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スタミナの代償

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第三章 トレジャーハンター達の悲鳴

「秘薬はあまり人気が無いのでありますね。イルミンスールの生徒は、スタミナなど興味がないのでありましょうか」
腕を組んだ比島 真紀(ひしま・まき)が、口をへの字に曲げた。
「あるいは、あのケインという教師がそれだけ慕われているということなのかも知れないけどね……」
 すぐ横を歩くのはサイモン・アームストロング(さいもん・あーむすとろんぐ)
 二人は、スタミナの秘薬を求めて、倉庫を奥へと進んでいた。
「軟弱であります! 教官たる者は常に下の者を導かねばなりません!」
「まぁあれだけ生徒の目線近い教師なんて、教導団にはいないよね」
「その通り! 頑強な肉体、統制だった組織は重要です! その意味で今、自分たちが求めるのはスタミナの秘薬を置いて他には無いはず」
 真紀は拳を握って宣言した。
「その点、貴殿の心がけは大変立派でありますっ!」
 真紀は、魔法の効きにくい中で今、必死に火術を制御して、照明の確保に努めているルーシー・トランブル(るーしー・とらんぶる)の背中をパンパンと叩いた。
「いやぁ〜。あたしはその〜魔法グッズに興味があるわけで〜。秘薬とやらにはそんなに興味がないわけでぇ。出来ればあっちの――」
 ルーシーは闇の彼方、すでに遠く離れてしまったケインとその一行がいるであろう方を心細げに眺めやった。
「――人がいっぱいいる方で先生を護衛しながら、最後に何かいただければそれが一番安全で良いなぁ、と思ったりするんだけどなぁ〜」
 真紀はがっしりと、ルーシーの肩を掴んだ。
「これは作戦の失敗を意味する物ではない――という前提でお聞きいただきたいのでありますが。自分たちは、今回照明器具を持ち込んでいないのであります」
 真紀の横でサイモンが「うんうん」と首を振っている。
「え、ええと、そう、みたいだねぇ」
「貴殿は大変立派な照明の技術をおもちであります」
「それは、うん。ありがとう」
「貴殿の心がけは大変立派であります」
 しばらく宙空を眺めるルーシー。
「あー、逃げれれないんだなぁ」
「何、自分たちはマジックアイテムに興味ありません。全部貴殿に譲渡するのであります」
「あー、ありがとう、だねぇ」

「ほら、ネコノスケ、チカチカ!」
 前から興味を抱いていた『無限倉庫』に入れて嬉しいのか、それとも単に広い場所だからもう楽しくて仕方がないのか。ワクワクを押さえきれないエリオット・オルグレン(えりおっと・おるぐれん)は暗闇も何のその。インジケーターの光に魅せられてエリオットは倉庫内を駆け回る。
「そうネ、チカチカネ。ミーはむしろキラキラににとっても興味があるのネ。そしてピカピカする物がメニーメニー欲しいのネ。というかもうその辺からピカピカの匂いがプンプンするのネ」
 巨大な招き猫のような容姿の股旅 猫ノ介(またたび・ねこのすけ)だ。
「ネネネ、だからネ、ミーとしてはエル、エル? もうその辺ではしゃいでないで一端止まってくれるとありがたいのネ」
 お宝の眠っていそうなスポットが視界に次々と見切れていくのに恨めしそうに唇を噛み、それでもエリオットの後を心配そうに追う猫ノ介。遠目には、ネコが転がるボールを必死で追いかけているように見える。
「あ、あれなんだろう!」
「うん、あの床は明らかに動いてるのネ」
「あっち、チカチカ!」
「うん、そうネ、あれ、インジケーターって言うのネ、近づくと絶対キャッチされるのネ。ケイン先生言ってたよネ」
「楽しいね、ネコノスケっ!」
「そ、そうネっ! ピカピカはみるみる遠ざかっていくけどネ!」
 猫ノ介は涙をこらえた。

「おねーちゃん、これは? これはいいもの?」
 一体どこに潜り込んでいたのか。
 埃まみれになったロザリアス・レミーナ(ろざりあす・れみーな)が手渡してきたものを見て、メニエス・レイン(めにえす・れいん)は顔をしかめた。
「ロザ? どんな攻撃でも防ぐとてつもなく強力な魔法がかけられていたり、音速の壁を易々と突き破る能力でも持っていない限り――破れかけのティーシャツも、底がカパカパになったランニングシューズも、良い物なんかじゃないわ。それは――ゴミっよ、捨ててらっしゃい」
「メニエス様、メニエス様? これは良い物?」 
「それを材料に伝説の剣が鍛えられるというなら話なら考え直してもいいわ。でも、九割方ただの鉄くずだわ。というか、あなたはわざとやってるわね?」
「心外ですメニエス様」
 と言うミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)の口許は笑っている。
「ああ、でもほんとになんなのかしらここ? 中はマジックアイテムだらけって話じゃなかったの? これじゃただのがらくた置き場よ」
 もう帰ろうかしら、とメニエスはぼやいた。
「おねーちゃん、おねーちゃん」
 トテトテと戻ってきたロザリアスが元気な声をあげる。
「何かしら、ロザ」
「もっと奥に行こうよ!」
「奥。そうねえ、奥の方が良い物はありそうね」
 メニエスはあごに指を当てて考え込んだ。
 それでもまだ光源の明かりが届いているここより奥は、未だ薄暗い中に沈んでいる。
「あの、メニエス様? あまり欲を出すのは……それに、あの先生に関わってるとろくな事にならないとおっしゃったのはメニエス様ですよ?」
「それもそうだけど……―暗闇の方が――あたしの性には合うのよね」

