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第四章 ストレンジャー達の災難

 ウイーン。

「お前を置いて、一人だけ行けるわけなど無いだろう?」
 フォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)和原 樹(なぎはら・いつき)の瞳をのぞき込む。
 その左手はしっかりと樹の肩を押さえつけ、
 右手の一差し指が樹の細いあごを上向きにさせている。

 ウィーン。

「いいんだフォルクス。離してくれよ。一緒に行くことはないんだ」
「ふふふ。いじらしいな樹。離したりしないから安心するがいい」
「……」
「……」

 ウィーン。

「フォルクス」
「なんだ、樹」

 ウィーン。

「離せっつっとろーがっ!」

 ゴスンと大変鈍い打撃音。
 容赦のない鉄拳制裁。
 頭から煙を上げて、フォルクスが沈んだ。

 ウィーン。

「いや、フォルクスの運動能力には不安があったんだ。だから俺に非が無いとは言わない。まぁ必然ってやつなのかこれは」
 ブリュンヒルトが捕まったのと、おそらく同種のものなのだろう、急に動き出した床に、フォルクスがあっさりと足を取られた。今、モーターの電動音と一緒に移動する床に乗って樹が運ばれているのは、そのフォルクスががっちり樹を道連れにしたからに他ならない。

「まぁ、これで奥までは行けるのかな?」
 ガタン。
「あれ?」
 進路が、変わった気がした。

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「貴重なお時間ありがとうございます校長先生!」
 運良く許可を取り付けた城定 英希(じょうじょう・えいき)は校長室でエリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)に謁見していた。
 エリザベートの机の上には、英希が差し出した菓子折が積まれていた。
「かまいませんよぉ〜。でも、わたしも忙しいので、質問は手早くするのですよ〜」
 ちらちらと、机の上に視線を送りながら、エリザベートが答える。
「はい、そりゃあもう! ではさっそく! まず、『無限倉庫』なんて言ってますけど、何か法則性は無いんですか? それから、魔法力を抑える力場を人為的に作り出せたら驚異になると思うのですが、その辺大丈夫なんですか?」
「質問多いのね〜」
 そう言って、エリザベートは少しだけ、英希の質問を咀嚼する。
「まぁ、その辺全部含めて調べて来なさいってケインに言ったのですよ〜。あの倉庫を任せた先生がもういないので、手を焼いてた倉庫だったしねぇ〜。分からないことが多いのですよ、あれは」
 エリザベートはそれきり沈黙した。
 終わりらしい。
「先生、そのお菓子、元々俺のおやつでして。その、安くはないんですが?」
 しかし生徒は全て自分の家来だと思っているエリザベート。英希は泣き落としでさらに情報を引き出そうとするが、それほど効果はなかったようだ。
「分かりました。では他言はしません、俺にだけこーっそり教えて下さい。『スタミナの秘薬』なんて、話上手すぎません? 本当は何か試そうとしてるんじゃないですか?」
「あら、それは面白そうですねぇ〜」
 エリザベートはニヤリと笑みを浮かべた。
「でも今回は残念、わたしは知らないわ〜」

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「メイベルちゃん、伏せて! 伏せて!」
 焦った様子のセシリア・ライト(せしりあ・らいと)の声に、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)はスッと身を沈ませる。
 その頭上を、風圧が凪いだ。
 かぶっていた探検隊ヘルメットが乾いた音を立てる。
「メイベルちゃん、まだ、後ろっ!」
 重心は若干傾いたままだ。
 無理矢理に体をひねろうとしたメイベルだったが、重さを増した体が追いつかなかった。グリップを失った足下が、体のバランスを解放してしまう。
「やられるですぅ!」
 衝撃を覚悟するメイベル。
 しかし、代わりに届いたのは金属同士が衝突する音だった。
 割って入ったフィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が、体ごとがっちりキャッチしてくれそうな金属のアームを押し返そうとしてる。
「メイベル様、なるべく急いで距離を……これ以上は、お姉さん困っちゃいます」
 歯を食いしばって攻撃を受け止めながらも、フィリッパはニコリと笑った。
 ハッと我に返りその場から逃げるメイベル。
「大変、パワーブレス、パワーブレス」
「ダメですよぅ、セシリア。SPなくなっちゃいますよぅ」
「じゃ、じゃあエディラントちゃん、エディラントちゃんを呼びましょう! SPの回復を……」
「セシリア、落ち着いてぇ。またすぐ効かなくなっちゃうですよぅ」
 倉庫突入前、『清浄の騎士』メンバー達に浴びるほどかけたパワーブレスの効果は、突入後程なくして、その効果を失ってしまっていた。
「ああ、でも、でもっ!」
「ほらほら落ち着いて。フィリッパなら離脱するだけなら」
「はい、なんとかなりました」
 息を切らしながらもすっくとメイベルの横に立つフィリッパ。
 離脱には成功したらしい。
「ね」
「ただ、中々難儀です」
「それは、まぁそうでしょうねぇ」

