沙耶も何も言えず、「失礼しました……」とゆっくり瞬きした。


 そして、ステージでは……
「プレイボール!」
 鹿次郎がハンドマイクで叫び、試合開始のサイレンが鳴り響く。
 両者が対面し、鹿次郎と観衆が声を張り上げる。
「やあきゅう〜うす〜るなら〜あこうゆう〜ぐあい〜にしやしゃんせ! アウト! セーフ! よよいのよい!!!」
 レベッカはパー。雪は……グー!
 ――雪の負け!!!
 レベッカは勝利の雄叫びをあげる。
「きゃああああああああああ! あっ! あっ! ああああああうっ!」
 アリシアはホッと胸をなで下ろす。
「あーあ。勝たないと、うな重もらえないのに。それにしても暑いですね。ストールもいらないわ」
 雪はドレスの上のストールを脱いだ。
 会場は揺れた。
「ううううううううおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!」
 そして、第2回。
「やあきゅう〜うす〜るなら〜あこうゆう〜ぐあい〜にしやしゃんせ! アウト! セーフ! よよいのよい!!!」
 レベッカは再びパー。雪は……チョキ!
 ――レベッカの負け!!!!!
 ヒートアップしてる観衆は下品なコールを始める。
「ぬーげ! ぬーげ! ぬーげ! ぬーげ! ぬーげ!」
 アリシアが心配して見守る中、レベッカは犬耳カチューシャを取る。
「これで、許してネ」
「ブーブーブーーーーーーーーーー」
 なんたる我が儘。なんたる品の無さ。カチューシャは服にカウントできないと主張する観衆はブーイング。そしてそのまま「脱げ脱げ」コールが再燃!
「ぬーげ! ぬーげ! ぬーげ! ぬーげ! ぬーげ!」
 さあ、試合運営責任者である鹿次郎の判断は……と注目が集まる。
 が、鹿次郎がいない。
 鹿次郎は、ようやく事態を飲み込んだ雪にステージ裏で胸倉をつかまれていた。
「どういうこと? いっぺん死んでみる?」
「い、いや、これは全部、その、ラリラリ退治の……ひいては世界平和のためでござっ――」
 ドゴバガゴォォォォーン!
 光条兵器のサムライソードが炸裂した。


 会場は、対戦相手がいなくなって騒然としている。
 このままでは、スケベ野郎どもが暴徒と化して騒ぎになるのは必然。誰かが手を打たねばならない。
 そこに、アリアに抱きつかれながら愛川みちるがやってきた。
「はあ。誰か助けて〜」
「愛する愛するみちる様。私がなんでも言うことを聞くって言ってるじゃないですか〜」
 熱い観衆から一歩引いて見ていた譲葉 大和(ゆずりは・やまと)は、この2人の様子を見て閃いた。
「君。いいことを教えてあげるよ」
「え?」
 大和はみちるに耳打ちする。こそこそこそ……
「えええ! そんなこと……!」
「このままだと男子生徒は暴徒と化し、死人も出るだろう。けど、それでも協力したくないというのなら、それも仕方のないこと。無理にとは言いませんよ」
「し、死人……」
「そう、死人。見ようによっては、あなたが殺人者……ということにも、なりますねえ」
「私が……そんな……」
 2人でこそこそ話してることに耐えられないアリアは、割って入ってみちるに抱きつく。
「もお〜。みちる様〜。私だけを、あ・い・し・て! ぶっちゅううううう〜〜〜〜〜〜〜」
「あ……あ……アリアさん! 私をそんなに好きなら、私のために、野球拳をやって!」
「……野球拳?」
「だめ……?」
「みちる様のお願いなら、喜んで!」
 アリアは観衆をかき分け、ステージに向かう。
「はい! 私がやりまーす!」
「対戦相手、キターーーー!!!!!!!!!!!」
 会場は一気にボルテージがあがり、アリアコールが巻き起こる。
「ア・リ・ア! ア・リ・ア! ア・リ・ア! ア・リ・ア! ア・リ・ア! ア・リ・ア!」
 アリアは心で泣いていた。えーん。野球拳なんてやだよー。でも、大好きなみちる様に好いてもらえるなら、仕方ない。がんばんなきゃっ!
 雪がいなくなった騒ぎですっかりやる気がなくなっていたレベッカだが、アリアコールを聞いていたら、なんだか腹の奥から湧き起こる不思議な気持ちを押さえられなくなってきた。女としての意地である。
「ナニヨー! 負けてられないヨ!」
 ストールを脱いで……バサッ! 観衆に向けて放り投げた。
「うおおおおおお! ストールキターーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
「レ・ベッ・カ! レ・ベッ・カ! レ・ベッ・カ! レ・ベッ・カ! レ・ベッ・カ!」
 大和はバカらしい展開に笑いが止まらない。
「これは愉快だ……ねえ?」
 その隣で、みちるは半べそかいて目を伏せる。
「もう、見てられないよ〜!」
 アリアは愕然とした。み、みちる様が見てくれていない……。なんてことなの! そうか! レベッカが脱いだのに私が脱がないからいけないんだわ! 注目を集めなきゃ! 真人の次のライバルは、……レベッカ! あなたねっ!!

