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氷雪を融かす人の焔(第3回/全3回)

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氷雪を融かす人の焔(第3回/全3回)

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●窮地を乗り越え、歓喜に沸く町

 既に二つの門が開放され、流れは完全に冒険者側に傾いていた。
 ……しかし、戦闘を開始してから既に数時間が過ぎ、燦々と降り注ぐ太陽の力が弱くなり始めた頃、それは起こった。一体の魔物が門には目もくれず、とある一点を目指して飛び去っていったのだ。
 魔物が目指した場所、それはイナテミスと『氷雪の洞穴』を最短で結ぶ道。自らの危機を悟り、自らを作り出したモノ――今の場合は『アイシクルリング』を装備したレライア――にすがるかのような行為は、他の魔物にも続々と蔓延していく。
 一斉に行動を開始した魔物に、冒険者の対応は僅かばかり遅れを取った。このままでは、洞穴に向かったリンネを始めとした冒険者が窮地に立たされてしまう――。

「おっと、俺の読みが的中したようだな」

 道を少し行った付近に、二つの影があった。閃崎 静麻(せんざき・しずま)レイナ・ライトフィード(れいな・らいとふぃーど)の姿だ。
「静麻、どうしてここに魔物がやってくると読んだのですか?」
「ん? まあ色々とあるが……一番の理由、聞きたいか?」
 頷いたレイナに、静麻が意地悪く笑って応える。

「それは俺が、いざという時には決める男、だからだ」

 言った静麻の背後で、盛大な爆発が巻き起こる。静麻が仕掛けておいた罠が炸裂したのだ。
「……まったく、こんな時まで冗談を口にするなんて、信用なりませんね」
 爆炎を背後に佇む静麻の前で、レイナが剣を抜き放ち、その刀身に炎を滾らせる。たじろぐ静麻を無視して剣を振り抜けば、放たれた炎が静麻を焼く……ことはなく、その背後から抜け出てきた魔物を包み込み、既に抵抗力を奪われていた魔物が今度こそその命を絶たれる。
「……ですが、今この時だけは、頼りにさせてもらいますよ、静麻」
 剣を下ろしたレイナが、穏やかな表情を浮かべて静麻に微笑む。
「けっ、いつも信用しろっての。……ま、今はそれで妥協してやるか」
 言って静麻が、銃に弾丸を装填する。前方の炎は消え、まだまだ抵抗力を失っていない魔物が複数、道の邪魔をする者を粉砕するべく近付いてくる。
「今後の働き次第では、考えてあげなくもないですよ」
「俺はきまぐれだからな、その期待に応えられるかどうかは甚だ怪しいところだ、な!」
 静麻とレイナの間を穿つように放たれた氷弾を、二人が跳んで避ける。なおも迫り来る魔物へ、レイナが刀身に炎を滾らせて放ち、弱った魔物を静麻の見舞った弾丸が貫き、地に伏せさせる。
 そして二人が疲弊した頃になって、魔物の後方からも冒険者の姿が現れ始めた。
「側門に回りこんでいたのが、結果的にはよかったのかな? とにかく、魔物が向こうに行かないようにしないと……」
 最初に姿を現したアンドリュー・カー(あんどりゅー・かー)が手にした銃の引き金を引き、後方から弾丸を受ける形になった魔物がひるむ。前からそして後ろから襲われている事実を悟った魔物が、瞬く間に混乱に陥る。
「沙耶ちゃんはこの後、魔法陣の開放という大きな役目があるのですから、ここでは無理をしないでくださいね」(そしてアンドリューさんに、私が戦闘でもお役に立てるところを見せるんです!)
「そんな、フィオナさんばかりに戦わせるわけにはいきません。あたしもお手伝いします」(兄様が見ている前で、フィオナさんばかりに任せるわけにもいかないわ!)
 アンドリューの背後で、フィオナ・クロスフィールド(ふぃおな・くろすふぃーるど)葛城 沙耶(かつらぎ・さや)の、表には決して見せない静かな戦いが開始されようとしていた。
(な、何か寒気がするような? またフィオと沙耶なのかな、はぁ……どうしてこうなるのかなぁ)
 その原因の一端が自分にあることに気付いているのかいないのか定かではないところであるが、今は気にしてられないとばかりに集中して、アンドリューが魔物を弾丸で貫いていく。
「この後でちゃんと仕掛けを解除して、兄様に褒めてもらうの。だからさっさとやられちゃいなさい!」
 アンドリューの狙撃で動きが鈍った魔物へ、沙耶の威力より命中を重視した火弾が直撃する。
「っと、弾切れか!」
「任せてくださいアンドリューさん、私がお役に――きゃっ!?」
 弾を切らしたアンドリューをフォローするべく意気勇んだフィオナだが、足元の石に躓いて前のめりに転ぶ。
『お、ドジっ子だ』
『ドジっ子だな』
『これが噂のドジっ子ってヤツか』
 それを目撃した魔物――先程魔物なのに暖を取っていた三人?組――がフィオナを指差して笑う――実際はギャーギャー言っているだけだが――。

