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リアクション
自分の腕を思い知れ! 自慢の一品
そうして、パートナーのために紅茶を淹れていたアインはというと、怪しげな香ばしい臭いに顔をあげる。
「ら、ラルク……お前、やったのか……」
「おう、食ってみるか?」
得意満面の顔でラルクは皿を差し出してくるが、どう見てもそれは産業廃棄物。食べれる物だと脳は認識してくれないどころか、危険信号さえ出してくる。ガリッバリッと壮大な音を立ててラルクの口の中に入っていくそれは、彼にしか食べられないものだと物語っていた。
「ら、ラルク……それ、人に食わせるの……か?」
「ちょっとよそ見して焦がしちまったけど、結構美味いんだぜ! 形のいいのはアイツに残して、他のは参加者に……」
(それだけは断固阻止せねばならん! 哀れな犠牲者がでる前に!!)
まさか自分が紅茶を作ってる間にこんなにも素晴らしい自体になっているなど、考えもしなかった。こうなってしまっては、親としての監督不行届になりかねないと、その産業廃棄物を全て回収しなければと拳を握りしめた。
「さっきも交換してきたんだけどな」
「何ッ!? それはどこの誰だ! 詫び状とお見舞い金と……いや、犠牲者の介抱が先か!?」
既に被害者が出てしまっているとなってはどうすることも出来ない。自分に出来ることは他にあるだろうかと頭を抱えていると、ラルクは眉間にシワを寄せる。
「失礼なヤツだな。シャンテは喜んで食べてくれたぞ。アイツのもいい塩加減で美味かったがな!」
他のヤツらは遠慮して食ってくれなくてなーと苦笑するラルクに、どうやら被害が最小限で済んだ様子に胸を撫で下ろすが、あとで詫びだけでもいれにいこうとシャンテの名前をきっちり記憶する。だが、まずは産業廃棄物の処理に追われて忙しそうに動きまわるのだった。
そして、そのシャンテたちはと言うと――。
「皆さん、本当によろしかったんですか? ラルクさんのクッキーも美味しかったですよ」
紅茶を飲みながら自分の作ったクッキーをつまむ様子に、一同は呆然とする。理沙の助けもあり、ファルも悪戦苦闘しながらクッキーをいびつながらも無事に作り上げ、シャンテも見た目だけは素晴らしいものを作り上げた。
もちろん、何事も正確に作り続けたユニコルノもまたアレンジを教えてもらって美味しいクッキーを作り上げた。予想通りとでも言いたげな呼雪はと言えば、シャンテの作り上げたクッキーを1口囓った物を自分の皿に置いたまま溜め息をついている。
「見た目と味が……な」
しかも本人が美味しそうに食べるものだから、今回はサポートもついていたし上手くいったのかと味見をしてみれば塩辛い物が出来上がっており、どこで見過ごしてしまったのだろうかと理沙も言葉が出ないでないようだ。
「で、でも本当にユノは器用だよね! アレンジもすっかりマスターしちゃうし!」
シャンテへのコメントが出来ないからか、ユニコルノに話題を振るもお礼のように頭を下げるだけで会話が上手く続かない。けれども理沙が面倒見の良い明るい性格だったからか、ユニコルノの性格を汲み取って返事が返ってこないことにも嫌な顔をせず、些細な反応を見て会話をふり続けていた。
「理沙様のも、美味しい。シャンテ様は、塩分を控えられた方が良いと思います」
素直に感想を述べる様子に理沙は喜ぶが、シャンテは年下の子には濃い味付けだったのかと思いながら自分には美味しいそのクッキーをまた1枚と食べる。
「またみんなで、お菓子作りたいねっ!」
いろんなクッキーを食べながら無邪気に笑うファルにつられるように、みんなで和やかに出来上がったクッキーを食べるのだった。
そうして和やかなムードとは裏腹に、野望を達成したかのような感動を覚える者もいる。
「ついにやった……!」
葉月の指導の賜で、どうにか人が食べられるカップケーキを作り終えたルーク。お菓子など感覚で作れると思っていたが、意外と細かい作業が多く、面倒で投げ出しそうになるが完成したときの感動はひとしおだ。
(これで、あの変態吸血鬼を見返すことが出来る!)