 バサッ!

 アリアは制服の上着を脱いだ。
「うううううぅぅぅぅぅぅぅぅぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!」
 会場はますます盛り上がる。
 エメにドピーズをくらったトコロテンの1人、鈴木周がこの騒ぎでようやく目を覚まして、アリアを見て……
「……アリア!!!!!」
 アリアは、リボンも取った。
 会場に再びアリアコールが湧き起こる。
「ア・リ・ア! ア・リ・ア! ア・リ・ア! ア・リ・ア! ア・リ・ア! ア・リ・ア!」
 しかし、レベッカファンも負けてはいない。
「レ・ベッ・カ! レ・ベッ・カ! レ・ベッ・カ! レ・ベッ・カ! レ・ベッ・カ!」
 ステージ上では、両者の強烈な睨み合いがはじまった。
 みちるは目を伏せて苦しんでいた。
 アリシアは1人でオロオロしていた。
「どなたか。この騒ぎを止めてください。どなたか〜」


 プール前の騒ぎは、テニスコートにまで聞こえていた。
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)はラケットを置いて、立ち上がる。
「あそこなら、ラリラリが出没しそうね!」
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)も頷く。
「テニスに興じてる場合じゃないな……」
「機甲戦女としての血が騒ぐわ!」
「よし。イデスエルエを差すか」
「ルカルカはいらないわ」
「どうして!」
「ここよ」
 と大きな胸をギュッと押さえる。
「心の眼で見るの。……それは、ダリルが使って」
「オーケー」
 ダリルは慌てて走り始めるが、それをルカルカが制す。
「待って。これを持っていくわ……」
 虫がよく発生するテニスコートには、虫取り用の電撃ラケットが用意されていた。
「なるほど。ラリラリは蚊取り線香に弱いという噂だからな」
「蚊に近い存在なら、これが効くはずよ!」
 2人はテニスをしていたせいで、蚊の霊ではなく、やはりラリラリの霊だという最新情報を知らなかった。
 テニスラケットを電撃ラケットに取り替え、2人は野球拳会場に走り出した。


 真面目にラリラリ退治を考えていたルカルカとダリルは、プール前の様子に愕然とした。
 少しは仲間がいるかと思ったのだが、誰もラリラリのことなぞ考えていなかった。
 ステージに釘付けなのだ。
 ステージ上で、アリアはブラウスのボタンを外していた。ジャンケンはまだしていないのに……。
「ア・リ・ア! ア・リ・ア! ア・リ・ア! ア・リ・ア! ア・リ・ア! ア・リ・ア!」
 レベッカも意地になって、タンクトップを脱ぐ。2人はどうなってんのか、ジャンケンをしてないのに脱いでいる。
「レ・ベッ・カ! レ・ベッ・カ! レ・ベッ・カ! レ・ベッ・カ! レ・ベッ・カ!」
 レベッカはたまたまプールに行くつもりだったため、水着を着ていたのが救いだった。
「あ、あの……みなさん。あれは水着ですよ。水着……!!!」
 アリシアが必死にフォローするが、その声が通るわけがなかった。
 そもそも、スケベ野郎どもにとって、ビキニ水着の上とブラジャーとはほぼ同義なのだ。
「レ・ベッ・カ! レ・ベッ・カ! レ・ベッ・カ! レ・ベッ・カ! レ・ベッ・カ!」
 ここで、さらに大きな歓声が上がる。
 アリアコールが一気に会場全体に広がる。
「ア・リ・ア! ア・リ・ア! ア・リ・ア! ア・リ・ア! ア・リ・ア! ア・リ・ア!」
 なんと……アリアが、スカートに手をかけているのだァァァ!!!
 アリアはまだ一度もジャンケンしないまま、スカートのホックを外し、横のチャックをジーッと下ろしていく……。
「ぐ……負けたよ……」
 レベッカは敗北を認めた。お色気担当の道は、険しいよ……。