「これは……」
 倉庫には無数のマジックアイテムが眠っているというのがもっぱらの噂だ。
 貴重なアイテムの存在を信じ、壁伝いに内部を探索していたイーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)は、突如現れた扉を見つけ、取っ手に手をかけた。
「準備はいいか。アルゲオ」
「襲撃のあった場合は、斬ってよいのですね?」
「構わない。フェリークス」
「心得た」
「では、開けるぞ」
『イエス・マイロード』
 アルゲオ・メルム(あるげお・めるむ)フェリークス・モルス(ふぇりーくす・もるす)の声は、綺麗に重なった。
 中はそう広くない。
 正方形の部屋の真ん中に、机と倚子が置かれているのが分かった。
「フェリークス、明かりをくれ。ああ、その机の上に置いてしまえ」
 光量が増え、部屋の中の様子が浮かび上がる。
「貴重な資料があるのではと踏んできたが……当たり、か?」
 イーオンが呟く。部屋の四方は、本棚に囲まれていた。
「他に通路はありそうか、アルゲオ」
「いえ、残念ですが」
「そうか。もし魔女が捕まっている部屋ならばついでにと思ったが……すまないな、先生」
 事実だけ確認し、イーオンは意識を本棚に戻した。
「フェリークス、中を調べるから入り口の警戒を頼むぞ中に入れるな。ここで襲われたら戦いようがない。相手は……たぶん機晶姫じゃないかと思うんだがな」
「イエス・マイロード」
 テキパキとパートナーに指示を出し、イーオン自身は本棚に入った本を次々と改めていく。棚から本を抜き、埃を払って中を確認。その度に少しずつイーオンの顔が曇っていった。
「外れ……だったのか?」
 イーオンは手にしていた本を机の上に投げ出した。ぶぁさっと盛大に埃が舞う。

『キミの魔法レッスンは間違っている! マッスルから鍛えるHow to Magic!!』
『火炎の魔法は上腕二頭筋で投げろ』
『1日10分!! マンガで分かる魔法使いのためのトレーニング!』


「マリオン。もちっとそっち行ってみるんですな」
「はいお姉さま〜」
 ガシャコンガシャコン。
「む。今度はそっちですかな」
「はいお姉さま〜」
 ガシャコンガシャコン。
 機晶姫のマリオン・キッス(まりおん・きっす)に搭乗、ケインの護衛に付いてここまでやってきた魔楔 テッカ(まくさび・てっか)だったが、今は一行から離れて倉庫を調べ回っている。
「テッカさぁん、あまり離れると危険ですわよぉ」
 ヴェロニカ・ヴィリオーネ(べろにか・びりおーね)がのんびりした声を上げた。
「も、もう十分危ないんだからっ!」
「ヴェロニカさん、加勢をっ! このままでは持ちません!」
 同じくテッカを心配してきた菅野 葉月(すがの・はづき)ミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)はわらわらと飛びかかってくる襲撃者に構えを取りながら、半ば悲鳴を上げた。
「あ! あらあら! はい、すぐに!」
 ヴェロニカがディフェンスシフトの態勢を取る。
 葉月はランスを振るい、ミーナが魔法を展開させるが、旗色は悪そうだ。
「む、マリオン。先にあれを撃退した方が良さそうですな」
「は、はいっ。出来るだけ頑張りますぅ」

「さあテッカさん。ケイン先生のところへ戻りましょう」
 とりあえず襲撃者を沈黙させ、葉月はテッカの手を――それを覆っているマリオンの手を引いた。
「そうは行きませんな」
「いや、しかし」
「もちろんあんたたちは戻って大丈夫ですな。早くしないと向こうが手薄になってしまうんですな」
「テッカさん、そんなに必死になって一体何をなさりたいのですか?」
 不思議そうにテッカの顔をのぞき見ようとするヴェロニカだったが、もちろん今はマリオンの顔しか見えない。
「お姉さまは、マジックアイテムを拾って、護衛してる人たちに分配したいんですぅ」
 もじもじしていたマリオンがポツリと漏らした。
 マリオンの内部で、テッカが一瞬息を呑んだのが分かった。
「こ、こらマリオン! 何言ってくれちゃってるんですな!?」
「『みんな、きっと護衛とヒルトさんの救出で手一杯』」
「マリオン!? こらマリオン!?」
「『頑張ったのに、何にももらえないのは寂しいですな』――って、お姉さまつぶやいていたですぅ」
「あ、あぅぅ……ですな」
 照れまくるテッカの声に、葉月とヴェロニカが顔を見合わせ、微笑ましそうな表情を浮かべた。
「でも、全然見つからないね。アイテム」
 ミーナの声に、マリオンはアイテムを入れるために背中に担いできた大きなカゴを振り返る。中には何も入っていない。
「そうなんですな……一体何なんですな、ここ?」