そうして、仲良くなった英虎たちとの試食もそこそこに自分たちの作業スペースへと戻ってきてみたものの、そこにシリウスの姿はなかった。
「……なんだ、まだ戻ってないのか」
気ままに出かけて、気が向いたら自分を嘲笑って。近づいてきたと思えば過剰なスキンシップをするし、それを特別なことかと思えば誰でも気軽に口説きまくって――。
(本当に、何がしたいんだ……僕も)
あんなドS吸血鬼は、いつか関節技で体をタコにしてやればいいとさえ思うのに、こうして彼の分を取り置いて待っているなんて馬鹿らしい。どうせ見返そうと食べさせても文句しか言わないに決まってる、そうやって自分の反応を見て楽しむんだ。
「なに? そんなに俺に会えなくて寂しかった?」
突如後ろから抱きしめるように現れたシリウスに1拍の遅れを取りながらも、その腕から逃れるように大きく腕を振りかざそうとする。
「だからっ! そういうことはやめろといつも……」
「そーいうって、どういう?」
ずいっと顔を寄せ、赤くなる頬を楽しむかのように笑ってやると、ルークは膝蹴りを繰り出そうとする。しかし、そんなやり取りは日常茶飯事なのか、ギリギリの所で身体を離してまた笑う。
「お菓子作りはどうだった? 料理が苦手なルークサン」
わざとらしい呼び名にイライラしながらも、ルークは取っておいたシリウスの分を黙って指さす。確かに見た目こそ悪いかもしれないが、何度も練習して味だけは普通になった。絶対言い負かしてやるとシリウスを睨みつけるが、興味無さそうに鼻で笑われてしまった。
「知ってるよね? 俺、グルメなんだ」
嫌みなほどの微笑みで、食べる価値もないと言われてしまった。けれども、元々今回の講座はシリウスが嫌がらせのように申し込んだから受講する羽目になったので、売られた喧嘩として買ったのだから同じ土俵に上がってもらわないと勝負のつけようがない。
「いいから食べるんだ!」
1つカップケーキを手に取り、そのままシリウスの口に放り込んでやろうと殴りかかるようにしてぶつけてみるが、そのどれもがかわされてしまい1口も食べさせることが出来ない。いつまでもかわしていることに飽きたのか、大きく振りかぶった1撃を捕らえてルークの手からカップケーキを抜き取った。
「そんなに食べて欲しい? 口移しでキミごとなら……良・い・よ」
掴んだ手を引っ張りそのまま腰を引きよせて。何を言われたのかと思考が追いつかないルークの耳元で「どうする?」なんて甘ったるく囁いてみる。
「――シリウスっ!!」
赤くなる顔は怒りのためか恥ずかしさのためか。再び殴りかかろうとしてくるルークの軌道を読んで軽々と避ける。
「おやおや……ちゃんと持て成す心学んで、俺を跪いて称えて崇めてよね?」
「誰がするか!」
ルークがシリウスに勝てるのは……当分時間がかかりそうだった。
グラウンドの様子はというと、結局筐子主催の巨大クッキーは鉄板4枚を繋げたサイズを1枚のクッキーとして焼くのは無理だと諦めたのか、4人がかりで鉄板1枚分ずつひっくり返すことにし、なんとか大きなサイズのクッキーは出来上がった。
「それにしても――」
焼き上がったクッキーの、なんとバランスの取れていないことか。1つは普通な見た目、1つはざっくりとした、まるでパウンドケーキのようなバナナのぎっしり感。そしてピンクと赤の可愛らしいゆういちのクッキーは何故だか生臭い。
「焼くまではそんな感じしなかったのにな」
人数分に切り分けているベアも、その匂いには首を捻るが味見係を申し出なくて良かったと心底思っている。
(またあんな目に遭うのはゴメンだぜ……)
まだ未知との境遇ほどのインパクトがない分マシなのだろうとは思うが、自ら地雷を踏みに行くこともないだろう。結局、出来上がりの試食では筐子の普通っぽいものと、ベアとマナのバナナクッキーだけに手が伸びたようだ。
「みなさま、お口直しにこちらはいかがですか?」
クッキーが出来上がる頃合いを見計らってアイリスが淹れてくれた紅茶。筐子が闇クッキーなどと恐ろしいネーミングで人を集めるので、せめて美味しい紅茶を用意しなければと丁寧に淹れてくれたようだ。
「これ、日本の紅茶パックですが、パラミタ檸檬との相性抜群で結構美味しいんですよ」
1つ1つを相手にお疲れ様ですと声をかけながら渡していくアイリスに、とても和やかな気分になるのだった。
「さぁ、休憩が終わったら残りを配りに行くわよ!」
筐子は自分の仕掛けが誰に届くのかドキドキしながら、そしてゆういちは絶対自分は食べないと心に誓った激辛明太子入りクッキーがどんな評価を受けるのかと楽しみにしているのだった。
次々に完成していくお菓子たち。ここでもオーブンが鳴り終わるのをソワソワと外から覗き込んでいる人がいた。ルカルカは、鳴り終わったと同時に伸ばした腕をぐっと我慢しダリルの教えをもう1度確認する。
(ミトンつけて、鉄板を置ける場所も用意して、熱気を浴びない方に立って……大丈夫!)
この瞬間が1番火傷をしやすいのだと、耳にタコが出来るくらいに言い聞かされた。ミトンも鉄板を掴んでも熱くないよう加工されているものだし、教えはきちんと守られている。
ほんの少し隙間から漂うようなチョコレートの香りが、扉を開くとまるで包まれているような幸せな気分になる。
「そっちも出来たか」
一足早く作り終えていたダリルは、ルカルカの分を皿に盛りつけて待っていた。見た目は普通のチョコレートケーキだが、簡単に粉砂糖とベリー系のソースで飾られると華やかさが増して見える。
「うん、多分……大丈夫! ダリルのと交換しよ♪」
いそいそと自分の分も皿に盛り交換すると、目を輝かせてフォークを入れる。すると、中からトロリとチョコレートが出てきた。
「丁度ブランデーティを淹れようとアルコールも持ってきていたから、フォンダンショコラにしてみた」
カップケーキの部類になるといいんだが、と対象外として採点してもらえないことを心配しているが、ルカルカはほぼ同じ材料でこんなにも凄いケーキが作れるのかと口の中に広がる控えめな甘さを堪能する。
「……やっぱり、ルカルカの先生はダリルだけね」
指導役としてイエニチェリが来ているけれど、きっとこんなにも驚いたり楽しいと思ったり。そしてもっと頑張ろうと思える指導をしてくれるのは、パートナーであるという信頼感も大きいのかもしれない。
「ルカも頑張ったな、綺麗に焼けるようになってる。湯を張って焼けば、もっとしっとりした食感で美味しくなりそうだ」
「ふふ、ありがとう! さぁ、紅茶も頑張らなくちゃ!」
少しは成長出来ていることを認めて貰えて、ルカルカはくすぐったい気持ちのままクリスマスの想像をし、頬は緩みっぱなしだった。
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