 そのとき、血だらけの坂下鹿次郎はふらふらとステージ裏の雪から逃げてきて、
 ドン。
 血が目に入って前が見えず、誰かにぶつかった。
「どなたか知らぬが、助けてでござる〜」
 ――残念。ぶつかった相手が悪かった。
「なんや。変態の坂下やんけ。こんな下世話なイベント企画して、何寝惚けたこと抜かしとんねん」
 ボッコーッ!!!!!!
 沙耶だった。
「女の裸が見たかったら野球拳なんてせえへんで、惚れさせて堂々と見んかい!」
 メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)がその言葉を聞いて、握手を求める。
「私もあなたと同じ気持ちですう〜」
 メイベルのパートナーセシリア・ライト(せしりあ・らいと)も加わり、たった3人の“ドピース撲滅隊”が結成された。
「メイベル。まずは、ステージや。アリアを眠らせたって!」
「オーケー!」
 ついにスカートは脱いでブラのホックに手をかけているアリアを、メイベルが止めにいく。
 沙耶は泣きじゃくるみちるから聞き出し、諸悪の根元、大和を探す……
 が、既にその姿はここらにはなかった。
「くっそう。自分が裸を見たかったわけやないんか。まったく掴み所のない奴や……!」
 メイベルはステージに上ってアリアの頭を……ガッツン! 見事、一発で昏倒させた。
「バカてめえボケカス! 何やってんだ! 殺すぞ!」
 観衆の中にはドピース中の者もいるから、大変な騒ぎだ。
「アリア様! 目を覚ましてください!」
 ファンの1人が水をかけると、アリアが目を覚まして立ち上がった。
「アリア様〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!」
 アリアファンは全員土下座。ほとんど宗教のようになってきた。
 ところが、アリア自身は一度寝たことでドピースから醒めていた。自分の下着姿を見て、
「えっ……はっ……やだ……ま、また……?!!!」
 よろよろとステージ裏に引っ込んでいった。
 その間に、沙耶がドピース中の奴らを次々とぶん殴って昏倒させていく。
 セシリアはどんどんメイベルに指示を送って、
「はい。そこのナンパ野郎! 眠らせちゃってー!」
「はい。次は、こっちの女の子!!」
 彩も昏倒させられ、モテ慣れない陽太は寂しさを感じつつ、少しホッとした。
 そこに彩を探していたイグテシアがやってきて、彩を起こした。
「さあ。花壇にラリラリを探しに行きましょう」
「そうね……」
 彩は、ドピース時代のことを忘れてはいなかった。陽太を見て、顔を赤らめながら謝った。
「ごめんね」
 か、かわいい……。陽太は、生まれてはじめて恋をした。
 そのとき! 大きな声が会場を包んだ。

「ラリラリだーーーーーッ! ラリラリがいるぞーーーーーッ!!!!!!!!!!」

「きゃああああああ! どこおおおおおお!」
「もうトコロテンは嫌だーっ!」
「うるせえ! 野球拳つづけてくれーーーー!」
「アリア様ーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」
 混乱する生徒たちをよそに、ルカルカが電撃ラケットを構える。
 イデスエルエを使っているダリルがすぐ後方から指示を送る。
「ルカルカ! あそこだ。ステージの上手にいるぞ!」
「オーケー!」
「いや! こっちだ。更衣室の方だ!」
「オーケー!」
 動く的は、自分で見ながら追わないとうまく追えない。
「いや! 違う。今度は――」
「どこッッッ!!!!!」
「えっと……アアアアアッ!」
「なにがアアアなの。アアアじゃわからないよ!」
「ごめん……瞬きしちゃった」
 全然ダメダメだ。
「もういい。ルカルカの心眼で見るよ……うーん……うーん……」
 何も見えなかった……。

「ラリラリは、あっちにいるよー!」

 トコロテンから復活した遠鳴真希が声を張り上げた。
 しかし、イデスエルエは行き渡っておらず、パニックが加速していく。
「どこだ! どこだ!」
 真希はもっと指示を出したいところだが……
「目が痛いいいぃぃぃ!」
 と瞬きしないように耐えるのがやっと。
 すると、ユズがそっと手をさしのべて、
「こちらを向いてください」
「え?」
「瞬きが我慢できないのは目が乾くから。……お手伝いしますね」
「え? え?」
 ユズは真希の眼球をぴちゃ……ぴちゃ……と舐める。
「いやぁぁ〜」
 そこへ、突然何かがぶつかってきた。
 にゅるるるう〜。
 ユズの舌は、真希の眼球の奥まで入ってから出てきた。
「……きゃああああ!」
 真希は思いっ切り目を閉じてしまった。
 ぶつかってきたのは、和樹だった。ドラゴニュートのエルゴに愛され、食べられそうになっていた和樹だ。
 なんとかまだ生きていたわけだが、すっかり傷だらけになり、出血多量で死んでないのが不思議なレベルだ。
「た、助けてくだ……さい……」
「ユー、大好きヨー! どこにも行かないでヨー!」
 エルゴはまだまだ食べるつもりだ。と、そのとき――
 ドボガアァァン!
 メイベルがエルゴをぶん殴り、ようやく和樹は救われた。
「あ……遠鳴さん……やっと会えましたね……」
 ドタッ。
 和樹はそのまま気を失った。