「……見ましたね?」

 むくりと起き上がったフィオナが、騒いでいる魔物を見つめる。
 その瞬間、魔物三人?組の声がぴたりと止んだ――。

「うわー、あの人すごいねー、魔物がみるみるうちに砕け散っていくよー」
 次に増援に訪れたアルシェ・ミラ・オリヴィラ(あるしぇ・みらおりう゛ぃら)が、メイス片手に魔物を粉砕していく少女を見遣って呟く。
「よーし、僕も負けてられないよー。アルシェ、いっきまーす!」
 どうやらその少女に触発されたのかどうか定かではないが、アルシェがメイスを握り締め、爆発的な加速力を以って魔物へと飛び込んでいく。
「こら、待て、ミラ! ……ったく、毎回毎回適当な言動と適当な行動、後始末する身にもなってくれ……」
 ため息をついたフラン・ウェラヴィース(ふらん・うぇらう゛ぃーす)が、気を取り直して剣を握り締める。
(ここで時間を取れば、中にいる小動物が完全に凍り付いてしまうかもしれない。その前に一刻も早く仕掛けを解除するために、一瞬でケリをつける! ……ミラも珍しくやる気出しているみたいだし……って、別にミラのことは関係ないよな!?)
 自らの中に湧き起こった想いに戸惑いながら、フランがアルシェの後を追って、俊足の踏み込みを見せる。
「ミラ! あまり一人で突っ走るな! フォローする僕のことも少しは考えてくれ!」
「えー、大丈夫だよフラン、結構何とかなるもんだよー。そ・れ・よ・り・もー、窮地に陥っているイケメンさん美少女さんはいないかなー? いたら僕が全力で守ってあげるよー☆」
(……ダメだこいつ……早く何とかしないと――)
 メイスを振るいながら何やらのたまうアルシェにフランが戦慄を覚えた直後、二人の視界にアルシェ曰く『イケメンさん』と『美少女』が魔物に囲まれているのが映る。
「きゃっほーい☆ 今助けるからねー!」
「こ、こら、だから待てと言っている! ……くそ、後で説教だからな!」
 真っ先にアルシェが飛び込んでいき、フランも愚痴を吐きつつその後を追う。
「……くっ、囲まれたか。迂闊に踏み込みすぎたか……」
 剣を構え、ヴァルエンティス・アルファード(ばるえんてぃす・あるふぁーど)が全周に渡って顔を揃える魔物へ険しい視線を向ける。
「ごめんなさい、私があなたを見失ったばかりにこんな――」
「ジルのせいじゃない、だから気にするな。……まずはこの場を切り抜けることに意識を集中しよう」
 自らを責めるジル・ヴァンスタイン(じる・ばんすたいん)を安心させるようにヴァルエンティスが言葉をかけ、少しではあるがジルの顔に微笑が浮かぶ。
(……とは言うものの、どうすればいい? 何かきっかけがあればいいのだが――)

「イケメンさん美少女さん、僕とイイ仲になりませんかー!?」

 その瞬間、包囲網の一角が後方から文字通り飛んできたアルシェの攻撃を受けて吹き飛び、そこだけぽっかりと穴が開く。
「! 今だ、ジル! 俺について来い!」
「は、はい!」
 ヴァルエンティスがその隙を見逃さずに駆け出し、今度は遅れまいとジルも後を追う。行かせまいと包囲網を狭めにかかる魔物を、ヴァルエンティスの振り抜いた剣が切り開く。
「この力は小さなものだ。だが、お前たちに踏みにじられるほど、小さくもない!」
 武器を光り輝く剣に持ち替えたヴァルエンティスの一撃でまた一体、胴体を切り裂かれた魔物が地に伏せる。
「……ここまで来れば大丈夫か。……っツ!」
 無事に包囲網から抜け出した二人、だがヴァルエンティスが肩を押さえてうずくまる。
「大丈夫ですか? 今、治癒を――」
「僕……私にも治療させてください。そして願わくばそれ以上の関係に――いたたたた、フラン、何するんだよー」
「そこまでにしておけ、ミラ。それ以上は色々と面倒だ」
 ジルの掌に癒しの力が集まり、ヴァルエンティスを癒していく。自分もとばかりに飛び出そうとしたアルシェが、フランに留められじたばたともがく。
「……もう大丈夫だ。ジル、ありがとう。……お前たちか? 俺たちを助けてくれたのは。助かった、礼を言う」
「ありがとうございます」
「う〜ん、イケメンさんと美少女さんに感謝されるってたまらないねー」
 ヴァルエンティスとジルの感謝の言葉を受けて、アルシェが恍惚とした表情を浮かべ、慌てて乙女な仮面をかぶって対応する。
「ああ、えっと……このくらい何てことありませんよ。まだ魔物も残っているようですし、注意していきましょう」
「はぁ……いつもこんな調子だったら、僕も楽なのにな……」
 アルシェの調子のいい様子に、フランがため息をついた。