 メイベル達が切り抜けたのを確認して『清浄の騎士』のメンバー藍澤 黎(あいざわ・れい)はランスの構えを解いた。代わりに倉庫をグルリと見渡す。
 かなりの数の生徒が倉庫に突入。光源を用意したおかげで、装飾の圧倒的に少ない倉庫内部の様子が、今は大分確認できるようになっていた。
 同じく襲撃者の姿も。
「遠野殿、『禁猟区』慎重に頼むっ。襲撃者は予測してたものと違うかも知れない」
 自身も『禁猟区』を展開、歌菜と協力して周囲の状況を把握する。
「りょかーい」
 歌菜の声が返った。
 「巨大洗濯機内で回転を続ける洗濯物」
 それが『清浄の騎士』メンバーの立てた襲撃者の予測だった。
 しかし、外壁に反って襲って来るであろうと予測した襲撃者の動きは全くバラバラで、金属や樹脂の集合体といった見てくれだった。
「エディラ、注意しててくれ、もしかしたらすぐにSPが切れるかも知れない。皆の状況を把握していてくれ」
 こうなれば柔軟な対処が取れるようにだけはしておかなければならない。
「オッケー。だーいじょうぶ、俺の『アリスキッス』は強力だよ〜」
 『清浄の騎士』メンバーが足を取られないよう、地面のがらくたを片付けていた、エディラント・アッシュワース(えでぃらんと・あっしゅわーす)
 パートナーの黎にウィンクを返した。
「れいちゃんの役に立てるように頑張るからね」
「黎、これが遠心力なら、倉庫の中心まで行けば体の重さは無くなるのではないか?」
 代わって黎に声をかけたのは、ルーのパートナーであるダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)だった。
「いや、ダリル殿。はじめ我も、ルー殿達と同じく洗濯機の遠心力と予想していたのだが……」
「違うのか?」
「分からぬ。少なくとも、この重さは横にかかっている力では無さそうだ」
「……確かに、引っ張られているようでは……ないな」
「それに……この感じでは、ケイン殿が洗濯物になぎ倒されたという推測は、考え直さねばならぬかも」
「空でも飛べりゃ上から全部見えて楽なんだろうがな」
 ダリルの背後からのそりと現れたのはドラゴニュートのカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)だった。巨大な懐中電灯を肩がけにしているのが、少し可愛らしい。
「生憎と俺の翼もバランス取りくらいにしか使えなくてな。で、どうする? ここで止まってるわけにはいかないぜ」
「ミサ殿が調べ上げた情報に依れば、ヒルト殿が捕まった床は倉庫の奥を目指していったとのこと。とりあえずは、その先を目指さねばなるまいな」

「つまりガイシャはこの辺りで――」
「『ブリュンヒルトさん』、ね」
「現場にダイイングメッセージを残して――」
「無いよねぇ。そもそもブリュンヒルトさん、死んでないからね?」
 ブリュンヒルトが捕まり、さらには複数の生徒が同じような目にあった「動く床」の現場に立ち、ソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)はパートナーの清泉 北都(いずみ・ほくと)を睨んだ。
「細ぇな」
「事実はきちんとしとかないとねぇ。で、どうなんだい?」
「北都の予想か? たぶんハズレだろうな」
 言うなり、小柄な北都を抱えて、ソーマが後ろに跳ぶ。
 一瞬前まで北斗の建っていた場所をを、金属製のアームが薙いでいった。
「さして魔力なんて無い北都でも、このザマだ」
「ダメかぁ。残念だねぇ、絶対魔力に反応してるんだと思ったんだけど……」
 悔しそうに、北都は唇をかんだ。
「ただ、この装置、あっちこっちにありやがってな」
 ソーマが首を巡らす。
「この上で足踏みさせられてりゃ、そりゃ無限だ」
「無限倉庫ってそういうことなの?」
「かもな。それで、どうする?」
「そうだねぇ、とりあえず、ここまでの道を書き込んで――」
 北都は懐から手帳を取り出した。
「入り口にいた人に渡してこよう。地図作りの役には立つだろうからねぇ」