 神城 乾(かみしろ・けん)は、混乱する群衆の中から現れた。
「やれやれ……やっとラリラリの野郎が現れたか……みんな! 後は俺に任せろ!」
 ステージの上に立って、しょうゆ入れを目にピピッ!
「ウワアアアア!!!! しみるううううう〜〜〜〜〜!!!!」
 どうも様子がおかしい。
「なんじゃこりゃあああああ!」
 もう片方の目でよく見ると、弁当を食べたときについてたレモン汁だった。
「ぎゃあああああああああ!」
 のたうち回り、ステージから転がり、アリア教の信者たちに踏みつけられる。
「バカヤロウ! アリア様のステージに立つんじゃねええ!」
「罰が当たったんだよおおお!」
 すると、今度は私たちの番とばかりに、ガートルードとウィッカーが前にやってきた。
「ウィッカー。やっちゃって」
 ウィッカーが坊さんよろしくお経を広げて読み始める。
「かんじーざいぼーさーぎょうじんはんにゃーはーらーみたじーしょうけんごーうんかいくうどーいっさいくーやく」
 周囲には苦笑が広がったが、意外!
 ラリラリは嫌がってウィッカーから逃げる。
 その頃、乾はめげずに立ち上がり、
「くっそー! 俺がなんとしてもラリラリを倒すんだ!」
 ともう片方の目に、今度こそイデスエルエを差す。
「これだ! 見えたぞ!」
 今度は本当にイデスエルエだ。
「いた。ラリラリだ! ……え? 泣いてる?」
 ラリラリはウィッカーから逃げながら、泣いていた。
「えーんえーん。やめてよー。んぱーんぱー」
 乾はハッとして、考えた。
「みんな……待て。ラリラリの話を聞こう」
 ボケッとした顔でそう呟いたとき――
 ガガガッツンッッッ!
 後ろからメイベルがぶん殴った。ボケッとした顔でドピース中と勘違いしたのだ。
「ハーイ! ナーイス!」
 メイベルはセシリアとハイタッチ!!
「あ。待った。まだ眠ってないよ!」
「よーし……もう一丁!」
 乾は目をパチクリしながら、怒った。
「バカ野郎! 俺はドピースじゃねえよ! せっかくラリラリと話を……あ、なんかやっぱりダメかも」
 バタン。
 昏倒してしまった……。
 しかし、ウィッカーのお経はますます絶好調。
「しんじつふーこーこーせつはんにゃーはーらーみーたーしゅーそくせつしゅーわーぎゃー」
「いいですよ。その調子……あら。これは便利ですね」
 ガートルードがハンドマイクを手に入れ、ウィッカーの口元にもっていく。
 ラリラリは大音量になったお経を嫌がっている。
「んぱぱぱぱ〜」
 野球拳会場という男どもの夢の地で、今、お経VS超音波の戦いが、繰り広げられている!
 その場にいた者たちが、みんな固唾を呑んでウィッカーを見守る。
「頼む! もうトコロテンはイヤだ!」
「お願い! ラリラリ。これで成仏して!」
「アリア様〜〜〜〜〜〜! ウィッカーに力ををををををを!!!!!」
 では、ウィッカーのお経に注目してみよう。
「てーぎゃーてーはらぎゃーてんぱーはらぱーそーぎゃーんぱてーぼじんぱわかーんぱんぱぱーんぱぱぱぱーぱーーーーーーー」

 お経は、負けた。

 そして……みんな、どんどん脳みそがトコロテンになっていった。
 静麻は、レイナと一緒に離れたところまで逃げていた。
「恐ろしい光景だ。危なかった」
「ええ、助かりました」
「ラリラリを中庭の花壇に誘導したいな」
「ラリラリさん! 中庭は花が食べ放題ですよ!」
 しかし、見えもしないのに声をかけて、大失敗。
「んぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱーーーーーーーーーーー!!!!!」
 ラリラリは、まだ怒りが収ってなかったのだ。
「んぱんぱんぱ」
 プール前にいた連中は、みんなトコロテンになってしまった。