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「のわぁっ!」
 光が見えた次の瞬間、小さな衝撃があった。

「はい、追加2名様ごあんなーい」

 腰をさすりながら立ち上がると、視界には緑が広がっている。ひどくまぶしかった。
「ここは?」
 誰ともなしに樹が呟く。
「倉庫の外よ」
 すぐ側で答えた声に樹が振り返る。小柄な人影――四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)だった。
「大丈夫? どこか怪我してる――訳じゃ無さそうね。気絶したってとこかしら?」
 頭の上から足の先まで、唯乃はテキパキと樹の様子を確認していく。
「唯乃、気絶してるの、こっちの人ですよーぅ」
 唯乃のパートナーエラノール・シュレイク(えらのーる・しゅれいく)が、恐る恐るといった感じでフォルクスをのぞき込んでいる。
「うわっこれはまた派手にやられてるわね、これ。中、そんなひどい状況なの?」
「いや、まぁ、その」
 顔をしかめる唯乃に、さすがに自分がやったとは言えない樹。
「まぁでもこれで判ったわ」
 フォルクスにヒールをかけながら唯乃が呟く。
「何が?」

「この倉庫には、異常が起こった人を判別できるセンサーがついているわ」
 唯乃は胸を張って宣言した。

「へ?」
 ポカンとする樹。唯乃は続ける。
「私達も気絶したのよ――達っていうか、エルがなんだけど」
「ご、ごめんなさいですぅ……」
「あ、ごめん。別に責めてないからね。あと、そっちの二人も」
 唯乃が指し示した方には人影が二人。ウィルネストとシルヴィットだった。
「ウィルネストが気絶したんだよ〜。あ、これは責めてるの」
 不満そうな顔をしていたウィルネストは、ますます眉根を寄せた。
「まぁ、とにかく……そしたら、やっぱりここから出てきたの」
 唯乃が指した倉庫の壁には穴が開き、ゴムベルトで出来た「床」が覗いている。
 樹もそれで運ばれてきたらしい。
「だから、中のセンサー、気絶したり怪我をした人を見極めてるのよ。変な機械よね」
 唯乃は続ける。
「機械?」
「情報を統合して考えると、機械だわ。ね、エル?」
「は、はい。私、その、むかし地上にいまして……機械はちょっとだけ詳しいのです」
 俯いて恥ずかしそうにしゃべるエラノール。
「たぶん、そうだと、思います」

「その推論は正解かと」

 不意に声が響いた。
「大地!?」
 ウィルネストが声をあげる。
 大地を先頭に恵、芳樹、アメリア。
 図書室で資料調べに回っていたメンバーだった。
「ああ、ウィルネスト。ここにいるということは、俺が聞いたのはまんざら空耳でもなかったようですね」
「?」
 ウィルネストは頭に疑問符を浮かべる。
「いえ、こっちの話です」
「それより! 正解ってどういうこと!?」
 唯乃が勢い込んで聞いた。
「これなんですが……」
 大地が抱えていた本を開く。
「これは……センサーの仕組み? 人体の状態ををスキャンするの? 凝った仕組みね……エル、どう?」
「はい。さっき見たのものに間違いない、と思うんですけど……その、なんのため、でしょう?」
「そこです」
 大地はもう一冊の本を開いた。
「これは学校設立時の様子を記録した資料なのですが……倉庫の話も出てきます。ありがたいことに、中に何を運んだのかも」
 押し合いへし合いで大地の手元を一同がのぞき込む。
「え、じゃあこの倉庫って……」
 樹が絶句する。
「ってことは、あれ、嫌がらせじゃなくて……救護装置?」
 唯乃が呆れたような声を出した。
「……それ、中に知らせてやった方がいいんじゃなないのか?」
「そうね。それもなるべく早く」

「俺、行こうか?」

 再び、突然降ってきた声に、一同はギョッとする。
「い、いつからそこにいたのよ?」
 近くの茂みを揺らして現れた人影に、唯乃は若干強めの声をかける。
「いや、ゴメン。立ち聞きするつもりじゃなかったんだけど。俺、耳が良いんだ。あと声もデカイ」
 魚住 ゆういち(うおずみ・ゆういち)は、ニカっと笑った。